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天の限りに昇る月  作者: 喜由
第二章 自由に集う星々編
37/63

Episode:032 この出会いと再会にささやかな祝福を


「AMF、モード・ランス・フィフス、フルバースト」


 大軍相手には、複数の標的をまとめて攻撃できる貫通力の高い遠近両用のランスが、アンリストレイントの次に活躍する。

 4本の槍を投げ放って魔物を消し飛ばしながら、残った1本を近くにいた翼のある熊のような生き物に突き刺す。

 熊は腹に大穴を開けられても生きていた。

 がむしゃらに太い爪を振り回してくるが、障壁に阻まれる。キュアレーヌス・セレネの原形魔術は、AMFと戦闘補助精霊の働きでシームレスに繋がり、魔力切れにでもならないかぎり戦闘中に魔術の空白が発生する事はない。

 蒼い騎士が新たに4本の槍を生み出すと、熊は必死になって藻掻いた。


「ごめんな」


 限が呪文を唱えると、熊は針のむしろになって落ちていった。


飛甲虫(ひこうちゅう)24、ワイバーン11、飛熊1、撃破』

「ヒグマって、最後の?」

『はい。ドラゴンほどではないですが、生命力の強い魔物です。生まれた時からクマノミという寄生虫と共生関係にあり、先に体内のクマノミを除去してから致命傷を与えないと、宿主を生かすために魔力が尽きるまでクマノミがヒグマの傷を再生させ続けます。翼に見える部分は寄生虫の腕です』

「知っているのとだいぶん違う……」

『ハーベスト・シーズン以外は比較的大人しく、愛嬌のある顔立ちをしているので、一部の地域では“ヒグマモン”というキャラクターで親しまれています』

「あ、アレを?」


 世界は広いが、異世界の広さは果てしない。価値観の違いを感じる。

 そんなやりとりをしながら槍を投げまくっていると、周りから魔物はいなくなっていた。

 魔力は残っているし、少し足を伸ばせばまだ魔物の群れはひしめているが、どんな魔物が潜んでいるかわからないので、安全を取り引き返す事にした。


『いゃあぁあぁぁぁあっっ‼︎』


 帰還する途中、交信魔術から悲鳴が聞こえてきた。

 2機のグリモアが数匹のワイバーンにまとわりつかれていた。


『エアル、落ち着け! 落ち着いて魔術を再起動するんだ! 大丈夫だから』


 1機のアエルルスから、イリアスの憔悴した声が聞こえてきた。

 飛翔魔術を切らして墜落しかけているグリモアの腕を掴み、守るように魔術障壁を展開していた。

 イリアスだけならどうとでもなりそうだが、錯乱した仲間を守っているため、身動きが取れないのだ。

 限はセレネのサポートの下、槍の正確な攻撃でワイバーンを迅速に薙ぎ払う。


「お楽しみ中のところ悪い。お邪魔だったかな?」

『冗談、助かった』

「そっちのあなたも、大丈夫ですか?」

『あなたは……?』

『我らが【蒼い月光】だよ』

「その呼び方はやめてくれって――」

『あなたが?!  ふわー超高位魔術師ブランドメイジって本当にいるんだ……これがキュアレーヌス・セレネ……すごい、本物だ!! じ、自分はカリス・エアル少尉です! お会いできて光栄です!』


 興奮したエアルは、作戦行動中という事も忘れて自己紹介をし始めた。


「あ、はい。こちらこそ、よろしくお願いします」


 エアルの勢いに面食らった限は、釣られて挨拶を返してしまう。


『蒼い月光が私如きに敬語なんか使わないでください!』

「でも私たち同じ階級ですし、そこまでへりくだらなくても……」


 あまり畏まられるとやりづらい。


『そんな恐れ多い! 私の事はどうかカリスとお呼びください!』

「えぇ……いま作戦中ですよ?」

『君、蒼い月光のファンだったのか』


 後輩の新しい面を垣間見たイリアスは苦笑していた。


『デルマ少尉、蒼い月光に憧れていない王国軍魔術士なんていません! 帰ったら同期全員に自慢できますよ!』

『お話し中すみません。新手の魔物が接近してきています。数、約400。高度1500、方位2-5-0。会敵まで約15分。群れの主な魔物はサンダーバードです。瞬間的ではありますが遷音速せんおんそくで飛ぶ事ができる魔物なので、アエルルスは常に魔術障壁を展開してください』


 そうセレネがイリアスとエアルにアドバイスした事に、限は驚いた。

 戦闘補助精霊は軍事機密であり、他の魔術士との交信魔術はしないように設定されている。

 精霊プログラムが自分の意志で、彼女たちのために設定ルールを曲げたのだ。


『……わかった、ありがとう』


 その重大性と精霊の気遣いに、イリアスも気づいたらしい。

 イリアスの交信魔術には言葉以上の気持ちがこもっている。


『ノトス海ぶりですね、少尉。まだうまく説明できませんが、おそらく私は、あなたが生きていてくれて嬉しいのだと思います』

『ああ…………私も、また君と話せて嬉しいよ』


 彼女の声は少しだけ震えていた。


『さきほどから誰と話しているのですか?』

『……それは言えないんだ。ごめん』

『どういう事ですか?』

「エアル少尉、同期に会うためには、もう一頑張り必要なようです。戦えますか?」


 純粋な疑問から生まれたエアルの追及を逸らすために、限が助け舟を出す。


『も、もちろん大丈夫です! あと敬語は抜きで、カリスと呼び捨てにしてください!』

「いや、しかし――」

『どうかお願いします!』

「はぁ……わかった、わかったよ、カリス」

『はい!』


 色々と面倒になった限は抵抗を諦めた。

 そもそも悠長に会話している場合ではない。ここは戦場だ。

 遠くの空に鳥影とりかげが射す。

 サンダーバードの群れは、猛烈な速さで近づいてきていた。

 壊れたラジオのボリュームを上げるように、奇怪な鳴き声がどんどん大きくなってくる。


『エアル、さっきはあんな感じだったけれど、本当に大丈夫か?』

『心配無用です! 蒼い月光の前で情けないところは見せられません!』


 もう手遅れだ、とは言わぬが花だろう。

 カリスは何を言っても聞いてくれなさそうだし、突っ込んだら負けな気がした。



 魔克歴まこくれき415年・第13月2日。

 この日行われた第2次刈取り作戦では、王国軍に1名、独立都市国家軍に3名の死傷者が出た。

 ハーベスト・シーズンに培われてきた経験則と対策案に基づき、どの軍も魔物の群れの中に深入りせず、組織立って数を減らす事だけに専念していたのだが、大森林全域に広がった魔鳥の大群が猛威を振るったのだ。

 サンダーバードの大きさは1、2メートル程度だが、人間大の鳥の群れがマッハ1前後で飛び回れば、衝撃波の嵐とバードストライクの地獄絵図ができあがる。魔術障壁がなければ一瞬でバラバラになるような戦場だ。エテリア大陸の自然はかくも厳しく、戦場で損失をゼロする事は難しい。


 その中でクリノン共和国は無傷のワンサイドゲームを展開していた。

 それほど超高位魔術師ブランドメイジ2人の力が抜きんでているのだ。


 犠牲を出しつつも、三ヶ国は相当数の魔物の駆除に成功していた。

 大森林に広がっていた魔界のような景色も、今はだいぶん落ち着いている。

 ハーベスト・シーズンは残り2ヶ月を切っていた。

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