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天の限りに昇る月  作者: 喜由
第二章 自由に集う星々編
29/63

Episode:025 自由の都

 自由都市ユグランスは、その名に反して、不自由の中で生きてきた。

 北西にイーリス王国、南にクリノン共和国、東に神聖ガルテニア皇国と、列強三国に囲まれた緩衝地帯に位置し、戦争に巻き込まれたり、政治の道具にされたり、数々の悲喜劇の舞台になっている。


 大国の思惑に踊らされ、何度も滅びかけたユグランスの民は学んだ。

 自由を勝ち取るための手段を選ぶ自由はないのだ、と。


 そうして、他国に国力で劣るユグランスは、外交で乱世に立ち向かう決意をする。

 交易の要衝という利点を活かし、交易路の支配権を餌に、列強三国れっきょうさんごくの友人にも敵にもならないようにする事で、様々な利益を獲得したのだ。

 イーリス王国から経済支援を受けた見返りに王国軍の常駐を要求されれば、自治権の侵害を防ぐために共和国に助けを求め、共和国がユグランスを自国領にしようと画策すればアラマズド教の布教を認め、皇国に助勢させた。


 一歩間違えれば戦争になるような瀬戸際外交を成功させ続け、独立を勝ち取ったユグランスは、今日では列強国に並び称されている。


 3ヶ国から利益を得て発展した都市の栄華は、「全ての道はユグランスに通じる」という諺が物語っていた。

 実際、南エテリア大陸の陸路はすべてユグランスを通過するのだ。

 ユグランスの道を行き来する様々な事物の中で、最も高価なのは知識――情報だろう。


 自由都市は、学問の聖地でもあった。


 リベラル・アーツ・スクールは、南エテリア大陸の最高学府だ。

 そこには入学を認められた16歳以上の男女が集い、算術や魔術といった教養を身に付ける。


「この術式から想定される変性魔術と、その特性を……ソータ・アナッタさん、答えなさい」


 教壇に立つ中年の女性教師から指名された赤髪の少年は、即座に立ち上がり、淀みなく答える。


「稲妻を生成、操作する【奏雷(ソウライ)】の術式です。魔石成形繊維と魔術士本体にダメージを与えて行動不能にする魔術で、特性は、自然現象に即しているため世界抵抗の影響が少なく、魔力対効果が高く、応用もしやすい。基礎的なきん属性の変性魔術です」


 その回答に教師は満足げに頷く。


「ふむ、完璧ですね。では、アーノ・カキュリさん、その開発元は?」


 続いて水を向けられたのは、隣に座っていた少年だった。

 白髪のまじった黒っぽい茶髪をした朴訥なそばかす顔の彼は、苦笑いを浮かべながら鼻の頭をかきつつ、ゆっくりと立ち上がる。

 教科書から回答を探すために時間を稼いでいた。


「えーっとですね……」


 困っているアーノに対して、教師から見えないように、スッと紙の切れ端が差し出された。

 先ほどあてられたソータが、イーリス語で答えを書いてくれていた。

 チラ見して、そのまま読み上げる。


「統一グランベル帝国の鈴夜(スズヤ)魔術研究所、です」


 答えると教師は疑わし気にジッとアーノを見つめた。

 

「……座ってよし」


 アーノ・カキュリこと天野 限は、肩の力を抜く。

 ソータの方を見ると、親指を立てていた。

 限もサムズアップを返す。



 魔克歴415年第12月20日。



 限が自分に有利な条件を王国軍から引き出す事に成功してから、一月が過ぎようとしていた。


 人の営みの根底には自然がある。その根底が異なれば、人間の価値基準、文化、常識なども異なってくる。ソサイエの物理法則や生態系は地球とはかけ離れており、地球の常識はほとんど通用しなかった。


