表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
王立学院図書館シリーズ番外編・小話集  作者: 藤本 天
真夏の夜の図書館
2/7

猫と兎

「でね、『兎の部屋』には“三日月野兎”(クレセント・ヘア)がいて、あそこの装飾の兎は全部彼の(しもべ)なんだって。それで、彼は兎達を使って罪人を誘き寄せ、三日月のように大きな鎌で罪人の首を刎ねるんだって」

「それ知ってる~」

「『猫の部屋』も同じ噂話があったよね」

「ああ、『猫の部屋』で猫の装飾にいたずらするとその夜から猫の鳴き声が毎夜のように聞こえるようになって、最後は猫の大群に襲われるって話だろ?」

「『鳩の部屋』の大時計の鐘が二度鳴ると罪ある者に裁きが下されるっていうのもあったな」


『狐の部屋』にいる少年少女達は怪談話をしながら、自分達の出番を待っていた。

わいわいと騒ぐ彼らを『狐の部屋』と呼ばれる原因になっている狐の装飾達がじっと見ている。


コトン。


「?」

「ねえ、何か音がしなかった?」


コトン。


「そういえば、『狐の部屋』にも怪談ってあったよね。『ひとりで部屋にいると、怖いものに出会う』って」

「ああ、そういえば……」


 ――……どーん。どーん。…どーん。


「ひぃっ!!」

突然響いた音に、彼らは悲鳴を上げた。


「おい!!みんな落ち着け!!見ろ!!」

タックが指差した方には『野を駆ける狐』をモチーフにした時計があった。

時計の一部が開き、小鳥を追いかける狐の可愛らしい張り子が出て来ていて、狐が動くに合わせて音が鳴る。


「カラクリ時計だよ」

「あ、ああ」

「何だ。驚かすなよ」

タックが指差した方を見た彼らは、ほっと気が抜けたように座り込んだ。

驚いて声すら出なかったショウは気まり悪げに咳払いをして二人の少年に目を向けた。

「……そろそろ時間だ。次ニックとビート」


『狐の部屋』からまたふたりの少年が出ていく。

「何見てるのよ。タック」

マーリが鳴りやんだ時計をじっと見ているタックに問う。

「ここの時計って、カラクリ仕掛けだったかなぁって思って……」



「夜の図書館って意外と不気味だな……」

「おい。何だよ、怖気づいたのか?ニック」

茶髪の少年が赤髪の少年をからかう。

「違うって。 俺をタックと同じにすんな!!」


 ――カトンッ


「ひぃっ」

思わず声を上げた二人の足下に、忘れ物らしい鉛筆が転がって来た。

「何だ。 驚かすなよ」

「おい!!キーツ!! いるんだろう!?」

悲鳴を上げてしまったニックが怒鳴る。

すると、『猫の部屋』からがさがさと何か動く音がした。


「キーツの奴!!」

「おい。待てよニック」


肩を叩いて赤毛の少年を止めた茶髪の少年はいたずらっ子のように笑った。


「キーツの奴を逆に驚かせてやろうぜ」

「いい考え」


二人の少年は音を立てないようにそうっと扉を開け、静かに『猫の部屋』に入る。

がさがさという物音は部屋の一番奥の棚から聞こえる。

二人は棚を前に目配せし合う。

そして、

「わあああああっ!! あ?」

「おおおおおおっ!! お?」


驚かそうと声を張り上げて扉を開けた二人は、そこに何もないのを見て首を傾げた。

そんな彼らの足下をするりと何かが通り過ぎる。

「何で……。 うわっ!?」

「ひぃっ。 何だ!?」


驚いた彼らの角灯に照らされたのは、


 ――……にゃあん


「何だ。猫かよ」


しなやかな肢体を持つ黒猫を見た二人はほっと息をついた。


「でも、何で図書館に、猫?」

「どっかの野良猫が入りこんだんじゃねぇか?」

「そ、そうか……」

「早くスタンプ押して、キーツを探そうぜ」

「あ、ああ」

入り口の扉に一番近い机にスタンプは置いてあった。

それの所に行こうとした二人は、ふと、周りを見回して硬直した。


 ――……にゃあん


何十匹もの猫が二人を取り囲んでいる。

濡れた様に黒い猫が金色の瞳で二人をじっと見つめている。


 ――……にゃあん


一匹が啼き始めた途端、猫達は「な~ん」「なぉ~ん」「にゃ~ん」と啼き合う。


