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模擬戦

「なあ白西。これ守り切れると思うか?」

 白西伊吹は右手で目の前を覆う草を搔き分けた。眼下には膨大な量の水を湛えた人工湖が広がり空は透き通るような青空。

 山へ吹き上げる冷たい谷風が、白西の頬を撫でるように吹き抜ける。

 |鷹放学園≪ようほう≫の西部にある訓練用の湖では、黒いエアクッション型揚陸艇が浮かんでいた。

「さあ、どうだろうな」

 10隻以上あるエアクッション型揚陸艇は、船尾に付いた二つの大きなプロペラを低速で回転させ流されないようコントロールしている。

 丘とエアクッション型揚陸艇との間には、トラなどが持っているような殺気が漂いっていた。もしここに何も知らない人を連れてくれば本物の戦場と間違えるかもしれない。

 左腕につけた腕時計に目を遣った。

 短針は1時を長針は29分を示している。

「そろそろだな」

 自動小銃JP202を握る手に力を込め。

 隣にいるパートナーの淡嶋 圭介に声をかけた。

「おい淡嶋、来るぞ」

 ちょうど口を閉じた瞬間、後ろに設置させているスピーカーから無機質なアナウンスが流れた。

『 第一回 一学年生徒間模擬戦開始 強襲上陸を想定し東陣は攻撃に西陣は守備に徹してください』

 アナウンスが終わったと同時に湖に浮かんでいたエアクッション型揚陸艇が

 白西達がいる丘の方へ時速70キロ程のスピードで滑るように疾走する。

 エアクッション型揚陸艇と丘の距離は約1キロ。上陸してくるまでは50秒程度。

 白西は草陰から銃身を出し銃床を肩に押しつけリアサイトの後ろに頬を付け迎撃準備に入る。隣の淡嶋も同じように迎撃準備に入った。

 だが、引き金は引かない。

 今引いても狙いを外す確率が当たる確率より高いからだ。

 威嚇では無く、無力化が目的である以上弾を敵のあっちこっちにばら撒けばいいと言うものではない。

 今はこの50秒で榴弾砲部隊が上陸部隊を無力化出来るかどうかがかかっている。

 ここで出来るだけ損害を出す事が出来れば、第一線の白西達が各個撃破というシナリオが出来あがる。

 後ろの方から打ち上げ花火が至近距離で爆発したような音が何度も鳴り響き、地面が揺れた。

 いくつもの砲弾が白西の頭上を山なりに飛んでいき、エアクッション型揚陸艇の上で空中炸裂し中のゴム弾をぶちまけた。

 白西は顔をしかめる。

 炸薬が爆発する音に紛れてかすかにポンという軽い音が聞こえた。

 じっとエアクッション型揚陸艇に眼を凝らすと圧縮空気を使う演習用の迫撃砲で撃ち返している。

 だが、砲撃で言えば西陣ほうが何倍も多い。

 迫撃砲から飛び出た砲弾弧を描き、白西から30メートル程の所にいるほか仲間の所に飛んでいき二つに割れ中のゴム弾をばら撒いた。

 いちようアイシールドを着けているから失明の心配はないが、大の大人が2メートルくらい吹っ飛ぶくらいの威力があるのだ。。

 暴徒鎮圧用に作られているため、衝撃は生半可な物ではない。

 白西は訓練の時に「痛みは分かっておいた方がいい」と言われ5メートルくらいから撃たれた時の事を思い出し身震いする。

 そうこうしている内に4隻程のエアクッション型揚陸艇は上陸し、残りの数台も陸から40メートル以内に入っている。

 だが榴弾砲の効果もあったようで、3隻程は上陸を諦め一キロほど沖にある旗艦と補給艦に戻っている。

 ここから先は榴弾砲の使用は難しい。

 空中で炸裂し散弾をばら撒くような砲弾では、味方に当たる可能性が高いのだ。

 西陣を守っているのは白西達のような防衛最前線にいる人間だ。

 もし同士討ちにでもなれば防衛線の戦力にムラが出来てしまい、そこから敵の侵入を許してしまう。

 あくまで榴弾砲は支援火器なので、最前線の兵士の動きを阻害は厳禁だ。

 戦車があれば別だが。

 揚陸艇の前面が左右に開き中から白西達とは少し違う迷彩服を着た東陣の生徒が続々とアサルトライフル片手に丘を目指して進攻してきている。

 発砲命令が出ていないため引き金を引く事は出来ない。

