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天の限りに昇る月  作者: 喜由
第一章 ノトス海戦編
15/63

Episode:013 栄光を翳らせる月

 シークレット・フォースは統一グランベル帝国ミストレイン州軍が開発した新型グリモアだ。

 現代の地球におけるステルス戦闘機に似たコンセプトで、敵陣への浸透、魔術の空白を狙う奇襲攻撃を主眼に開発されている。

 通常の魔術センサではドッグファイトの間合いまで捕捉されない魔術障壁を展開できる能力は、計り知れない戦術的・戦略的価値を持つ。

 王国がキュアレーヌス・セレネによる技術革新を模索する一方で、帝国もまたシークレット・フォースで戦争の形を変えようとしていた。


 クロノス型1番艦、機械ミカニの名を持つ魔力駆動航空母艦が、火を噴いて傾く。

 一撃で動力炉を破壊し、航行不能にする手はずだったが、障壁を薄く展開されていたため、致命傷を免れたらしい。

 用心深さがイーリス王国軍を救った形だが、帝国の作戦にはさほど影響しなかった。

 イーリス王国のアエルルスに予想よりも手を焼いているが、これも誤差の範囲内だった。


 混乱に乗じてシークレット・フォースが追撃を行い、傷を広げていく。

 帝国軍は戦争における奇襲の有効性を遺憾なく示した。


“王国の内通者”の情報や、他の列強国の動向などを収集・分析して立案された南方戦線突破作戦オペレーション・ノトスドーンは、ちっぽけな障害物をすり潰しながら、戦争の歯車を回し続ける。


 帝国東部紛争地域の戦闘と、ネイブル諸島での演習を隠れ蓑にした、エテリア南方大陸列強国への奇襲攻撃が、南方戦線突破作戦の要諦だった。


 エテリア大陸の外洋を北から大きく迂回してノトス海へ辿り着き、イーリス王国の背後を強襲する。

 入念な外交努力きょうはくでイーリス王国以外の列強国が本作戦に横やりを入れる心配はなくしている。

 国力をフルに使った三正面作戦だ。戦力分散は愚の骨頂という先入観にとらわれた頭の固い者たちを滅びの道へ誘う。作戦立案者の性格は最悪に違いない。

 こんな無茶な作戦ができるほどの体力差が、統一グランベル帝国とそのほかの国の間には存在していた。

 今まで実行されなかったのは、国内の意思統一ができていなかっただけに過ぎない。


 帝国の政界は、全身の見えない奇怪な化物だ。

 表では手を取りあいながら、裏では殺しあう怪人・魔人たちが饗宴する政争の舞台では、至尊の十冠や帝国三剣ですら、一つの舞台装置に過ぎない。

 人種、民族、宗教、言語、文化、主義主張が入り乱れる多民族国家には、様々な利害関係が複雑に絡みあっていた。

 そこに外国からの干渉も加わり、帝国内の政治力学は混沌カオスを極める。

 並大抵の人間にはその全容を知ることができず、コントロールのしようもない。

 化け物をぎょする並大抵ではない者は、ただ一人だけ。

 

 帝国すべての権能を有する国母にして頂点。

 絶対君主たる帝国皇帝グランベルの勅令があってはじめて、グランベル帝国は統一されるのだ。


 今次作戦は、皇帝陛下のお墨付きを得ているものだった。後顧の憂いはない。

 栄光ある戦いの一番槍を任されたのは、統一グランベル帝国のメサ、マーシャフラッツ、ミストレインの州軍だ。

 帝国南方三州と呼ばれる彼らは、生命線たる魔石の供給を他州に握られ、政治的、経済的に弱い立場に甘んじてきた歴史を持つ。

 至尊の十冠の実力は帝国最高峰と言われ、精強な州軍を有するにもかかわらず、「いつでもどうとでもできる無資源州」と他州から侮られる事は、州民にとっては筆舌にしがたい屈辱だった。


 南方三州は、魔石の鉱脈を、喉から手が出るほど欲していた。


 それが大量に眠る場所がある。


 ネイブル諸島。イーリス王国領海に入り、王国民が暮らし、彼らがオンパロス諸島と呼ぶ島だ。


 魔石の埋蔵量は、帝国が年間に利用する魔石量の約1200倍という試算が出ている。

 そこを押さえられればミストレインは、帝国は、今後1200年は資源に困らないというわけだ。


 魔石の鉱脈を手に入れたいという思いは南方三州が共有するものだが、その中でもミストレイン州軍の力の入れ方は随一だった。


 ミストレイン州は、お目付け役に皇帝の懐刀を付けられるという屈辱的な譲歩を行い、自州の切り札も動員した上で、ノトス海に進発した。


 その懐刀が、特大の失敗クソをして戻ってきた時のミストレイン州軍の反応は、表向き冷ややかで事務的だったが、内心では万歳三唱をしていた。

 皇帝が送り込んできたうっとうしい小姑を実家に送り返すいい口実ができたからだ。


 自分たちの存在を敵軍に知られてしまった事でノトス海の海上封鎖が必要になったが、それも不可能ではない大部隊で出征していたミストレイン州軍にとっては、安い出費だった。


