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天の限りに昇る月  作者: 喜由
第一章 ノトス海戦編
18/63

Episode:016 大人の駆け引き

 限は、霧の中をあてどなく飛び回った。

 行けども行けども、暗灰色の霧しか見えてこない。

“戦場の霧”は途方もない広さだった。

 セキヤ、ヤニスと別れて、敵の捜索を開始してから、すでに1時間が経っている。

 敵の姿は影も形も見当たらない。

 捜索の間、魔力を削られながら、いつ奇襲を受けるかわからない不安と恐怖に耐えなければならなかった。迷霧めいむが、戦場を支配していた。


「闇雲に探しても駄目だ。セレネ、何か案はない?」

『現状では、勝率1%以下の失敗即敗北につながる提案しかできません。現実的な確率で勝利条件を満たせる方策を、探索アルゴリズムで試行しています。時間をください』

「もっと時間があれば……」 


 その時ふいに、遠くで微かな音がした。

 限はそれを直観的に何かが爆発した音だと理解する。


「まさか母艦が?」

『この距離では、魔術センサ、交信魔術、共に使用不能です』 


 そこでようやく思い至る。

 限は、“敵はただ逃げ回るだけで勝てる”という前提と、“キュアレーヌス・セレネの相手をする”という言葉を、鵜呑みにしていた。

 相手の立場からすれば、じっと待つ必要も、キュアレーヌス・セレネだけを相手にする理由もない。


 敵は至尊の十冠。戦争のプロにして、魔術士の頂点だ。

 果報を寝て待つような真似はしない。

 勝利を自ら掴み取る実力を持っている。


「すぐ母艦に戻るぞ!」 






 //





『メインディッシュの前には、オードブルをいただくものよね』


 突然、クロノス・ミカニの上空に、薄紫色のグリモアが姿を現した。

 その手から放たれた巨大な円月輪が、物理法則を無視して回転し、第2飛行甲板で待機していたペトラのアエルルスに襲いかかる。

 クロノス・ミカニの魔術障壁は、魔力の消耗を抑えるために、最大出力の20%程度で展開されていたため、容易に突破されてしまう。

 ペトラは飛翔魔術で辛うじて奇襲から逃れた。

 飛行甲板はズタズタになっていたが、まだ撃沈されてはいない。

 ホッとしたのもつかの間、己の敵を凝視する。

 女性らしいシルエットのグリモアは、組んでいた足を解き、起動陣の上にスラリと立った。

 そして、優雅に一礼してみせる。虚仮にされていた。命をかけた魔術戦に臨むつもりでいたペトラは激高する。


「ふざけるなッ! 超高位魔術師ブランドメイジだからって、調子に乗りすぎじゃない」

『威勢はいいけれど、【ホロウ試作号機ワン】の相手が、あなたに務まるかしら?』


 再び霧が濃くなり、敵が消える前に、アエルルスは突貫する。

 逃がすわけにはいかない。

 敵は魔術センサを欺瞞する。

 接近戦でないと勝負にすらならない。

 それは敵も理解しているはず。

 

(距離をとろうとしない……どうして?)


 肉薄するアエルルスに対して、ホロウ試作1号機と呼ばれたグリモアも接近してきた。

 有利な距離を捨てようとしている。

 超高位魔術師が、そんな初歩的な立ち回りのミスをするだろうか。


(今は余計な事を考えるな、集中しろっ!)


 限とのグリモアパンクラチオンで見せた変則的な飛翔魔術を使う。

 ペトラ・ラリアは、グリモアによる肉弾戦なら誰にも負けないという自負があった。

 飛翔魔術の起動と停止を細かく連続させ、力場の上から上に、三次元的に空中を飛び跳ねる動きを読み切った者はいない。


 極限まで集中した女魔術士の指は、目で追う事もできないほど素早く動き、華麗な魔術を完成させていく。

 敵のモニタ上のアエルルスは、突然横から現れたかと思えば消え、次の瞬間には上方に現れたかと思えば消え、というように映っているはずだ。


 薄紫色のグリモアの双眸がアエルルスから外れた。

 完全にこちらを見失ったと判断したペトラは、攻撃に移る。


「そこっ!」


 マナモーフ・ソードで、ホロウ試作1号機の背後を切りつけた。

 魔術障壁に阻まれるだろうが、そこから連撃を加えつつ、魔術の空白を探す。

 そのはずだった。


「えっ?!」


 アエルルスの剣が、空中で静止する。


「どうして?!」


 剣だけではなく、アエルルスの全身が動かせなかった。

 攻撃を受けた様子はない。魔術障壁も使っている。

 しかし、これは明らかな異変だった。


 魔術による攻撃を受けている。

 でもいつ攻撃を受けたかわからない。

 ペトラは致命的な何かを見落としていた。 

 

『あなたたちはすでに私の術中、戦う前から勝敗は決まっているわ』


 嘲る声を無視して、ペトラは必死に原因を探す。

 そしてようやく気付く。


 ペトラの動きを拘束しているもの――それは霧だ。

 濃い霧の網がグリモアの四肢に絡みついている。

 

 魔術障壁を越えて全身に纏わりついた濃霧の網が、機体各部の成形魔石繊維から魔力を吸収し、アエルルスの四肢から力を奪うと同時に、起動陣の光をかげらせていた。





 //





“戦場の霧”は、一度起動すると、プリムローズ・ミストレインの意思によって自由自在に濃淡や形を調整でき、弱い魔術障壁を透過する性質を持つ、世界抵抗の影響を受けない異相魔術だ。

