第20話 ファーストアタックのその後に
あの後、俺はみんなにもみくちゃにされてしまった。
抱きつかれたり、なでられたり、肩や頭を叩かれたり、やたらと荒々しい褒められ方だった。
よくもちこたえた、と言う声や、こすい依頼ばっかり稼いでたマナミナがよぉ、などという声も聞こえる。
その件はいろいろとこちらも事情があるので許してほしいとも思うが。
そうして気が付いたらマナ姉の姿がいなくなっていた。
心配になったが、どうやらアレイさんに「先に帰ります」と言って森を抜ける方角に駆けていった、らしい。
「ああ、ミナト、このあとギルド直行で打ち上げパーティするんだが、どうだ」
そのアレイさんが誘ってくれた。
打ち上げパーティなんて参加したことなかったので、正直興味はあった。だが――
「すみません、家族がちょっと気になって、俺も先に帰ります」
今は姉の方が気になる。
俺の返事に、やれやれと腕を組むアレイさん。
「ホントはファーストアタッカーのお前は、半分パーティの主役みたいなもんなんだけどな」
ファーストアタックって、そんなにもて囃されるのか。
死にそうな目にあった甲斐があったというか、ちょっとだけ胸の上のあたりが、熱くなった。
「しょうがない、お前さんはパーティ追放だ。さっさとマナちゃんのところに行ってやれ」
おどけたように言うアレイさんは、俺の顔の前にこぶしをそっと突き出してくれた。
「……ありがとう、ございます」
合わせようとこぶしを近づける俺。
「痛た!」
アレイさんは思いっきりこぶしをこぶしで殴ってきた。
「じゃあな!」
にかっと笑い、背中を向けるアレイさん。
正直手の甲がとても痛い。痛いが……なんだかその痛みが勲章のようにも思えてきた。
立ち上がると、今度は左足に激痛が走った。やっぱり、折れてるんだろうか。無茶しすぎたかもしれない。
「手を貸すよ。家まで送ろう」
そう言って腕を取ってくれたのはユウリさんだった。
「すみません、でもそこまでは」
「いいんだよ、ちょっと話したい事もあるし、ね」
ぱちんとウィンクしてくる。
この人は二枚目だったり三枚目だったり、こういうイケメンな仕草が似合うな。さすが大人の女性。
◇◇◇◇
「ミナト君、狼と遭遇した時、わりとすぐ私のことほっといてゼブラワイズマンの方行っちゃったよね」
わざとらしく口をとがらせて言うユウリさん。別に怒ってなどいない様子なのがなんだかおかしかった。
道すがらユウリさんと俺は、縞ゴリラを倒したときのことを語りあってきた。
ひとしきり、お互いをほめたたえた後の事だった。ここに来てけなし合いでも始めようというのだろうか。
「わはは、師匠のことは信頼していましたから」
「その師匠ってのはやめとこう、ね。私が協力したのは、ミナト君とマナちゃんに、ちょっと申し訳がなかったからだから」
「ケガのことだったら、俺が不注意だっただけだって……」
「ううん、そうじゃないんだ。もっともっと根が深い話でね」
ふと、ユウリさんが立ち止まる。
景色はいつのまにか草原から街中へと変わっていた。
ユウリさんの視線の先には広場があった。夕暮れの中、女の子2人がボールを投げて遊んでいた。小学校の高学年くらいだろうか。
「マナちゃんのDランク仕事の年齢制限。アレの原因というか、ルールができるきっかけを作ったの、私なんだ」
「え」
ゼブラワイズマンを退治したことだし、と、ユウリさんは昔の話を教えてくれた。
「私もミナト君と同じ転生者ってのはご存じの通りだと思うけど」
そんでもって、とユウリさんは続けた。
「転生したときの私は性別転換と若がえりの二重苦です」
「え」
――えええええ‼
「じゃぁ、ユウリさんって、その、どっちなんですか?」
「どっちだと思う?」
にやりと妖艶な笑みを浮かべるユウリさん。
いや、そのまま見ればきれーなお姉さんだし。
どっちが正解なんだろう。いやどう答えるのが正解なんだろうか。
「まぁ性別はともかく、歳がすんごく若返っちゃってさ。11歳になっちゃってた」
なんと、マナ姉ほどではないけど、俺より年下だったのか。
「ホントは何歳だったんですか」
「あ? 女性にそれ聞く?」
「ごめんなさい、ってその性別はいまのことですか?元のことですか?」
「どっちだと思う?」
再びにやりと笑うユウリさん。人が悪いぞ、ホント。
「それはもういいです!」
くっくっくと、妖艶な笑みから毒が抜けたような笑いに変化する。ホントに、コロコロ表情が変わる人だな。
俺たちは再び歩き始めた。
「まぁともかく、ギルドでDランクに上がった私は、自分でいうのもなんだけどけっこう才能があったみたいでね、弓手としてすぐ活躍できたんだ」
そこまで言うと、ユウリさんは目を横にそらした。あまり思い出したくないところなのかもしれない。
「その頃初めて遭遇したのがゼブラワイズマンだった」
その名に俺は少し身を固くする。
「俺と同じDランクだったんですよね? よく戦えましたね」
やっぱり才能の差なんだろうか。
俺は短剣一つ、今だって満足に扱えてはいないと思う。それが、ユウリさんは弓で活躍できていただなんて。
