教室
カラカラに乾き切った大地に数多の銃声が鳴り響いた。
白西はもう建物とは言えないくらいに砲弾や対戦車ロケット弾によって穴だらけになった元アパートらしき建築物の壁に身を隠し銃撃をしのぎ、攻撃の止んだ少しの合い間にHK416の銃口だけを晒し黄土色の半壊した建物の窓からこちらを狙う一人のテロリストに向け、一切の躊躇いもなくトリガーを引く。
画面の右下に当たり判定が出て、敵の戦力がまた一つ減った。
現在、首都から数十キロ離れた郊外のテロリストによって占拠された町の攻防作戦に白西他『軍事学めんどくせー』と思ってる、二二組の有志達が従事している。ゲームの中で……
ファーストパーソン・シューティングゲーム。通称FPSと呼ばれる一人称視点シューティングゲームで正規軍とテロリストに分かれての攻防戦がサイバーワールドで繰り広げられていた。
参加人数を見ると二十二人。クラス全員で三十一人なので七割が参加している事になる。
チャット欄では、『テクニカル強すぎ!』や『死んだ……』など、どうでもいいような事が
書き込まれていた。
白西は有効な攻撃手段を模索し始めた。
街へは北と南に分かれて、ヘリボーン(ヘリを使い兵士を敵地へ送り込む戦略)で侵入し、街から出る三本の大きな道路を南から侵入した第二分隊が爆破、それと同時に北側から侵入した第一分隊がテロリストの拠点を襲撃し、第二分隊は第一分隊と合流し応戦する。と、いう手順で実行したもののテロリストがテクニカル(乗用車に武器を搭載した戦闘車両)を使い予想外の激しい抵抗にあっている。
この作戦の障害は四台のテクニカル。これを撃破する事が任務を完遂する近道となるはずだ。
テクニカルの周囲は二人のテロリストがAK47を持って哨戒(警備)し襲撃に備えている。他のテロリストは半壊した建物や瓦礫などを盾に正規軍側に銃弾を浴びせる。
利用出来るのは街の建物といった所だろう。
丁度いい遮蔽物と射撃に有利な地形が街には溢れている。
白西はテロリストの立て篭もる三階立ての建物の反対側にある一軒の平屋に目を付けた。
ここで有効な作戦は奇襲。
二個分隊という兵員の少なさを利用した、高機動性を使い強襲を仕掛ける。
正確には一つの分隊全員が歩兵携行式多目的ミサイル、正しくはジャベリンを多方面から撃ち建物の正面に配置されたテクニカルを破壊し、もう一つの分隊が建物内部へ突入、制圧といった感じだ。
もちろんこの作戦は成功する確率よりも失敗する確率の方が高いかもしれない。
それはこの作戦に偽装工作をしなければの話だが。
白西は取りあえずチャットでこの作戦を味方に提案した。
しばらくしてゲームオーバーになった二人を除いて味方全員の合意を得て、作戦の旨を知らせ各兵にそれぞれの配置と役割、作戦決行時刻を伝える。
一人で多くの武器が持てるゲームでしか使えない戦術かもしれないが、負ければ今日の購買(学食や購買は先輩が優先という意味不明な年功序列制度のせいで昼休みの大部分を消費する)に買い出しに行く罰ゲームがあるので絶対に負けられない。
勝ちますようにと、いるかも分からない勝利の女神に願いつつ、白西も突撃するためのポイントへ移動し石造りの建物の壁の一歩手前に立ち身を潜める。壁に寄り掛からないのはもし銃弾が壁に当たって跳ね返った場合壁に沿って弾が飛来するからだ。
後は味方全員から配置完了の知らせを待つだけだ。
白西は何と無く顔を上げる。
教室の前にある据え置きの電子黒板には矢印や国名、なんだかよく分からない数字が
表示されている。
見回すと三分の二以上のクラスメイトが端末の画面を凝視していた。
と、いうかこれだけの人数がずっと顔を俯かせ端末の画面を凝視しているのはあまりにも不自然だ。
