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ホワイトピーコック&スパロウ  作者: マン太
第二章 帝都

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6.挨拶

 そうして湯浴みを済ませ、用意された控え室で支度を整える。控え室とは言っても、あちこちに意匠の凝らされた上等な部屋だ。

 窓に取りつけられた引き戸は、細かい格子が幾重にも交差する繊細な造り。欄間には牡丹の花と蕾が浮き上がるように彫られている。今、使っている鏡台も朱色の漆塗りで、螺鈿(らでん)細工の蝶や花が散りばめられていた。

 控えの間でこれだ。かなり豊かな国なのがうかがえる。


「…これ。とっても綺麗です」


 ルンは用意された長衣を手に、うっとりと呟いた。

 イサクが用意したそれは、光沢のある絹だった。そこに白い刺繍糸でいくつもの唐草文様や蝶が縫い取られている。それが光を受けると艶めいて見えた。確かに思わずため息がでるような代物だ。

 ルンはそれに見惚れながら俺に着せると、ウイラから持ってきた銀糸の縫い取りのある薄い水色の上着を重ねた。


「──わぁ…」


 ルンが声をあげる。それは見事に調和し、まるではじめからあつらえたかのよう。


「──さすが。王宮仕えの方ですねぇ。目利きが違います…」


「そうだな…。詳しくない俺でも、見事なのが分かる」


 流石、できる男は違うのだ。


「紅い髪が映えますね…。冠を被っても見えるように結いましょう」


「…紅いか?」


 今までそう思ったことはなかったのだけれど。


「ええ。それは──薄い紅色ですが、日に透けてキラキラして…。とても美しいです」


 ルンは嬉しそうにそう言うと、俺を鏡台の前に座らせ髪を結い始める。

 肩ほどまでしかない、四方八方に跳ねた髪だが、香油を少量つければ、それも綺麗にまとまった。

 薄化粧を施したあと、結い上げた髪の上から、用意されていた王冠をかぶる。

 王冠は白銀でできていて、蔦が絡まる中に、所々、金剛石をはめた、とても繊細な作りのものだった。


 ──うーん。これは厳しいだろうな…。


 こんな煌びやかなものが、自分に似合うとは到底思えない。しかし、鏡に映る自分を見た時、その思いが一瞬霧散した。

 そこには、差し込む光の中で、清楚に佇む、紅い髪の凛とした面差しの青年の姿があったからだ。


 ──俺じゃないみたいだ。


 呆気にとられる。ルンも同じ様にのぞき込んで。


「これなら上出来です! アルーン皇子だってきっとお気に入りになりますよ」


 それはそれで困るのだが。


「……そうかな?」


「そうに決まってます!」


 ルンは万事準備が整うと、自身もいそいそと湯浴みに向かった。

 その間、することもなく、用意された客間でじっとして待つ。あちこち見て回りたいが、なんせ、動きづらいのなんの。

 結い上げた髪には冠のほかにかんざしが挿され、動くたびにシャラシャラ音を立てる。手首や指先には、腕輪や指輪がはめられ、耳にも飾りが取り付けられた。それらが気になって、やたらに動き回れない。

 おまけに衣装も重い。下に着る長衣に用意された着物は、至る所に刺繍が施されているため、見た目よりもかなり重量があったのだ。下は袴になっていたが、長袴で颯爽と動くことは出来ない。


 ──弱ったな。


 そうこうしているうちに、部屋の外が騒がしくなった。どうやら誰かが廊下を歩いてくる気配。


 ──なんだろう。


 唐突に部屋の扉が開かれた。観音開きのそれは、音もなく左右にたたまれる。

 椅子に座ったまま、ギギギっと音がしそうなほど、ぎこちない動きで身体ごと振り返ると。


「ふん──なんだ…」


 見れば、口元を扇子で覆った貴人が、供を引き連れ、戸口に置かれた衝立の向こうに立っていた。

 艶めく栗色の髪を軽く結い上げ、波打つ残りの髪は肩に垂らしている。

 扇子で顔半分を隠しているが、紫色の瞳の目元だけでも、かなりの美貌なのが窺えた。その背後に控える侍従の浅黒い顔の男とは対照的だ。

 衝立から半分ほどのぞく衣装は、薄紫を基調とした金の縫取りのある美しいもの。横に切り込みが入っていて、俺と同じ様に下は薄物の白い長衣を身に着けている。

 同時に華やかな薫りが漂った。強い香水の香りにむせかえるよう。慣れない香りに、閉じられるものなら鼻の穴を閉じたくなった。

 その貴人はしばらくこちらを無遠慮に検分していたが。


「アルーン様が正式に迎えると言うから、わざわざ見に来れば…。──大したことはない。残念だな」


 ──残念。わかっているとも。


「…どちら様で?」


「アルーン皇子の妾さ。もう長いことお相手を務めている…。この僕を差し置いて、妃を迎えると言うから、どんなに美しいものかと見にきてみれば…。言っていた通り、親同士の取り決め。形式上は、と言うことか」