「や、やめろおおおっ!!」

「ひぃいいいいっ!!」


部屋中に響く、どこか甘ったるい猫の啼き声から逃げるように二人は闇雲に走り回って外を目指す。

机にぶつかり、椅子に足をとられながら、傷だらけでようよう辿り着いた扉は……。


 ――……にゃあ


扉全体に金色の猫の瞳が浮かび上がる。

角灯に照らされた扉は黒い猫が集まって、扉の形を模した猫だった。


「ぎゃあああああああああっ!!」



<やれ、五月蠅い>

<声は外に漏れとらんだろうな?>

<ぬかりはないぞ>

<あと、三組か>

<次は、どうする?>


くすくすと笑う声が闇に響く。

その闇の中、ぬるりと現れた何かが二人の少年を闇の中に隠す。

その後、『猫の部屋』誰かが入って来た。

闇の中でのんびりと毛づくろいをしていた黒猫が嬉しそうに闇に佇む人影に飛びつく。


「ご苦労さま」


 ――にゃあん

闇に抱かれた黒猫が心地よさそうに啼いた。




闇の中、ぼんやりとした角灯の光を頼りに進む二つの人影がある。


「こ、……怖いね」

「てゆーか、女の子だけで行かせるって、ショウも気が利かないんだから!!」


くじの関係で少女二人組になってしまったらしい。

『肝試し』は参加者の惨状を知らぬ者達によって続行中のようだ。


「それにしても、キーツはどこに行ったんだろう?」

「わかんない。でも、スタンプはあったよね」


『猫の部屋』の扉のすぐそばにあったスタンプを押したカードを巻き毛の少女は見下ろす。

角灯の光に照らされて、カードに押された可愛らしい兎が走り回る図柄が浮かぶ。


「そうそう、キーツが用意したにしては可愛いよね。そのスタンプ」

「ほんと。見た目によら……あれ?」

「どうしたの?エリー」


巻き毛の少女――エリーというらしい―がカードを見下ろして首を傾げた。

「インクが消えてる」

「はっ!?」

「リサ見て、カードに押したはずのスタンプが消えてる!!」

「そんな、馬鹿な……」


薄い茶髪の少女が半信半疑でカードを受け取り、目を丸くした。

ひっくり返しても、角灯の光に照らしてみても、押されていたはずの可愛らしい兎の図柄はない。


「どうして?」

呆然とたたずむ二人にめがけて何かが落ちて来た。

 ――べちょり


「きゃあっ!!」

「いやあああっ!!」


冷たい何かに驚いた二人は必死で振り払い、しゃがみこんだ。


「な、何なのよぅ」

「うっ、うっ……」

泣きだしたエリーの隣で半ベソをかきながらリサは角灯の光を掲げる。

暗い廊下の上に転がっていたのは水をたっぷり含んだタオルだった。


「見て、エリー。ただの濡れたタオルよ」

「何で、そんなものが落ちてくるのよぉ」

「キーツのいたずらでしょう? ほら、元気出して」


 ――カツーンッ


立ち上がった二人の足下に、四角いモノが落ちてくる。

「なに?」

リサが角灯に照らされたそれを拾い上げる。

「スタンプ?」

エリーが底面に図柄が施されているのを見て言う。


「いったい、どこから……ひゃあっ!?」

「リサ。どうしたの?」

悲鳴を上げてしゃがみこんだリサにエリーがおびえたように隣に座りこむ。


「あ、足の間を何かが通った!!」

「え?でも、何が!?」


 ――コトン


物音に驚いた二人は身を寄せ合って角灯の光をそちらに向ける。

光に照らされたのは、もこもこした白いもの。


「う、うさぎ?」

呆然とエリーが呟いた声に応えるように、真っ白のもこもこはぴょこんっと特徴的な長い耳を立てた。


「あ、何か咥えてる」

白い兎は四角い何かを咥えていた。


「あれ、スタンプじゃない?」


大きくなったリサの声に驚いたのか、兎はぴょこんぴょこんと逃げ出した。

「あ、待って!!」


兎を追って二人は走る。

もこもこしたお尻とぽふぽふした尻尾を見ていると、ふと、エリーは図書館と兎にまつわる噂話を思い出す。

『兎の部屋』と呼ばれる一般図書階の談話室は、時計や棚、机や椅子、ランプシェードや絨毯まで兎をモチーフにした装飾が施されており、子供達に人気のメルヘンな部屋だ。

