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天の限りに昇る月  作者: 喜由
第一章 ノトス海戦編
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Episode:012 彼ら彼女らの事情

 巨大な起動陣で作られた魔術障壁は、球状になった純粋な魔力による力場の層だ。

 その障壁に帝国の黒いグリモアが鋭い槍を叩きつける。

 マナモーフ・ランス。

 魔石と鉄で鍛造された武具に【付与魔術】が施されたマナモーフ・シリーズの一つだ。俗に貫通槍かんつうそうとも呼ばれる。


 黒いグリモアは次々に障壁を槍で突き刺していった。金属をこすり合わせる様な音と、激しい明滅が、そこかしこで繰り返される。

 しばらく魔術が拮抗したが、程なくして障壁の一部に穴が開く。そこから黒いグリモアが、クロノス・ミカニの喉元に雪崩れこんだ。

 

 クロノス・ミカニは魔術障壁は解除し、弾幕を張る。

 魔動空母の銃砲が、魔術によるあらゆる砲撃を行った。

 何機かのシークレット・フォースに命中しているが、効果は薄い。

 グリモアを現代の地球の兵器に置き換えると、素早く飛び回る戦車、あるいは装甲化された戦闘機と言える。艦砲の2、3発程度ではグリモアは落ちない。


 帝国のグリモアは魔術をばらまきながら、縦横無尽に空を飛び回る。移動の軌跡にそって稲妻や氷、炎の弾丸がクロノス・ミカニを襲った。損害がどんどん増えていく。


 攻撃の手は飛行甲板に達した。

 コックピットに収まった帝国の魔術士がほくそ笑む。

 完璧な奇襲作戦。

 圧倒的な航空優勢。

 戦争芸術の実現は、戦争屋の本懐だ。

 その魔術士の優越感に魔術センサのアラームが水を差した。


「人んで好き勝手するんじゃあねえよ!」


 激しい光の明滅と共にヤニスが啖呵を切る。

 アエルルスが障壁を纏わりつかせたシールドで、無作法な侵略者を上から抑えこんだ。

 重力を無視して飛び回るグリモアとはいえ、機体の周りにはたえず物理法則や世界抵抗は働いており、それらを振り切るために、常に魔力と魔術は使用され続けている。


 地上の森羅万象は上から下に落ち、その自然法則に“逆らう魔術”と“従う魔術”では、世界抵抗の働き方、ひいては魔力消費量に大きな差があった。

 

 畢竟ひっきょう、この場では上から攻めるアエルルスが有利だ。


 帝国の魔術士は、不利な態勢から脱するために、いま行使されている上昇の飛翔魔術と、上方向に展開した障壁をキャンセルし、新たな魔術を使おうとした。

 

「隙だらけっ!」


 2秒もない魔術の空白。その瞬間をヤニスは見逃さなかった。

 針穴に糸を通すように、アエルルスは下段からマナモーフ・ソードを切り上げる。


 シークレット・フォースの右足部が吹き飛んだ。


 帝国の魔術士に恐れはなかった。冷静に障壁を展開しなおせば、まだ戦える。

 一方で、僅かな動揺もあった。

 機体に走る衝撃、コックピットに鳴る警報音、モニタに映し出されたエラー表示、それらが小さな心の揺らぎを生み出す。

 熟練の魔術士同士の戦いでは、僅かな動揺が反応の遅れにつながり、反応の遅れは魔術の空白となる。


 次の瞬間にはシークレット・フォースの胴体が両断されていた。


「ふーっ、他の奴らはっと……」


 ヤニスは、周囲を警戒しながら、敵と味方の状況を探った。


 魔術兵器開発実験部隊のグリモア隊は、一癖も二癖もある魔術士が集められている。

 ペトラ、ヨアンナ、あのセキヤでさえ、性格や境遇に何らかの問題を抱えていた。

 魔術兵器開発実験部隊は、イーリス王国軍の左遷バケーション先として有名な部隊だった。


「お、いたいた……あいつ本当にちょこまか動くのだけは上手いな」


 ペトラのアエルルスは、クロノス・ミカニ第1区画前の空で、2機の黒いグリモアに追い回されていた。いくつもの魔術がアエルルスを襲うが、ペトラは器用に避け続ける。


 ペトラ・ラリアは、常習的にセクハラを行っていた教官を半殺しにして、士官学校スクールを中退している。

 そうなる前は、将来を嘱望された優秀な士官候補生だった。

 実技の成績は同期の中では常にトップだったと、よく嘯いでいる。

 大人しく猫を被っていれば、今頃まともな部隊で、勲章の一つや二つは貰っていたかもしれない。

 簡単に落とされるヘマはしないだろう。


 ヨアンナとセキヤについては、まったく心配していなかった。ヤニスと互角に戦える数少ない人間たちだ。

 彼らの場合は、境遇が特殊だった。


 セキヤは統一グランベル帝国、ヨアンナは神聖ガルテニア皇国から亡命してきた一家の人間だった。


 二人とも魔術士としては文句なしの一流。

 しかし、国粋主義の強いイーリス王国軍では、どうしても差別や偏見の目から逃れられず、様々な部隊でないがしろにされ、最終的に魔術兵器開発実験部隊に流れ着いた。


 特に、長い歴史の中で何度も矛を交え、血で血を洗ってきた帝国出エンパイアンは、今でも強い憎しみの対象だ。


 限に過保護になっていたのは、多くの“逸れ者”を抱える魔術兵器開発実験部隊とはいえ、帝国からの亡命者を下手にクルーに関わらせて、反帝国感情を喚起するような事態を、上が避けたかったためだろう。


