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第4話 木漏れ日の下の喧騒

 いつまでもここにいてもしょうがない。まずはこの森を抜けないといけない。

 それに食料や水の問題もある。野菜が少しあるが、先が見えない以上、どこかで調達が必要かもしれない。

 買い物袋をいったんまとめ上げ、俺たちは進むことにした。

 

 なんとなくだそうだが、姉は進む先に日が傾いている方角を選んだ。

 先ほどの開けた場所から、森に足を踏み入れる。

 これが、俺たちの第二の人生の第一歩、そう思うと胸が高鳴る。


 重なった木立のせいで、あまり先を見通すことはできない。だが木々の隙間から日の光が細く裂けて差し込み、その先を照らしている。

 どこからともなく香る、誘うような甘い香り。森全体が、俺たちを歓迎している気がした。

 

「こんな深そうな森を歩くの、初めてかも」


 俺が転生前に住んでいた場所は、田舎とはいえアスファルトが整備された街だ。森や山なんて近くに無かったし、遊びにいくこともなかった。

 山登りとかできれば違ったかもだけどあいにくそんな家族旅行は無かった。


「……足元気をつけなさいよ、変な虫とかいるかも」


 地面をゆっくりと見まわす姉。

 肩より少し伸びていた髪は、邪魔だったのだろう、今は軽く2つに結わってくるりんぱされている。

 落ちそうだったパンツは、(すそ)をたくし上げ、ベルトを最短まで調節することで抑えていた。

 姉が慎重に足元を眺めるたびに、背中でくるりんぱした髪がひょこひょこ動く。

 

 その小さな背中を見て思い出す。

 小学校低学年の頃は、俺は姉によくおんぶしてもらった。

 姉はもちろん、俺を背負ってたくさん歩けるわけではなかった。

 ただ、背中で支えられているという安心がうれしくて、何度もねだったし、姉もまんざらではなさそうだった。

 

 思い出から我に返ると、ソレが目に入った。

 視線の先にたわわに実った枝が飛び込んでくる。ツンツンした濃緑の葉の裏側に、熟れた赤色がびっしりとぶら下がっている。

 近づいてみると、実は指先ほどの大きさで、中の種を覗かせている。まるで誰かが中身を丁寧にくりぬいたような、おかしな形をしていた。

 

 蜂蜜の匂い? 森に入る前から匂っていたのはこれなのかな?

 少しだけの食欲と、大きめの好奇心に誘われた俺は、もう赤い湯呑みのような実から目が離せなかった。


 触れてみようとすると――

「ちょ、ちょっと待ちなさい」


 マナ姉に肘を掴まれた。

 

「だって、いい匂いだよ?」


「いい匂いだからって、食べられるとは限らないでしょ」


 むっ。

 さすがにすぐ食べようとは、……ちょっとしか思っていない。


「……触ろうとしただけじゃん」


「よく知らないものには触らないほうがいいわ」


 けっこうな剣幕で顔を近づける。姉のつりぎみの眉が天を向いている。

 森に入る前からけっこう怒られてる気がする。

 

 ため息をつく。

「分かったよ」

 少し残念な気がするけど、姉ちゃんが言うならしょうがない。

 本当に危険かもしれないし。

 

◇◇◇◇

 

 もう30分ほど歩いただろうか。ふくらはぎの近くが少し緊張している気がする。

 ちょっと喉も渇いてきた。貴重だけど、少しくらいなら飲み物を消費してもいいかもしれない。

 俺は目の前の木に手をつく。体を少し支えてもらうだけでも、だいぶ違う。

 

 振り返ってマナ姉を見た。

 目が合う。何?といった感じに眉毛が落ちる。


「ちょっと、疲れちゃったかも」


 幹に背中を預けながら言った。

 

 そして屈もうと膝を曲げ――。

 とたんに、マナ姉の目が大きくなる。


「待っ」


 腰に飛びつくマナ姉。

 と、勢いが強すぎたのか、


「わっ」


 2人とも倒れそうになる、ところをすんでのところで立ち直った。

 

 マナ姉は俺の腰にしがみつき、体を支えていた。

 俺は俺で、ちょっと木でお尻を打ったかもしれない。


「……いたたた、何?」


 顔を上げるマナ姉。すでに眉が吊り上がっていた。

 

「あんたね、屈むにしても、せめて足元を確認しなさい」


 体勢を整えながら言うマナ姉。

 周り?足元?