 地球で暮らしていた時も、自分の住む国の法律や周りにいる動植物、国際社会の動静を、理解していたとは言い難い。

 敵が何なのか知らなければ戦いようがないように、社会を知らなければ社会と戦うことはできない。

 その社会が異世界ならば言わずもがなだろう。


 上司に何度も手玉に取られ、自分の無学と浅慮が、最大の弱点だと感じていた。

 弱点を補うためには、限は一から勉強する必要があったのだ。

 しかし、独学にも限界がある。

 ちゃんとした教育機関で、専門家の師事を仰ぎたかった。


 そうして上訴された「軍務のない日は学校に通わせてほしい」という蒼い月光の強い希望を、ゲート・ペインは承諾した。

 入学先が自由都市のリベラル・アーツ・スクールになったのは、さまざまな事情を勘案した結果らしい。どういった事情かは聞いていないが、どうせろくでもない事情だと思う。

 表向き限は、イーリス王国から来た元貴族の留学生アーノ・カキュリ、という事になっている。

 この留学が王国の新たな策略の一環だとしても、学校に通うという無理を通してもらった手前、限も多少の無理は飲み込むつもりだった。


「いい仕事したろ?」

「ああ、助かったよ」


 ここに来る経緯を思い出していた限に、ソータが手をひらひらさせながら冗談交じりに声をかける。席が隣になった縁と、同じイーリス王国出身の留学生という事で、それなりに話す機会は多い。

 あくまで、それなり、だ。

 ソータは二枚目で、勉強もスポーツも卒なくこなす。少し抜けているところもあるが、その隙が逆に親しみやすい。

 2人のいる特別クラスは、他国からの留学生と将来外交関連の職に就くことを目指す有望な若者たちが集められているのだが、その中でもソータはヒエラルキーの上位に属していた。


「ルサンジュース一杯でいいぜ」


 その飲み物は、地球で言うところのグリーンスムージーだ。一杯2100ルレ。最近学生の間で流行っているのだが、日本円換算でだいたい2000円くらいする飲み物だ。高すぎる。


「あいにく、そんなに手持ちがない」

「留学できるような身分の人間がなに言ってんだよ? 元貴族のボンボンだろ?」

「没落した貴族が見栄のために息子を留学させたんだ。こっちは生活費と学費を払うので精いっぱいだよ」


 イーリス王国は、蒼い月光を留学させるために偽のプロフィールと推薦状を用意したが、学費は別だった。超高位魔術師が引き出せる譲歩にも限界はある。

 おまけにリベラル・アーツ・スクールは、義務教育を終えた人間が更なる教養を身に着けるために入る、日本の私立大学のようなところで、その学費は相応に高額だった。おかげで限の台所は火の車だ。


「なーんだ、助け損か」


 そう言いつつ、ソータは本気で残念がってはいなかった。挨拶がわりの軽口だったらしい。


「まあいいや、メシ行こうぜ」

「ああ」


 段々に机と椅子が配置された扇状の教室から出ると、廊下は閑散としていた。


「人、こんなに少なかったっけ……?」


 さきほどの授業中も、席は三分の一程度しか埋まっていなかった。


「んー? ああ、【ハーベスト・シーズン】だからな」

「それがどう関係するんだ?」

「3ヶ月間不定期にあるシーズン対策のボランティアに参加すれば、学費2割免除の特典と、2単位が貰えるんだよ。知らなかったのか?」

「……こう見えて箱入り息子でね。そういう事を知るのも留学の目的だ」


 ソータの世間知らずを見る目をいなしながら、限は彼から昼食に誘われた理由を察した。

 限と違って、ソータは入学後すぐに幅広い交友関係を築き上げており、いろんな人間から食事や遊びに誘われていた。今日はたまたま一緒に食べる人間がいなかったのだろう。


 話しながら歩いていると、すぐ食堂に到着した。

 教室や廊下同様、食堂もガランとしている。少し寂しい景色だが、列に並ばなくていいのは助かった。

 食堂のおばちゃんに、クフという麺類を注文する。味も見た目もほぼうどんで、限は気に入っていた。

 ソータはグリーンカレーのようなものを頼んでいた。


「さっきの話の続きだけど、危険じゃないのか?」

「去年2人死んでるよ」

「……嘘だろ?」

「ほんと。魔術戦実技の単位持ってて、適性診断をパスして、死んでも文句は言わないって誓約書にサインして、家族の同意を貰ったやつだけが参加できる命懸けのボランティアだからな」

「それは、過酷だな……」


 ボランティアと聞いて、清掃活動のようなものを想像していたが、ソータの語るそれは紛争地帯で行う人道援助に近い。

 限の価値観の根底には、いまだに平和な日本の名残があった。

 生まれ持ち、培われた感覚は、すぐには変わらない。


「ユグランスは世界で唯一の民主主義国家だ。国の政策は国民一人一人の責任だし、俺らみたいな留学組と違って、放っておいたら故郷が大変な目に遭うかもしれないって考えたら、やる気にもなるんじゃないか」


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