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模擬戦2

湖のほぼ中央に観光船くらいの船が浮かんでいた。

 その二階、船のほぼ中心の広いだけの何もないスペースに、即席で作られた本部が設置されている。

 机と椅子の配置は西陣と基本的同じで、榎美の座っている位置に長身で細身でありながら適度に筋肉もついた引き締まった体、顔もきりっとしている平出紘樹が座っていた。

 平出はピアノを引くように指を動かし、机にカタカタと一定のリズムで爪を打ちつけて表情に苛立ちが表れていた。

 開始から30分

 最初に全兵力を前線に注ぎ込み数で押し、補給艦と前線をピストン補給で物資を絶対に不足させるなと命令を出して以後何もしていない。

 定時報告では前線は膠着状態ばかり。

 敵の前線のどこかに穴があけば、そこから一気に守りを切り崩す事ができる。

 待つことも大事だが、30分も何もしないと言うのは結構きつい。

 とうとう貧乏揺すりを始めた時、隅に置かれたスピーカーから連絡が入った。

 時計を見ると連絡の時間まで後5分以上ある。

 時間は厳守するよう言ってあるので戦況が変わったのだろう。

 平出はスピーカーからの音声に耳を傾けた。

『敵の後退を確認。 敵の後退を確認」

 口角がつり上がり微笑がこぼれる。

 近くにあった無線機の、横にある受送信を切り替えボタンを押した。

「陣内決戦の可能性もある。慎重だが迅速に侵攻しろ」

 前線にいる味方に指示を飛ばす。

 西陣の攻撃も苛烈になり、榴弾砲やアサルトライフルの発砲音が先ほどより増していた。

 これが最後の足掻きだろう。

 内心そう思った。

 簡単に敵の交戦意志を砕くには勝てないと思わせる事。

 たったそれだけで戦闘力は下がり、統制が乱れ組織的戦闘は不可能となり、部隊は部隊としての価値が無くなる。

「時間の問題だな」

 ぼそっと呟く。

 勝者のセリフだ。

 この模擬戦は兵科分けの小手調べだが、これで派手に決めておけば|鷹放学園≪ようほう≫内の地位は確固たる物となる。

優秀な兵士を育成する目的のこの学園は上下関係がはっきりしているうえ徹底的な実力主義のため、一年でも才能があれば上級生の上に立つことが出来る。

実力主義の欠点である協調性は生徒同士で教え合い、教わった方の成績が上がれば教えた方も上がる仕組みで補っている。

『ザー本部こちら前線部隊。戦線がザー――第二線まで後退』

スピーカーからノイズ混じりで戦況報告が伝えられた。

「こちらの犠牲は?」

『直接戦力の2割が消失』 

「2割か……」

 平出は顎に手を当て考えを巡らす。

 直接戦力の2割の消失は総戦力の一割の消失になる。

 もちろんこの程度で組織的戦闘が出来なくなる訳ではない。

 だが、このままゆっくりと前線の後退を待っていたら無駄な犠牲を出しての勝利になってしまう。

|こちら側≪東陣≫の被る被害を最小に抑え|あちら側≪西陣≫の最大限の攻撃を加える。

 そのためには今の戦力のまま、敵の拠点を制圧する事が一番近道だ。

 平出は無線を全ての味方に通じるようチャンネルに切り替え、側面のボタンを押す。 

「こちら本部今すぐ防衛線を突破し拠点を制圧しろ! 第3部隊、第4部隊はDからE地点の間に攻撃を絞り、前線に穴が空き次第そこに第3、4、5部隊は突撃し拠点を制圧。

第1、2部隊は残りの前線兵力を駆逐し兵站路を確保。補給部隊は前線に物資が不足しないよう供給速度を上げ、回収班は兵站路が確保でき次第負傷者を回収しろ。畳み掛けるぞ」