それにどう見ても教科担当の教師の目が怒っている。これは絶対今日のホームルームが長引くのは決定事項のようだ。
白西は退役軍人で徒手格闘で一度に四人の敵兵を倒したと噂される生活指導の先生|(もう先生と呼んでいいのか分からない)を思い出し戦慄し、背筋に冷たいものを感じながら画面に視線を落す。
もうここまで来たのだからこれしきのことで、作戦の責任を放棄するなんてあまりにも無責任だ。
残り二人を残して他の兵士は全員配置に着いていた。
しばらくして二人が配置に着くと作戦決行まで、残り一分を切っていた。
心の中でカウントダウンを始めそれがゼロになって一拍置いた後建物の裏側で爆発が発生した。
音量を設定でオフにしていたから音は無いものの、火球が黒い煙を纏って大きく膨れ上がる。
同じような爆発が六回。一拍置いた後に二個ずつ爆発していく。
爆発に気を取られているうちに第一分隊がジャベリンでBM-21用122mmロケット弾六連装発射機とZPU-4対空機関砲を積んだ二台のテクニカルが計六発の対戦車ロケット弾によって破壊される。
ロケット弾の雨が止んだ後白西率いる第二分隊がジャベリンからHK416に切り替えた第一分隊の援護射撃に援護されてテロリストの本拠地のドアへ向かって走り出す。後一〇数メートルでドアにたどり着くところで一人のテロリストが二階の窓からRPG-7を突き出し第一分隊に向かって弾頭を発射する。
バックブラストで一瞬テロリストが居る部屋が明るくなり。刹那、弾頭は第一分隊から五メートルくらい後ろの地面に当たり炸裂。紅蓮の炎を上げ黒煙を巻き上げて燃える。
だが、第一分隊は爆発に対して脇目を振らずただ、一直線にドアに向かう。
ドアにたどり着くと兵士二人がドアの両脇に着いて白西がドアを蹴破り両脇に着いた兵士二人が最初に突入した。
それに続いて、第一分隊全員が建物に突入する。
内装は外見と同じ素材が打ち放しになっており窓が木材で塞がれていてとても薄暗い。
第一分隊は一階の五部屋全てを確認し、『一階制圧』とチャット欄で第二分隊に知らせ
階段を駆け上がる。
二階の全ての部屋を確認するが、残りのテロリストの姿が確認できない。三階のテロリストを一掃し建物を制圧をしようと階段を登っていた味方の兵士一人が腹部を撃たれ崩れ落ちる。
血などの表現は無いものの人数が減るのは痛手だ。白西はあらかじめ知らせていたハンドサインで二階の階段上り口の両脇に二名ずつに分かれ、三階からAK47で撃って来るテロリストに向かってスタングレネードを投げ込む。一拍遅れて強烈な閃光が走り、白西を先頭に第一分隊は閃光と同時に階段を駆け上がる。
階段下り口左の壁に身を身を潜めていたテロリストの頭を撃ち、味方に安全な侵入経路を作ったあとすぐさま間取りを調べ、大きな部屋が一つしかない事を確認。電光石火の速さで部屋に通ずると思われるドアを蹴破ろうとするが思いのほか頑丈だ。
白西が武器をショットガンに切り替えようとするがショットガンを構えた味方の一人がハンドサインで退くよう指示を出したので、後ろに下がるとショットガンで蝶番とロック機構を破壊してドアを蹴り倒す。
その壊れたドアを踏み越え、第一分隊はドアを中心に半円形に広がる。
部屋の中には四人の目出し帽を被ったテロリストがAK47を構える、一瞬の沈黙が訪れ第一分隊とテロリストは五メートルの距離で対峙する。
そして、沈黙はHK416の銃口から飛び出た銃弾が終わりを告げた。
右端のテロリストに銃弾が着弾したのを合図に、第一分隊はテロリストに飛びかかる。
テロリストは一瞬状況判断出来なかったのか動かずぼっとしていたが慌ててAK47の引き金を引く。