 これにより、戦勝の武勲を「皇帝陛下の計らいによって~」だとか、「帝国三剣の協力あっての~」などという見え透いたおべんちゃらで損なわず、自分たちだけで分かち合える。



 シークレット・フォースに乗り込んだミストレイン州軍の魔術士たちの士気は高かった。

 意気盛んに王国軍のアエルルスに挑みかかる。

 2機ほど落とされたが、なんら痛痒を感じない。

 まだ自軍には、海上封鎖に従事している母艦を含めた大部隊と、そして“彼女”がいる。


 勝利は目前だ。

 民からの喝采と賛美を一身に受けながら、大量の魔石と共に故郷に凱旋する己の姿を思い描いていたとある帝国の魔術士は、耳ざわりな警告音で我に返る。

 

 シークレット・フォースの魔術センサの計器が振り切れていた。


「なんだ? 故障か?」


 それが、その魔術士の最後の言葉になった。

 彼は自分の死を自覚できなかった。

 

 魔術障壁を展開して飛んでいたグリモアが、唐突にひしゃげて潰れたのだ。


 コックピットの部材に挟まれた魔術士は、悲鳴をあげる間もなく圧死。

 

 見る者がいなくなったモニタが壊れる寸前に映した景色は、蒼い満月だった。


 魔力を隠そうともせずに高速で接近してきたその物体に、帝国軍全員が驚きを露わにする。


『あれがイーリスの新型……なのか?』

『よくも仲間を!』

『各機、出力上限めいっぱいで攻撃! あれを落とせっ!!』


 シークレット・フォース各機が突然戦場に出現したわけのわからない存在に、必殺の魔術を放っていく。

 火に雷に氷に岩石、ありとあらゆる魔術が球体に殺到する。

 激しい明滅と金属の擦過音。

 小さな太陽のようになった攻撃の着弾点から球体が飛び出してくる。

 その様子は先ほどまでと少しも変わっていなかった。


『う、嘘だろ……!』

『無傷っ!?』


 今度は自分の番だと言うように、球体がシークレット・フォース部隊に襲い掛かった。


「こっちに来る! 畜生! 俺を狙ってやがる!」


 標的に選ばれたシークレット・フォースの魔術士は、球体から距離を取ろうと、飛翔魔術を全力で起動した。

 距離を取らなければ危険だ。

 敵のやっていることは【原形魔術】による攻撃。

 魔術障壁や飛翔魔術と同じ、加工していない魔力を力場として操っているだけだ。

 それだけなのに、グリモアの魔術障壁と装甲が、柔らかい綿毛のようにぐしゃぐしゃになるのは、膨大な魔力を抽出して魔術に注ぎ込んでいるからだ。

 単純明快ながら非現実的と言わざるを得ない。


「どうして魔力欠乏症にならない、ありえない! こんな! こんなバカなことがあってたまるか!」


 まるで悪夢を見ているようだった。

 魔術センサは馬鹿みたいに危険を知らせ続ける。

 危険はみればわかる。


(どうすればいい、どうすれば……!)


 膨大な魔力を放出する蒼い満月は、高速で接近してきた。

 シークレット・フォースが全力で飛翔魔術を使っても振り切れない。

 それどころか、簡単に追いつかれてしまう。

 限界出力が違いすぎる。


「こんなバカな!」


 シークレット・フォースが捕捉された。

 手のひらのように見える巨大な魔力の力場に、魔術障壁ごと握られる。

 魔力を相殺しあう音は、数秒で消えた。

 次に、ミシミシと機体が軋み出す。

 手のひら型の魔術障壁に、握りつぶされようとしていた。

 魔術士は狂乱する。


「う、うわぁあぁああぁぁぁぁああああ――!!」


 高い専門性と才能が必要な魔術士という存在に憧れ、軍人を志す者は数知れない。

 魔術士である事とグリモアを操れる事に、魔術士たちは大なり小なり矜持を持っている。

 長い訓練と実戦の果てに、一握りの人間が魔術の神髄へと至り、魔術士と認められる。

 魔術士たちは、己の経験と知識と技術を総動員し、飛翔魔術や魔術障壁といった魔術を操って、一瞬一瞬に命をかけながら、お互いの手の内を読み合う戦いを恐れながら愛していた。


 眼前の物体、イーリスの新型との戦いは違った。

 魔術士としての矜持も、魔術の神髄も、魔術戦のイロハも、まったく意味をなさない。

 読み合いも駆け引きもできず、反則のような魔力で、一方的に負い詰められる。


 こんなものは魔術士の戦いじゃない。

 ましてや戦争でもない。


 ただの蹂躙だ。


「いや、いやだ、死にたくない! こんな、こんな死に方はいやだ!!」


 絶命するさなか、帝国の魔術士は死神の声をきいた。



『殺しに来たのはそっちだ。逆の立場になったら命乞いなんて、筋が通らないだろ』



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