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天の限りに昇る月  作者: 喜由
第二章 自由に集う星々編
31/63

Episode:027 ハーベスト・シーズン

 南エテリア大陸には魔獣の巣が3つ存在する。

 1つ目は、ノトス海沖の深海、2つ目は、神聖ガルテニア皇国内にある活火山地帯、そして3つ目は、クリノン共和国と独立都市国家・自由都市ユグランスの国境線上にある大森林だ。


 ガオケレナと呼ばれる100メートル超の巨大な多肉植物が林立し、色とりどりの自然が蔓延るそこは、人の領域ではない。


 魔克歴415年・第12月21日。


 イーリス王国軍東方方面軍第2魔甲師団所属第1魔甲団隷下、魔動空母【ヘルメス・スピーラ】は、白昼のガオケレナ大森林上空で、太陽と並ぶように滞空していた。

 円錐形の艦体に、螺旋状の魔術障壁展開用衝角が取り付けられた見た目は、棘の生えた巨大な矢じりのようだ。外観の奇抜さはイーリス王国でも随一だろう。

 その艦体は敵魔動空母の魔術障壁の突破を目的としているのだが、今はその能力を発揮していない。

 魔力を大量に使い、巡航高度よりもだいぶん高い位置を飛んでいるのは、低高度に魔物がひしめいているからだ。竜種、魔鳥、羽虫など、グリモア大の生物が行軍する様は、地獄の門が開いたと言われても信じられる。

 西のイーリス王国から、独立都市国家と共和国にまたがり、東の神聖ガルテニア皇国までつながる南エテリア大陸の動脈のすぐ近くに、その地獄はあった。


 ソサイエの1年、16ヶ月の内、第12月から第14月までを、人々は【ハーベスト・シーズン】と呼ぶ。この時期は、交尾や産卵のために魔獣の巣の内外で魔物が活発に動き回り、群れを成して、蝗害のような生物災害となる。


 魔物の群れの中には、1匹でも危険な大型の竜種が混ざるケースもあり、魔術が普及する以前は、ハーベスト・シーズン中に国が滅ぶ事もざらだった。

 それ故に、ハーベスト・シーズンには世界から戦争行為が消え、各国の軍事力が民の生命と財産を守るためだけに使われる。災害が平和を産むというのも皮肉な話だろう。


 たった今、ヘルメス・スピーラから36機のアエルルスが発進した。

 

『コマンダー1より各機、作戦詳細はブリーフィングのとおりだ。王国方面への魔物の進出を阻止する。敵の漸減が目的だ。突出する必要はない。最終防衛ラインはヘルメスの位置。30分したら第2陣と交代しろ。時刻1055で時計合わせ、用意、30秒前……15秒前……5、4、3、2、1、0。無制限(ウェポンオールフリー)魔術戦(パーティ)だ。死ぬなよ、楽しんでこい』


 各機から了解と応答される。

 グリモア隊は二機一組で、単横陣を構築しながら低高度へと降りていった。

 イリアス・デルマは、アエルルスの狭い座席の感触に懐かしさを覚えながら、モニタに映る大量の魔物を見据えて、ピアノを思わせる魔術入力鍵をスムーズに叩いていく。


「エアル少尉、大丈夫か?」

『だ、大丈夫ですっ!』


 返ってきた声は、わかりやすく強張っていた。

 イリアスは、自機の横を飛ぶアエルルスを心配気に見やる。

 相棒の魔術は、あまりにお粗末だった。

 少し見ただけで魔術の空白がわかる。


「初陣だ、慣れるまで攻撃はしなくていい。とにかく飛翔魔術と魔術障壁を切らさない事と、私から離れすぎないように、気を付けるんだ」


『うぅ……り、了解』


 一緒に飛ぶ魔術士の名はカリス・エアル。階級は少尉。今年士官学校を卒業したばかりの女魔術士ルーキーだ。彼女の頼りない飛翔魔術を見て、ため息が漏れそうになるのを堪える。


『ノトス―中央海戦争』は記憶に新しい。


 1ヶ月あまりで収束した本戦争で、イーリス王国の戦死者は1400人にのぼった。そのほとんどは中央海で失われている。

 中央海に侵攻した帝国軍は、超高位魔術師(ブランドメイジ)2人、魔動空母3隻、800機以上のグリモアで構成されていた。

 南方戦線突破作戦オペレーション・ノトスドーンは、ノトス海に侵攻した超高位魔術師プリムローズ・ミストレインが本命だった一方、中央海のメサ州とマーシャフラッツ州の混成軍も、主攻と呼べる大戦力だった。

