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王立学院図書館シリーズ番外編・小話集  作者: 藤本 天
迷子の魔導書事件の後始末
6/7

後編

ユーリの小柄な体が、水面に叩きつけられて沈んだ。

「ぶはっ!!げほっ!!」

水面を割ってユーリが水の中から顔を出した。

どうやら、生きているらしい。

「~っ、ばなにみずあいったあああっ」

乙女らしくない泣き言を零し、あたりを見回す。

「…はぁ、はぁ……にしても」

雲ひとつ動かない凪いだ青空に果てなく広い凪いだ水面。

まるで海のど真ん中に叩き落とされてしまったかのような錯覚を産む状況。

だが、海とは違い、この水は潮の味がしないし、波音ひとつしない。

「はぁ、図書館に、水は天敵っ、なのに、なんで、こんなに水が?どうなってんの!?ここの図書館はホントに」

じゃぶじゃぶとへたくそな立ち泳ぎで浮かびながら、ユーリは乱れた息を整える。

「てゆーか、こんな部屋掃除のしようがないでしょ。………掃除道具、あの部屋に忘れて来たけど!!」

持っているのは鍵と懐中時計だけだ。

懐中時計も鍵も扉がない限りは何の役に立たない。

「こんな訳の分かんない水しかないとこでどーやって扉を探せと……」

水面上は何もない。

「ってことは、水中……」

しばしの間、立ち泳ぎで逡巡していたユーリは大きな溜息をつくと、覚悟を決めるように大きく息を吸い込んだ。

水中に潜ったユーリは、水の中で目を凝らす。

もちろん何もない。

そんなはずはないと、ユーリは深く深く潜り続ける。

だが、泳ぎが得意なユーリでもさすがに水中では息が出来ない。

「ぶはっ!!」

激しい水音と共に豪快な声をあげてユーリは喘ぐ。

「お、おかしっい」

ユーリは頭を振りながら、立ち泳ぎをしていた。

が、それも疲れたのか、息がある程度収まったところで水を背にして浮かんだ。

「はぁ、鐘は確かに十二回、鳴った、はず……」

図書館の正面玄関の大ホールにある、大時計。

普段は日付が変わる時にしか鳴らないのだが、その鐘の音には図書館の『番人』達を呼び覚ます力を持っている。

『番人』とは、さっきのチェス盤の部屋にいたチェスの駒や魔導階のバックヤードにある『梟の部屋』の梟(『迷子の魔導書と王都の魔導師』の巻参照)など、図書館の各部屋にはその部屋を象徴、もしくは飾る姿をとった守護者である。

魔導に疎いユーリは詳しい事はわからないが、魔導で擬似的な生命を与えられた生き物らしいのだが…………。

「………」

ユーリは自分がここで見習い司書として働き、この図書館の秘密を知ってから関わることになった番人達を思い出しながら、いささか顔を顰めた。

「十二点鐘がされたのに、なんで、あのチェス駒以外何もしてこないんだろう?」

大時計の全ての鐘が十二回鳴る十二点鐘は『番人』全てを解放する、いわば図書館の最終兵器。

(…………の、はず……………うん。そのはず、なんだけど…………)

ユーリは自分がここで見習い司書として働き、この図書館の秘密を知ってから関わることになった番人達を思い出しながら、うつろに視線を彷徨わせた。

最終兵器達の内情は誰も知らない方が華らしい。

(とにかく、扉なり、この際番人でもいいから見つけないと)

雲ひとつ動かない空に溜息を吐きだし、ユーリは大きく息を吸い込むと、勢いよく水の中に潜りこみ、……………一瞬で後悔した。

ユーリが水の中に潜るのを見計らうように、大きな口らしいものが彼女めがけて迫ってきていたのである。


ざぶん


凪いだ空と海を割るように水中から姿を現したのは巨大な鯨だった。

身体を柱のように海に立ち上げた鯨は何かが満足なのか、大きく吠えた。


「きっ、やああああああああっ」

大量の水と共に落下中のユーリはとにかく悲鳴をあげた。

だが、その口に水が入ってきて、思わずむせる。

ユーリの体は自分の意志とは全く関係なく広い空間に投げ出され、何か柔らかいものに叩きつけられた。

「げほっ、…………えほっえほっ!!」

息苦しさに喘ぎ、咳き込み続けたユーリはその場に蹲って身体を震わせる。

「何が、起きたの?」

身体をガタガタ震わせながら、ユーリは呟く。

何だかやけに大きなものに食べられた、ような気がする。

(いや、気の所為、気の所為……)

心の中で呟きながら、ユーリはようやく立ち上がった。

「うわっ!!……と?」

足元がぐらぐらする。

踏ん張って立ったユーリは、自分が柔らかいクッションがたっぷり敷き詰められたベッドのようなものの上に立っている事に気づいた。

「……に、しても……………」

ユーリはあたりを見回す。

広い部屋のような空間の至る所で角灯や燭台、燈台(ランプ)にシャンデリアが様々な色合いの炎や光を宿してふわふわと蝶のように踊りながら、あたりを明るく照らす。

部屋に散らばるのは色とりどり、デザインも様々な家具に動物を模した大きなぬいぐるみ、そして、たくさんのお菓子。

ひとつひとつの家具を見ればファンシーで可愛らしいものなのだろうが、何せそれが無秩序に集まって、放置されている。

「……………派手だなぁ」

まるで小さな子供のおもちゃ箱をひっくり返したかのような様相の部屋をぐるりと見回したユーリはそう呟く。

しかし、ぼーっと突っ立ってもいられない。気を取り直したユーリはベッドから降りて鍵を取り出した。

視線の先にはハート形の扉がある。

「とりあえず、開けてみますか」

誰かに、おそらく自分に言い聞かせるように彼女は言う。

言葉は軽やかだが、吐きだした本人はまるで戦争の最前線に放り込まれた新兵のように悲痛な表情だ。

「………おじゃましまーす」

きぃっと軋んで開いた扉の奥は真っ暗だった。

(何も見えない……)

