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天の限りに昇る月  作者: 喜由
第一章 ノトス海戦編
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Episode:014 別れと対峙

 ぐるぐると頭の中を巡る考えを無視して、やらなければならない事をやり続ける。


 断末魔の悲鳴が交信魔術に混じった。

 それはすぐ世界抵抗にかき消されたが、自分が命を奪った相手の顔も、名前も、限は知らない。

 衝動的に我を忘れて殺すのではない。

 理性を保ったまま、必要に迫られて、恨みも憎しみもない相手を殺す。

 自分たちを殺しに来た敵だから、殺す。


 非情な行為に対する底知れない抵抗感を、限は無視し続けた。


 殺人に対する抵抗感は、あって当たり前だ。

 まともな良心を持ち、現代日本で教育を受けてきたなら、なおさらだろう。

 知らない相手を簡単に殺せるような人間だったら、普通の社会生活は難しい。


 一度、直観と本心のギャップが大きくなりすぎて、限は戦闘中に瞼を閉じ、操縦を止めた。

 敵の攻撃は続いている。

 雨あられと魔術が殺到したが、魔力抽出機関を4機搭載したキュアレーヌス・セレネが、限から魔力を際限なく吸い出して作り出す魔術障壁は、鉄壁だった。

 問題は外の敵よりもパイロット自身の葛藤にある。

 限の心臓は狂ったようなリズムで脈打ち、滝のような汗が止まらないにもかかわらず、全身は驚くほど冷たかった。


 限は10秒ほど瞑目し、再び目を開く。

 直観はまだ働いている。

 もう少しだけ自分の感情を置き去りにできるはずだ。

 そう判断した限は、思い浮かべる。

 AMFと連動した飛翔魔術を行使するキュアレーヌス・セレネは、乗り手の感情同様に、景色も置き去りにした。

 想像するだけで敵機との距離がなくなる。


「AMF、モード・グラブ、フルバースト」


 心を殺しながらそう唱えた。

 魔術を発動するための詠唱トリガーによって、戦闘補助精霊のアシストとAMFによる連続的な術式生成・可変で、魔術障壁が生き物のように姿を変えていく。

 グラブのモードは、手のひらと腕で構成された力場を作り出し操作する原形魔術だ。

 本来、物資の運搬や他のグリモアの牽引などに用いられる魔術を、限の底なしの魔力を使い、常軌を逸した大きさにしていた。

 その大きさは手のひらの中にグリモアが丸々収まるほどだ。


 巨大な手のひらで、逃げようとする敵を捕まえる。

 吐き気を催すような光景を思い浮かべたら、手のひらの中のものは、簡単に形を失った。

 背後から魔術攻撃が続いているが、問題にはならない。



「AMF、モード・ランス・トリプル、フルバースト」

 


 振り向きざまに3本の槍を投げ放った。

 ランスのモードは原形魔術の槍を作り出す。

 力場で作られた槍を手に持ち中近距離戦を行ったり、投射する事で遠距離攻撃も可能だ。出現本数も5本まで指定でき、状況に応じて融通が利くため、キュアレーヌス・セレネが使うメインのAMFのモードだった。

 放った槍は、1発はかわされたが、2発が2機のグリモアに命中する。

 戦闘補助精霊セレネの弾道計算が加わった射撃は正確無比だ。

 2機のグリモアは攻撃途中だったため障壁の展開が間に合わずに爆散する。

 限の撃破スコアはこの時点で5。初陣でエースの条件を達成していた。



『敵、残り5、損耗率は50%超、事実上の全滅ですが、敵軍が新兵器で魔術センサを欺瞞した可能性がある以上、まだどこかに援軍が潜んでいるかもしれません』

「わかってる、警戒を続けてくれ」


『ブルー9、とんでもないわね……あなたが味方でよかったわ』


 ヨアンナのアエルルスが、キュアレーヌス・セレネに近づいてくる。

 通常、交信魔術の傍受・盗聴は容易なため、作戦中はコールサインが用いられる。ブルー9は限のコールサインだった。


「ヨア……ブルー2……ええ、運良く何とかなりました」


 ヨアンナはブルー2だ。まだそう呼ぶ事に慣れていない。油断すると本名を口走りそうになる。


『敵も撤退を開始したようね』


 黒いグリモアたちが戦域から遠ざかりつつあった。

 敵の行動を見逃さないように、クロノス・ミカニ周辺を、セキヤ、ヤニス、ペトラが警戒している。


「天気が……」


 限がモニタに映る空の様子を見て、ぽつりとつぶやいた。

 外洋の天候は気まぐれだ。

 夜空と同化するような黒々とした雲が天上を覆う。

 湿度も急激に上昇している。

 霧のようなものが立ち込め始めた。


『嵐が来るかも、いったんクロノスに着艦しま――』 


 ヨアンナからの交信魔術がぶつ切りになる。



『この段階で私が出る事になるなんて、さすがに想定外よ』



 それは果たして、いつからそこにいたのか。

 黒いグリモア同様の、センサを欺瞞する能力。

 それを最大限活用した奇襲攻撃の有効性は、改めて言及する必要もない。



「――ヨアンナ中尉?」



 ヨアンナのアエルルスが、正中線から左右に分かれた。

 いきなりグリモアが縦に裂けたのだ。


『他の者では役者不足みたいだけど、戦争もセックスも一方的だと飽きちゃうでしょう?』


 限は言葉を失った。


『だから、今度は私とヤリましょう。イーリスの新型』


 いつの間にか、ヨアンナのアエルルスの背後の空に、霧を纏った薄紫色のグリモアがいた。


 起動陣の上に結跏趺坐けっかふざの姿勢で静止しているそのグリモアの手には、自身よりも巨大な円月輪が握られている。


 真っ二つに切り裂かれたヨアンナのアエルルスは、夜の海に落ちて、消えた。



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