 歓迎会の席で好意的に接され、限は気を許していたようだが、実のところ、魔術兵器開発実験部隊だからこそ彼は受け入れられた、という面が大きかった。

 マサオミ・セキヤという好例がいるグリモア隊は、帝国出を許容できる土壌が奇跡的にできあがっていたのだ。


 そのセキヤ大尉は、3機の敵と互角に渡り合っている。

 多勢に無勢でも手堅く応戦し、敵に付け入る隙を与えない。

 取り囲んでも落とせない敵に、帝国のグリモアは焦りを感じているようだった。


「そして姐さん、さすがだぜ、1機撃墜か」


 敬虔なアラマズド教の信者が国民の9割を占める神聖ガルテニア皇国は、表向き宗教の自由を謳っているが、実情は圧倒的多数派のアラマズド教によって支配された宗教国家だ。

 他宗教の弾圧や、無宗教の入信は苛烈を極め、国もそれを黙認している。

『アラマズド教にあらずんば人にあらず』というような具合だ。

 その中で無宗教を貫いていたヨアンナが、皇国を出るのは必然だった。

 

 現状で5対10。まだまだ厳しい状況は続く。


 新手の敵がヤニスを狙ってきた。

 まだまだ余裕が感じられる敵の飛翔魔術に、ヤニスは舌打ちする。

 帝国はまだ手の内をさらし切っていない。南の果てまでグリモアだけで来たとは考えにくい。母艦がいるはずだ。

 イーリス王国軍は、今いるグリモアと魔動空母が全戦力。数の不利を誤魔化しながら戦っているが、きっかけさえあればすぐに瓦解する。細い糸の上を綱渡りしているような状態だ。よほどの機知機略がなければ劣勢は覆らない。


「さてと、覚悟を決めなきゃいけねーな……」

 

【変性魔術】の雷撃をかわし、お返しに同じ系統の魔術をお見舞いするヤニス。

 障壁に防がれたが、距離は取れた。貫通槍を母艦の障壁突破で使い捨てた帝国のグリモアは、マナモーフ・ナイフに持ち替えている。懐に潜り込まれては、アエルルスのマナモーフ・ソードでは分が悪い。

 ヤニスは額に汗をかきながら、想像力の限りを尽くしてグリモアを動かし続ける。

 次々に魔術を入力、詠唱、キャンセルし、敵の攻撃を時に障壁で、時に盾で受け止めた。

 必要最小限の魔力と動作で、ヤニスのアエルルスは戦場を飛び回る。

 その動きは帝国三剣のアシュリーに酷似していた。

 魔術士は熟達すればするほど、機械のような正確さで反射的にグリモアを扱うようになる。



 グリモア隊エース、ヤニス・サマラス中尉が魔術兵器開発実験部隊に来たのは、命令違反と利敵行為で軍法会議にかけられ、少尉への降格と謹慎3ケ月を言い渡されたからだ。



 一年前にイーリス王国内で勃発した貴族の反乱事件――ミトロの内紛と呼ばれるそれは、王国正規軍によって3日という短期間で鎮圧されたが、その被害は小さくなかった。


 内紛3日目、負けを悟った主犯の貴族たちは自暴自棄になり、無謀な賭けに出る。

 それは肉の壁を利用した包囲網突破作戦だった。

 肉の壁には、逃げることを許されず強制的に突き従わされていた従者や給仕などが使われた。作戦と呼ぶのもおこがましい。怖気の走るような愚行だ。


 ヤニスは、敵に非戦闘員が混じっている事にいち早く気づき、攻撃命令の撤回を何度も具申したが、認められなかった。

 ヤニス・サマラスという青年は、ごく普通の正義感をもって軍に入隊した。自由と博愛を謳うイーリス王国を愛し、故郷で暮らす両親や友人を守り、ついでに顔も知らない国民を守るために、軍の門をたたいたのだ。

 ミトロの内紛の終局に出された「敵軍を蹂躙せよ」という命令は、ヤニスの愛国心と信念に反するものだった。

 上官に反抗したヤニスは後方待機を命じられたが、彼はその命を破り戦闘に加わった。

 味方の攻撃から敵を守るために。

 信念に従い、将来を棒に振った。


「しかし悪くない。敵も味方もまっとうこの上ない戦場は望むところ!」

 

 ヤニスと帝国の魔術士は、激しい魔術戦を繰り広げる。敵もプロだ。やすやすと魔術の空白を見せはしない。

 敵も自分も、己の正義に殉じる戦いに身を投じている。

 そのことにヤニスは高揚感を感じていた。

 ペトラには、男はすぐに戦争を美化したがると、馬鹿にされそうだ。

 脳内麻薬がもたらす陶酔感に浸っているのかもしれない。

 だが、戦わなければならない時があるのは事実だ。

 一切の躊躇なく渾身の力で殴りかかろうとしてくる相手に非暴力と愛を説く人間は、歴史に何も学んでいない。

 今が、その時なのだ。

 たとえ死んでも、悔いはない。自分はそれでいい。

 だが、その信念に味方を付き合わせるわけにはいかない。

 不本意な戦争に命を懸けるのは不幸そのものだ。


「新入りはどうかな、死んでなきゃいいが……」


 ヤニスは遠距離用攻撃用の魔術で敵をけん制しながら、キュアレーヌス・セレネを探した。

 すぐにその姿を見つける。


「おいおいおいおい、なんだよあれは……」


 ヤニスは己の心配は杞憂だと知った。


 この時ようやくイーリス王国軍は自分たちが作り出したグリモアと、自分たちの傘下に加わった魔術士がどういった存在か理解する。


 じゃじゃ馬、大食い姫――呆れと嘲りを含んで揶揄されてきた新型グリモアが、その真の姿を現す。


 キュアレーヌス・セレネが行っていたのは、戦争ではなかった。

次回、Episode:013 栄光を翳らせる月

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