模擬戦3
白西は前線から50メートル地点にいた。上がった息を整え見回す。
銃弾|(正確にはゴム弾)が飛び交い、そこらじゅうに両陣の生徒が何人も倒れていた。
負傷者の数と救護班の数が追いついていない。東陣は第五部隊によって救護班が活動不能に陥ってるのが原因だと思うが、西陣は人手不足が原因だ。
この作戦には西陣の戦闘員に加え、後方支援にまわっていた男子全員を戦闘に就かせていた。
白西はこの作戦を榎美に話した時の事を思い出した。
兵站を無視をするなんて愚の骨頂だと当初は否定的だったが、勝つためにはかなりの直接戦力が必要と力説すると渋々ながら承諾してくれた。
もう一度辺りを見回す。
戦場を正確に読み取ることは大事だ。
弾薬が足りないまま戦えと言ってもいつ弾薬が無くなるか気になり遠慮がちに撃ってしまい、結局は全滅する。それは、避けなければいけない。
特に、この作戦では後方支援が受けられないような所も出てくる。
戦場に出て始めて分かる。なにが足り、なにが余っているのか。
足らないと言うのは、そこに予想以上の負荷がかかっており、
余っていると言うのは、そこにいる味方の戦力が敵の戦力を大きく上回っているという事だ。
ホルスターから無線機を取り出しチャンネルを合わせ、かちっと横親指の腹で横のボタンを押した。
「管理班こちら本部。残りの物資を報告」
『えっえーと 本部こちら管理班。物資は残り40パーセント。砲弾15銃弾25。 いっ以上」
無線に出た少女は扱いに慣れてないのか少々かしこまっていた。
白西はそんな感想を抱いたがすぐに思考を切り替えて概算に入る。
パーセンテージで言ったのは、パソコンの画面に映っていたものを言ったからだろう。
模擬戦は2時間。1時間で全体の60パーセントの物資を使ってる。
この調子で使い続けたら、後半は泥沼化しそうだ。
早めに策を講じる必要がある。
そう判断し、右手に握っていた無線機を口に近付けた。
「輸送班こちら本部。 第七部隊のみに補給物資を輸送」
口から無線機を離しチャンネルを調節。横のボタンに親指を添え無線機を口元に寄せる。
「第五部隊こちら本部。 至急第六部隊までの兵站路を構築! 制圧した集積場から第六部隊、戦闘支援部隊に物資を輸送」
チャンネルを切り替え、指示を飛ばす。
「榴弾砲部隊こちら本部。湖に停泊中の揚陸艇に標的を変え砲撃を開始」
そしてボタンから親指を離し無線機を操作し口元に寄せた。
「全員に告ぐ!押し返せ」
無線機をホルスターに仕舞い、アサルトライフルを持ち直した。
士気が高まったかどうかは分からないが、指揮官として味方の士気を高める事は重要なことだ。
弾倉を銃から取り外し半回転させ弾倉の側面、一部透明になっている部分で残弾の数を確認する。
――8発。
もとは40発入るようになっていたが最初の戦闘の時数回、弾を補給して以降弾倉を取り変えていない。
もちろんこんな状態で戦場に飛び込んでも、すぐに弾切れを起こして無力化させられるだけだ。
辺りに目を凝らすと、100メートルあるかないかの所に5台の深緑の幌が付いた中型トラックから黒っぽいケースを降ろしているのが見えた。
ケースの中身は銃弾か何かだろう。
それ以外にケースの中身が思い浮かばない。
白西はトラックの方へ駆け寄り、中身を覗いた。
中身は予想通り銃弾だった。
弾倉が横に10本、3列に並べられている。
高さもそれなりにあるので、同じような感じで3層くらいに重ねられているのだろう。
荷降ろしをしていた男子生徒に一言告げ、弾倉を2,3本抜き取り腰にぶら下がっている専用のホルスターに仕舞う。
途中男子生徒が白西が指揮官だと知ってか知らずか愚痴で「早く持ち場に戻してもらいたい」の言葉に内心謝りつつ第七部隊の作戦区域に向かった。
***
まるで戦争映画を見ているようだ。
白西はそう思った。
この戦いに勝利する事はこの作戦で最も重要な事だ。
白西がいるのは敵側左翼。奇襲突撃で敵の左翼部分を殲滅する事が目標のこの部隊はすでに直接戦闘員の何割かを失っているようだ。
直接戦闘の6割を失えば組織的戦闘が出来なくなる。
今はそこまで減っていないが念には念を入れよということわざもある。
ホルスターから無線を抜き取り榴弾砲部隊に友軍支援を要請した。
「榴弾砲部隊こちら本部。一班から二班は標的を敵主力部隊の中心へ砲撃を開始!主力位置は状況図を参照」
榴弾砲部隊の半分の戦力を敵側の主力に投入を指示する。
これだけでも効果があればいいが。
心の中でぼそっと呟いた。
