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大通り

 白西は生徒普通教室棟2階、1年28組の自分の教室で机に突っ伏していた。

 鷹放学園は一学年1200人、40クラス程ある。

 窓から3列目、前から4番目教室のほぼ中心の席に座り何とも言えない眠気と徒労感に駆れていた。

 前の席に座っている淡嶋が座席の背もたれが体の前になるように座り直し、白西と雑談に興じる。

「これからだって時に潰滅で、終了とかがっかりだよな」

「仕方ないだろ、最初の説明で戦闘不能に陥ったら終了と言われてたし」

「それはそうだけどやっぱ、全滅させて勝ちたかった……」

「無茶言うなよ」

「それにしても、よくあんな作戦思いついたよな」

「偶然思い付いただけ、

元々の陣形が良かったのと機動が早かったからすぐに攻勢に転じる事が出来た」

 へえーと淡島は分かってるのか、分かっていないのか曖昧な相槌を打った。

「ところでさ、白西。兵科どこはいる」

「航海だけど」

「航海…… 俺的には司令の方が向いてるような気がするけど」

「指令は、結構めんどくさいらしいし、普通に戦闘部門にはいた方がそう言う面では楽だろ」

「楽なのか?」

「いや……なんとなく……。 淡嶋お前はどうなの?」

「俺は機甲」

「へぇー」

 白西が相槌を打っていると教室の前の方の引き戸が開き白西のクラスの担任が入って来た。

 淡島は向き直り、さっきまで騒がしかったクラスはしんと静まり返る。

 担任の吉葉は教卓に着きホームルームを始めた。


                     ***


「6日までに、記号の兵科を書いて提出」

 だるそうに、だらだらと書類の提出期限を伝える吉葉先生からの「起立、礼」でホームルームから解放され、白西は体を伸ばす。

 窓を見ると日が山に落ち薄暗くなっている、教室にかけられている時計はまだ4時半だがここは山奥、夏場ならともかく春だと6時もしないうちに真っ暗だ。

 取りあえず、夕飯の事を考えなけらばならない。

 大通りの店がいくら学生向けの値段だと言っても、

一カ月すべて外で食べてたら瞬く間に底を尽きてしまう。

 軍から予備兵役だからと、いくらかは貰っているが学生が毎日贅沢出来る程の額ではない。

 白西は机の横に掛けた薄ぺらいカバンに大学ノートを一回り小さい端末を入れた。

 いまどき紙で出来た教科書なんて物は無いしシャーペンなんて物もほとんど使わない。

 席から立ち上がり、カバンを持ち最寄りの後ろ側のドアへ向かった。

 出入り口まで残り1メートルのところで白西の幼馴染の小坂美乃に引き止められた。

「ちょっと何一人でしれっと帰ろうとしてるの」

 白西は振り返り露骨に嫌そうな顔をして「なに」と聞き返した。

「まったく、そんな顔しないでほら」

 雑にカバンに荷物を詰め込み白西の方へ小走りで向かってきた。

 来る途中薄茶色の肩を通り越すくらいに伸ばされた髪が揺れる。

 まだかなり幼さが残る顔立ちの少女は満面の笑みで白西の方へ歩み寄る。 

「ふう、危うく生命線に逃げられるところだった」

 美乃は白西の腕を引っ張り少々強引に教室から出る。

「生命線?」

 美乃は体を180度回転させ、白西と向かい合いキラキラと擬音が出てきそうな笑顔で、「うん」と頷いた。

「ちょっとね今金欠で、残り10日500円で過ごさないといけなかったり……」

 白西は無視して、階段に向かおうとするが美乃は華麗な身のこなしで白西の行く手を妨害する。

 それでも、白西は歩みを止めず階段の方へ歩き続ける。

 美乃は動きを止めるのを諦めたようで、白西の前を後ろを向きながら白西の歩調に合わせて歩く。

「で、金貸してほしいと?」

「別にそこまでストレートに言ってない」

「同じことだろ」

「今はお金より、十日分の食料を恵んで」

 美乃は上目遣いでねだる。

「いやだ」

「即答しないでよ。せめて考えてよ」

「雑草でも食ってろ」

「やだよ、何が混じってるのか分からない」

「ここ山の中だから、山の栄養とか蓄えてそうだし、体にいいんじゃね」

「じゃあ食べてみてよ」

「なんで俺が」

「体に良いって言ったじゃん」

「かもしれないって言っただけだし。階段気を付けろよ」

 美乃は後ろを振り返り、階段を確認するとくるりと身を翻し15段程ある階段を2段抜かしで飛び降り、

あっという間に階段の真ん中にある、踊り場に降り立つ。

 白西は普通に一段ずつ階段を降りて、少し遅れて踊り場に着いた。

 美乃は階段の外側の手すりを握りモノレールのように滑らせ、淵を白西と向かい合うように歩く。

「とまぁーそんなわけで、夕飯分けて~」

「やだ」

「だから、即答はやめて」

「全く、計画的に使えよ」

「じゃあ、材料だけでもいいからちょうだい」

「人の話聞けよ。 階段」

 美乃はさっきと同じように身を翻し2段抜かしで一階の廊下へ着地。

 白西も数秒遅れて一階廊下へ向かって階段を一段ずつ降り昇降口の方へ歩みを進める。

「ともかくな、そんな毎日外食出来る程の額は貰えないって言われただろ」

「毎日は外食してないもん」

「じゃあ何に使った?」

 白西は強い口調で言う。

 一方美乃は視線を逸らした。

「なんで、目を逸らす」

「いや別になんとく」

 白西は美乃に呆れたような目で見つめた。

「まだ、下校途中で買い食いしてるのか?」

 美乃はぶるっと肩を震わせ顔が引きつる。。

 白西はこの分かりやすい動作を肯定と受け取り、説教を始める。

「だって勉強した後ってお腹空くじゃん」

「だったら菓子パンでも食ってろ、ファミレスで800円もするパフェ食うな」

「800円じゃなくて、798円。 2円違う」

「2円とか誤差の範囲内だろ」

「2円なめると2円に泣くよ。 1カ月で60円になるんだから」

「買い食いやめれば、自炊で1カ月分の食費になると思うんだが」

「…………ホントに?」

 急に目の色を変えた美乃に警戒しつつ話を続ける。

「2万くらいは、行くと思うけど」

「2万…… ハンバーガーにして200個……  なんでもっと早くぅー」

 なぜか美乃は白西の胸倉を両手で掴んでぐらぐらと揺らす。

 白西は美乃の攻撃を止めさせるために細い腕を掴んで剥がそうとするが、がっしりと掴んでいて下手したらボタンが取れる可能性があったため口頭で「よせ」だの「やめろ」と言うが美乃は聞く耳を持たずぐらぐらと揺らし続ける。

