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天の限りに昇る月  作者: 喜由
第一章 ノトス海戦編
19/63

Episode:017 死闘


 おぼつかない視界で、ようやく魔術センサが有効な距離まで引き返してきた限は、刻一刻と変わる戦場の様子と、傍観者になってしまった自分に、歯噛みした。

 戦いはもう始まっている。

 一人だけ遠くに置かれたのは、ペインの計略なのだが、それを知らない限は、自分の考えの甘さが招いた事態だと考えていた。


「間に合え……間に合ってくれ……」


 相手は超高位魔術師。

 自分が加わったからどうにかなるような、生易しい相手ではない。

 それでも、仲間と力を合わせれば、少しは状況が変わるはず――、


『ブルー1、魔力反応、ロスト』


 あまりにあっけなく、唐突に、モニタ上の味方機を示す光点が1つ、消えた。


(お前の兄貴分になるつもりだったんだが、どうやらムリみたいだ……すまん)


 寂し気なセキヤの声が、空気を震わす音ではなく、直接脳内に響く。


「待ってください! セキヤ大尉! 俺はまだ何も、何もできていない!」


 ヨアンナの時と一緒だ。

 魔力――魂の共鳴は、時間や空間を超越する。


 限の脳裏に映っていたのは、峻険な山々だった。

 帝国東部の山岳地帯。そこで少年は生まれた。

 雄大な自然の中に、厳しさを併せ持つその場所で、魔術士になりたいという夢を抱いていた少年は、しかし帝国では貧民になるしかない少数民族の出身だった。

 父が事故で職を失い、少年たち家族は、帝国東部の貴族に奴隷として買い取られる事になる。

 ちょうどその時に、幸か不幸か、帝国東部の紛争が勃発した。

 奴隷解放戦線と名を改めた少数民族が、国を相手に反旗を翻したゴタゴタで、少年の一家は奴隷にならずにすんだ。

 その後、少年たちは、統一グランベル帝国フットヒルス州軍のグリモアを相手に、凄惨なゲリラ戦を挑む事になる。

 それが奴隷として買い取られるよりマシかはわからなかったが、結局闘いに疲れ果てた少年の一家は、海を渡る事にした。

 あてもない決死の逃避行の末、彼らはイーリス王国にたどり着く。

 新天地で彼らを待っていたものは、また差別だった。

 帝国で暮らしていたというだけで石を投げられる日々。

 しかし少年は、諦めなかった。

 貧しくても、帝国出と罵られようと、魔術士になりたいという夢を持ち続けた。

 少年はいつしか青年になり、とてつもない努力と忍耐を重ね、士官学校に合格した。

 どん底の環境にもめげずに夢を追い続けた結果、夢を叶えたのだ。

 合格した事を報告すると、家族は涙を流して喜んでくれた。

 マサオミ・セキヤにとって、その時が人生最高の瞬間だった。


(悪いな、あとは頼んだぜ、カギリ……)


「嘘ですよね! 少尉!」


 間髪入れずに、ヤニスとペトラが初めて会った場面が目の前に広がった。  


「お前、上官を半殺しにしたんだって? それでこんなところに来る事になって『私、後悔してますー』ってか、顔に書いてあるぞ?」

「はっ!? そうね、後悔してるわよ、あのセクハラ野郎にちゃんと止めを刺せなかった事をね!」

「ああ、わかった、お前アホだろ?」

「アホじゃないわよ!」

「褒めてんだよ」

「バカにしてるでしょ! こんな無神経な奴がエースなんて信じられない!」

 傍から見ていると最悪の初対面に見える。

 それなのに、ペトラの中に配属当初からあった鬱々とした気持ちは、何故かヤニスと話していたら晴れた。

 ヤニスの方も、面白いアホが入って来たと、胸を躍らせていた。

 それからというもの、事あるごとにヤニスとペトラはぶつかり合った。


「少尉、応答してください! ヤニス少尉!」


 2人は、喧嘩し合い、罵り合う中で、いつしかお互いを認め合う間柄になる。

 彼らの間にあるものは、腐れ縁の信頼感のような、戦友同士の連帯感に似た、不可思議な繋がり。

 それは、あるいはもっと、別の言葉で言い表せる、素晴らしい何かだったのかもしれない。


(ヤニス、私ね、本当は、あなたの事が……)