幸いなのは、敵は数が多すぎて全員に無線が行き渡っていない事だ。
見た所一部隊に6、7人くらいしか持っていない。
おそらくいくつかの班が集まって部隊を構成しているのだろう。
そのお陰で指揮官が正確な戦場の様子を把握できていない。
指揮官がワンテンポ遅れて指示をしているなか、東陣は何発か撃って撤退を繰り返していた。
弾が尽きかけているのか、時間が経つにつれて撃ってくる弾の数は減っている。
それでも諦めずに第七部隊に銃口を向けている。
どうやら東陣の指揮官は士気を高める事に関しては、白西より上手のようだ。
もうひと押し必要か……
戦場にいる以上あまり考えに深く入り込む事は自分の身を危険に晒すがそんなのお構いなしに考え込む。
白西は無線を取り出し立て続けに指示を飛ばした。
「第六部隊こちら本部。前進。敵主力と会戦」
「第七部隊こちら本部。 南側へ方向を転換し前進! 敵主力と会戦。 自陣内の敵は発見し次第無力化」
「第五部隊こちら本部。そこから敵主力の後方を攻撃」
「前線部隊こちら本部。今すぐそこから撤退」
右左、後ろ、上からの四方からの攻撃。
敵は完全に包囲されている。
どう足掻いても戦況は変わらない。
白西はそう確信した。
第七部隊は、大体5度ずつゆっくと方向を変えながら戦闘をしている。
敵に無防備な側面を側面を晒すのは危険だからだ。
部隊長を選ぶのは少し苦労したが、その甲斐あってか円滑に部隊を運用できいる。
彼らもまさか司令官が戦場の最前線で指示を飛ばしているとは思いもしないだろう。
数分後第七部隊がもとの位置から90度に方向転換した。
東陣は大きく後退している。距離にして50メートル。
銃を構え敵に狙いを定めて引き金を引いた。
ダン、ダン、ダンと弾が3発飛び出す。
排莢口から空薬莢が3つ排出された。
キンという薬莢が弾かれる金属音が3回。
白西の正面。4人1組班単位で動いていた敵の一人を無力化した。
引き金の右上にある弾倉取り出しボタンを押す。
残り5発あるが弾が切れてから交換していては、敵に狙いをつけられる心配がある。
東陣からも反撃が来るが銃弾の雨が降ってくる訳でもなく数発撃ってくる程度だ。
物資の補給が止まっているため、無駄使いが出来ない。
兵量攻めは十分に効果を発揮しているようだ。
それに敵の4人1組での行動は最初は効果的だったかもしれないが今となっては、動く的でしかない。
白西はアサルトライフルを軽く振り使用済みの弾倉を落とし腰にぶら下げた、真新しい弾倉を差し込む。
銃床を肩に当て左手で被筒部を右手で引き金をリアサイトの後ろに頬をつけ、映画などで見る兵士のように少し腰を落とし走る、止まる、狙いを定める、撃つを繰り返す。
面白いように当たる敵に気持ちが高ぶり、動く物への反応速度が高まる。
気が付いたら部隊の一番先頭にいた。
10以上の銃口が白西の方を向いている。
「絶体絶命っ」
冷や汗が首筋を流れるのを感じた。
調子に乗り過ぎたでは済まされない。
「伏せろ!」
突然後ろから低い声が聞こえた。
その言葉の通り地面に転がるように伏せる。
銃声と圧縮空気が破裂するボンという音が重なり合い10発以上の銃弾と空き缶くらいの大きさの黒い弾が頭上で交差する。
黒い弾は敵の頭上で炸裂し中身のゴム弾をぶちまけた。
その下にいた東陣の生徒は全員の無力化されてしまう。
その攻撃を筆頭に同じような弾が3つ程別々の方向に飛んでいき炸裂、下にいた敵を同じ様に無力化した。
白西は少しの間その光景に唖然としていたがはっと我に返り、うつ伏せのまま後ろを振り返った。
そこには見慣れた人間が長さが約1メートル、消火器より一回り太い緑色の大きな筒、
NP50 100ミリ無反動砲を肩に担いで立っていた。
「なに一人で突っ走てんだよ」
「淡嶋。なんでここに?」
「それはこっちの台詞だ。 指揮官だろ?」
「色々とこっちにいた方が、便利だろ」
「だからって何でお前が先陣切る必要はないだろ?」
「もう質問しないでくれ。いま答えてる暇は――」
東陣から飛んできた一発の銃弾が言葉を遮った。
銃弾は白西の頬を間一髪のところで抜けて行き淡島の左側に立っていた男子生徒の右足に当たった。
バランスを崩し、ばたっと倒れた。
もし立ち上がっていたらあの少年ではなく白西が倒れていただろう。そう思うと背筋が凍る。
辺りを見回し、付近の銃口がこちらに向いてない事を確認すると、慎重に立ち上がった。
引き金に掛けていた方の手を振るい再び指を掛けた。
