表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
6/23

第6話 夢の国セレンディリーランド

 焚き火のぱちりと言う音を聞いたあたりから記憶が曖昧(あいまい)で、気が付いたら石畳の道を歩いていた。

 目の前には父ちゃんと、姉のマナちゃんが並んで歩いている。

 

 周りは人、人、人だらけ。お祭りのような光景だった。

 ここは夢の国セレンディリーランド。

 道の先には、キャンディのように色とりどりの建物が並んでいて、どこからでも笑い声が聞こえる。

 

 これは確か6年前、当時7歳だったボクが見たあの日の景色だった。

 母ちゃんが亡くなった少し後だ。

 ボクやマナちゃんを励ましたかったんだろう。父ちゃんがここに連れてきてくれた。

 

 前を歩く二人は、ボクよりいくぶん歩くのが早い。

 父ちゃんが、ときどきちらちらと振り返る。

 そしてボクと目を合わせては、安堵(あんど)したように前を向く。

 ちゃんとついてきてるか心配なんだろう。

 手を繋げばいいんだろうが、その両手はテイクアウトのハンバーガーで埋まっていた。

 

 「ちゃんと付いてきなさいよ、ミナト」


 振り返らず先を行くマナちゃん。

 その足取りは軽く、前を向いていた。夢の国がそうさせるのか。


 「待ってよ、マナちゃん」


 そう呼ぶと、姉はだいたい振り返ってくれる。

 そして、無表情にボクをじっと見た後、また前を向く。

 

 不意に、すれ違う2人組が目に入った。

 片手に風船を持った子。

 ボクと同い年くらいだろうか。

 もう片方の手は、母親と思しき女性と繋がれていた。

 次はどこに行こうか、とその笑い合う声が耳に刺さる。

 

 胸がちくりとした。

 夢の国がなんだよ。

 どこを見てもユメしか見当たらない。

 本当に欲しいゲンジツは、どうせここには無いんだ。

 

 スっと、目の前を人が横切る。

 前の二人との距離が空いてしまったみたいだ。

 空いた隙間を、右から左へ埋めるように人が通っていく。

 いけない、追いつかないと。


 ――ふわりと、甘い匂いがした。

 

 ……これ、母ちゃんの。

 忘れたくても忘れられない。

 甘いお茶のような香りだった。


 母ちゃんどこに行った?

 人の流れの先には、大きな橋が見える。

 橋を渡る人の流れの中に、香りとともに横切っていった女性の背中。

 立ち止まっている理由はなかった。

 ボクは足が軽くなるのを感じた。

 

 ……違う。

 結論から言うと、人違いだった。

 歩む足の運びが、背中に舞う髪の動きが……。

 女性に近づけば近づくほど、知っている後ろ姿とは全然違う。

 足が重い。

 やはりここには、欲しいゲンジツは無いんだ。

 目が熱くなる。

 いつのまにか視界が歪んでいた。


 もう歩く気力はなかった。

 一人で歩きだすことなんてできやしない。

 これまで誰かに頼ることでしか、生きてこなかったんだから。


 「あーっ、こんなとこにいた!」

 

 唐突に現実に引き戻される。

 マナちゃんだった。

 ボクを探しに来てくれたのだろう。

 

 「なんで勝手にいなくなるかなアンタは。手ぇかけさせないでよ!」


 いつものツンツンした調子で姉はまくし立てた。

 そして、ものすごい勢いで、ボクの手が掴まれる。


 「――あっ」


 その奪うような強引さが、今のボクにはたまらなく心地よかった。

 腕とともに、寂しさも奪ってくれた気がした。

 ()まった涙が、(あふ)れてくる。


 「父ちゃんに迷惑かけんじゃないわよ。ほんっとアンタって……ん、どしたの?」

 

 「母ちゃん……が、いたと……、思ったら、いなかった」


 のどがつかえて、一言が、うまく言えない。止めどない(しずく)を抑えるのでいっぱいいっぱいだ。

 マナちゃんは、何も答えなかった。

 

 ボクは、用意されたものから消去法で選ぶしかできない。

 それなら、せめて何に頼るのかは選択してやる。

 

 一人いなくなったボクを見つけてくれたのはマナちゃんだった。

 これがボクに用意された選択なら。

 なら――選ぶ。

 

 「マナちゃんは、ずっとそばにいてくれるの?」

 

 わずかに、ボクを掴む手が緩む。

 姉の眼差しが、怒っているというよりも少し痛そうに見えた。

 

 ――ッ!


 気づいたら、ボクの視界は真っ暗になっていた。

 セーターの毛糸のふわふわが、しっかりと頭を締め付けていく。

 姉の胸にうずまっていた。


 「マナちゃんじゃないよ。マナ姉と呼びな」

 

 耳元で聞こえたのは、やわらかく、そしてしなやかな声。

 夢の国の中で、確かな温もりを感じる。

 

 ボクはマナ姉の腕の中を抜け出した。

 目の前には、くしゃりとしたマナ姉の顔。

 瞳のまつ毛が、わずかに濡れている。


 あの日、ボクは選ばずに閉じこもることもできた。

 けどボクなりに頼りながら歩き出すことを選択したのだ。


 喧騒(けんそう)が聞こえる。

 視界の端で、行きかう人々が現実を歩いていた。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