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天の限りに昇る月  作者: 喜由
第二章 自由に集う星々編
32/63

Episode:028 竜狩り

 限はキュアレーヌス・セレネの中で、レポートと格闘していた。

 正面のモニタには魔物がうじゃうじゃ映っている。


「原形、変性、付与、異相、それぞれの魔術の特性と違い……うーん……」


 魔物の群れよりもレポートの方が強敵に見えた。


『原形魔術は、魔力をそのまま力場として使用する魔術です。もっともシンプルな魔術で、術式が短く、即応性が高い一方、世界抵抗の影響を受けやすく、魔力対効果はよくありません。魔術障壁、飛翔魔術、AMFや私が、これにあたります。


 変性魔術は、魔力によって火・水・木・金・土という世界(ソサイエ)の構成要素を生成するか、元々あるものに干渉し、操作します。世界抵抗の影響を受けづらく、広範囲を攻撃できますが、他の魔術より起動が遅く、等量の魔力を用いた原形魔術に弱いという法則性があります。


 付与魔術は、自動魔術生成装置を介さない小規模な原形魔術です。媒介物に術式が埋め込まれ、魔力を内包する性質上、世界抵抗は少なく済み、魔力対効果は全魔術中トップクラスです。限定領域に魔力を集中する魔術のため原形魔術に対して有効ですが、様々な形で広い範囲に影響を及ぼす変性魔術の対処を苦手とします。マナモーフシリーズのような魔術兵装がこれです。


 以上、3つに魔術は分類され、原形は変性に、変性は付与に、付与は原形に勝ります。

 現代魔術戦は、魔術の空白に加えて、相手の魔術に有利な魔術を選んでぶつける駆け引きも必要です。


 最後に、異相魔術は世界の法則を完全に書き換え、世界抵抗を無視する、魔術の一つの到達点と言えるでしょう。

至尊インペリアル十冠・テン】――プリムローズ・ミストレインの“戦場の霧”、ルクス・マーシャフラッツの“GatVoLガットヴォル”は多少知られていますが、全ての異相魔術は戦術的・戦略的な価値を生むため、その多くは秘匿され、謎に包まれています。私のデータベースにもほとんど情報はありません』


「いや、すごく助かるよ! ……ただ覚えきれないから、あとで紙に印刷してくれませんか?」

『お安い御用です、カギリ様』

「ついでに、そのカギリ様もやめませんか?」

『嫌です』

「それはお安い御用です、とはならないんだ……」

『私が私を認めるきっかけをくれた、私の認めるあなたには、相応しい呼び方というものがあります』

「屁理屈を言って誤魔化そうとしてない?」

『いいえ。それよりも、刈取り作戦では、同士討ちや指揮系統の混乱を防ぐため、国ごとに戦域が割り当てられています。共和国軍は森林地帯の南と東、ユグランス軍は北、我々は西です。誤って戦域外に出ないように気をつけてください』


 いきなり本題に移った。

 これ以上は聞く耳は持たないつもりらしい。

 ここ最近、人間らしさに磨きがかかってきた気がする。

 仕方なく限が折れる。


「ああ、うん……やっぱり見られてるかな?」

『魔物の群れで特定はできませんが、ほぼ確実に。本作戦に共和国は【破軍四星】を投入しているそうなので、王国も参謀本部直轄の部隊が情報を収集しています』

「他人をとやかくは言えないか……」


 列強国は、超高位魔術師に関する情報戦に心血を注いでいる。

 他国の戦略兵器の情報を集め、自国の戦略兵器の力を最低限示しつつ、全容を隠す。

 脅威に思ってもらわなければならないが、知られすぎて対策されても困るのだ。

 そのため、今ガオケレナ大森林にはさまざまな諜報機関の部隊が入り込み、水面下で火花を散らしているらしい。

 頻繁に超高位魔術師を戦場に出す帝国がおかしいのだ。地球で例えると、国際社会の顔色を無視して核兵器を連発するようなものだった。

 超高位魔術師を未知の戦略兵器として取引材料に使うだけの南エテリア大陸は、平和な方だろう。より陰湿ではあるが。

 