 このままではほんとにボタンがとれて針と糸を装備して、難敵ボタン付けと戦わなければならない。

 裁縫が苦手な白西は美乃の二の腕を手で抑える。

 揺れが止まり先ほどまで、三半規管がかき回されたせいで平衡感覚が無くなりよろめく。

 白西は額に手を当て、しばらく続く不快な浮遊感が去るのを待って話を続ける。

「ちゃんと計画を立てれば、こんな事にはならなかっただろ」

「でもやっぱ、いつもの生活習慣変えるのって結構難しいと思うけど?」

 しれっと開き直る美乃に白西は苛立つ。

「お前は難しいじゃなくて出来ないだろ」

「失礼な! じゃあ今日から生活変えるよ、変えてみせるよ!」

 そう言って美乃は堂々と誇らしげな顔で貧相な胸を張る。

 白西はため息を吐いた。

 美乃は三日坊主どころでは無く、昨日言った事を日が明ければ頭から消え去るというもはや才能とも言える記憶消去術を思っている。

 また重要な事は忘れてるくせに、こっちが覚えていたくないような事はいつまでも覚えている。

 どうせ、この生活習慣改造計画も明日になれば「なんのこと?」と小首を傾げるに違いない。

 白西は付き合ってられないと昇降口に向かう他の生徒の群れに紛れる。

 美乃は白西を見失いきょろきょろと周りを見回しうろたえた。

 一方白西は見つからないよう身をなるべく群衆に潜ませた。

 相変わらず視線を彷徨わせる美乃を一瞥し、人波を盾にして足早に昇降口の方へ向かったが、

「あー、やっと来たよ」

 下駄箱の所で待ち伏せしていたらしく捕まった。

 美乃が肩で呼吸している所から見て、どうやら人と人の間を縫う様に走って来たようだ。

 相変わらず、すばしっこい奴めと内心そう思い、上履きから靴に履き替え外に出た。

 もう5月だというのに空気は肌寒い。

 ここは日照時間がなーとか考えていたら横からひょこっと美乃が顔を出す。

 白西的には振り払いたいのだが、どうせ振り払っても男子寮の自室前で待ち伏せしてるだろうと考え今日の夕飯は安く済ませようと誓った。

 