 あるのは緑いっぱいに広がる地面。落ち葉がそこらかしこにあり、稀に土が覗いているくらい。

 

 いや、木の根っこあたりにぼつぼつと何かある。赤い、太い根っこが地面から天にさかさまに伸びたようなモノ。

 指のようにも手のようにも見えるそれらは、ちょうど座ろうとしていた根のあたりにいくつも生えていた。

 

「これ触るだけでヤバイことでめちゃくちゃ有名なやつじゃないの」


 確かに、名前は良く知らないけど、言われてみたらこの毒々しい見た目は、テレビとかで見たことがある気がした。

 ただ、ちょっと木の幹にすがったら、見えにくいかもしれない。

 疲れてすがろうとしさえしなければ、俺でも気づけたんだ。

 

「いや、休もうとした、……だけじゃん」


「…………」


 返事はなかった。


「マナ姉?」


 少し間が開く。なんだろう。

 そして口を開くと一言。

 

「あんためんどくさい!」

 

 ぴしゃりと言う。

 

 ……。

 いつもならマナ姉は、めんどくさい、とかで終わらず、もうちょっとフォローがあるような。

 なんなら俺の手を握りつつ、「次はもうちょっと気をつけよ? ミナトならできるよね」みたいな。

 


◇◇◇◇ 


 結構長く歩いた。

 気が付いたら俺はマナ姉の真後ろについて歩いていた。

 なんだかマナ姉の失点を稼ぎにいくようで、積極的に先に行く気になれない。めんどくさいと言われてからも、何度かマナ姉を怒らせてしまったからだ。

 さすがに違和感がすごい。マナ姉にこんなに怒られた日は、これまで記憶になかった。


 ふと、急に立ち止まるマナ姉。


「あれ……バナナ、かも」


 指をさすマナ姉。

 指の先には、大きな芭蕉扇(ばしょうせん)のような葉のついた木がいくつもあった。

 幹はやや細身だが、見上げると3メートルくらいあるようだ。

 上の方で枝分かれしており、その付け根に、懐かしい棒状の(ふさ)が天に向かって伸びていた。

 

 これは俺でも分かる。確かにバナナだ。植物園で昔見た記憶がある。

 とてとてと、マナ姉がバナナの木に近づく。なるほど、これは明らかに大丈夫なやつなんだな。

 バナナの房に手を伸ばすマナ姉、……だが手のひらが空を切る。

 今度は背伸びをするが、……やはり房の根本にかすりもしない。

 微妙に届かない高さなんだな。

 なぜか分からないけど、俺の目を気にするかのように、マナ姉は一瞬唇を噛んだ。

 

 挽回のチャンスかも――後から思えば、この考えが一番良くなかった。

 

 手を伸ばし、1本もぎってみせた。

 肩の方から小さく、……あっ、と声が聞こえる。


「はい、どうぞお姉さま」


 うやうやしくお辞儀つきで、バナナをマナ姉に差し向けた。

 マナ姉は、バナナに伸ばしていた手と、俺の手を交互に見つめている。


「…………っ」


 みるみるマナ姉の眉が吊り上がっていくのが分かった。

 

「……それはあんたのだから」

 

 ぷいっ、と明後日の方を向く。

 その姿が、いつものマナ姉の、ちょっと照れているときのしぐさに重なる。

 

 元のマナ姉に戻ってくれるかも、そう思い俺は会話をまくしたてる。

 ……あとから思うと、馬鹿なことをした。

 

「一本だけだとあれだよね、いくつかもいでくよ」


「分かりやすく食べれそうなやつあってよかったね」


「うお、けっこう固いよこれマナ姉」


 ……返事は皆無だった。

 

「また届かないとかあったら、俺が取ってあげ……」


 努めて上向いた調子で声を出そうとしたが、最後まで言えなかった。

 一瞬ビクッとマナ姉の肩が跳ねた気がしたのだ。

「…………」


 だが、やはり返事はない。代わりではないが、マナ姉は静かに下を向いていた。


「……よ……ろく」


 ん? いや、なんかぶつぶつ言ってる?