 ──形式上。わかっている。わかっているとも。


 ひとから言われるとなぜか心に刺さる。

 『僕』と言うからには、男子か。声もさほど低くない。女性と言われても、疑わなかっただろう。美しい容姿だが。


 ──性格に難はありそうだ…。


「……本日からこちらでお世話になる、リイン・カセムです。よろしくお願い致します…」


 相手の動向を窺いつつ、しおしおとした風情でそう返せば、


「お世話になるかどうか…。アルーン様の好みからはかけ離れているから。放っておかれるのがオチだね」


 フフと余裕の笑みを浮かべ、気が済んだのかその場を去って行った。お付きの侍従らが慌しく続く。部屋にはその香りだけが残された。

 名乗らなかったから、どこの誰かは分からないが、アルーンの皇子の妾だとはわかった。しかも、古株だ。

 ありがちな、パターンだろう。自分の立場を危うくするような奴なら、あれこれ手を尽くし蹴落とす算段だったに違いない。


 ──こんな見てくれで良かったよ。俺。


 のそりと立ち上がって、細くあいていた窓の木戸を、今度は大きく押し開ける。一気に新鮮な空気が入ってきた。


 ──ハァ。匂いで死ぬかと思った…。


 と、そこへルンがホカホカと湯気を立てる勢いで帰ってきた。頬を火照らせ部屋に入った途端、鼻にシワを寄せる。ルンも匂いには敏感だ。


「──なんですか? このキツイ匂い! こんな匂いの香水、持ってきませんでしたよ? …というか、あなたは香水の一つも持っていませんけど」


「…どうも、香水は苦手でな。だいたい、つけていく場所もないし、似合わないだろ?」


 品よく香りを身につけ、どこへ行くというのか。畑仕事や漁や狩りには必要なかった。ルンはジト目になると。


「王族は、普通、民に混じって畑仕事や漁をやりません。社交界、お茶会や夜会に参加するものです。あなたはろくに出ませんでしたけど…」


「だって、茶会や夜会なんて退屈で眠くなるに決まってるし。食事だって、こう、ちまっと出されるだけだし。出る意義が分からなかったんだ。民に混じって働いた方が楽しかったし、どれだけ助けになるか」


「……あなたに言うだけでムダでした。仕えると決まった時、どんなに優雅な方かと思えば。裏庭から泥だらけになって帰ってきた姿を見て、卒倒しかけましたから…」


「悪かったな…」


「で、この香りは誰のものなのですか──」


 ルンが問いかけたところで、


「失礼致します。お支度は整われましたか?」


 涼やかな声音と共に、イサクが入って来た。先ほど、古株の妾がいたと同じ、衝立の向こうに現れる。


「あっ、はい! 整っております…」


 ルンの答えにうなずいた後、イサクは俺を見て微笑んだ。それから、ふと視線を宙へ向け。


「──残り香が…。キヤーナ様がいらっしゃいましたか…」


 問いかけではなく、断言だ。


「誰のものか、わかるのか?」


「はい。いつも同じ香りを身につけておいでですので…」


「あの方は、キヤーナ様と言うのか…」


「はい。こちらへ来て五年程になりますか…」


「五年と言うと、アルーン殿下が十七歳の頃に?」


「…はい」


 微笑みをたたえたイサクはそのまま続ける。


「リイン様は知っておくべきかと思い、お話ししますが…。キヤーナ様は、アルーン様の初めての同性のお相手です。妓楼からお呼びしまして、短期間の予定だったのですが、いつの間にか月日が経ち、今に至ります」


「初めての…」


「リイン様は正式にお迎えされた方。キヤーナ様より位は上位となります。その事をお忘れなきよう…」


 つまり、必要以上にへりくだる必要はないと言うことか。

 へりくだるつもりはないが、ああいった態度の人間には、目立たない様にしているのが一番だ。


「ありがとう。イサク。気をつける様にする」


 ──しかし、五年…か。相当、キヤーナを気に入っているんだな。


 と、そんな俺の心を読んだかのように、イサクはじっとこちらを見つめながら。


「アルーン様は、ご自身の身の回りに関心がないのです」


「自分に?」


「…はい。ですから、キヤーナ様が残りたいと申せば許しました。寵愛を得て、ということではないのです」


 気に入ったから残したのではないと言いたいのだ。この男。やはりあなどれない。

 俺は肩をすくめてみせると。


「…大丈夫さ。たとえそうであろうとも、なかろうと。俺は俺の務めをするだけだ。気をつかってくれてありがとう。イサク」


「いえ…」


「俺のことは姻戚関係を結ぶ為だけに迎え入れたとわかっている。アルーン殿下も同じだろう。お互い割り切っていれば、早々、衝突も起きないさ」


 (しょう)(そく)が何人かいるとは先に聞いていた。皇子の為の宮殿で、いくつかある宮に住まわせていると言う。

 さっきのキヤーナと同じ、形式上と分かれば、こちらを気にも留めないはずだ。しかし、イサクは視線を落とすと。


「…私としては、リイン様にアルーン様の支えとなっていただきたいのですが──」


 と、イサクが言いかけた所へ、部下が足早に訪れ、イサクに耳打ちをした。それにうなずいた後、こちらに顔をむけ。


「──リイン様。アルーン様がお戻りになりました。お支度が整うまで、いましばらくこちらでお待ちください」


「──わかった」


 イサクが去って、室内はまたルンと二人きりとなった。

 窓の外から甲高く歌う野鳥の声が聞こえる。庭木には赤い実をつけた常緑樹があった。それを食べに来ているのだろう。


「いよいよ、か…」


「いよいよ、ですね? ああ、楽しみです。きっと、リイン様を気に入るはずです。今までにないくらい、別人のようにお綺麗ですから」


「…ルン、それは褒めているのか?」


「褒めております。だって、普段のあなたとは比べようがありませんから。確かにさきほどの方のような妖艶さはみごとにありませんが、健康的な美しさがあります!」


 ルンは胸をはる。


「健康的…か」


 妃になるからには、多少の美醜は気にかけるべきなのだろうが、健康的というのは必要な要素なのかは分からない。それでも、アルーンが僅かなりとも関心をもつような容姿であればいいが。

 形ばかりとは言え、正式に迎えられるのだ。傍らに侍るのにまったくの関心を引かないのも悲しいもの。

 ルンは冠の上から、刺繍の入った薄い布をかけると。


「──リイン様はお綺麗です。胸を張ってください」


「…わかった」


 ルンに推され、少しは自信を持った。


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