しかし、『兎の部屋』にも不気味な噂がある。


その話を聞いた時、馬鹿馬鹿しくて笑ったエリーだが……。


「リサ。追い駆けるの、やめにしない?」

「何?あの『兎の部屋』の“三日月野兎”を本気にしてるわけ?」

「そ、そうじゃないけど……」


立ち止った二人の前で、スタンプを咥えた兎は『兎の部屋』に入っていく。


「行きましょ。どうせ中に入らないとスタンプは押せないんだし」

「うん」


気のない返事で、歩く速度も遅いエリーと共にリサはしっかり握った角灯を精一杯前に突き出して進む。

花と戯れる兎をイメージした可愛らしいノッカーがついた『兎の部屋』。

そのノッカーすら今夜は不気味に見える。

ドアノブが回り、軋む音と共に扉が開く。


「あ、いた」


扉の側にいるエリーとリサが掲げ持つ角灯の光が辛うじて当たる範囲に真っ白い兎は四角いスタンプの側で蹲っていた。

思わず駆け寄った二人の背後で扉が閉まる。


振り返った二人が見たのは、


「うさぎ」


もこもこした白い生き物が耳をぴょこんっと立てて扉の前に陣取っていた。

どこにでもいる、白くて可愛らしい家畜用の兎。

その姿が、何故かリサとエリーには恐ろしく感じられた。

呆然と佇む二人を中心に出来ている角灯の光の輪にもう一匹白い兎が入り込む。

ぴょこん

ふと、視線の端にまた白い物が入り込む。

ぴょこん

また、兎。

ぴょこん

兎。

ぴょこん、ぴょこん、ぴょこん


「なに?これ」

「いや……」


怯えて身を寄せ合う二人を取り囲むように兎がどんどん増えていく。

二人を中心に白いもこもこした円形の絨毯が出来あがった頃、


「いやああああっ!!」

「エリー!!」


恐怖が頂点に達したのか、エリーが兎達を蹴散らすようにして扉に齧りつく。


「あ、開かない!! 何で!?」

がちゃがちゃと耳障りな音を立ててエリーが扉を押したり引いたりするが、扉は沈黙して動かない。


「うそっ!? 何で?」

驚いて声を上げたリサは、ふと、エリーが恐怖に見開かれた目でこちらを見ている事に気づく。


「あ、ああ」

「なに? どうしたの……」


こちらを指差して震えるエリーの視線の先を追ったリサは「なに」にエリーが怯えているのか理解した。


茶色のもこもこしたその生き物は、遠くの音を聞くために立ち上がった兎と同じ姿でそこに立っていた。

しかし、兎と違うのは、天井につかないように耳を折り畳まなければいけないほどその兎は大きく、そして可愛らしいその手には不釣り合いなほど巨大な鎌が握られていること。


こちらをぎろりと睨みつける巨大な茶色の野兎の足下には、白い兎達がもこもこと集まっている。

恐慌状態になったエリーに踏まれたり蹴られた兎もいるのか、仲間に舐めてもらいながら、エリーとリサを睨んでいる。


「い、いや……」

どんっと扉に背中をぶつけたリサの手から角灯が零れ落ちる。


茶色の野兎はぶんっと大きく鎌を振りかぶる。


「いやあああああっ!!」


隣にいたエリーが崩れ落ちる音と視界いっぱいに真っ白い何かが広がった瞬間、リサの記憶は闇に葬られた。




「ゆ、雪見大福?」

もこもこした白い兎が何かを覆い潰すように群がっている。

表現は涼しげだが、夏の夜に毛皮たっぷりのもこもこに潰された相手達は暑いだろう。

一片の光もない部屋に入って来た人影に気付いたのか、兎達は群がっていたモノから離れて人影に走り寄る。

だが、その腕の中に黒猫がいる事に気付くと一瞬で飛び上がって逃げた。


「そんな、あからさまに逃げなくても……」


人影は苦笑しながら兎達をねぎらう。


「野兎さん。この子たちも彼らと同じところに運んでね?」


巨大な野兎はこくりと頷くと、真白の兎達の助けを借りながら少女二人を手にのせる。


ぴょん


野兎が跳ねた瞬間、そこには何もない漆黒の闇に包まれた部屋が残るのみ。

人影は足下に転がる四角いスタンプを手にとってふっと笑う。

「あと、五人」


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