 その濃霧とグリモアの成形魔石繊維が直に接触すると、魔術障壁越しよりも更に多くの魔力が奪われ、時には行動不能に陥る事すらあった。発生源であるホロウ試作1号機に近づけば近づくほど、魔術のコントロールは精密になるため“戦場の霧”の危険性は高まる。


『そんな……っ!』

「さようなら、可愛らしい魔術士さん……」


 そう言って中距離から円月輪を放とうとしたホロウ試作1号機の動きが止まった。

 

「……ふーん、そういう事……」

『さようならはこっちの台詞よ、オバさん!』

「おばっ……まあ、努力は認めるわ」


 わかりやすい挑発に、ミストレインは乗らない。

 おもむろにホロウ試作1号機は上に向かって円月輪を放った。

 正式名称『ハイロゥ』と呼ばれる輪の形をした投擲武器は、付与魔術と原形魔術で自由自在に空中を飛翔し、不届き者を切り裂く。


『あっぶっ!』


 相当量の魔力が使われたハイロゥの一撃は、グリモアを簡単に両断できる。 

 霧に隠れて、高空から自由落下のみで接近していたヤニスのアエルルスは、ハイロゥを避けるために飛翔魔術を急きょ使わされた。


『御免!』


 ハイロゥを手放したホロウ試作1号機に、今度はセキヤのアエルルスが右下から迫る。


「イヤだわ、多人数プレイは趣味じゃないんだけど」

 

 ホロウ試作1号機が腕を掲げた。

 すると“戦場の霧”がその腕に集まって渦巻き、小さな竜巻のようになる。


 魔術障壁を展開したまま、超高位魔術師に突貫しようとしたセキヤのアエルルスは、“戦場の霧”の竜巻によって吹き飛ばされた。ごっそり魔力も削り取られている。攻防一体の恐ろしい攻撃だった。


 ミストレインがセキヤに気を取られた隙に自由になったペトラが、再び接近戦を挑みかかる。

 少女の攻撃がようやく敵に一太刀を浴びせ――、


『アホ娘ッ、後ろだ!』


 ヤニスの声で、ペトラは反射的に飛翔魔術をキャンセル。再起動し、下方に逃れる。

 アエルルスの頭の数センチ上を、円を描くように飛翔して戻ってきたハイロゥが通り過ぎていった。

 

 ホロウ試作1号機は、戻ってきたハイロゥをその手でしっかりと握る。

 完全に態勢を立て直したホロウ試作1号機と、3機のアエルルスが睨みあった。


「いい連携ね。魔術もよく練られてる。けどオバさんにはヌルイわよ、おバカさんたち」




 

 //





 超高位魔術師は【異相魔術】という唯一無二の魔術を操れるため脅威と思われているが、それ以外の能力もけっして低いわけではない。

 軍人としての能力も、魔術士としての能力も高水準にある。 

 グリモア隊必殺のコンビネーション攻撃を、余力を残しながらあしらいきった至尊の十冠こそ、まさしく全魔術士の頂点。

 それほどの実力者だからこそ到達できる高みなのだ。


「参ったな、想定以上の化け物だ……」 


 戦いの推移を見守っていたペインは頭を掻く。

 彼は“一番継戦時間が少ないものが魔動空母の護衛に”という文言を、あえて交信魔術に乗せた。

 一流の魔術士ならば、一流の軍人ならば、敵の弱点は徹底的に叩く。

 迂闊な交信魔術を、超高位魔術師が看過するわけがない。  


 ペトラは広大な霧の中を泳ぎ回る大物を釣り上げるための撒き餌だった。

 あらかじめヤニスとペトラには、散開したと見せかけ再集合し、敵が姿を見せれば、それを集中攻撃するように、セキヤを通じて交信魔術を介さずに指示している。

 そこにキュアレーヌス・セレネを加えなかったのは、先ほど鬼神のごとき働きを見せたアマノ・カギリ特務准尉を警戒し、“ミストレインが本当に持久戦を選んでしまわないようにする”ためだ。

 

 魔術センサを無力化された段階で、戦術的にも戦略的にもイーリス王国軍は帝国軍に大きく水をあけられている。そこに現れた"戦場の霧"はダメ押しとなった。

 敵が指摘した通り、すでに魔術兵器開発実験部隊は“戦場の霧”の術中だ。

 ミストレインに「姿を隠しながら霧の中を逃げ回る」という選択をされた時点で、ペインたちの敗北は決定的になる。

 彼女は王国軍を弱らせるだけ弱らせて、そのまま衰弱死させてもいいし、先ほど撤退したグリモアで改めて制圧する事もできた。


 そうさせない為に“これなら持久戦に持ち込むまでもない”と思わせ、ミストレインの方から戦いをしかけてきてもらわなければならなかった。

 

 ひとまずデートの誘いには乗ってもらえた。

 あとは彼女を攻略するだけだ。


 魔動空母は、機能の維持で手一杯。まともな援護はできない。

 ヨアンナ・ハリカルという実力者が真っ先に落とされた事が悔やまれた。


 微かな希望はセキヤ、ヤニス、ペトラの3人の肩にかかっていた。

 求められるのは3人によるジャイアントキリングだ。

 それが叶わなかった時には、降伏するか、ダメもとでジョーカーを切るかを、選ばなければならない。

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