Episode:XX1 いつかどこかの空で
紺色の西洋甲冑に身を包んだ巨大な騎士が、空を飛ぶ。
蒼い騎士の前には同じような存在が隊列を組み、ベールのような光の膜に守られながら、複雑な文様が描かれた光る円の上に立ち、その巨体とは裏腹な機敏さで、縦横無尽に空中を飛び回っていた。
装備した長刀や短剣、槍や斧で破壊のかぎりを尽くし、各々の手から炎や雷撃を放つ様は、黙示録に喇叭と共に天から降臨する御使いさながら。
騎士たちは敵味方に分かれて戦っており、墜落したり爆散したりするものが続出している。
大規模な戦いが繰り広げられる中、蒼い騎士は淡々と詠唱する。
「AMF、モード・ランス・ダブル」
それは騎士の声ではなかった。その中に乗り込んだ少年の声だ。
巨大な騎士たちの正体は、人型の有人兵器だった。
わざわざ詠唱を外部に伝える必要はないのだが、示威目的と、味方の退避を促すために行っている。
「フルバースト」
直後、光る槍が2本、中空に生まれ、それを蒼い騎士は投げ放った。
槍は物理法則を無視して、放物線を描かずに直進する。
1本は黒い騎士の胴体に突き刺さり爆散。
もう1本はかわされ、空を撃ち抜きながら消えていった。
『ブルー9……大尉、聴こえていますか!? 応答してください! 大尉!』
彼を呼ぶ声が聞こえる。年若い女性の声だった。
(誰を呼んでいる? 大尉? セキヤ大尉は……ああ、いや、違う……“少し声を聴きすぎた”……違うだろ……)
『一人で出過ぎです大尉、いくら貴方でも無茶だ!』
そこかしこで魔術が相殺し合い、命の炎が消えていく。
どれほど勇ましく戦っても、この空で望みを遂げられる人間は少ない。
それ故に、戦場の空には様々な思いが満ちる。
少年が身に着けてしまった力は、余すことなく思いを彼自身に届けてくれた。
戦場に入り乱れる死者の声と生者の声を聴き分ける事は難しい。
“ときどき、どちらかわからなくなる”。
力が強くなればなるほど、力に振り回されるようになっていた。
それでも少年は力を使い、果たせなかった思いと共に戦う。
『【帝国三剣】と【死迷の聖女】が出撃したという情報もあります! 王国は貴方を失うわけにはいかない、下がってください!』
少年が通信を返そうと思ったが、それを遮るように別の声が頭の中に響く。
『新手です。魔力量から、おそらく【超高位魔術師】と思われます。方位0-2-0、会敵までおよそ1分』
精霊が警鐘を鳴らした。
『いいや、国なんて関係ない、私は大尉が 貴方が無事なら、それで……』
「……悪いけど、相手が逃がしてくれそうにない。こっちは何とかするから、あとはコマンダー1の指示に従ってくれ」
モニタの隅の点が拡大され、高速で接近してきている白い騎士が表示される。
『接近対象を特定、帝国三剣“閃剣”です』
拡大表示はすぐに必要なくなった。
『【蒼い月光】! いざ尋常に勝負ッ!』
戦場でわざわざ試合開始の合図のような通信を送ってくる酔狂な敵に、少年は嘆息した。厄介なのが来た。
白い騎士が蒼い騎士に襲い掛かる。その手には、巨体に見合うサイズの黒い剣が握られていた。
「またか……戦いを楽しむような人間には付き合いきれない」
そう言った後に素早く詠唱を終え、新しい槍で迎撃する。
『私を邪険に出来るのはお前くらいだ、我が友よ!』
「敵と馴れ合うつもりはない。因縁も今日までだ。いい加減消えてくれ」
騎士がそれぞれの得物をふるい、鍔迫り合いの空中戦を演じた。
『つれない事を言ってくれるなッ!』
「AMF、モード・アンリストレイント、フルバースト」
最初は、もとの世界に帰る事だけを考えて、その手段を探すために仕方なく戦っていた。
本当にたどり着きたかった場所は、あの人が待つ、小さな花壇のある何の変哲もない日本家屋だ。
いつの間にか、色々と背負いすぎた。
直観が、魂の声が、みんなの思いが、少年を戦場の空へ誘い続ける。
直観は、少年を突き動かす原動力であり、呪いだ。
望みを果たせと、思いを成就しろと、彼ら彼女らが願い、少年はここにいる。
託された物は多く、重たくて、家路を急ぐ少年の足取りを鈍らせた。
(どうしてこんな風になったんだか……)
白い騎士と剣戟を繰り広げながら、少年はそう自問自答する。
思い起こせば、最初から取り返しが付かないところまで行っていたのかもしれない。
選択肢もなく戦争に加担したあの時に、すべてが始まり、終わったのだ。
(悔しいけど、“あの女”の言うとおりになった。俺はまだ、戦場の霧の中を歩いている……)
少年は過去を反芻する。
脳裏をよぎるのは、懐かしい景色と、懐かしい人たちだ。
はたと、戦場で物思いに耽る余裕がある自分に気づく。
発見は、少年を自己嫌悪に陥らせた。
命のやり取りを片手間で行えるようになった自分の慣れが、ひどく嫌だった。