小さな余裕
電車とか、バスに乗ってるとき。
出来る限り、視線を動かさないようにしている。
窓の外とか。床とか。
なんというか、ほんと、なんとなく。
「私は無害だよ」って、訴えるみたいに。
別に、悪いことなんてしたことないけど。
イヤホンとか、スマホ見るとか。
なんか、そういうことはしたくないし。
誰のことも知らないけど、同じ乗り物で、目的地に向かっている。
『…すごいな』
やべっ。口に出た。
『ねっ!すごいね!』
え?
声がした方を見る。
小さな男の子だった。
窓の外を見て、目を輝かせている。
『はやい!おうち!』
すごいという言葉に、反射的に言葉を返したみたいだ。
『みんないるから、静かにね』
お母さんだろうか、口元に人差し指を当てながら、そう言った。
私は、反射的に。
その子が見ている景色を、いつの間にか見ていた。
いつもと同じ景色。
見慣れたはず…だったけど。
ちゃんと見てみると、知らないことばっかりだった。
…まぁ、今まで外を見る余裕がなかっただけか。
この子がくれた少しの余裕、大事にしよう。
『電車乗るのはじめて?』
声をかけてみた。
『うん!』
元気よく答えた。
私の方を見ず、外を見ながら。
興味津々だね。
『すいません。うるさくて』
『いいえ』
静かでなんとなく重い空気が、清浄されていくみたいに。
息がしやすくなった。
『お姉ちゃん、いつもでんしゃ?』
さっきまで窓の外を見ていた瞳が、こちらを見る。
興味があるものに、目を向けているんだね。
『そう』
『たのしい?』
『どうかな』
『えー?たのしいよー』
電車の揺れに合わせて、小さな体が揺れる。
『ちゃんと座らないと怪我しちゃうよ?』
『ん』
少し頷いた。
でも、立膝をやめなかった。
そうだね。
楽しいんだから、それでいいよね。
誰にも、迷惑かけてないもんね。
そのとき、対向電車が走ってきた。
大きな音を立てながら。
窓の外を、銀色の車体が一瞬で通り過ぎる。
『うわっ!』
驚いて、小さな体がぐらりと傾いた。
思わず動いて、それを支える。
小さな体は思ったより重くて、命を感じた。
『大丈夫?』
『うん!』
そう言って、すぐに窓の外を見た。
『すいません。ありがとうございます』
お母さんが頭を下げた。
『いいえ。私が少しだけ早かっただけです』
お母さんも、男の子を支えるように手を出していた。
私がやらなくたってきっと、この子は怪我しなかっただろう。
でも、だからって、無駄だったわけじゃない。
それから。
電車を降りて、歩く。
なんとなく、軽くなった気がしながら。
『子どもって、かわいいなぁ』
そう呟いた。
こういう子がいつの間にか、へこんで平らになってくんだよ?
許せないぜ。




