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最終話 ふたりの先は

「それじゃ、今日もありがとうございました!」

 

 ユウリさんたちにいつものお辞儀をし、俺はギルドを出て行った。

 外は今日も日差しが強い。暦の上では夏はとうに過ぎていたが、じりじりと照り付けられた地表がいつまでも熱を解放し続けている。この世界はまだ秋の訪れを認めてはいないらしい。


 ギルドを出るとすぐに広場が目に入る。

 日は頂点から少しだけ傾いている。さすがにこの時間は暑すぎるのか、遊んでいる人はいなかった。

 

 俺は広場沿いの通りをすぐ曲がり、ギルドの裏手にある敷地に向かう。

 セレンデ南孤児院。

 ここは冒険者ギルドの南支部が出資して運営している孤児院だ。

 

 幼すぎる転生者が見つかったときなどは、ここに入居することがあるらしい。

 約1年前、俺とマナがこの街に初めて来た時も、孤児院の世話になってはどうかという話がギルド長から出た。


 だが、お願いして2人暮らしを始めた。

 俺はもう孤児院を卒業するような年齢だったってことと、マナが生活の世話をするからって。

 考えてみれば7歳の女の子に、家事の主軸をまかせたのだ。元の世界ならヤングケアラー問題どころの話ではない。

 

 カチャンッと音が鳴り、孤児院の門が開いた。敷地から7歳くらいの女の子が出てくる。

 ふわふわと黒い髪を舞わせながら、顔を上げた女の子は、ほんの一瞬だけ驚いたように目を見開いた。

 

「あ、ミナト。おかえり。迎えに来てくれたんだ」

 

「うん、おかえり。ちょうど依頼が終わったところだったから……」

 

 そこまで言ったところで孤児院の柵の上から、女の子たち2人が顔を出す。

 

「マナお姉ちゃんまたね~」

 

「あ、うん、また来週~」

 

 手を振る女の子たちにマナは手を振り返す。

 

 この孤児院で、マナはお世話されているわけではない。お世話をしているのだ。

 週に2回ほど、午前中に仕事を任されている。お昼ご飯のまかないつきなのが良い。

 

「人気だね、マナ先生」

 

 俺の先生呼ばわりに、マナはやめてよ~と言いながら返してくる。

 

「う~ん、なんかね、最初はアタシと同い年くらいまでの子の面倒をまかされてたはずだったんだけど」


 マナは若干納得いかない様子だった。

 

「さっきの子たちは、どうみても小学校の高学年くらいだったね」

 

「さすがに、この7歳の姿で、10歳くらいの子からお姉ちゃんって呼ばれちゃうと、違和感がねぇ……」

 

「俺は良かったの?マナお姉ちゃん」

 

「アンタはホントの弟だからいいの! ヘンなタイミングで呼ばれると、逆に照れるからやめなさい」

 

 いつかマナは姉であることに拘っていたが、姉として扱われるのにも矜持があったのか、難しい。

 

「まぁ、けっこう教育効果があるみたいなのよ、アタシの存在って」

 

「うん? 効果?」

 

 働きぶりとは違った言葉に、俺はきょとんとしてしまう。

 

「うん、ほら、見た目7歳児がね、炊事、洗濯、掃除に小っちゃい子のおしめの交換とかてきぱきやってたら……。さすがに高学年の子たちはお手伝いをサボろうなんて思わないでしょ」


「ああ、なる」

 

「でもずっとそんなだと、疲れることもあるんじゃないかな。だから『お姉ちゃん』って呼ぶことで、ある意味心の安定をはかってるってのもあるかもね。あの子たちも」

 

「なんか本当に先生っぽい分析してるね、疲れそう」

 

「分かる?疲れるのよこれでも。ビジネスで『お姉ちゃん』を演じるのは。帰ったら肩もんで」


 肩を下げて疲労をアピールするマナ。

 

「はいはい、プロのビジネスお姉ちゃん様、お疲れ様」

 

 俺は茶化しながら、「帰ろっか」とそっと左手を出す。

 マナは、なによそれーとふくれつつも、俺の左手親指をきゅっと握り返してくれた。

 そこにはもう試すような関係はない。ただあるのはしっかりとした繋がりだった。


「今日は帰った後どうするの?なんか依頼入れてる?」

 

 マナはこちらを見上げて聞いてきた。

 

「あー、今日はその、夕方からサッカーやるよ」

 

 ふぅんとマナは目を細める。

 

「金髪の弓士のおねいさんとでしょ?」

 

「……はい」

 

 俺の嘘は、あっさりとサッカー仲間のローイくんからマナに告げ口されてバレた。

 正確には、サッカーはしている。しているが、その後に金髪の弓士のおねいさんの指導を受けていたということをマナに言っていなかっただけだ。

 どうかそのことをよく考えてほしい。嘘をついたというよりは、隠し事をしただけなのだ。


 しかしまさか孤児院所属のローイくんが、マナとここでつながるとは、不覚。

 ちなみに金髪の「おにいさん」疑惑があることはマナには内緒だ。……これも隠し事なのだろうか?