『ブルー3、ブルー8、ロスト』


「――――――――――――――――――――――――!!」


 声にならない叫び声をあげながら、限は霧をかき分けて進む。

 クロノス・ミカニの姿を、ようやくモニタに収めた。

 炎上するクロノス・ミカニはまだ辛うじて浮いている。

 空母のすぐそばに、霧を纏った薄紫色のグリモアを見つけた。


 そのグリモアの掲げた巨大な円月輪に、上半身だけになったペトラのアエルルスが引っかかっていた。


『あら、遅かったわね』


 アエルルスの残骸が、ゴミのように海に投げ捨てられる。


 キュアレーヌス・セレネが接近している事は、とっくに気付かれていた。

 当然だ。こちらは魔術センサが使えないが、相手は使える。

 気付かれていても関係ない。

 爆発する感情にまかせて唱える。



「AMF、モード・アンリストレイント、フルバーストッ!!」


 

 津波のような魔術の奔流(ほんりゅう)が、ホロウ試作1号機に押し寄せた。


『なんて奴っ……!』


 ミストレインは舌を巻いた。大魔術と呼べるような規模の攻撃だ。

 掠めるだけで大破すると判断したミストレインは“戦場の霧”を使い、その魔力の津波から魔力を奪う事で、小さな隙間を作り出した。

 魔術の空白。その隙間に機体を滑り込ませ、難を逃れる。


 まだ攻撃は続く。

 魔術の大津波から巨大な力場の腕が9本生まれ出でた。


「お前もここで沈めッ!」


 巨大な力場の腕たちが、獲物を追い立てる。

 ミストレインは、1本目の腕をかわし、2本目は掌は渦巻く霧で弾き飛ばし、3本目の指を円月輪で切り裂いた。

“戦場の霧”を展開してから2時間程度経過しているにもかかわらず、強力な魔術を連発できる事に、少なからず驚く。驚きながらも冷静に魔術戦を継続する彼女の胆力は、超高位という冠に反しない。

 危機を脱したホロウ試作1号機を、力場の腕はしつこく追い回した。


『これは……私も本気を出さないとまずいわね』


“戦場の霧”が濃く束ねられてバラ鞭のようになる。

 その濃霧の鞭で、力場の腕たちは絡め取られた。

 魔術で魔力を奪い、奪った魔力で自分の魔術を強化し、限界いっぱいいっぱいで唱えられたキュアレーヌス・セレネの魔術すら凌駕する出力となった“戦場の霧”を行使して、ミストレインは戦闘を有利に進める。


 力場の腕は、腕自体の魔力も利用されて自由を奪われながら、それでも魔術士の命令を果たすために、ミストレインを捕えようとのた打つ。


『まだ動く……こんなに長く“戦場の霧”の中で大魔術を使い続けられるなんて……あなた、いったい何なの?』

「お前の敵以外のなんに見えるッ!」

『……なるほど、遊んでいたら竜の尾を踏んじゃった訳ね。アシュリーに謝らないと……』

「御託はいいから逃げるな、戦え!」

『イヤよ。あなたと正面から戦うのは分が悪いわ。せっかく吸った魔力を大量に使うからあまり使いたくなかったけど、奥の手……"霧の螺旋階段"を私に使わせた事を、光栄に思いなさい』


 そう言うと、突然、まわりの霧がホロウ試作1号機を中心に渦巻き始めた。

 姫を守る忠実な騎士のように、巨大な竜巻がミストレインのグリモアを取り囲む。


『認めましょう、あなたは私に比肩する。ここからは本当の大人の時間……ゆっくり、確実に、イカせてあげる』


 敵の繰り言に付き合う気はなかった。

 限は魔術障壁を最大出力で展開し、力場の腕と共に霧の竜巻に突っ込む。

 しかし、竜巻に接触すると、AMFの腕とキュアレーヌス・セレネは軌道を曲げられてしまった。

 何度試しても、見当違いの方角に逸れてしまう。


「どういう事だ、セレネ!」

『あの霧を含んだ巨大竜巻は、魔術から魔力を奪取しつつ、強風で軌道を逸らすようです』


 どうしても竜巻の壁を越えてホロウ試作1号機に近づくことができない。

 ランスの遠距離攻撃に切り替えてみたが、槍も射線を変えられてしまった。

 近づけないキュアレーヌス・セレネをしり目に、ホロウ試作1号機の姿が薄れていく。


「待て! 待てよ……! お前は、俺が落とさなくちゃいけないんだ、皆のために……!」


 その姿が見えなくなった。同時に竜巻も消える。

 魔術センサにホロウ試作1号機の反応はない。

 辺りには夜霧と静寂だけが残された。


 限は、敵を完全に見失ってしまったのだ。


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