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スーパーマーケット

 白西と美乃は自動ドアをくぐり、スーパーの中に入った。

 スーパーはごく普通の造りで、入口付近に野菜や果物が陳列され店の壁にそって肉や魚などの生鮮食品や冷凍食品が並べられた蓋が無い冷蔵庫があり、その内側にいくつもの棚が並べられていた。

 横に積まれたカゴをおもむろに一つ取り、店内を徘徊する。

 美乃はすぐ後ろを歩いていた。

 白西は、野菜売り場をぶらつきながら適当に野菜をかごに放り込む。

「なに作るの?」

「カレー」

 美乃はカゴを覗きこんだ。

「どうせなら、焼き肉の方が楽だと思うけど」

「それは、お前が食いたいだけだろ」

「ばれた」

 可愛らしくぺろっと舌を出しておどける美乃に「はいはい」と返した。

 美乃はむーっと仏頂面になる。

 焼き肉は後片付けが面倒臭いんだよなと小声で呟いた。

 白西はジャガイモ|(大)5個入りの袋をかごに放り込む。 

「ねえ、カレーの他に作れるものある?」

「親子丼、牛すき焼き丼、豚丼」

「全部丼物じゃん」

「一人暮らしなんだから丼物でも十分なんだよ。これから覚えればいいだけだしな」

「卒業するときは、職業軍人じゃなくてコックになってたりして」

「映画の見過ぎだ。なんだよ元軍人のコックって、大体なんで転職先がコックなんだよ!」

「それは言ったらだめっしょ」

 白西は生肉コーナーへ向かった。

 美乃はいつも間にかどこかに行ってしまった。

(あいつどこ行ったんだ)

