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天の限りに昇る月  作者: 喜由
第二章 自由に集う星々編
40/63

Episode:035 終末


「痛い痛いイタイ痛いいたいぃぃぃ!!」

「イぎゃあぁアぁあァあアァ、腕、俺の腕、腕があああああああああ!!」

「血が止まらない、アハ、アハハハハハ――」


 赤と紫が揺らめく活火山地帯には、叫喚が飛び交う。

 燃え盛り、うねり狂う噴火口から吹きあがるのは、マグマや噴石だけではない。

 火に耐性のある竜種をはじめ、鬼火、熔岩樹ようがんじゅ、サラマンダーといった極限環境で生きる魔物たちが、際限なく湧き出る。

 最大の脅威は、不死鳥フェニックスだろう。生きた魔力の炎が鳥のように見える魔物の大群は、幻想的な赤と紫の光彩を描き出す。エテリア大陸に数ある終末の景色の一つだ。


「死は終わりにあらず! 死は終わりにあらず!」

「祈りを絶やすな! 進めッ! 進めぇーッ!」


 滅びに抗うのは神聖ガルテニア皇国の聖騎士だ。皇国では、魔術士のことを聖騎士と呼ぶ。

 皇国は、公儀には軍隊を持たない。

 その代わり武力を司るのが、領土を7つの管区に分けて守護する七聖騎士団セブンステンプルナイツだ。その内の黄金十字団おうごんじゅうじだん銀翼ぎんよく墓守団はかもりだんが、活火山地帯のハーベスト・シーズン対策に乗り出していた。


 アラマズド教では“魂の輪廻転生”が信じられており、死は恐れるものではなく、次の生への準備段階と言われる。

 魂を定量的・定性的に捉える事に成功したソサイエでも、それがどこからきて、どこに向かうのか、未だに結論が出ていない研究テーマなのだが、敬虔なアラマズド教徒にとって輪廻転生は疑いようのない神の教えであり、理論的に証明されているかどうかは問題ではない。

 それを信じる者で占められた七聖騎士団は、死を恐れない軍団となる。はじめから生還を度外視する聖騎士との戦いを、他国の魔術士は心底嫌う。


 そんな聖騎士が恐れる唯一の存在が、フェニックスだ。

 フェニックスの炎はどんなものでも燃やして灰にする。ガラス、塩、グリモアの装甲といった無機物すら、その炎は燃やす。

 アラマズド教徒の間では、フェニックスの炎に焼かれた者は灰になって現世にとどまり、生まれ変わることもないと、実しやかにささやかれている。

 魂が実際に燃やされた記録はないのだが、フェニックスは魂を灰におとしめる魔物だと、強く信じられていた。

 死ぬ事ができない鳥――故に不死鳥と呼ばれる。

 信者にとって、自分たちの教義を否定されることは、死よりも受け入れがたいのだ。


「こんなのあんまりだ、勝てるわけがない……」

「アラマズド様、お助けを、アラマズド様ぁ!!」


 通常の火が燃えているだけなのか、フェニックスなのか見分けがつかないほど密集した火の鳥を前に、軍勢は徐々に後退し始めた。

 空気が温められ、上昇気流が発生し、舞い上がった灰が降ってくる。

 灰の量だけ聖騎士団は追い詰められていく。

 潰走は秒読み段階。

 そう思われたとき、天から陽光が差し込んだ。


『なにも恐れることはありません』


 火山の噴煙で覆われていた天蓋が裂け、風琴オルガンに似た楽器の音と共に、聖句が告げられる。

 

『アラマズドにある死者はまず最初に蘇り、次に生き残った我々も、にわかに彼らと浄土じょうど昂揚こうようし、そこでみな生まれ変わります――死によって私たちは、また生きるのです』


 雲を割いて現れたのは白と金で塗装されたグリモアの軍勢だ。

 一様に祭服を羽織り、司教冠ミトラを被った司祭のような見た目をしている。分厚い装甲がそういう風に見えるのだが、自重の増加は飛翔魔術にかかる世界抵抗を増加させるため、相応の魔力が求められる。白亜の機体を操れる者は、聖騎士のごく一部だけであり、それすなわち、ガルテニア最高の聖騎士と断言できる。

 

 白いグリモアだけで構成された聖騎士団は、皇国に1つしかない。

 不滅の白夜団びゃくやだん。ガルテニアの聖都を守る、信仰と力と死の象徴だ。


「あ、あれは……おお、うおおおおおおっっ!」

「ああ、あのお方が来て下さったのか!! 助かった!! 俺たちは救われたぞ!」


 聖騎士たちから歓びの声があがる。泣き出す者もいた。


「やったわ、やったわ!」

「もう大丈夫だ、俺たちは、もう大丈夫だっ!」


 歓呼の声の中、一団の中央から赤黒いグリモアが1機、進み出る。

 白の中に酸化した血のような色が混じると、まるで白壁についた血痕のようだ。

 そのグリモアの背後には、巨大な棺桶が7つ、数珠繋ぎになって翼のように広がり、浮かんでいる。ともすれば棺桶の翼の方がグリモアよりも目を引いた。

 