だが、時すでに遅し。白西はその一瞬でテロリストとの距離を詰め腰に引っかけてあったサバイバルナイフをテロリストの懐に突き立てる。
それを見た味方もテロリストに向かってナイフを突き立てる。
テロリストは自衛のためかAK47で銃弾をばら撒くが致命傷までにはならずナイフの切り付けによって倒れていく。
他に居ないか部屋を見回すがそこには四人のテロリストしかいない。
死亡判定が外と中合わせて六人。テロリストの全員がゲームオーバーになった。
ふぅと、白西はパシリ回避の成功に胸を撫で下ろし、咽頭と耳の後ろに付けたコントローラーを外す。
声帯へ伝わる脳からの電気信号を感知し、画面内のキャラクターを動かす方式を使ったゲームだ。
感覚としては頭の中で命令を出すと、いった感じだろうか。声が出せなかったり耳が聞こえない人のために造られた脳波を解析して、車いすが動かしたり、発話能力を失った者の発話を補助する技術を応用したものだ。
耳の後ろ、乳様突起に付けたのは咽頭の装置から送られた信号を感知して端末に送信する、いわば携帯の基地局のような役割をしている。
さて、これからノートを取るかと。スライスタックで画面の一番下に表示されたアイコンをタッチし教科書とノートを呼び出し、教科書を画面上半分にノートを下半分に表示させた。
「おい、白西。これについてお前の意見を述べろ」
白西を指名した三十代半ばの男子教師が電子黒板を親指で指差す。
「……はい?」
「まず立て。『はい?』じゃなくて、日本の安全保障についてお前の主張が聞きたい」
「えーと…………」
イスから腰を上げ頭の中で言葉を巡らす。
(アメリカじゃなくて……核じゃなくて……。テロリスト……は全然違う!)
なにか教室にこの状況を打開できる物は無いかと、視線を巡らす。
生憎、打開できるような物は無く焦りが最高潮に達し、後の事は知らん!後は野となれ山となれと適当にそれらしい事を言う。
「今日本はアメリカと中国を代表とする北アメリカ、ユーラシア連携条約機構と戦争中です。この機構の加盟国は世界の八割方の核ミサイルを持っており、えーっと重要なのは保有国に核ミサイルを撃たせない。つまり核抑止が日本の安全保障……を担うと思います。日本の保有している、大陸弾道ミサイルを敵側の主要都市に向け、牽制しつつ日本はバイオプラントや人工鉱石生成炉などの日本のライフラインを重点的に防衛し通常戦力で講和へ持ってくるのが日本に有利に進むと思います」
…………
教室に重たい沈黙が舞い降り何秒か無音が支配したあと先生が重く口を切り出した。
「まんまと引っかかったな。今は平和について勉強中だったんだけどな」
「…………え?」
先生の理不尽なひっかけに白西は絶句する。
改めてよく電子黒板を見ると平和論のモデルケースが幾つか並んでいる。
白西は崩れるようにイスに座た。
「まあ、ちゃんと授業を聞け! 他の授業中にゲームしてる奴らもな」
してやったりと、したり顔で先生は注意を呼び掛け黒板に向き直ろうとした時んっと、指導用の端末の一か所を注視する。
まだ、何かあるのかと覚悟し、今度は騙せられんと身構えていると先生は顔を上げ白西の方へ向ける。
「お前……なにかやらかしたか?」
突然の質問に反射的に「いいえ」と、返した。
「それならいいんだが……取りあえず校長室に呼び出されてるから行ってこい」
予想を裏切り斜め上をいく言葉に「なぜ?」っと思わずため口で返してしまった。慌てて訂正しようとするも言い直す間も開けず「俺も分からん。取りあえず言ってこい」と、投げやりに返した。
白西は訝しげにイスから腰を上げ机と机の間をすり抜け教室前方のドアから廊下へ出る。