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第18話 ふたりぼっちの炭火

「網とブレイジャ、借りてきたよ!」

 

 玄関の扉を開けるなり、マナ姉が言った。扉を開ける前に準備したのか、よく通る大きな声だった。

 

「こういうのギルドで借りられるのいいよね、もっと早く知りたかったわ」

 

「いいじゃん! 今日は焼肉?」

 

 俺も負けじと、できるだけ元気よく返す。ちょっと上ずったかもしれない。

 ブレイジャというのは、火鉢のようなものだ。炭火を用意して網やプレートで肉とかを焼く。

 

「ボーナスもらったお祝いってことで、ね!」

 

 そうなのだ。今日はギルドと依頼主からけっこうなボーナスが出た。

 先日請け負った薬草採取の仕事で、依頼のあったシルク・カモミールの新しい群生地を見つけた。そこで見つけたのが(しま)模様の新種だった。

 姉も「まさかねぇ……」と、依頼書の絵と何度も何度も見比べて、念のために通常種と変異種を両方届けた。

 その結果、依頼人がたいそう喜んでくれて、新種の群生地の情報を渡すことで謝礼を奮発してくれたのだ。ギルド長もうちの信用が上がると言ってピンハネ料を軽減してくれた。

 

 姉と俺は、いそいそと用意を始めた。

 俺は炭としてかまどに使った残り木を入れ、火をつける。姉は買ってきた食材にナイフを入れていった。

 炭に火が通り十分な熱量を得る頃には、窓の外は薄暗くなっていた。

 窓際にブレイジャを挟んで2人で座る。

 

 マナ姉はいつも通りの「いただきます」をたっぷり20秒かけて行うと、もくもくと肉を並べ始めた。肉は市場でマナ姉が買ってきた豚肉だ。

 

「お野菜は~、後でいいよね」

 

 俺はだまったままうなずき、並べられていく肉を見つめていた。

 炭火はぱちりともせず熱を帯び、網の上の肉を静かに焦がしていく。

 

「アンタ、最近けっこう遅くまでやってるわね、サッカー」

 

 なんとなしに始まる雑談。

 

「ん、……けっこう皆ガツガツしててさ。気が付いたら空が暗くなっちゃう感じ」

 

 ちくり、と痛む胸。

 

 嘘ではない。サッカーやる面子は皆一生懸命で楽しい。ただ、最近は俺が参加していないだけだ。

 

「楽しむのはいいけど、平日はほどほどにしときなさいよ。土曜はともかく、水曜は次の日も仕事あるんだから」

 

「うん、ほどほどにしとく」

 

 なるべく波風を立てないように、俺は受け流した。

 

 昼はマナ姉と一緒に採取や街の仕事をし、夕方はマナ姉には広場でサッカーすると偽ってユウリさんに会う。

 そんな生活がもうどれだけ続いただろうか。

 常識的に考えて、マナ姉が夕方外出しないとも限らないし、もしかしたら俺が広場にいないことには気づいているかもしれない。

 ブレイジャはテーブルよりも小さく、いつもの食卓よりもマナ姉が近い。近いけれど、かみ合っていない気がした。

 あのケガから俺とマナ姉の生活は変わってしまったんだと思う。どこかかみ合わない欠けた歯車が、それでも残った歯を当てながら、無理やり回る様を想像した。


「ほらそっちそろそろ焼けるんじゃないの?」

 

 ん?そっちの肉はさっきひっくり返したばかりのはず。

 

「え、こっちは側面焼けてないっぽいよ」

 

 回り込んで確認すると、死角になる側が見事に赤かった。

 

「すきあり!」

 

「ちょ、それ大事に育ててたやつ」

 

 やられた!

 マナ姉は、俺の手元にあった肉にかじりつく。

 

「名前書いてないじゃない」

 

「あるわけないだろ」

 

 くっそ、マナ姉が育てた肉はどこだ。

 そう身を乗り出したそのときだった。


 ――かさり。


「なんか落ちたわよ」

 

 ソレに最初に気づいたのは、マナ姉だった。

 床に落ちたソレはマナ姉の足元にいってしまったようだ。ポケットに入れたはずの、依頼書が。

 紙を見て、目を細める姉。

 

「ねえ、……なんでここに赤札依頼があるの?」

 

 姉の持つ紙が(わず)かに震えていた。

 

「なんで、ゼブラ・ワイズマン、て書いてあるの?」

 

 姉の声も震えていた。

 ゼブラ・ワイズマンは(しま)ゴリラの正式な名称だ。この依頼はギルド発のもので、複数の徒党に向けた縞ゴリラ討伐の依頼なのだ。

 

「……討伐の依頼、受けてきた」

 

「だから、なんでよ」

 

 追及は止まらない。

 俺は、仕方なく、ホントの想いを言った。

 

「危険だからさ、マナ姉よくあの森いるし。知ってるだろ、この間あそこで起きた事件」

 

 むしろ、被害にあったのは、マナ姉の方がよく知っているミリダさんだったじゃないか。

 

「アタシそんなの頼んでない、やめて」

 

「縞ゴリラいなかったら、安全に採取できるだろ」

 

「だから……」と語気を強める姉。

 

 姉が()れているのがよくわかる。

 こっちもあんまり直接言いたくないんだよ。言わせんな。

 

「……なんでわざわざアンタがそんなこと」

 

 ああもう……。

 喉元まで出そうか出すまいか、そんなせめぎ合いをしていた想いを、俺はもうせき止めることができそうになかった。

 

「守りたいんだよ、マナ姉のこと」

 

 言った瞬間、首から上が灼熱のように熱くなった。頭から湯気がのぼってもおかしくないかもしれない。

 こんなのは、あの『女神の森』でマナ姉と額を合わせた時以来だった。

 

 いつも俺は、俺たちは、同じ依頼を受けてきた。

 熊狩りとかで違う赤札の仕事をしたこともあったけど、あれはユウリさんたちが持ってきた依頼に乗っかっただけだった。

 けど、今回は違う。

 俺が、俺の意思で赤札の依頼を引き受けたんだ。

 

 気づいたら、静寂が訪れていた。

 6秒ほど経っただろうか。姉は静かに、口を開いた。

 

「なによ、それ。アンタに守ってもらおうなんて、思ってない」

 

 ――え。

 マナ姉の上向きの眉はつり上がっていた。

 その瞳は強く俺を見据え、はっきりと俺の想いを否定しているようだった。

 そして、わずかの間のあと、今度は打って変わってぽそりと続ける。

 

「守られたくなんて、……ない」

 

 そう言う姉の目に、熱は無かった。熱くなっていたこっちが、凍死するほど恥ずかしくなるような、そんな冷たさだった。

 

「……なんでそんなこと言うんだよ」

 

 そんなの、俺の欲しかった言葉じゃない。

 俺が欲しかったのは……、もっとこう、アンタも言うようになったわ……ね、とか……。

 

「アンタに危険な目にあってほしくないのよ、分かるでしょ」

 

「分からないよ。そんなことより、マナ姉が危険な目にあう方が怖い」

 

 マナ姉の返事までは、やけに長く感じた。

 

「……もういい」

 

 言いかけた言葉を切って、それ以上姉は喋るのをやめた。

 そのあとのことはあまり覚えていない。適当に肉を焼いて、片づけをして、眠りに入った。

 ただ灰をかき混ぜたときに静かに舞う火の粉だけが、なぜだか目に焼き付いていた。

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