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天の限りに昇る月  作者: 喜由
第二章 自由に集う星々編
33/63

Episode:029 月を見る姉妹


 光の槍を突き立てられた古竜が、ガオケレナをなぎ倒しながら落下する。

 全てのドラゴンが同じ末路をたどり、多くの魔物たちも道ずれになった。


「音に聞く【蒼い月光】……“戦場の霧”を落としたというのも納得」


 2機のグリモアが、ガオケレナの太く平らな葉の上に着地して、その様子を眺めていた。

 場所は大森林の最南端。

 イーリス王国に割り当てられた戦域から400キロメートル以上は離れているが、そのグリモアの前に広がった花弁のような形の起動陣の中には、キュアレーヌス・セレネが映し出されていた。

 まるで別の空の一部を切り取って貼り付けたかのように、イーリス王国軍の様子を俯瞰して捉える。


「サカ、あれに勝てる?」


 魔獣の巣のすぐ近くだというのに、無防備に丸腰でグリモアの肩に座った女性が、そう問いかけた。

 遊牧民の民族衣装に似た鮮やかな緋色の軍服を着ている彼女は、キリッとしたつり目の美女だった。

 右は団子に、左は自然に流しているアシンメトリーな髪型が風に揺れている。

 彼女の腰掛けるグリモアの肩に彫られたアラベスク文様に似た紋章は、そのグリモアがクリノン共和国の所属である事を示していた。


「わたし一人じゃあ無理だよ、アナねぇ

 

 拡声器の頼りない声に、アナ・ガーミンは嘆息した。

 

「度を越えた謙遜は嫌味よ。いい加減、立場に見合った言動を身につけなさい。私たちも肩書は一緒、むしろこっちの方が歴は長いんだから、負けてられないわよ」

「うぅ~、そんなこと言われても……あんな魔力お化け、どうしようもないじゃん。頑張って3匹もドラゴン捕まえてきたのに、骨折り損だしさ……」


 ガオケレナの大森林には、もともと古竜はいない。

 共和国軍が、南エテリア大陸の共和国と皇国を分かつ天元てんげん山脈から秘密裏に運び込んだのだ。蒼い月光の実力を測り、あわよくば事故死してもらうために。

 手間と犠牲を払った大捕り物は、残念ながら徒労に終わった。


「原形魔術しか使っていないし、あれでまだ全力じゃない……一対一で正面からやりあったら、私も厳しいか……」

「でしょでしょ? あんなの戦うだけ損だって!」


 我が意を得たり、とでも言いたげな妹に、アナは思わず眉間を押さえる。小心者で怠け者、そのクセすぐ調子に乗る。サカ=ダー・ガーミンは類稀な天稟の持ち主なのに、性格に難があった。どうしてこんな子になってしまったのかと、アナは本気で心配している。

 身内贔屓みうちびいき抜きで、妹が真剣に戦えば、“まともな魔術戦でも蒼い月光に単騎で勝てる”と、アナは確信しているのだが、姉の心妹知らずだった。


「いいサカ? 謀略のイーリスが、あんな化け物を手に入れて、大人しくしているわけないわ。第三位を間諜に出したのも、敵の手の内を探るためなのよ? 私たちは共和国の守護星……いずれ月と対峙するかもしれない」

「うぅ……みんな何でそんなに戦いたがるかなぁ……そうだ! どっちが強いか、棋雀ボードゲームで決めようよ。その方が楽しいし、みんな幸せだよね!」

「ふざけないの」

「ふざけてないよ?」

「より悪いわっ!」

「もぉ、怒らないでよアナ姉~」


 今ちょうど作戦開始から30分が経過した。

 3ヶ国の軍隊が大森林の東西南北に分かれて魔物の群れを掃討する刈取り作戦は始まったばかりだった。

 イーリス王国と独立都市国家は、まだ激しい戦いを続けている。

 その中で、彼女たちのまわりは平和そのものだった。

 上を見れば、快晴の空に魔物の姿は一匹も確認できない。そのかわりにメビウスの帯のような真っ赤な物体が浮かんでいる。もつれた糸のような巨大浮遊物体は、共和国の魔動空母【紅運結(こううんけつ)】だ。

 逆に下を見れば、姉妹のいるガオケレナの樹高半ばまで大地が盛り上がり、根本が隠れている。それは自然の隆起ではない。

 巨樹のまわりを埋めているのは、生きているころの原形をとどめないほどバラバラにされた、魔物の死骸だった。


「怒りっぽい我が姉が老姑娘いかずごけになっちゃわないか、妹として心配」

「いい度胸ね……諸々含め、帰ったら按摩あんまの刑だから、覚悟しなさいよ」

「やめてよ、わたしもお嫁に行けなくなっちゃうよぉ」

「あんたみたいなのを貰ってくれる男性ひとがいると思ってるの!」

「わたし愛嬌抜群だからモテるよ?」

「じゃあ付き合った人の数は?」

「3人……ポッ……」

「という妄想ね。何が“ポッ”よ」

「どうしてばれたの?」

「どうしてばれないと思ったの! 一緒に生活しているんだからわかるわよ!」

「……自分だってまだのくせに」

「な、なな、なに言ってるの?」

处女(ヴァージン)のくせに」

「言い直すなっ!」

「アナ姉はピュアすぎ。いい年なんだから、夢に夢見る女の子女の子してちゃ駄目だよ? 赤ちゃんの作り方、知ってる?」

「知ってるわよ! 男女が一つ屋根の下で一晩過ごしたらできるんでしょ?」

「……マジで言ってる?」

「え?」

「え、はこっちのセリフなんだけど」

「……え?」

「こわ~この22歳こわ~」


【破軍四星】の有学位ゆうがくい、第一位と第二位は、死体の山の上で蒼い月光を眺めながら、延々と姉妹喧嘩を続けるのだった。


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