 マナは追及して満足したのか、鼻から息をフスンと出し、話題を変えた。

 

「それで、ミリダさんはどうだった? 今日でしょ? 初の赤札の仕事」

 

「うん、問題なかったよ。ケガの影響ももうほとんど無いみたい」

 

 今日はミリダさんの赤札デビューの日だった。

 ただこれまで徒党を組むようなことはほとんどせず、シングルでしか活動してこなかったらしい。

 

「なんか、前にアタシが聞いたら、最初に組んだ仲間とは生存戦略に対する方向性の違いで解散したんだってさ」

 

 マナは、やっぱ他人と組むとそういうこともあるのかしらね、と続けた。

 なかなか難儀な人かもしれない。

 

「それで俺に臨時徒党の話を持ちかけてくるってのは、謎が迷宮入りしそうなんだけど」

 

 さすがに赤札依頼をシングルでやる度胸は無かったんだろう。ミリダさんは俺に臨時徒党を持ちかけて来た。

 本当に俺でその方向性合ってるの? とは思うけど。

 

「知~らない。なんでだろね」

 

 あさっての方を見ながらマナは言う。

 知っていることをまったく隠そうとはしないそぶりだ。

 そうしてマナは続けた。

 

「そうそう、ミリダさんには、(しま)ゴリラ討伐戦のファーストアタッカーはウチの弟だって、自慢しといたから」


「何が、そうそうだよ。それのせいだよ絶対」

 

 そんなわけで俺とミリダさんは、森に狩りにいったのだった。バックアップとして、ユウリさんの徒党の人たちの指導を受けながら。

 安全第一がモットーのミリダさんは、戦わずして勝つのが一番と言いながら狩猟罠を潤沢に持ち込んでいた。あのぶんだと罠師になりそうな気がする。

 俺はと言えば、罠を敷いたときの立ち回りや獲物を誘い込むコツをユウリさんたちから教わった。

 

「初めてイノシシを狩れたよ」

 

 イノシシ、の言葉にマナの瞳がきゅぴーんと活性化する。

 

「ホント!? 今日は牡丹鍋かしら!」

 

「白菜系のお野菜とかきのことか、市場に見に行こっか」

 

「そうね、香草のストックも後でチェックもしないと」

 

 街の内壁を抜け、目の前の景色は石畳の道が広がる。

 中央の大広場には、街のシンボルである縁の女神の像が見える。

 女神が二人の子供の手を持ち、手を繋がせている像だ。

 

 この世界でのマナとの縁は、この世界に転生することで女神に繋いでもらった。

 左手の親指が少し強く握られる。俺はその小さな手の甲をそっと残る指で覆い返す。

 マナと目が合う。その顔はちょっと照れくさそうな上目遣いだった。

 「あ、そうそう」、と誤魔化すかのようにマナはつぶやく。

 

「今朝孤児院に向かう途中でね、なんか発明おじいちゃんに話しかけられたの」


 発明おじいちゃん。その言葉に何か嫌な予感がする。

 俺たちマナミナにとって、おじいちゃんは大事な固定客の一人だ。だが転生者だというこのおじいちゃんの依頼仕事は、これまで本当にろくなものがなかった。

 

「発明おじいちゃんが魔道具の板を見ながら道を歩いてたら、看板にぶつかって、すみませんって謝った拍子に側溝にその魔道具を落としちゃって、そのまま魔道具が流されていったんだってさ」

 

 だから、はい、とマナは4つ折りの紙切れを渡してきた。

 いつもの仮依頼書だろう。

 仮依頼書には『スマホを落としただけなのに』と書いてあった。なんかもう筋書きが見えた。

 

「なんで異世界でスマホを落として珍道中やらなきゃいけないんだよ」

 

「ホント何者なんだろうね、あのおじいさん」

 

「だから転生者でしょ」

 

「そうなんだけど……。ミナト、おじいさんの頭ってちゃんと見たことある? あのおじいさん、普段頭に深くローブのフードかぶってるでしょ」

 

 たしかに、頭どころか顔もちゃんと見た記憶がないかも。

 ときどきフードの端から白髪や黒髪が零れているのは見える。

 

「アタシ今日見ちゃったのよ。フード外した髪が、ただの白髪じゃなくて黒と白のバーコードみたいな、きれいな縦縞(たてじま)だったのよね……」

 

 ……。

 「なんか嫌な予感がする」

 

 俺にはそう言う以外になかった。

 縞々といえば、思い出したことがある。

 

「さっきギルドを出るときユウリさん、植物研究者の人に絡まれていたんだ」

 

 ゼブラ・カモミールを届けた植物研究者だったと思う。

 

「俺は先に帰っちゃったんだけど。たしか『動物研究者と議論していたら、ゼブラ種の動物と植物の分布に相関が』とかなんとか……」

 

