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天の限りに昇る月  作者: 喜由
第二章 自由に集う星々編
35/63

Episode:031 10代男性の感情を効果的に揺さぶり効率的に恋仲へと至るPDCAサイクル手法

 放課後。

 リベラル・アーツ・スクールの寄宿舎は広大な学校の敷地の北東、徒歩5分の位置に建てられている。並木道をまっすぐ進むと見えてくる白い直方体がそれだ。10棟が5つずつ男女で分けられており、男性棟と女性棟の間には、深い小川が流れている。

 それが性別を分かつ境界線だ。

 境界線を越えるには、管理人の厳しい監視の目をかい潜らなければならない。

 過去、多くの生徒が愛のため、恋のために渡河を試み、散っていった。

 その川で分断できないどっちつかずの見た目をした級友は、限のすぐ隣の部屋に引っ越してきていた。


「待っていたよ。さあ、どうぞ」


 扉をノックをすると、イリアスが出迎えてくれた。


「うわ、なんだこの部屋……」

「ぜんぜん片付いていなくて悪いね」

「いや嘘だろ……」


 言葉とは裏腹に、実用性とお洒落を両立したシンプルな雑貨、シックなデザインの小物、朝日が昇る海と砂浜が描かれた小さめの絵画などが、調和して置かれている部屋は、モデルハウスのような装いだった。

『憧れる大学生の一人暮らしの部屋』を思い浮かべたら、この部屋が合致するかもしれない。

 自分の部屋との違いに、限は慄いていた。

 服が無造作に脱ぎ散らかされ、ろくな家具も置かず、実用一辺倒のハンガーや掃除用具が雑に放置されている男部屋の見本が、すぐ隣にある。

 同じ寄宿舎、同じ間取りの部屋だが、住む人間が違えばここまで差が生まれるのだ。


「めちゃくちゃ仕上がってるじゃん」

「そうかな? まあ適当に寛いでよ」

 

 ベッドをポンポンと叩かれる。

 言われるがままベッドの端に浅く腰掛けた限は、何とも言えない肩身の狭さを感じていた。

 貴族の部屋の雰囲気にのまれていた。

 あと心なしか、イリアスの格好が普段より女子っぽかった。

 ノースリーブのホワイトブラウスに、スレンダーな黒いパンツを着こなす姿は、性別が2割増しで行方不明になっている。


「それで、アーノが知りたいのは、私がこの学校に来た理由だったよね?」

「うん。まさかイリアスが学校に入りたくて来たんじゃないだろ?」

「ご想像のとおり、私が来たのは中佐の……王国の意向だよ」

「だろうな。このユグランスで何か起こるのか……それとも何か起こそうとしてるのか?」

「それは私もわからない。全部を聞かされたわけじゃあないんだ。中佐の秘密主義にも困ったものだよ……ただ、学校に入り、君の近くで君をサポートするように言われている」

「サポートと言われても、勉強以外に特に困ってないけど……」

「今は、ね。ブランドメイジ他国ユグランスの学校に通っている事自体、異例なんだ。何が起こってもおかしくない」

「でもイリアスが傍にいると俺も目立つだろ。それはマズくないか?」

「私はそんなに目立つかな?」

「自覚ないんですか……」

「容姿には自信があるつもりだけど」

「拳で語る事になるな」

「それはもしや、超電磁英雄伝ギガンティック・フォーマー最終巻の――」

「有名なのこれ……」

「冗談だよ。君には正体がばれない範囲で目立ってほしいそうだ。それも策の内らしい。だから、大丈夫じゃないかな」

「つまり、イリアスも全ては知らないけど、これから何が起きてもいいように、二人で協力しつつ、適度に目立てと」

「だね」

「……悔しいけど、どうあがいても今の俺じゃあ大局は見通せない。これが必要な事で、致命的なミスをしないようにイリアスと連携しなきゃいけないという事は理解したよ。でも適度に目立てって……はぁ……胃が痛い……」


 最近、ため息の数が尋常じゃないくらい増えている。星の数ほど幸せが逃げているだろう。


「アーノの事は私がしっかり支えるよ。だから、私を頼ってほしい……」


 囁くようにそう言ったイリアスが、ぐっと距離をつめてくる。

 隣にイリアスが座ると、2人分の体重を受け止めたベッドが軋む音が聞こえた。


「あ、ああ……」


 近づかれた分、限は後ずさる。

 小さな顔に大きな瞳、血色の良い唇、細い眉が精緻なバランスで配置され、細い身体からほのかに香る甘い香水の匂いが、限を戸惑わせた。

 至近距離からイリアスに見つめられると、身体がこわばる。

 体温が1、2度上がったように感じられた。

 顔が赤くなっていないだろうか。


「アーノ? 目が泳いでいるよ」

「いや、うん、イリアス、その……近くない?」

「ふふっ、案外蒼い月光にもカワイイところがあるんだね」

「……もしかしてからかってる?」

「気付いた?」

「このっ!」

 

 追い詰められていた限が逆襲する。

 イリアスの肩を押すと、思っていたよりも簡単にイリアスが倒れた。

 勢いよく押しすぎた限は、イリアスに覆いかぶさるような形になる。

 ギシッと、ベッドのスプリングが跳ねた。

 

「…………」

「…………」


 お互い、無言。

 いや何か喋れ、と限は頭の隅で思ったが、視覚情報が鮮烈すぎて、言葉にならなかった。

 上気した頬を伝う汗。

 呼吸するたびに上下する胸。

 驚き開かれた唇からチラリと見える舌。

 ベッドに投げ出された艶やかな三つ編み。

 少しだけ潤んだように見える瞳が、限を捉えて離さない。

 2人はきっかり20秒ほど見つめ合ってから、ゆっくり音もなく離れ、背を向け合った。


(相手は男相手は男相手は男相手は男相手は男相手は男相手は男相手は男相手は男相手は男相手は男相手は男相手は男相手は男相手は男相手は男相手は男相手は男相手は男相手は男相手は男相手は男相手は男相手は男相手は男相手は男相手は男相手は男相手は男相手は男相手は男相手は男相手は男っ!!!!)


 限は心の中で繰り返しそう唱え続けていた。


「――い、イリアスが来た理由もわかったし、そろそろ帰るよ……」


 ようやく出てきた声は、かなり上ずっていた。

 

「――うん……それじゃあ、また明日」


 祈るように自分の胸の前で手を握り合わせたイリアスが、ぼんやりとした様子でそう返す。


「それじゃあ」


 限はバタバタと部屋を後にした。

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