 辺りを見回すが、どこにもいない。

 まぁ居ない方がいいんだけど。

 白西は、パックに入ったカレー用豚肉をかごに放り込む。

 居ないなら居ないでいいと思ったが、居なくなるなら居なくなるで声だけでも掛けてくれればいいのにと、もう一度辺りを見回す。

 すると、棚の一角から見慣れた少女が現れた。

 両手いっぱいに山のようなカップめんや缶詰を持って。

 美乃は山が崩れそうになるたびに太ももを上げ山のバランスを保ちながら、落ちそうなカップめんを頂上に置く。

 そのたびにちらちらと小さな布が見え隠れする。

 白西はなるべく見ないように、視線を逸らす。

 妙な気恥ずかしさが込み上げてきた。

 もう少し周囲の眼に気を掛けてほしいものだ。自分は幼馴染だから視線を逸らすぐらいだが、中にはそのチラリズムに心を奪われる奴だっているんだぞ。

 周囲に目を配る。

 よかった。辺りに男子は偶然にも居なかった。 

 白西は安堵する。

 友達をそういう目で見られるのは何と無く不快感がある。

 だからって、もし同じような状況があったらたぶん間違えなく見てしまう。

 男とはそういう生き物なのだから。偏見だけど。

 白西は美乃の両腕から、不安定なカップめんを手に取る。

「なんなんだ、このカップめんの量」

 美乃はいつも通りの笑顔で軽く礼を言った後カップめんに視線を落とした。

「ん? あーこれ? この休日を乗り切るための食料」

「……誰が払うんだ」

 恐る恐る聞いた。

「それはもちろん。ねぇ?」

 頼み事をする時の笑顔で首を傾けた。

「俺は払わないぞ。早く戻してこい」

 白西はきっぱりと言った。

「えー」

 美乃は頬を膨らませる。

「じゃあ出世払いで」

「出世払いの意味分かるか?」

「……」

「分からないのなら、早く戻してこい」

「じゃあ何でも言う事聞くから」

「なら早く戻してこい」

「じゃあ戻したら買ってくれる?」

 白西は?を浮かべる。 意味が分からない。

「どういう事だ?」

「だからこれを戻して、別のを買ってくれるんでしょ」

 してやったりと意地悪そうな笑みを浮かべる。

「じゃあ、これを会計して早くここから出よう」

「命令変えるのはナシだよ。ナシ」

「いいか、金払うのは俺。 つまり主導権は俺にある。だから戻してこい」

 語調を強くして言った。むちゃくちゃな理屈だが、単純|(本人には悪いが)な美乃には効果があったようで、ぶつぶつ不満を言いながら棚の方へ歩いていった。

 語調を強くしたのが利いたのかもしれない。メラビアンの法則というのもあるし。

 白西は自分の右手に視線を下ろした。

 あ……

 その手には、カップ焼きそばが一つ。

 顔を上げ美乃が走って行った方を見る。

 いないか……

 しばらく考え「まあ…… 一つくらいは買ってやるか」と、カップ焼きそばをカゴの中に放り込む。

 頭を上げ美乃が帰って来るのを待っていると、白西の体に何か柔からい物が当たった。

 視線をそちらに向ける。

 さらさらな明るい色の茶髪。手入れが行き届いて天使の輪が出来ている、その髪が鎖骨の辺りまで流れている。

 上から見下ろような形になっているため、顔は見えないが性別は女だと言う事は容易に分かる。

 丸みを帯びた体、制服の上からでも分かる腰のくびれ、スカートから伸びた足は長く剥き立ての茹で卵のような白くすべすべな肌が包んでいる。

 少女はゆっくりと顔を上げた。

 白西は息を呑んだ。

 大きく黒く吸い込まれそうな瞳。すっと筋の通った鼻、頬は桜色に染まり唇はバラのように赤く少し幼さがある雰囲気だ。まるで、絵画から飛び出したようなそんな不思議な魅力があった。