 ノトス海の劇的な勝利ばかりが報じられているが、真の功労者は、帝国の半分の戦力で大部隊を食い止めた、中央海方面軍と【盾の王】だろう。


 戦争は人材を無慈悲に消費していく。

 勝利の代償は大きく、イーリス王国は魔術士不足に陥っていた。

 士官学校スクールを卒業して間もない15歳のエアルが最前線に投入されている事からも、王国の社会問題は深刻だった。


(私も普通なら新人と言われる立場だけど……)


 2度実戦を経験しただけの魔術士を一人前扱いし、新人の教育係にしなければならないほど、王国軍には余裕がない。

 すぐ撃墜されてろくに戦っていない人間が先輩風を吹かせるのには、抵抗があった。

 初戦で超高位魔術師を撃退し、2回目の出撃で撃破した上、超高位魔術師の仲間入りを果たした友人と比べてはいけない。


『定刻になった。刈取り作戦、開始』


 コマンダー1――ゲート・ペイン中佐の合図で、攻撃がはじまる。

 攻撃の結果は確認するまでもない。

 目に映るすべてが攻撃目標だ。狙わなくても命中する。

 地上には、空の倍の魔物がいた。


『うわあぁぁぁっ‼』


 少し目を離した隙に、エアルのアエルルスは飛甲虫(ひこうちゅう)――禍々しい顔つきの大きなカブトムシに似た魔物――にかじりつかれていた。


「落ち着いて、そいつは見た目より力が弱い。障壁をはっていれば大丈夫だ」


 パニックになったエアルには聞こえていなかった。

 仕方なく、イリアスはエアルに当たらないように注意しながら、マナモーフ・ソードで虫を切り払う。


『はぁ……はぁ……あ、ありがとう、ございます』


 相棒の礼を聞きながら、イリアスは戦場の空気の変化を、敏感に察知していた。

 魔物の群れの足並みが乱れ始めている。王国軍の攻撃による乱れではない。

 まるで、何かから必死に遠ざかろうとしているよう。

 イリアスは、魔術センサをフル稼働させつつ、戦場を俯瞰して情報を集めていく。


「これは…………エアル! 障壁の出力を上げて再起動!」

『デルマ少尉? どうしたんですか急に?』

「いいから急いで!」


 イリアスの声に答えるように、空気が爆裂する。

 天空に火柱が立ち昇った。

 太い火炎のビームが通り過ぎたあとには、灰燼しか残らない。

 数多の魔物諸共に、森林が炎上する。


古竜ドラゴン……』


 エアルの声が恐怖に引き攣っていた。

 竜種と一口に言っても、ワイバーンに代表される飛竜類、シーサーペントといった大蛇類など、見た目や能力は大きく異なる。

 その中でドラゴンと呼ばれるものは、特別だった。


『40メートル超が3匹……嘘でしょ……』


 エアルの絶望が、イリアスにもよくわかる。

 魔動空母に匹敵する体躯を持ち、魔力による障壁を当然のように備え、空を飛び、火炎をまき散らす年経た竜種だけが、ドラゴンと呼ばれるのだ。

 生きる災厄、傾国の獣――それは人類を有史以前から悩ませる文明の天敵だった。


『こちらコマンダー1、各機、ドラゴンとはまともにやり合うな。距離をとりながら、その他の魔物に専念しろ』

『こちらレッド1、お言葉ですがコマンダー1、あれを放置したらマズいですよ!』


 部隊長が取り乱した口調で食って掛かる。


『誰も放置するとは言っていない、対処する。問題ない』


 ペインの態度には余裕が感じられた。

 直後に警告音。イリアスは、魔術センサが異常な値を告げた方向を直視する。

 場所は、ヘルメス・スピーラの真横。


「そうか、彼も来ているのか……」

『デルマ少尉、どうしますか⁉︎ ドラゴンが1匹でも人里におりたら、大惨事になりますよ!』

「心配ない。指示通り、私たちは私たちの役割を果たそう」

『なんでそんな落ち着いているんですか!』

「空にーー」

『ここが空ですよ!』


「空に蒼い月が輝いている……なら、イーリスは負けない」


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