 はぁーと大きく息を吐いた。

 あと20分もすれば、拠点を制圧した事を伝える朗報が飛び込むだろう。



                   ***


 西陣本部の出入り口付近に移動した会議室望む戦場を一言で表すと砲煙弾雨といった所だろう。

 敵の数は倍以上、防衛線は押されもとの位置から300メートルくらい後退している。

 誰もが勝てないと言うであろう状況の中、白西は勝利を確信していた。

「まだ、いけるか?」

 本部にあった無線機を使い、前線にいる淡嶋に問いかける。

 かちっと側面のボタンから手を離すと、聞き覚えのある声が無線機から流れる。

『前線の維持は難しい」

「そうか……分かった。 出来るだけ前線を維持してくれ」

 無線機から視線を外し目の前に広げられた状況図に視線を移す。

 地図の隅から隅まで視線を走らせ、ぼそっと呟いた。

「もう少しだな……」

 作戦実行まであと10分もかからない、白西は再度内容を吟味し見落としが無いかを再確認する。

 敵の士気は物量的優勢によって支えられている。

 大量の兵力を維持するには、大量の物資を必要。

 もし物資を途絶えれば、全体の戦力は著しく低下し量では上だが力では下といった状況に陥る。

 今の状況からこの状況に追い込むには――

「白西君!」    

 榎美の声に顔を上げきょろきょろと左右に視線を配り江美の姿を探す。

「なにか問題が?」

 彼女の姿を見つけ訪ねた。

 彼女はいつも通りの落ち着きを取りも出した様子で、びしっと戦場に向けて指を突き出す。

「そろそろじゃない?」

 白西は戦場を一瞥した。

 そこには均一に広がっていた敵戦力は二つに分かれ片方は、前線の一部に群がり疲弊した前線を突破しようとしている。

 白西の口元が緩む。

 自分が予想した通りに敵が動きを取ったからだ。

 ポーカーで相手を上手く騙した時と似た、浮き立つような気分が顔に出ている。

 このために前線に逐次投入をせず十字砲火で榴弾砲を浴びせ、敵に前線兵力が大きく不足しているように見せていたのだ。

 お互いに人数を大まかに把握しているので少し考えれば気付かれる心配があったのだが、榴弾砲に侵攻部隊を集中させる、そうすれば敵は榴弾砲を破壊する事に集中力が注がれ、数で押し切れる前線の兵力なんて気にも留めない。

 司令部には前線が後退している朗報を与え優位に立っていると思わせる。

 白西が前線にいた時に考えが纏まらなかった事をヒントに得た戦術だ。

 白西はチャンネルを調節し無線機に口を当て指示を飛ばす。

「こちら本部。接近経路CのD地点にいる第五部隊に告ぐ、|海狸作戦≪かいり≫実行! 兵站路2を封じ集積場を押さえろ

 敵の戦力は前線だけに向けられている、そっちには見向きもしてない! そこさえ押さえれば戦況は逆転する。朗報を待ってる。」

 ボタンを離すと「了解」と流れた。

 白西はすぐにチャンネルを切り替え別の部隊に指示を飛ばす。

「こちら本部。接近経路Bの第六部隊及び戦闘支援部隊、接近経路Aの第七部隊に告ぐ|海豚作戦≪いるか≫実行!

 第六部隊は及び戦闘支援部隊は敵側右翼側面を攻撃し右翼部隊を殲滅! 第七部隊は敵側左翼に奇襲突撃を行い左翼部隊を殲滅し敵主力に第六部隊と共に合流。敵に一泡吹かせるぞ!」