 

 マナ姉は顔を上げる。その瞳は、まっすぐと俺を見据えていた。


「……ミナト、我慢してたけどはっきり言うね」


 ため息をひとつ挟む。

 

「あんた、……ウザい」

 

 言葉に詰まる。

 じんわりとお腹の上の方が窮屈(きゅうくつ)になる。キ……ンと耳鳴りがした。

 近くにいるはずのマナ姉がより小さく、遠く感じた。

 

 俺は姉の顔を見ずに、

「え、いや……ははは……なんか、ゴメン。 そっか......」


 こう返すのが、やっとだった。

 吐きそうな喉元を、精一杯我慢していたから。

 

◇◇◇◇

 

 ……足が重い。

 かれこれ2時間くらいは歩いたんじゃないか。いつまで歩くんだ。

 赤い根っこみたいなものが生えたところで、休むきっかけを失ってから、もうずっと歩いている。


 ――急に立ち止まるマナ姉。


 目の先には変わらない景色。今度はバナナがあるわけでもなかった。

 どうしたの?とも、さっきの件もあり、もうちょっと声をかけづらい。

 

 上じゃなければ下だろうか。

 もしかして、どこか痛んでる? 靴ずれとか。

 確かに、マナ姉は、履いていた靴のサイズが合わないから、靴のかかとの隙間に靴下を詰めている。

 そう思ってマナ姉の脚を見つめる。細かな木漏れ日が、マナ姉の脚元で揺れていた。

 

 マナ姉、膝が震えてる?

 森の土は、大きすぎる靴の隙間にどっさりと侵入し、見るからに重そうだった。

 雑草は俺には低いが、マナ姉の小さなひざ元を絡めるには十分だったのかもしれない。

 

 さすがに歩き通しすぎたか。


「マナ姉?」


 俺は回り込んで、マナ姉の顔を覗く。

 瞳の周りには雫がこぼれんばかりだった。

 ばつがわるそうに、下を向くマナ姉。

 

 ハッとして、俺は動いた。

 足元を見やる。一面雑草だらけだが、稀に石が落ちている。

 俺は手ごろに角のついた石を見つけ拾った。

 手近の太い木を3本ほど選び、×印を大きくつけた。

 

「膝痛むの? さっきの少し広いところまで戻ろうか、休もう」


 少し声が震えた。けど、言わないとしょうがない。


「うるさい、まだ歩ける」


 マナ姉は取り付く島もなかった。けど、さすがにその足を見たら引けない。

 

「無理だよ、さすがに……」

「行く」


「もどろう?」

「行く」


「もどろう?」

「行くってば……!」


 らちが明かない。

 

 なんかマナ姉に休んでもらう理由が無いだろうか。

 周りを見渡す。

 そういえば日が落ちてきたかも?


「もうすぐ暗くなるかもしれないし。ほら、マナ姉、休む準備とか教えてよ」


 俺は背中を向けてかがみ、肩越しにマナ姉を覗く。

 

 マナ姉は、きっかりと数秒待ってから、俺の肩に手をかけた。

 

 逆光の中でマナ姉の唇が、音もなく「ろく」の形に動く。


 たぶん、6秒だ。それが分かるのが、なんだかつらかった。

 それに気づくのも、遅すぎた。

 

 ――アンガーマネジメントスキルっていうんだけど。

 ――6秒数えれば、落ち着けるってスキルよ。

 

 ……うるさい。

 縁の女神のセリフが頭の中で再生される。

 軽快な声がなんだかひどく無機質で、耳障りに感じた。

 

 日の光に背を向けて歩きだす。

 歩く先には、形だけ一本にまとまった、影が薄暗く伸びていた。

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