目を凝らしつつ、手は自然と懐中時計を探り出す。

ポケットから懐中時計を出した途端、

「うわっ!?」

背中に強い衝撃を受けたユーリはそのまま扉の中に倒れこむ。

 カンッ……コンッ……

「いたた…」

言うほど痛いわけではないが、いきなりの事で驚いた。

「あ、懐中時計が!?」

転んだ時に吹っ飛んだのか、懐中時計が見当たらない。

その上、背後で扉の閉まる無情な音が響いた。

「え゛?」

思わず顔を引き攣らせて後ろを振り返ったユーリ。

彼女の耳にふと、カンカンカンッと高い、木と木と打ち合うような音が届いた。

「?」

続いて聞えたのは軽快でけれどどこか重みのある音楽。

各々の部屋の番人達が気に入りの楽器を手にして演奏を楽しんでいる。

周りを見れば、楽器を持っていない番人達が楽しそうに音楽に合わせてリズムをとったり跳ねたりしている。その様はまさに、

「…………ライブ、会場…………」

何故にライブ。

呆然としていると、ふと、ライブの壇上でドラムの隣でギターを弾いている兎の腕にぶら下がっている懐中時計を見つけた。

「何であんなところに!?」

慌てて壇上へ向かおうにも興奮したオーディエンスに阻まれてなかなか前に進めない。

服を引っ張られ、何度も転び、やっと壇上の側についたユーリはボロボロになっていた。

「やっと、つい……」

ほっと息をついた瞬間。

「「WOOOO――!!」」

壇上のバンドマン達が興奮して雄叫びをあげた。

その途端、バンドマンの一人が腕を振り回し、時計が吹っ飛んだ。

「あ~っ!!」

「「Yh――!!」」

ユーリの悲鳴とともに、オーディエンスが楽しげに跳ね上がった。

オーディエンスに揉まれて、またも時計は行方不明。

「うっそぉ………」

呆然と吹っ飛んだ時計の軌跡を見ていたユーリはその場にへたり込んだ。

が、

「ちっくしょーっ!!」

貴族令嬢にあるまじき雄叫びをあげるとともにガバッと顔をあげ、オーディエンスに特攻をかける。

「貧乏貴族の長女、なめんじゃないわよおっ!!」


「たいした反骨精神ですわねぇ」

『ヤケクソともとれるがな』

集まった沢山の番人達に揉まれながらも必死で彼らをかき分けて進んで行く黒髪の少女の姿が一枚の鏡に映し出されている。

書類仕事を捌きながら、エリアーゼは感心したように呟く。

「さて、ユーリさんは頑張っているみたいですし、私はそろそろ帰りますね」

『おいっ!!』

「サボってたら、番人を(けしか)けといてくださいな」

さらっと鬼発言をしつつエリアーゼは身支度を整える。

「さて、今日の献立は…とりあえず、昨日のうちに用意していたハンバーク…、上に目玉焼きもつけますか、後はサラダ……オラニは生だとあの子食べないから……ん~」

『おいおい、ユーリは放置か?』

ぶつぶつと夕食の段取りをするエリアーゼに幻想の世界(ヴェルト・イルサオン)は声をかける。

「ま、ユーリさんならどうにかなりますよ。それより、キャロとポットのサラダとポパイのサラダ、どちらがいいですかねぇ」

『………キャロとポットで』

幻想の世界(ヴェルト・イルサオン)は何もかも諦めきったようにそう言い、エリアーゼを見送る。

「頑張ってくださいね?ユーリさん」

エリアーゼは帰り際にそう告げ、扉を閉めた。

『本当に帰りやがった』

『やれやれ、ユーリも厄介な館長を上司に持ったもんだ』

『我らが多少はどうにかしてやらんとなぁ』

『さて、どうしてやろうかのぅ?』

魔導書達がこそこそと話し合う中、鏡の中でユーリが番人達に揉みくちゃにされている。

「たぁ~すぅ~け~てぇえええ」


『いや、さて、どうする?』

『我らの魔導で……』

『いや、我の魔導は占術系での』

『お、我は惑星と天道の動きを研究した惑星魔導系…』

ユーリの悲鳴を余所に、ぎゃいぎゃい魔導書達は話し合い、どんどん話題の内容がズレていく。


一方、ようやくオーディエンス達から逃れたユーリは。

「もう、だめ」

ライブ会場に入る前の部屋に戻ったものの、ばったりとその場に倒れてしまう。

そのぐったりした頭の上に、懐中時計が吹っ飛ばされて落ちてくる。

「いだっ」

ころころと回転しながらユーリの目の前で止まる懐中時計。

「は、はははは……これを、この鍵分、やるの?」

果てしなく道が遠く、気が遠くなる。

そのまま、がっくりとユーリは行き倒れた。


その後、約二週間、ユーリは大体似た様な目に遭わされつつも掃除(ただし、できるところ)をやり遂げ、どーにかこうにかエリアーゼに許して貰いましたとさ。


めでたし、めでたし。

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