「そのときは大人数で囲むことができたんだ。ただ私がいざ矢を射ろうとしたとき、間が悪いことに、前世の大きく成長した体でアーチェリーやってた感覚が蘇ってきちゃってね」
その話は、よく知っている。
マナ姉も、初めは大人の記憶に実感が持てなかったけど、いろんなことがきっかけで、だんだん実感できるようになったと言っていた。
まさか……。
「手元を大きく狂わせて、フレンドリーファイヤをしちゃったのさ」
ユウリさんは、そこまで言って一つ息を吐いた。
俺は、何も言えなかった。
「若返った転生者ってのは、記憶の復活や感覚の定着が不意に起こる。特に元の年齢との乖離が大きいと、その反動も大きいんだろう。だから未成熟な転生者は危険ってことで、まとめて幼い子は赤札依頼禁止さ」
「そんな、転生者は他にもいたんですよね? ユウリさんのたった一人の失敗でそんなことが決まったんですか?」
そんなの、さすがにユウリさんがかわいそうだと思った。
だが、いいや、とユウリさんは首を振った。
「私のような事故は他の転生者にも過去にあったみたい。たまたま、積み重なって私の事故が決定打だったんだろうね。それに立場が微妙になりそうな、幼い転生者を守るためでもあったと思ってるよ」
そこまで話して、ユウリさんはごめんね、と告げた。
そんな気はもちろんなかったが、俺にはユウリさんを責める気なんて起きなかった。
これは、マナ姉のように大きく若返ってしまった当人たちでしか持ちえない感覚だからだ。
マナ姉も、記憶と体の乖離には苦しんでる様子だった。それを気遣うことができなかった鈍感な俺には、言えることが何一つない。
そのあとのユウリさんの説明は至極合点のいくものだった。
ゼブラワイズマンもその一件で逃げ延びて学習したのか、2マンセルの時以外はしぶとく逃げるようになったこと。そしてユウリさんの誤射の相手はアレイさんで、そのときのケガからの無理な回復が原因で隻眼になったことも。
「だから、ミナト君。君に短剣の扱いを教えたのは、私の勝手な罪悪感からってのがある。狩りのことだって、ミナト君だけ連れ出すのは、マナちゃんに悪いかなと思ったりもしたけど、彼女自身のためでもあると思ってた」
そこまで言って、何かを思い出したかのように目を見開くユウリさん。
「あの、さ。ゼブラワイズマンを討伐した後のマナちゃんの様子、なんだけど、なんというかその……」
これまでと違い、ユウリさんは言葉を選ぶように紡いた。
「ぞっとした、こんな言い方、マナちゃんに失礼かもしれないけれど」
見てはいけないものだったかもしれない、そう言いながらユウリさんは首をぶんぶんと振った。
「俺も、あんな泣くマナ姉はちょっと見たことがなくて……。縞ゴリ……じゃなくてゼブラワイズマン、案外姉ちゃん自身が一矢報いたかったのかもしれませんね」
ふふっと笑う、ユウリさん。その笑みには力はなく、目はうつろだった。
「ごめんね、ミナトくん。私は、ミナトくんだけが戦場に立つことで、それができないマナちゃんがミナトくんに嫉妬してしまうんじゃないかと気にしていた」
そのことは、以前から考えていた。森で届かないバナナに手を伸ばすマナ姉。そこには俺にはできてマナ姉にはできないことが歴然としてあった。
だが、2人でカレーを作った日、待ってるという俺に、姉は「うん」と答えてくれた。今は、それを信じたい。
ユウリさんは、けどねと続ける。
「もしかしたら、マナちゃんが嫉妬したのはミナトくんじゃなくて、……私にかもしれない、そう思ったんだ」
言われた瞬間、ぴりりと、首筋に冷たいものが走る。
思いがけない言葉だった。
ユウリさんに嫉妬? 姉が? そんなこと、あるのだろうか。
間違っていたらごめんね、と前置きをしてから、ユウリさんは続けた。
「マナちゃんは、ミナト君を手放したくないんじゃないのかな」
まさかと思いつつ、『手放す』、やけにその言葉が引っかかった。
「はは、そんな。いつもしっかりしなさいなんてどやされます、し……」
返す言葉とは裏腹に文字通りの事が気になり、マナ姉の手の感触を思い出す。
マナ姉は俺と手を繋ぐと、ときどき試すように手を緩めることがある。
――俺は馬鹿だ。
俺が手を離すのを待ってるとかじゃない、むしろ俺が離さないことを確かめたかった? マナ姉?
気づいたら、俺とマナ姉の借家が目と鼻の先だった。
「ここでいいです。ユウリさん、ありがとうございます」
「そう? ……それじゃあ、マナちゃんによろしく」
ユウリさんは気まずそうにさよならの手を挙げる。
俺は、さもなんでもないかのようにこぶしを前に突き出して応えた。
小さく消えていく背中を見ながら、俺はユウリさんが以前話したこと思い出した。
――悪役令嬢ってさ、みんな何かを背負っているよね。――原罪っていうのかな。でもマナちゃんには、さすがにそういうのは無いんじゃないかな。
ぽつりと呟いた。
「マナ姉の原罪は、俺?」
果たしてその答えは、ドアノブの先にあるのだろうか。