 防衛戦の基本は敵がある所まで来たら弾幕を張るため今は待機。

 一方東陣の生徒は揚陸艇から50メートル、白西達が居る所まで150メートル程まで来ている。

 銃片手に迷彩服を着た集団が侵攻している姿は戦争映画さながらだが、戦争映画では体験できないその場の空気殺気立った空気を肌で感じた。

 白西は自己防衛が働いて引き金を引きそうになるが堪える。

 今撃てば、ゴム弾が白西の所へ100発くらい飛んでくるだろ。

 それは避けたい。

 となりで淡嶋は距離が測れる双眼鏡を覗いていてた。

「おい、後どのくらいだ?」

 白西は顔を向けずに聞いた。

「あと20、17、14――――」

 東陣は秒速3メートルと言う速さで|制圧区域≪キルゾーン≫まで迫って来ている。

 上陸作戦は機動性が重要だ。

 迅速に上陸し沿岸をを守る兵力を一気に攻め落とす。敵の兵力より数倍の戦力用意しそれを円滑に運用することが作戦成功のカギを握る。

 そのため東陣の戦力は西陣の3倍近くある。

 限りなく実戦に近づけるため、そういった事には抜かりがないのだ。

 防衛線いっぱいまで広がった東陣の生徒は銃床を肩に押し付け少し丘の上を陣取っている西陣に銃口を向けている。

 そろそろ東陣が制圧区域に入った時耳元に付けていた小型の無線機から綺麗な女性の声で『撃ち方始め』と聞こえた。

(そうえば、指揮取ってるのは神成さんだったけな)

 西陣は白西や淡嶋のクラス委員長が指揮を取っている。

 他のクラスの委員長は指揮官補佐として頑張っているようだ。

 参謀は全体的に女子が半分近くだったような気がする。今時女性指揮官など珍しくもなんともない。

「了解」

 別に返事をする必要はないのだが、電話の癖みたいなもので返事をしてしまう。

 白西は目の前の制圧区域にいた東陣の生徒に銃口を向けて引き金を引いた。

 火薬が爆発するのとは少し違う銃独特の音があっちこっちで炸裂する。

 後ろの第二線では軽機関銃J&M700PSAが、制圧区域に向かって弾幕を張り東陣の侵攻を食い止めている。

 第一線の白西は軽機関銃の弾幕が薄い箇所に狙いを定め的確に仕留めていく。

 引き金を引くたびに薬莢が排出され、薬莢の山が出来あがる。

 無駄撃ちと熱による変形防止のため引き金を1回引くと連続で3発しか撃てないようになっているが、三発では無く二発で仕留めるようにしているためか仲間の給弾の回数より白西の給弾の回数は少ない。

 そのためか、より多くの敵を倒している。

 だが、東陣は弾幕に足を取られながらも確実に進軍している。

 一番近い敵は30メートルあるかないかくらいだ。

 丘になってるおかげで東陣の攻撃はあまり及んでいなが、逆にいえば丘を取られれば劣勢になる。

 白西は一番近い敵を撃った。

 着弾の衝撃で軽く吹っ飛び後ろにいた数人を巻き込み、

 それを他の味方が撃ち一気に4人を無力化した。

 その時東陣の生徒が一人銃口を白西に向ける。

「やば!」

 瞳孔が開き全身から血の気が引いた。あわてて体を引っ込める。

 飛び出たゴム弾は頭をかすめるか、かすめるないかぐらいの所を通って行った。

「あぶっねー」

 当たらなかったことに自然と笑みがこぼれるが、こんな事で安堵している暇はない。

「おい! 白西来てるぞ!」

 淡嶋の言葉を聞き急いで丘から下を覗くと、東陣の生徒が明らかに先ほどより3メートルくらい進んでいる。

(いや、いくらなんでもおかしいだろこれ?)

 頭の中に疑問符が浮かび周りを見渡した。

 そしてある事に気付く。

(弾幕が……薄い?) 

 最初と比べ弾幕が半分くらいまで減っている。

 白西は目の前の敵を対処しながら目下の状況に脳細胞を絞る。

 だが、敵相手にしながら考えるのは至難の業だ。何人か倒して弾が切れた時から、新しいマガジンを差し込むまでの数秒間に思考を巡らす。

 指揮官では無いのでそんな事は参謀にいる人たちがすればいいのだが、なんかこのまま負けるのは嫌だという負けず嫌いと撃たれると痛いからといった理由で彼をここまでしている。