「お披露目はするけど見せすぎるなって、本当に箱入り息子みたいだ」

『こちらコマンダー1、その箱入り息子の出番だよ』

「いきなり交信魔術を使わないでください。聞かれても知りませんよ?」

『聞かれて困るような話はしないってば。ドラゴンが出てきた。ほどほどにやっつけちゃってよ』

「やるしかないんでしょ? 善処してみます」

『うんうん、小慣れてきたね』

「誰かさんのせいですよ」

『私のおかげだ』

「ふざけないでください。以上、通信おわり!」


 受話器があったら叩きつけて切っていただろう。

 限は深くため息を着いた後、操縦桿を握る。


「ほどほどに、ほどほどにね……」

『オーダーは、緊急時を除きランスとグラブのモード以外使用不可、です』

「それはいいとして、ドラゴンって具体的にどれくらい強いんだ?」

『通常戦力の場合、一匹のドラゴンに対して1個魔甲大隊をぶつけるのが適切です』

「それが3匹なら……」

『魔動空母2隻とグリモア150機で構成された2個魔甲連隊が必要です』

「あの性悪……人の無知に付け込んで、また無理難題を吹っ掛けてきたな……」

『難題ではありますが、貴方と私なら無理ではありません』

「愚痴ってても始まらないか……セレネを信じるよ」


 蒼い鎧を纏った巨人が、光の槍を5本生み出し、その内の1本を手に持つ。

 起動陣の上で槍を頭上に掲げ、肘を90度曲げながら半身に構える。残り4本は、機体の周囲を取り囲むように空中に固定しておく。

 蒼白い魔力の輝きに気付いたドラゴンたちが首をもたげた。

 3対の瞳がキュアレーヌス・セレネを睨みつける。

 低く太い唸り声が喉の奥から響くと、大森林全体の大気が震え、周囲の魔物が恐慌する。

 晴れて敵と認められたようだ。嬉しくない。


「まずは挨拶代わりに……」


 4本の槍を射出し、接近を試みる。

 己の放った魔術を追い抜くような速度で迫るキュアレーヌス・セレネに、巨大なドラゴンは対応できない。


(行けるか?)


 槍が竜鱗りゅうりんに接触する。

 発光現象と金属音が生まれるが、長くは続かない。


かったっ?!」


 並のグリモアなら魔術障壁ごと貫けるランスの連撃を、簡単に受け止められる。

 すれ違いざまに手に持った槍も突き立ててみるが、かすり傷しか与えられない。

 そのかすり傷が逆鱗に触れたのか、ドラゴンが大きな口を開く。


「あー……もしかしてご機嫌ななめ?」

『警告。ドラゴン吐息ブレスが直撃すれば、本機の限界出力でも防ぎきれません』


 竜の口の中に太陽が見えた。


「それはマズいよねッ!」

『回避を推奨』


 1秒前までキュアレーヌス・セレネがいた空間を、火炎のレーザーが駆け抜ける。

 かわしたにもかかわらず、余波だけで機体が吹き飛ぶ。


『外気温190度に上昇。障壁なしでは継戦困難です。注意してください』


 ひとまずキュアレーヌス・セレネは無傷だが、辺り一面火の海だ。

 衝撃波と熱で高層ビルのような高さのガオケレナが何本もなぎ倒され、森林火災が発生し、少なくない魔物が消し炭になっていた。

 幸い王国軍は無事だった。

 しかし無闇に吠えられると、味方に飛び火する可能性があった。

 吐息の角度を考えて避けなければならない。

 しばらくの間、火を吹く大きな蜥蜴と空中戦を続けるが、防戦一方となる。

 硬すぎるのだ。

 キュアレーヌス・セレネより防御力も攻撃力も上の敵に初めて出会った限は、熱さとストレスで汗をだらだら流しながら、ぬめる操縦桿を握り込む。


「ははっ、今度こそ死ぬかも……」


 ドラゴンの太い爪が振り下ろされる。

 ランスを放った直後だった。不安定な姿勢では避けきれない。反射的に機体を丸め、防御姿勢を取る。

 飛翔魔術で消し切れなかったベクトルが、灰と炎が踊る大地に機体を叩きつけた。

 コックピットが激しく揺れる。

 限は頭をシートに打つけた。

 血が滴り落ちてくる。

 ノトス海の時のように、身近に死を感じた。

 恐い。

 それでも、あの時よりマシだ。


「“ああそうだ、あんたの方がドラゴンよりも厄介だったよ!”」


 ノトス海に君臨した彼女の、人を小ばかにするような笑い声が、限を鼓舞してくれた。

 なによりも、相手が人間ではないことが救いだった。

 魔物は死んでも、何も恨まないし、嘆かない。

 単純な野生のみを語る魂は、人のそれよりも凄絶で、淀みなく、早朝の湖畔のように静かだった。

 ドラゴンは、ただ全力で生きているだけだ。

 己を全うする事以外に何も必要としていない。


(死ぬ、死にたくない、死ぬなら人の役に立つ形で死にたい……色んな人の声も聞こえてきて……こいつらに比べて俺は雑念ばかりだ。それでも立って、前を向いて、進むしかない。そうだよな、葵さん)


