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天の限りに昇る月  作者: 喜由
第二章 自由に集う星々編
34/63

Episode:030 異世界スクールカースト

 独立都市国家・自由都市ユグランスは建国以来、身分制度がない。

 ソサイエで唯一、自由と平等の名の下に民主主義が成立しており、イーリス王国では貴族の特権である義務教育を、ユグランスでは国民全員が受けられる。

 小さな都市国家が南エテリア大陸の列強国と肩を並べるためには、万民の質を底上げし、国力を高める必要があった。そのための義務教育であり、そのための民主共和制だ。ユグランスの民主主義は、地球の多くの近代国家に似て非なるものかもしれない。


 ただ、明確な階級の違いはないにしても、貧富による明確な格差は存在する。

 高い教育を施す資力を持つ親の元に生まれた子供は社会的に有利であり、資産階級の人間が、貴族の世襲のような形で権力を持ち続けるのは、地球でも異世界でも変わらない。

 同じ学校に通う生徒の間でも、格差は見て取れる。


(異世界のような、そうじゃないような……近いのはアメリカの学園ドラマか)


 第一次刈取り作戦が成功裏に終わり、HRホームルームには学徒動員として招集されていたユグランスの魔術士たちが揃っていた。

 限も軍務で休みがちなため、ほとんど初対面に近い顔ぶれを、物珍しげに眺める。


(ここまでわかりやすいスクールカーストも珍しいよな……)


 HRの中心は、もちろんヒエラルキーの頂点たちだ。

 クイーンビーのオフィーリア・ミレイをはじめ、その脇を固めるサイドキックたちの容姿は、わかりやすく輝いて見える。彼ら彼女らが、いわゆる上級国民の子女というやつだ。

 少し離れた机には、子分プリーザーたちが控えており、その後ろの方には便利屋集団メッセンジャーとスラッカーがいる。

 教室の隅には、ナードと不良と不思議ちゃんがたむろしていた。

 限もその界隈の住人だ。拙いイーリス語を使う途中入学してきた留学生が浮かないわけがない。

 

(まあ、その方が都合がいいけど)


 各国の諜報機関が、血眼になって蒼い月光の情報を集めようとしている中、アマノ・カギリとして公の場に出る事は許されず、悪目立ちするのはNGだった。

 友人は少ない方が好都合。望んで今の身分にいる。そう思う事で、限は心の平穏を保っていた。

 なお、先日一緒に昼食を食べたソータ・アナッタは中心にいる。

 ジョアン・スルタンという大柄な生徒が、周囲からクラスの王様ジョックと目されており、その隣に立つのがソータだ。ザ・ジョックというような外見と性格をしているスルタンも、ソータの言葉には素直に従う。もしかしたら本当の王様はソータかもしれない。


「聞いてよアーノ! 今日、新しい留学生が来るんだって! アーノも留学生だよね? 何か知らない?」


 隣の席に座る小柄な眼鏡の少年――ギー・グリフィンが、興奮した様子で話しかけてくる。

 父親がイーリス王国出身なので、流暢なイーリス語を話す。よく一緒にいる数少ない友人の一人だ。

 ギーも刈取り作戦に参加していたらしく、ここ数日姿を見ていなかったが、無事に帰ってきてくれてよかったと思う。


「いや、特に何も聞いてない」

「何人か見た人がいるんだけど、男と言ったり女と言ったり、はっきりしないんだ」

「皆ちゃんと見てないのか?」

「集団幻覚、あるいは魔術の類かも……【サマリー】もグリモアも無しにやっているとしたら、魔法かな? だとしたら超レアな才能だよ!」


 サマリーとは、戦闘用の武装と魔術を取り除いた民間用グリモアの事だ。魔力を安定して運用するために例によって人型ではあるが、トラックのように日常的に見かける。


「世界的に有名な魔法使いは大鐘家だけど、もしかして転校生はグランベルの皇族とか!?」


 魔術オタクがにわかに活気付いている。


「まさか……」


 はじめてキュアレーヌス・セレネに乗った時に聞いた声が脳裏によみがえり、限は寒気を感じた。

 首を左右に振って嫌な想像をかき消す。強引な外交を行う統一グランベル帝国は煙たがられており、南と北の関係はお世辞にもいいとは言えない。南北間の渡航も制限される中で、留学は難しいだろう。


「おはようございまーす。さぁさーHR始めますよー」


 間の抜けたHR担当の女性教師が入ってくると、クラスメイトたちは三々五々、席に戻っていった。


「みなさーん、今日から新しい留学生が、このHRに加わりまーす」


 教室にさざ波が起こる。

 ギーの言う噂は本当だったらしい。


「では、入ってきてくださーい」


 注目が教室の入り口の扉に集まる。


「失礼します」


 そのソプラノボイスを聴き、顔を見て、限は座っていた机の裏に膝をぶつけた。

 同時に、教室がどよめいた。


「イーリス王国から来ました、イリアス・デルマです。どうぞよろしく」


 中性的な美貌の生徒が、涼やかに挨拶する。


「男の子なの?!」

「女子なのか!?」

「どっちでもいい! 好きだ!」

(どっちでもよくはないだろ)

 

 心の中でクラスメイトに突っ込む限とイリアスの目が合った。

 眉目秀麗な留学生が、白い歯を見せながら、スマイルを送ってくる。

 その背後に花と光が乱舞する光景を幻視したのは限だけではなかった。

 推しのアイドルに笑顔を贈られたファンが出すような黄色い悲鳴が響く。


(宝塚か)


 イリアスなら少女マンガのヒーローとヒロインを兼任できそうだ。


(……たぶん中佐の差し金だろうけど……こんな目立つ真似をして、どういうつもりだ……超高位魔術師の素性は隠すんじゃなかったのか?)