 白石は二つの可能性を考え出した。

 一つは軽機関銃J&M700の弾薬の需要と供給が釣り合わなくなり、手持ちの弾薬がそこを尽きかけている。

 もう一つは軽機関銃が何らかの理由で性能が発揮されていない。

 考えられるのは前者だが、断言はできるない。

 白西が頭を抱えていると視界の片隅、正確には右上に弧を描きながら飛んでいる黒い筒のような物を捉えた。

 銃の硝煙と銃声で今まで気付かなかったが、辺りを見回すと同じような筒がいくつも飛んでいる。

 その筒の後を追おうと、丁度後ろの第一線より少し高い第二線がある辺りに着弾する。

 どうやら迫撃砲のようだ。

 通って来た道筋をなぞると、そこには行きは物資、帰りは負傷した生徒でピストン補給をしているエアクッション型揚陸艇があった。 

 どうやら砲弾は物資を運んでいるエアクッション型揚陸艇からだった。

 戻ろうとしている揚陸艇は負傷者を運んでいるため、ルールで攻撃することは禁じられている。これを盾にするような形で、物資を運んだ揚陸艇が前線に物資を運搬している。

 物資を輸送しているエアクッション型揚陸艇を榴弾砲で狙ったとしても、少しのズレや狂いが生じれば負傷者を運んでいるエアクッション型揚陸艇に当たってしまう。 

 そうなれば、ルール違反で西陣の負けとなる。

 それに東陣は予備兵力を保持せず全兵力を前線に注ぎ込んでいる。

 この戦いの目的は、東陣は西陣の陣地を制圧、西陣は東陣の侵攻を抑える事。

 西陣の戦略は限定的に対し東陣は全面的。

 実際の戦略では愚策中の愚策だが、これは模擬戦。

 圧倒的物量差で前線の兵士の士気を下げ指揮官を精神的に追い詰め、対策を講じる間もなく攻め落す。

 妙妙たる戦略に白西は感嘆しまう。

「おい、これ撤退した方がいいんじゃないか?」

 淡嶋からの声は戸惑いが取れる。

「ちょっと、本部の方行ってくる」

「本部? そんな所行ってる暇ないだろ」

「こっから逆転出来るかしれない作戦思いついたんだよ」

「?」


               **********

 防衛線最前線から本部までは直線で繋いで一キロ程ある。

 火砲を円滑に運用するにはある程度の間隔が必要なので、戦略に火砲を盛り込めば広大な防衛陣地が必要になるからだ。

 本部は運動会や体育祭などで見られるテントを縦に3張横に4張に繋げた簡易的な作りだった。

 テントの中では鷹放学園の制服と迷彩服を着た西陣の生徒が忙しく動いている。

 白西はそれを横目に見ながらテントの奥の方に向かった。

 奥はどうやら会議室に使われていようだ。

 一番奥には、ホワイトボードが置いてあり長机がコの字に配置され上座に1席、縦に3席ずつ両側にパイプ椅子が並んでいた。

 そこに男女比率が3:5で微妙に偏った指揮官と補佐官たちが座っている。

 ホワイトバードの前に座っている長く艶やかな黒髪が特徴的な和の雰囲気を漂わせている美人が指揮官

 神成 榎美

 端正に整えられた目鼻は職人が何年もかけて作った人形のような美しさだが、人間味を帯びる事によってそれの何倍も輝きを放っている。

 彼女は突然入って来た白西に吃驚して他の指揮官や補佐に見合わせる。

 『なんでこいつがここにいる』という事を視線で訪ねているようだ。

 榎美はすっと立ち上がった。

「なんで白西君、あなたがここに居るんですか! 確か第一線のはず………… まさか逃げ出して来たんですか? いやだったらここに来る理由が…… 」

 いろいろ思案しているようだが白西は口を挿んだ。

「いやいや勝手に逃亡兵呼ばわりしないでくださいよ! なんていうか第一線が持ちそうにないんで、そろそろ作戦を変えた方がいいと思いまして…………」

「分かっています! だから今予備を出そうと話合っていたんです!」

 いつもは冷静は彼女が感情的になっている。

 おそらく戦況の悪化に追い詰められて切羽詰まっているのだろう。

 この感情的になってるのと普段の冷静さのギャップが萌えになってるのだが、今は萌えてる暇はない。

「それは、ちょっとやめていた方がいいと思います」

 白西は口気を軽い物から冷静な物に変えた。

「?」

「今の戦力差じゃ、予備を出した所ですぐに潰滅させられる 

 それなら敵に前進させた方がいい」

「いまいちよく分からないわ。つまり第一線を捨てると言うこと?」

「いいや、ちょっと違う」

白西は榎美の後ろにあったホワイトボードに張られている西陣の地形図に記号化された部隊などの位置などが書き込まれた地図を長机に広げた。

榎美を含む複数の指揮官と補佐官が覗きこむ。

「まず、前線部隊を第一線から三線まで撤退させる」

 地図に何本も書かれた横線の一番上の第一線から第三線まで指を滑らせる。

「だけど、第三線はJ728 105mm榴弾砲があるからそこまで撤退したら火網を手放すことになるけど、そこら辺はどうする気?」

 榎美は疑点を問い掛ける。

「たしかに火網を晒す事になる。

 だけど、敵も弾が無限て訳じゃない! 橋頭堡を押えれば東陣の後方支援を圧迫する事ができる」

「でも、橋頭保を押さえる前に全滅させられると思うんだけど」

「そのための撤退。前線部隊がゆっくり後退して火砲で支援してなるべく時間を稼ぐ。その間に予備の部隊を敵の兵站基地に送る」

「前線部隊が全滅したらどうする気」

「………………前線部隊がもし全滅したら一気に攻め込まれる!」    

「戦略を考えるなら、そう言った事も全部考えてからにしなさい!」 

 榎美は声を張り上げて言った。

 貴重な時間を浪費したことに、対して腹を立てる。

 考えの甘さが露呈した。

 ちゃんと考える暇が、ほとんどない状況で考えだした戦略だ。細かいバランスなどを無視した戦略では、成功より失敗する確率の方が高い。

 会議室を重たい沈黙が包んだ。

 一秒たりとも無駄には出来ない。

 長机に置かれた電波時計は2時03分を表示している。

 白西は考えを巡らす。

 いくつものもの障害を網羅し、それを頭の中に構築していた戦略に組み込む。

 そして一つの妙案を思いつく。

「これなら勝てるかもしれない」


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