 自嘲しながら、3匹のドラゴンの間を飛び回って攪乱する。

 1匹のドラゴンの口が開いた。

 精霊が、吐息の前兆を捉え、限に知らせる。


「大丈夫、避けられ――」

『吐息射線上、友軍機を確認』


 瞬間、限の瞳孔が見開かれる。


 宙を舞う自分の血と汗の雫が、スローモーションに見えた。


 刹那。


 限は、ドラゴンの咥内にキュアレーヌス・セレネを飛び込ませた。


 モニタが真っ赤な光で埋め尽くされ、AMFを越えて伝わってくる熱で炙られながら、魔術士は叫ぶ。


「AMF! モード・グラブ、フルバーストッッ!」


 巨大な力場の掌で、ドラゴンの頬を平手打ちし、無理やり首の向きを変える。

 火柱が明後日の方角を駆け抜け、遠くに見えていた山の稜線が削れる。


「っつあ! ……はぁ……はぁ……やば……ヤバかった……」


 急激に心拍数が上昇し、過呼吸に陥りかける。

 ドラゴンから大きく距離を取って息を整えながら、反撃の糸口を考える。


「いま、全力のグラブはドラゴンに干渉できた。ランスじゃかすり傷が限界だけど……2つを合わせたらどうかな……セレネ?」

『可能かもしれません』


 戦闘補助精霊は魔術士の意図を正確に酌んでくれた。

 限は一つ頷いたあと、スピードを武器にドラゴンに再度接近する。


「ダメで元々ッ!」


 攻撃を回避しつつ、思い付きを実践する。

 竜の咆哮と爪をかい潜り、腹から背中へ抜けた。

 竜の首がこちらを向く前に、唱える。


「AMF、モード・ランス、フルバーストッ!」


 キュアレーヌス・セレネはドラゴンの背中に槍を突き立てた。

 激しい明滅の中、竜の背に仁王立ちした蒼い騎士は、更に唱える。


「AMF、モード・グラブ、フルバーストッ!」

 

 魔力で編まれた巨大な手で、握りこぶしを作った。


「これならぁッ!!」


 ランス単体で貫ききれないなら、押し込めばいい。

 杭を打ち込む鎚を頭の中に思い描きながら、わずかに突き立った光の槍に、力場の拳を叩きつけた。


 竜の悲鳴が空を震わす。


 光の槍が竜の背中に突き立ち、鯨の潮吹きのように赤い血しぶきが舞い上がった。

 交信魔術越しに歓声が湧きおこる。

 他の魔物と戦っていた魔術士が、限の活躍を見て歓喜の声を上げていた。

 その興奮を示すように、グリモアたちが高々と腕を振り上げてみせる。


(悪い気はしないけど、そっちはそっちでちゃんとやってくれよ……)


 限はそう思いながらも、サービス精神を発揮してキュアレーヌス・セレネの腕を振り上げさせる。

 すると歓声はいっそう強くなった。

 お互い、そんな状況ではない。

 激しく羽ばたいて暴れる手負いの竜の背から離れ、その腹に潜り込む。

 爪の一撃をセレネのサポートを受けながら紙一重でかわし、再度槍を生成。


「もう一丁いっちょっ!」


 思わず帝国公用語にほんごで叫びながら、同じ要領で拳を叩き込む。

 腹部を大きく貫かれた竜から、血の雨が降ってきた。


『“もういっちょ”とは何ですか?』

「後にしてくれーっ!」


 40メートルを超える飛行生物が上から落ちてくる。

 図体に見合う大量の血と内臓が滝のように降る中、血塗れになりながら何とか背面に逃れた。

 AMFを伴って、赤い球のようになったキュアレーヌス・セレネが浮上する。

 反対に竜は、巨樹をなぎ倒しながら地面に激突し、動かなくなった。


『魔力反応消失。ドラゴンを1匹、撃破しました』

「ああ、この方法なら行けそうだ」


 攻略法が分かったら、あとは同じことを繰り返すだけだった。

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