 鳴り止まない風琴オルガンの音は、その赤黒いグリモアから聞こえていた。

 音に合わせて、歌声のような詠唱が響く。

 歌声を聞いた聖騎士は、至福の内に祈る。


『死は終わりにあらず、かくあれかし』


 そうして全ての聖騎士が示し合わせたように、火山に向かって突貫しはじめる。

 戦術も戦略もない。燃えて灰になる事もいとわずに、聖騎士たちは突き進む。

 がむしゃらにフェニックスに向かって飛ぶ様子は、誘蛾灯に群がる羽虫のようだ。

 彼らは燃え尽きて死ぬ定めにあっても、死の直前に燃え切らなかった攻撃がフェニックスに届き、道連れにする。

 それから不思議なことが起こった。


『――死に迷う、死の間際、死へ至り、死よりも強く、死と向き合い、死で終わり、死から始まり、死を想いなさい――』


 聖歌が、異相いそうが、世界を侵食していった。





 //





 皇国が無謀な突撃を開始したのと同時刻。

 活火山地帯から3キロメートル程度離れた山林の中腹。

 聖歌と風琴の音楽と共に、噴石と火山灰が降り注ぐ危険地帯で、斜面に掘った小さな塹壕に灰色の迷彩シートを被せた2人の男が、周囲の風景に溶け込んでいた。

 彼らはイーリス王国軍参謀本部直轄の諜報部隊員だ。

 ガオケレナ大森林だけでなく、ここにも王国の諜報部隊は潜んでいた。


 活火山地帯のハーベスト・シーズンは、エテリア大陸でもっとも過酷と言われている。

 火と共に生きる能力を備えた魔物は、人類とは生きるステージが違う。極限環境で生きる魔物の大半が、簡単すぎるくらい簡単に人の営みを脅かす。サラマンダーが一匹農園に入り込むだけで、周辺一帯が火の海になるのだ。

 為政者がどれだけ善政を敷いても自然が繁栄を許さず、生命と財産がたやすく失われる環境下で、人間は、人や国や物ではない心のよりどころを必要とした。ガルテニアが宗教国家になるのは必然だった。

 魔物による被害の件数と規模は、列強の中で神聖ガルテニア皇国が群を抜いているのだ。


 今年はより一層、皇国内の魔物による被害が多かった。

 舐めるように情報を精査すれば、活火山地帯のハーベスト・シーズンが激甚化する前兆を読み解けた。それをいち早く掴んだ王国は、ミトロの内紛で“してやられた”汚名返上のために、張り切って謀略の種を撒いていた。


 王国は自分たちが持つ2つの情報カードを、共和国と皇国にあえて提示している。

 1つ目は、ハーベスト・シーズン対策のために蒼い月光を国外に移送したこと。

 2つ目は、ユグランスが軍事同盟を締結する国を選定していること。


 ハーベスト・シーズン中は手を取り合うという不戦の契りを破り、先手を打ってきた王国とユグランスに対して、共和国の反応は迅速果断だった。

 ガオケレナ大森林の刈取り作戦に破軍四星2人は、過剰だ。

 これが意味するところは、『変な動きをすればただではすまないぞ』という王国へのけん制と、『ユグランスが手を結ぶべきは自分たちだ』という売り込みであると、イーリス王国軍参謀本部は解釈していた。王国が蒼い月光をユグランスに送った理由の一つも、軍事同盟の交渉カードにするためだった。


 一方の皇国は、まず荒ぶる火山を鎮めなければ、外交のテーブルにつくこともできない。

 可及的速やかに解決しなければならない複数の課題に対処するため、皇国が切り札を切るのは時間の問題と考えられた。

 そして、聖都から不滅の白夜団が出撃した事を知った諜報部隊は、自分たちの思い通りの展開になったと、ほくそ笑んだ。


「来た来た来た来た! おい、起きろ、見ろよ!」 


 双眼鏡の中の光景に興奮する男は、相棒の肩を叩いた。


「ガルテニアの超高位魔術師ブランドメイジ、【死迷しめいの聖女】……間違いない、きっとあれだ!! 1機でフットヒルス州の至尊インペリアル十冠・テン帝国三剣ザ・トリニティもろとも3個魔甲師団を殺しつくした化け物……おいっ、聞いてるのか?」

 

 興奮した様子で語る男は、何度も相棒を揺さぶるが、返事は返ってこない。


「おいって、寝てる場合じゃない、起きろ――」


 不審に思った男が双眼鏡から目を離して横を向くと、相棒は血まみれになって息絶えていた。

 迷彩シートには、巨大な穴が開いていた。

 

「チクショウ……噴石にあたったのか……運のない奴だ! チクショウが!」 


 男は嘆きつつも、仲間のために死迷の聖女の情報を必ず持ち帰ると、決意する。

 そのために彼らはここにいる。

 大きな力を持っていることしかわからない魔術士が、ようやく姿を現したのだ。

 その見た目や能力の一端でも持ち帰る事ができれば、勲章物の働きだ。


「……すげぇ……あれが魔術なんて、信じられないっ……!」


 一心不乱に戦場を観察し、メモにペンを走らせる男は、自分の頭上に影が差した事に気付かなかった。


「あんなの反則だろ! 何とかしてこの情報を参謀本部にとギャべッ――」


 男は奇声を上げて双眼鏡を落す。

 石で力いっぱい頭を殴打された彼は、あっけなく絶命してしまった。

 頭蓋骨が陥没した拍子に舌を噛み切り、血と脳漿のうしょうをまき散らしながら倒れ込む。

 叩き殺したのは、“先ほど息を引き取った相棒”だ。


『……死は終わりにあらず……』

 

 遠くから聞こえる祭囃子まつりばやしのように、聖歌と風琴オルガンの音が聞こえる中、胸に大穴をあけた男は、その穴を穿うがった石を捨てて、音に導かれるように歩き出す。

 直後、頭をつぶされて死んだ男も、同じ目的のために起き上がる。

 相棒と一緒に、一帯に散って戦場を観察している仲間たちを葬るために。

 

『……死は終わりにあらず……』


 終末はまだ始まったばかりだった。


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