 白西は、はあーと大きく息を吐いた。

 成功する確率は決して高くないが失敗する確率も高いわけではない。

 五分五分と言った所だろう。

 ガタッと崩れるようにパイプイスに座った。

 ギーと金属が軋む音が白西の耳に響く。

 取りあえず第一段階は終わった。

 ぐーっと身を乗り出し長机に置かれた状況図に今の部隊の位置を書き込んだ。

 ちょうど一番奥に東陣の本部を示す記号が来るよう地図をくるくると回した。

 もともと第一線のあった丘に物資の集積場が置かれ、そこから三つの兵站路が伸びている。

 そこへ予備兵力の第五部隊を戦場から大きく迂回させて送り主力に伸びる2つ目の兵站路を封じた。

 あとは、集積場封じれば敵戦力の5割を削ぐことが出来る。

 白西は第一線から手前の方まで視線をずらしある位置で止めた。

 正確には第二線から第三線の間。

 この模擬戦最大の激戦地となっている場所だ。

 白西から見て左側に置かれた第六部隊と戦闘支援部隊は敵を側面から攻撃し、その反対側に置かれた第七部隊は奇襲突撃を仕掛ける。

 両者の間にある前衛部隊はなるべく敵を第六部隊や第七部隊が待機している場所までおびき寄せる。

 敵主力部隊への集中砲火と後方支援路の遮断、それに加えて榴弾砲による揚陸艇への砲撃。

 この連携プレイが戦況を180度覆す。

 白西はイスから立ち上がり外に出た。

 常に正しい情報を得るには戦場を眺められるた方がいいと白西たっての希望から、本部のかなり前の方に移動した会議室から一歩踏み出す。

 開始直後はすがすがしい青空だったのに今は曇天だ。

 標高が高いせいで4月の終わりになっても冷たい風が余計冷たい。

 目の前には、標高1500メートルを越えようかとする山がそびえ立っている。

 すでに白西が立っている場所が1000メートルを越えているのでいるので、山頂との高低差は500メートルくらいだろう。

 眼下に広がる戦場では、圧倒的な戦力を誇っていた東陣が押されていた。

 組織的戦闘が出来ない程ではない。あくまで押されているだけ、すぐに巻き返しが利く差だ。

 だがその差は次の瞬間、戦況を決定的な物に変えてしまう。

 スピーカーから同年代の男子の低い声が流れた。

『本部こちら第五部隊。兵站路及び集積場の制圧に成功!兵站路及び集積場の制圧に成功!』

 その声色からは喜びが感じ取れるほど明るかった。

 白西はあわてて無線機を握り口に当てる。

「よし、よくやった! 敵おそらく撤退してくるだろうから、打ち合わせ通りに戦闘陣の構築を急いでくれ」

『了解』

 無線機をそっと机に置いた。

 白西は会議室を見渡す。

 歓迎すべき報告にも拘わらず、会議室はどんよりとした重たい空気が漂っていた。

 白西は音も立てずにイスに座った。

 首を右へ90度捻ると丁度戦場が見える。

 数分前に見た時とは、余り変わり無いように見えるが少し違う。

 今まで押されても抗戦意思があった東陣だったが見る限り意思が削がれている。

 補給物資が滞って士気が落ちているのは歴然だった。

 ………………

 少し間が空いて白西は榎美に話しかけた。

「神成さん、ちょっと戦場行ってくる」

「戦場? 何言ってるの!この作戦の要は白西君あなたなのよ。

 もし撃たれたらどうするの? この作戦の指揮を執ってる以上あなたが居なくなっただけで、全員に影響するのよ?」

「分かってる。それを踏まえてお願いがあるんだ」

「お願い?」

「ああ、この作戦の司令部を本部から前線に動かしてほしい」

「……何言っているの?そんな事したらすぐに壊されるということが分からないの?」

「分かってる。 だからいざとなったら神成さん頼む」

 白西は手を合わせて頭を下げる。

 榎美は「はぁー」と大きなため息をついて、呆れるように言った。

「それだけ信頼されてると受け取ればいいんだか……

で、理由ぐらいは教えてくれるんでしょうね?」

「ありがとう神成さん。 えーっとこの作戦は適応性が必要なんだ。 戦場の変化に対応して、いざとなったら防御に転換する。そのためには戦場の状況を逐一把握する必要がある」

「そのためにはもっとも戦況が把握しやすい前線に司令部を置いて、変化に対して迅速に対応出来ると?」

「そう 物分かりが早くて助かるよ」

「こんな危険を冒さなくてもここで指示を飛ばしても勝つ確率は高い事、分かってる?」

 榎美の凛々しい瞳が白西を見据える。

 表情は真剣そのものだ。

「分かってる。 西陣の最善策はここで指揮を執ること、だけど兵士の最善策は前線で指揮を執ること」

「絶対勝ちなさい」

 いつもの騒がしいクラスメイトを注意する時の口調でそう言うと白西向かって微笑んだ。

 白西はテントの柱に立掛けておいたアサルトライフルを持ち上げ、

 机の方に向かい無線機を取ろうと手を伸ばすが残り5センチのところで手を止め、困惑の表情で視線を彷徨わせる。

「別に持って行っても構わないわよ」

 榎美の言葉に一言礼を言って無線機とアサルトライフル片手に本部から飛び出す。

 地面が丈15センチくらいの草に覆われごわごわとして走りづらいが、足は地面を捉え白西の体を前に押し出す。

 前線までの距離は500メートルくらいだ。

 走りには自信がある。

 白西は左手に持っていた無線機を腰の懐中電灯を入れるホルスターに入れ空いた手で銃の被筒部を握った。

 本部から100メートルほど離れた所。

 白西が丁度一門の榴弾砲のすぐ横を通り過ぎた瞬間留弾砲から砲弾が発射された。   

 想像以上の轟音に顔をしかめる。

 火薬の臭いが辺りを立ち込め、衝撃で平衡感覚がおかしくなり体がよろめき倒れそうになるが寸でのところで踏ん張る。

 息を整え一時的に失われていた平衡感覚が戻るとまた走り出した。

 あの頬笑みは自分を信頼しているからだろう。

 もしこの賭けで作戦そのものが破綻するような事があれば、彼女は責任を取ろうとするだろう。

 「この作戦が失敗したのは私の不手際のせいだ」と、制止しているのにみんなの前で頭を下げようとするだろう。

 逆に勝ったら「私はこの作戦に関与していない、傍観者だ」と言うかもしれない。どのみち称賛を浴びるような事は言わないはずだ。

 謙虚と言えばいいのか責任感が強いと言えばいいのか。

 おそらく両方。

 可笑しくもないのに微笑がこぼれた。

 自分を信じてくれたんだ。その気持に応えるのが礼儀だろう。

 絶対勝ってこいと言われたのだ、これは絶対勝たねーと。

 白西は、ぐっと銃を握る手に力を込めた。 


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