 ペインの悪辣さは、嫌というほど思い知っている。

 新しい策略が始まろうとしているのかもしれない。

 危険を予想しながら動かなければ、確実に痛い目を見る。


 限が悪い上司の思惑に懊悩おうのうしている間に、HRは終わっていた。

 普段ならそれぞれが選択した講義のある教室に移動し始めるのだが、多くのクラスメイトはHR教室から動こうとしなかった。

 お目当てはもちろん、ミステリアスな留学生だ。


「王国のどこのご出身なのですか? ラトレイア? それともミトロでしょうか?」

「デルマって、まさか貴族なのか?」

「で、女子なのか?」

「お、男の子ですわよね? ね!」

「僕はどちらでも受け入れるよ……」

(さっきから一人突き抜けた奴がいるな)


 そんな事を考えながらも、質問攻めにあっているイリアスを放置して、限は素早く荷物をまとめた。

 直観が危険を知らせていた。

 急いで教室を出なければ、まずい事になる。そんな気がする。


「あれ、アーノはデルマのところに行かないの?」


 その限の前にギーが立ちはだかった。

 ギーはただ教室の出入り口に立っているだけなのだが、焦っている限には大差ない。


「そこをどいてくれギー、選択の教室は第2校舎の端、早くしないと遅れる」

「魔術理論はリミリー先生だよね? ちょっとくらい遅れても大丈夫だよ」

「そんな事でどうする、学生の本分は勉強だ」

「なに焦ってるの?」

「いいから道をあけてくれ、邪魔するなら拳で語る事になる」

「それ、超電磁英雄伝ギガンティック・フォーマー最終巻『愛、忘れていますか?』で主人公オプティマスダブルプライムがヒロインに言うセリフだよね」

「違う、その主人公はヒロインをもっと大事にしろ。あとなんで反復横跳びしてるんだ?」

「はぁ……はぁ……退けと言われて、大人しく退くような奴は……本当の友達じゃない」

「その本当の友達が今すぐ絶交したいと思っているぞ」

「――すまない、通してくれないかい? ああ、居た居た。アーノ!」


 教室を出てダッシュしかけていた限の背中に声がかかる。

 断頭台に登り切った自分の姿が思い浮かぶ。

 無視して駆け出そうかとも考えたが、聞こえなかったも通用しない音量と距離と衆人環視だった。すでにクラスメイトたちに注目されている。


「…………デルマさん、何か用ですか?」

「イリアスと呼んでくれよ。イーリスでよく一緒に遊んだ友達じゃあないか?」


 そういう設定で行くらしい。

 聞きたい事は山ほどあるが、根掘り葉掘り質問すると辻褄が合わなくなってお互いに困る可能性がある。

 今は周りの目もある。

 目立っている事もペインの策の内なら、文句を言うのは後だ。事態の収拾と状況の把握が先決と、限は判断した。


「ああ……久しぶり。こんなところで会うとは思わなかったよ。どうして先に言ってくれなかったんだ?」


 黙り続けるのも不自然なので適当に合わせておく。


「君を驚かせようと思ってね」

「サプライズ、好きだよな……」

「ドキドキしてくれたかな?」

「はぁ……まあ」

「ふふふっ、なら良かった」


 ため息交じりの抗議の視線をイリアスは軽くいなす。


「講義に遅れる。スルタンたちと話しがあるなら、旧交を温めるのはまた今度にしよう」

「いや、魔術理論は私も選択している。一緒に行こう」


 それはまずくないかと、限は眉をひそめる。

 イリアスの肩越しに、まだ話は終わってないと言いたげな、スルタン達が見えた。

 変な目立ち方はしたくない。

 しかし今更イリアスを遠ざけたところでもう遅いだろう。

 終わった事をとやかく言ってもしょうがない。

 限は考えるのを止めた。

 

「わかったよ。じゃあ急ごう」

「うん」


 イリアスは頷きながら微笑んできた。

 限は鼻の頭をかく。美形は本当に得だなと思う。

 あえて背後は見ないようにした。

 美人の留学生と連れ立って教室を後にする限を、スルタンたちがじっと見つめていた。

 ゴリゴリの文系のくせに身体能力で限の行く手を阻んだギーは、疲れ果てて教室の隅に転がっている。今こそ本当の友達の助けが必要なのだが。


「…………それで、どういう訳だ?」


 人通りがなくなったのを見計らって、歩きながら限が切り出す。

 中佐の意図、イーリス王国軍の狙いを尋ねたつもりだった。


「うーん、ちょっと校内では説明しづらいな。寄宿舎に帰ったら私の部屋に来てくれ。そこで落ち着いて話そう」

「……ああ、わかった」

 

 意味深な流し目を送ってくる友人に、限は言い知れない不安を覚えた。

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