                     ***


 白西と美乃は、校門を出てスーパー目指して一直線に延びる大通りを並んで歩いていた。

 鷹放町の歩道は少し変わっていて、車道より歩道の方が幅が広い。

 こうゆう仕様にしたのはほとんど車が通らないからだろう。

 学生が大半を占めるこの街で車の必要性は高くない、それに寮から徒歩十分で生活に必要な物はほとんど手に入る。

 この車道を使うのは主に業者の搬入か軍関係者の車ぐらいだろう。

 教員もほとんどは自転車かバイクだ。

 もはや歩行者天国と化した大通りを白西達の他にもぞろぞろと歩いている。

「ところでさー兵科ってどこにするの?」

「それ聞かれたの二回目、そんな気になる事か」

「ほら、あれだよあれ、仮入部期間終わって部活どれにしようかなー的なあれだよ」

「小中と部活入って無かっただろ」

「例えだよ例え。で、どこ入るの?」

「航海」

「航海? それって、戦闘部門海戦部航海科の事?」

「それ以外に同じ名前の科なんて存在しないだろ」

「まあそうだけど……」

 美乃は顔をしかめる。

「てっきり、陸戦の戦闘に入ると思ってた」

「いやまぁーどっちが生存出来るかって考えたら陸は危ないよなーと思ってさ」

「それなら支援部門に行けばいいのになんで?」

「先月、海軍の補給艦が沈没したっていうニュースあっただろ? それでちょっと……」

「あーなるほどね」

 と、お互い苦笑いし頷いた。

 人間誰だって、進んで死のうとは思わない。

 白西は補給艦の沈没のニュースを判断材料に加えて、

一番戦死する確率が少なさそうな無難な兵科を選んだつもりだ。

「ところで小坂は、どこの兵科に入るつもり?」

 美乃はんーと顎に人差し指を当て空を見上げ考え始めた。

「一番楽な科ってどこ?」

 白西ははぁーと大きなため息を吐いて首を横に振った。

「なあ、悪いけど何のためにここ入った」

 「えっ」と、美乃は不思議そうに首を傾げた。

「それは~、入試が無くて、お金が貰えるからに決まってるじゃん」

 にやーと白い歯は見せてなぜか誇らしげに笑う美乃に白西は言った。

「これを税金の無駄遣いって言うんだよ」

「一人くらい大丈夫、大丈夫」

 その言葉に白西は呆れかえる。

 一方美乃は持っていたカバンの金具を外し、ごそごそと中身を漁り端末を取り出す。

「もう少し、小さいと楽なんだけどなー」

 美乃はぼやきながら、細い指でタッチ画面を操作し目的のドキュメントを見つけ、

文章を走り読みする。

 一通り読み終えると、美乃は白西に訪ねた。

「結局どれが楽だと思う?」

 美乃は端末の画面を白西に向ける。

 端末には組織図のように書かれた、鷹放学園の兵科が表示されていた。

「そんなの入らないと分からないだろ」

「使えないなー」

 いらっとする口調で言う美乃に白西は無視して、「あー晩飯なんにっすっかなー」と家庭的なことを言う。

 美乃も腹いせにと無視し、端末に目を落とす。

「じゃあ楽なのじゃなくて、難しい勉強しなくて死ななくて済みそうなのを~」

 タッチ画面の上で指を滑らせる。

「あ、ねえねえ、これなんてどお」

 美乃は子供が珍しい物を見た時に上げるような声で白西の制服の袖を引っ張った。

「どれ」と白西は端末の画面を覗きこむ。

 そこには『諜報部門』という文字が表示されていた。

「諜報……」

 白西は少し考え込む。

 楽なのかどうかは分からないが、確かに銃弾が飛び交う戦場にも巡航ミサイルが飛び交う海域にも行く必要は無い。

「それでいいんじゃないか」

 白西は相槌を打った。

「うん、これならいいかも」