 ……。

 「「なんか嫌な予感がする」」

 

 俺たちマナミナは揃って顔を見合わせると、とりあえず何か起きるまでは気にしないことを合意した。

 ところで、とマナは咳ばらいをしつつ話題を変える。

 

「最近のイマジナリーなアタシはどう?元気?」

 

 イマジナリーなアタシとはつまり、『イマジナリーお姉ちゃん』だ。

 彼女は私生活のどこにでも、俺が一人でいると顔を出す。ビジネスな関係ではないのでどこでもフリーなのだ。

 

「どう、って、すごいよ。踏み込みがまだ甘い!とか、ここでトドメよ、早く!とか言ってくるじゃんね」

 

 素直にイマジナリーお姉ちゃんの活躍を口にする俺。

 しかしマナは「なんか思ってたのと違う」と言う。

 

「……解釈違いじゃない?アタシ狩りにでたことすらないじゃない。そんなバリバリ前衛指南とかじゃなくて、もっと後方で腕組み姉貴ヅラさせてよ」

 

 何、後ろから魔法でも使って援護してくれるんだろうか。あれって教会の人か、お貴族様専用の特技だったと思うけど。

 だが嗅玉(かぎだま)の残弾数にブラフを仕込み、スマホのオートフラッシュをここぞという場面で閃くマナの度胸に、俺は後衛ではなく前衛の勝負師の才能を感じていた。

 

「いや、そのうち、ホントに言うようになるかもよ?」

 

「まっさかー、ありえない」

 

 今はまだありえないかもしれない、けれど俺は……。

 

「待ってるから」

 

「もうっ」


 そうこうしているうちに、ざわざわとした喧騒が近づいてきた。

 景色は石畳の見慣れた街並みに、いつのまにか野菜や珍しい果物などの露店を飾り付けていた。

 

 「お野菜は、どのあたりだったかしらね」

 

 俺たちは立ち並ぶたくさんの露店の中から、牡丹鍋に合いそうな食材を探していく。

 お目当てのものを見つけたのか、マナは「こんにちは」と露天商さんに話しかけた。

 

 「いらっしゃい、マナちゃん」

 

 そう返す露天商さん。マナはわりと常連のお客なのかもしれない。

 マナは玉ねぎを手に取り、しげしげと眺めていた。

 長ねぎじゃなくて玉ねぎ? まぁ鍋だから何入れても合うかもしれないけど。

 姉は何か思いついたかのように、口元を押さえながら俺を見る。

 

 「ねえ、ミナト知ってる?」

 

 手に持った玉ねぎを見せながら、マナは続けた。

 

「玉ねぎってね、繊維の方向と垂直に切れば、涙が出にくいんだよ」

 

 ……。

 し、知らなかった!

 

 世紀の大発見じゃん、それ。

 驚きのあまり3拍ほどぽかんとした後、ようやく俺は非難の声を上げた。

 

「え、なにそれ。なんで今まで教えてくれなかったの、マナ?」

 

 くっくっくとひとしきり笑った後、姉は言い切った。


「しーらない」

 

 そのいたずらな顔は、なぜだかとても大人びていて、元の姉を思い起こさせた。

 笑い過ぎたのだろうか、姉のそのまつ毛の端が光って見える。

 

「若奥さん、今日は旦那さんも一緒だったのかい」

 

 野菜の露天商さんが茶化してくる。

 もちろんマナは明らかに幼いので、露天商さんの冗談なのは分かり切っている。

 ただ、さっきのやりとりに、兄妹というより若夫婦のほうがしっくりくると思ったのかもしれない。

 

「もー、そんなんじゃないですよ」

 

 お金を渡しながら、そうマナは言った。

 

 市場の喧騒から離れ、家路を急ぐでもなく歩いているマナミナ。

 

 「おーにくにく、にーくサマー、かわいいにくサマー」

 

 姉は牡丹鍋が待ち遠しいのか、いつものお肉ソングを口ずさんでいた。

 俺はと言えば、さきほどの露天商の言葉が、頭から離れなかった。

 俺たち2人にはもはや上下関係はない。けれども夫婦というほど親密でもないし余所余所しくもない。


 気づいたらマナの唄はぴたりと止んでいた。

 マナを見ると、マナもこちらを見上げていた。

 

「私たちの関係ってなんなんだろうね」

 

 マナも俺と同じことを考えていたのか。

 なんだろ。

 探しても当てはまる言葉が見つからなかった。

 

「さぁね、家族かなんかじゃね」

 

 そう言ったとたん、左手の親指がきゅっと締め付けられるのを感じた。

 

 はじめは確かに姉弟だった。だんだんと対等になっていった。今はどうなのかもはや分からない。

 そして、未来のことなんて決めてない。


 でも、今日みたいな冗談が――

 いつか本気で笑い話になるくらいの関係になったら――

 それも悪くない。

 だって俺はもう甘えられないのだから。


 fin.

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