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第2章:毒を食らう賢者-其の二

深夜。ジョルディたちが去り、別邸の離れにあるブライの私室に、リタが静かに入ってきた。


手には、湯気を立てる黒い液体の入った瓶と、清潔な包帯が握られている。


「……ブライ様。もう、限界でしょう」


リタの声には、隠しきれない悲痛が混じっていた。


ブライは椅子に崩れ落ちるように座り、震える手で顔の布を解いた。


目深に被っていたフードマントも外される。


そこにあるのは、月光を浴びて異様な白さを放つ、完璧すぎるほどに整った美貌。そして色の抜けた白い髪の束が衣を滑って背中に流れる。だが、彼のそれはまるで人間の肌ではなく、陶器のようだった。


15年前、カストラルカ帝国と隣国との紛争。裏切りによって放たれた『腐食の霧』は、彼の全身を焼き、その誇り高き姿を無残に奪い去った。


今、彼の顔を覆っているのは、義仲団の秘術とリタの調剤によって、幾度もの皮膚移植と「再構築」を経て作られた、いわば薄い陶器の仮面であった。表情を動かすたびに、見えない神経が悲鳴を上げ、焼かれた喉は常に乾いた痛みを伴う。


「……リタ。今日の薬は、少しばかり……火の味がするな」


ブライは掠れた声で呟き、差し出された薬を一気に飲み干した。その苦みだけが、自分がまだ生きていることを実感させる唯一の感覚だった。


「毒を毒で制し、その崩壊を遅らせているに過ぎないわ。貴方の身体は、もう何年も前から死に向かって歩いているのよ。……それなのに、なぜ、このモン・セラへ来たの?」


リタの問いに、ブライは陶器のような白い指を、窓の向こうに見える「静謐宮」の方向へと伸ばした。


「……目指すは太陽だ。あの日、私が見捨てた光だ。……だが、太陽が輝くほど、影は濃くなる。私は、その影を引き受けに来た。彼が王道を歩むために、その足元の泥を、私が全て呑み込んでやる」


ブライは、リタの手を借りてベッドに横たわった。


目を閉じれば、今でも鮮明に思い出す。


緑豊かな丘を、白馬に乗って駆け回った自分と幼馴染の彼。


いつかこの国を誰もが笑える場所にしようと誓い合った、あの幼い、あまりに純粋だった日々。


だが、運命は自分に剣を振るうことを許さなかった。


代わりに与えられたのは、敵を欺き、友を突き放し、冷徹に盤面を支配する「悪魔の知恵」。


ブライは静謐宮にいるであろうかつての友に向けて囁く。


「……君は私の正体を知らなくていい。……15年前の炎の中で死んだんだ。……今ここにいるのは君が憎むべき、冷酷な軍師ブライだ」


ブライの意識が、薬の作用で闇に沈んでいく。


リタは、自分に向けられたものではないその囁きにそっと唇を噛み締める。この男は身の回りを任せてはくれても、心の苦しみまでは預けようとはしてくれない。


それが悔しかった。


薬が見せる夢の中のブライは、まだ手には重い鉄の剣を握れていた。これは夢だとそれでわかる。今はもう剣を握れる体ではなくなったのだから。


だが、その剣は、次第に溶け落ちて、真っ黒なインクへと変わっていく。


彼はそのインクを啜り、体からは逆に色が抜け落ちる。そして夢の中でさえ、毒を食らう賢者へと変貌していくのだった。

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