白西の左側には淡島が同じアサルトライフルを構えている。
「あれ、無反動砲は?」
両手に視線を下ろすと、先ほどの大きな筒を持っていなかった。
「あれ一発ずつしか撃てないから捨てた」
そう言うと左手の親指で後ろを指した。
指した方を見ると緑色の筒が転がっていた。
ふーんと軽く首を振り正面を見据える。
遮るものが何もないこの場所は、敵の様子がよく分かる。
最初とは打って変り、敵は怖気づくとまでは行かなくても、もう覚悟しているはずだ。負けると。
白西と淡嶋は身を低くし、なるべく弾が当たる面積を減らした上で前進する。
正面にいる敵は残らず撃破し道を作りその後に部隊が続いている。
もうすでに、20人近く倒している。
白西の視界の右端に動く影を捉えた。
狙いを定め引き金を引いた。
銃口から弾は発射されずカチャ、カチャというプラスチックが擦れる音が銃から鳴るだけだ。
両目を見開く。
敵を倒す事に集中しすぎて弾を数えるのを忘れていた。
慌てて弾倉取り出しボタンを押し銃を上下に振った。
空の弾倉が抜け落ち、そこに新しい弾倉を差し込む。
幸いな事にあちらは抗戦するのではなく、銃口を向ける威嚇だけして撤退していった。
ほっと胸を撫でおろす。
位置を把握するために辺りを見回す。右手に第五部隊の銃撃戦が見えた。
どうやら敵主力部隊にたどり着いたようだ。
そこで嫌な疑問が脳裏に浮かぶ。
榴弾砲部隊の一班と二班はどこを狙っているんだ?
敵主力。
漢字三文字が思い浮かぶ。
全身の毛孔から汗が滝のように流れ出す。
空を仰ぐといくつかの砲弾が弧の字を描いて飛んでいる。
そのうちの一つが丁度白西のいるところに落ちる軌道を描いている。
無線機を抜き取り怒鳴るように砲撃中止命令を飛ばす。
「榴弾砲部隊一班二班今すぐ砲撃を中止しろ!」
無線機をねじ込むようようにホルスターに戻し祈る。
その懸命な祈りもむなしく、確実に白西の頭上で炸裂するような軌道を描いている。
「くそ!」
自分の運の無さに毒づき足に力を込め駆け出す。
目指す先は敵地。
白西の行動に理解が追いついてない東陣の生徒は最初は茫然としていたが、特攻を仕掛けてくると思われたのか慌てて銃口を向けた。
白西は走りながら銃を構え、引き金を引いた。
命中率は潰滅的な物だったが、怯ませる事は出来た。
何人かの敵の間を通り抜け、土がつくこともお構いなしに地面に飛び込む。
砲弾は白西の後方20メートルで炸裂。
爆音は他の音を塗り替え、半径10メートル圏内の敵を一掃した。
爆発の余波は圏外にいる敵にも降り注ぎ台風並みの爆風が吹き荒れた。
(演習用って下手したら、耳聞こえなくなるぞ)
榴弾砲の威力を目の当たりし恐れをなす。
周りに目を配ると、東陣の生徒が白西の方を向き目を白黒させていた。
白西は手を伸ばせば届く、範囲にいた男子生徒の足を握り引いた。
男子生徒はバランスを崩し倒れ込んだ。
東陣の生徒たちは、その光景に周りは最初は唖然としていたが急いで銃を構える。
白西は勢いよく立ち上がり、敵の右端に銃口を向け引き金を引いた。
三発出るたびに、もう一度引き金を引き直さないといけないのが煩わしいしが、設定の変更のやり方が分からない。
仕方ないので人さし指を前後に猛スピードで動かし連射した。
フルオートには敵わないが3点バーストとよりかは早い。
右端から左端へ半円を描き銃弾の雨を浴びせる。
時間差で付近にいた敵5人全員倒れていった。
「だから早く行き過ぎるから敵に囲まれるんだよ」
後ろからの声に振り返らずに答えた。
「仕方なかったんだよ。頭上に砲弾が来たら誰だって逃げるだろ?」
どんどん声が大きくなり音源が近づいた。
「だからって敵地に突っ込むとか。それって特攻って言うんだぜ」
「後ろに下がるよりかは、時間が掛からないからな」
淡島が横に来た事を横目で確認し空の弾倉を落し、腰にぶら下げたケースをまさぐる。
――空だ。
全ての弾倉を使いきってしまった。
「なあ。弾倉の余りあるか?」
「使い切ったのかよ。ほら」
淡島は腰のケースから弾倉を抜き取り投げ渡した。
それを見事にキャッチし差し込む。
ガチャッと銃を構え敵に狙いを定め、引き金に引こうとした瞬間。
西陣裏側に設置されてる、
防災無線くらいの大きさのスピーカから開始時と同じ無機質な音声が流れた。
『東陣の総戦力の三割を失ったため潰滅と判断。組織的戦闘は不可能なため第一回模擬戦は終了。即座に戦闘行為を停止してください』
アナウンスが止んだ途端先ほどまで鳴り響いていた銃声がぴたりと止んだ。