 美乃は嬉しそうに言う。

 相変わらず単純なやつだな、と。美乃を見ながら白西は思った。

 ふと前に目をやると目的のスーパーが見えて来た。白西は車道を横切りスーパーのある反対側の歩道に移動する。

 美乃は端末から目を離し車道を渡る白西を見て親指、人差し指で端末を挟み残りの指でカバンを持ち、その後を追う。

 白西と美乃はぞろぞろと帰路に着いている生徒の群れに加わる。

「じゃあ諜報のどこの部に行くか決めないと」

 端末を持ち直し、鼻歌交じりで楽しそうにタッチ画面の上で指を踊らせる。

 入学したての頃は端末の操作ごと気に一喜一憂していた美乃だが今は手足のように使いこなせている所を見て、4時間教え続けて無駄はじゃなかったと、生徒の成長に微笑む新米教師みたいな顔を浮かべる。

「ところで、ねえ、これって卒業したらどこ入るの?」

 美乃は急に真剣な表情になり、白西に訪ねる。

「…………ちょっと貸して」、と端末を美乃の手から抜き取る。

 陸戦部なら陸軍、海戦部なら海軍、空戦部なら回転翼と大型固定翼機、固定翼機、無人機などで分かれ卒業後に任意で陸軍、海軍、空軍に分かれる。

 なら諜報は……と、白西は端末を操作する

 タッチ画面の諜報部門に触れた、すると諜報部門の組織図が表示される。     

 白西は取りあえず一番上の写真部の項目をタッチする。

 白い背景をバックに写真部の説明がA45枚分くらいの量で詳細に記されていた。

 画面をなぞり、ページを下げると卒業後と書かれた小見出しを見つける。

「どうやら、この写真部だと卒業したら国家地理空間情報局って所に行くみたいだな」

「へー」と美乃は頷く。

 白西は左上の矢印に軽く触れ、組織図の画面に戻る。

 そして、一つ下の通信部を触れ同じように卒業後と書かれた小見出しをみる。

「通信は国防総合情報局って所らしい」

「なんか映画に出てきそうな名前だね」

 そうだな、と。白西は適当に相づちを打つ。

「あとその国防なんたら情報局って所には暗号部卒も行くって書いてある」

 白西はさっきと同じように操作し端末画面を諜報部門の組織図に戻す。

 端末を返そうとすると、美乃は覗きこみ「下行って」と言った。

 白西は言われた通りに組織図のページをスクロールさせる。

 さっきまで一番下だった項目が画面の一番上に行き文字の上の方が見えなくなっている。

 美乃は視線を画面を上からゆっくりと下へずらし、ある一点で止める。

「なんか気になるのでもあるのか」

 白西は何気なく聞いた。

「いやっちょっとこれ」

 美乃は白西の体の横から、細い腕をにょきっと伸ばしある項目を軽く触る。

「公開情報?……」

 白西は呟いた。

 画面が変わりさらに、装備科、公開情報科、撹乱科、検閲科と細かく分けられた内訳が表示される。

 美乃はそれぞれの項目を開くこと無く、唐突に言った。

「私これにする」

「はぁ?」

 白西は疑問の声を上げた。 

「だって、この中で一番覚える事少なさそうなの、これしかないと思うんだよね」

「そうか?」

 白西は怪しい通販を見るような目で美乃を見る。

 いくら楽観主義で、一夜漬けならぬ五分漬けを実行してるからと言っても、人生を決めるような重大な事をこんな適当な理由でするのはどうかと思う。

 だが美乃は本気らしく、「決まった決まった」と満足げな顔で、

すぐ横の目的地スーパーへと入って行った。

 白西は今日何度目かのため息を吐いて、美乃の後に続いてスーパーへと入る。 


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