 少女は視線を彷徨わせる。

 どうやら状況を把握できていないようだ。

 小動物のように愛らしく見据えてはっと瞳を見開き少し後ろに下がった。

 少女はおどおどとした様子で「ごめんなさい……」と、言うとぺこりと頭を下げる。

「えっ? いやっちょっとそんな頭下げないで、俺がこんな所に突っ立てたのが悪いわけであって逆に謝らないといけないのは俺の方だからさ」

「いいえ私の方こそ、前方不注意でぶつかってしまって……」

「いや俺があんな所に立ってたのが悪かったのであって、別に君が謝る事無かったんだよ」

「私がもうちょっと気を付けていれば……」

 白西は後頭部を掻く。だめだ、埒が明かないと自分の心がそう伝える。

「分かった。じゃあ取りあえずお互い無かった事にしよう」

 少女はきょとんと首を傾げた。

「それは――」

 少女は言葉を紡ごうとするが白西は遮った。

「いいから、いいから」     

 少女は釈然としない様子だったが、納得してくれたようだ。

「そうですね。争いの種になるようになるなら植えない方がいい。それに引き換え政府は……」

「えっ?最後なんて?」

「いいえ何でも無いです。それでは」

 少女はスタスタと生肉コーナーを通り過ぎ、調味料の棚に歩いていった。

 最後の言葉何だったんだろうか。

 白西は少女の言葉を反芻する。

 政府がどうたら。

 少し考えたが答えはでない。白西は早々に切り上げた。

 すーっと息を吸った。香水とは違う甘ったるい匂いが鼻孔を突いた。

「誰あの子?」

 不意を突かれ、素早い動きで白西は声のする方を向いた。

 そこには、カップめんと缶詰を棚に戻してきた美乃が白西と同じく

少女が消えて行った棚を眺めていた。

「分からない」

「……?」

 怪訝そうな目で白西を見る。 

「ただぶつかっただけだからさ」

「ふーん」 

「カレールウはあるから、後は買わなきゃいけないのは……ないか」

 白西は会計の方へ向かう。

 六台あるセルフレジの中、一番近い右から2番目のレジの前に立ち重量センサーが付いた棚にカゴを乗せる。

 棚の斜め上に付けられたプラスチックの窓から、赤い光が照らされレジ上部に取り付けられたタッチパネルにカゴの中の商品の一覧とその下に合計の代金が表示される。

 ポケットから図書カードくらいの大きさの電子マネーを取り出し、読み取り装置にかざす。

 ピッと改札と同じ電子音が鳴り、レジ袋が窓横の四角い口から排出されお馴染みの謝辞が現れる。

 カゴとその上に乗ったレジ袋を持って、五歩くらい進んだ所にある台の上に置いた。

 レジ袋を広げ、てきぱきと品物を入れる。

 その様子を美乃は横から暇そうな目で見ている。 

 全ての品物を入れ終え、白西はレジ袋を持ち入って来た出口に歩を進めた。

 隣を歩く少女はカバンをぶらぶらと揺らす。

「あっ!」

 美乃は突然立ち止まり、声を上げ白西の袖を引っ張った。

「ん?なに」

 白西が尋ねるといつも笑っている美乃が真剣な表情で視線を合わせる。

 何事かと耳を澄ました。

「食後のデザート買って無い」

 その瞬間しんと辺りが静まり返った。

 白西はその言葉に何回か目を瞬かせる。

「…………はぁ?」

「だから、デザート」

 美乃は真剣な表情で詰め寄った。 

「ちょっとお前これから、人んちの飯タダ食いするんだよな? それだけでも迷惑なのにデザートまで要求すると?」

「うん」

 当たり前じゃんと言うかのように頷く。

「日に油を注ぐって言うことわざ知ってるか?」

「……たぶん知ってる」   

 たぶんを強調して言った。

「やぱり雑草食ってろ」

 美乃を置いて早足でスーパーを出る。

 白西は空を仰いだ。

 西の空は赤く、夕方と夜の境界線が引かれ東側では早くも幾つか星が瞬いている。

 風は冷たく街灯は煌々と通りを照らし朝に見る大通りとはまた別な雰囲気が出ていた。

「ちょっと待ってよー、じゃあデザートはいいからせめてカレーを。十日五百円とかお金入ってもその頃には、衰弱死してるよー」

 このまま寮まで後ろでぎゃんぎゃん言われるのも嫌なので、

きっぱりと言おうと白西は後ろを振り返る。 

 美乃はスーパーから出た途端走り出し、前屈みになり軽くジャンプ。

 刹那、勢いを殺さず白西の腰を両手で抱えこむように飛び込み豪快に倒す。

 ろくに受け身を取れないまま白西は肩や背中、後頭部を打ちつける。

 みぞおちから電流のように痛みが走る。頭がぼーっとし、

一瞬何が起こっているのか分からなかった。

 冷たいアスファルトの感触、こちらを奇異な目で見てくる通行人。 

 稼働率二十パーセントの脳を働かせ、自身の状況を把握する。

 肩と背中からの痛みがじんわりと体の奥に響く。

 下腹部から胸にかけて重く柔らかく温かい何かが圧し掛かる。

 白西は頭を上げた。

 ズキッと、後頭部に痛みが走る。

 手で摩ると後頭部の一部が膨らんでいた。

 少し押すと痛みが走る。

(あー、たんこぶ出来るよ……)

 白西は「よいしょ」と、体を起こした。

 まるで、鉛でも乗せられてるように重い。

 視線を自分の腹に下ろすと、女の子が倒れこんでいた。

 チョコレートのような黒に近い茶色の髪、濃褐色の瞳を覆う瞼は半分閉じられ、顔の各パーツはまだ幼さが残っているがほんの少しだけ大人っぽさが表れている。スカートは捲れ上がり見えそうで見えない見事なチラリズムを醸し出していた。

 桃色の唇の両端は上がり小悪魔っぽく笑う。

(顔ちかっ!)

 ほんの数秒時間が止まったかのように白西は美乃の視線に合わせた。

 …………

 はぁと思考が状況に追い付き白西は慌てて視線を逸らす。

「ちょっ美乃、早く退け」

「ん? あぁーはいはい」

 美乃はむくりと起き上がった。

 続いて白西も起き上がり、カバンと買い物袋を拾い上げる。

「ねぇ。だからお願い」

 そう言って美乃は手を合わせ片目を瞑る。

 白西はどぎまぎしつつ周囲を一瞥する。

 ギャラリーとはいかなくても、さっきから通行人やスーパーに入ろうとしている他のお客さんが物珍しそうな目で見ている。

 それに加えて通行人の所々から「あっラブコメだ」と不名誉な声が挙がっている。

 校内で、変な噂が立つのは気乗りがしない。

「分かった」

 白西は渋々と云った。

「ただし」

 一拍おいて言い足す。

「スピアーとかまじで危ないから止めろ。下手したら脳髄傷つけて即死するから」

「スピアー?」

 きょとんと首を傾げる。

「プロレス技の必殺技、知らずにやったのか?」  

「だって私プロレス興味無いし」

 美乃はさも当然のように言った。  

「分かった。じゃあ取りあえず怪我させるような事はするな」

「それはつまり十日分の食料を恵んでくれるってこと?」

「なんでそうなる! 取りあえず今日だけは夕飯食べさせてやるから女子寮の玄関前で待ってろ。残りの数日は雑草か親に連絡して仕送りしてもらうか入金してもらえ」

「伊吹の部屋はダメなの?」

「男子寮に入れる訳無いだろ」

「なんで? 男子寮ってこっちと同じアパートタイプなんでしょ?」

「エントランスでばれる」

「別にばれてもいいんじゃないの?」

「変な噂立つだろ」

「変な噂って?」

「なんて言うか……」

 言葉を選ぶのに迷い、何と無く首を左に回すとスーパーを利用してる他の生徒から迷惑そうな目で見られていた。

「ここじゃあ邪魔になるから取りあえず歩こうぜ」

「あっ逃げた」

「うるさい」

 白西は寮に向かって歩を進めた。

「あっちょっと」と、美乃も肩を並べる。

 なんか十年後とかも同じような事やってるかもと、嫌な予感が白西の脳裏をよぎった。


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