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ホワイトピーコック&スパロウ  作者: マン太
第二章 帝都

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5.帝都

 街人が行き交う賑やかな大通りを抜け、人通りの少ない通りまでやって来る。両側には高い土塀がそびえていた。

 御者はあらかじめ宮殿までの道を教えられていた為、迷いなく進んだ。

 その土塀に囲まれた通りをしばらく行くと、正面に衛兵の立つ大きな鉄の門扉が見えてくる。

 閉ざされているそれは、これまた大きくいかつい。鈍色の分厚い門の至る所に鋲が打たれ、飾りの龍がこちらを睨むように見下ろしていた。まるで訪れる者を威嚇しているかのようだ。


 ──凄いな。


 御簾のすき間から顔をのぞかせ見上げていれば、御者への誰何(すいか)もなく、衛兵がその鉄門を押し開けた。先ほどと同じく、牛車の紋を見て必要はないと判断したのだろう。

 ファジル帝国から下賜された見事な牛車の後には、荷をのせたやや草臥れた驢馬が二頭続く。一頭は土産を積み、もう一頭は書籍と僅かな衣類の類を積む。

 輿入れには少なすぎるのだが、紋があればそれ以上、問うことはないのだろう。しかし、かなり不審げな視線を投げかけられたのは否めない。


 ──しかし、門番でこれってことは──。


 案の定、不安は的中する。宮殿の奥にある、皇子の居所へと続く道行きでそれは起こった。

 それまで行く道の両側には、無骨で無機質な建物が続いていたのが、途中から柱や梁にきらびやかな彫刻や飾りが目立つようになり、色彩も派手になる。

 いよいよ後宮の入口だ。と、そう思ったところで足止めを食らったのだ。


「…ウイラ国の──リイン・サナン王子で…?」


 牛車を降りた所で、待機していた侍女の不審げな視線が、ルンを通り越し、俺の身体のあちこちに突き刺さる。


「ええそうです。先ほどから何度も言っているじゃないですか。ここをお通しいただけますか?」


 ルンは苛立ち詰め寄るが。


「え、ええ…。はい──聞いてはおりますが──」


 侍女は背後にいた他の侍女を振り返り、ひそひそと言葉を交わしたあと、ぎこちない笑みを浮かべ。


「…どうぞ。控えの間でお待ち下さい。今、上のものを呼んで参ります。──リイン様…」


 そう言って、侍女はルンの前に恭しくかしずく。


「え…?」


 ルンは意味がわからず、首を傾げた。


 ──えっと。まあ、そうなるか。


 俺は頭をかいた。

 ルンは王侯貴族への輿入れとあって、手持ちの着衣の中でも上等な生地で出来たものを身に着けていた。俺に恥をかかせないためにと、気合を入れたらしい。

 もちろん、俺の衣装に合わせ、控えめな意匠のものにしている。薄い橙色の長衣で、下に山吹色の下衣(したぎぬ)姿。派手ではないにしろ、髪も綺麗に結い上げ、薄化粧もしている。言うまでもないが見目もいい。

 対する俺は前述のとおり。

 衣装こそ銀糸の縫い込まれた派手なものを身に着けているが、一度濡れて乾いた髪は風に煽られた様に逆立ち乱れ、顔はソバカスが浮くすっぴん。どことなく──牛の落し物の芳しい匂い…。

 見比べればそうもなるだろう。侍女のそれは正しい判断だった。それに気付いたルンは余りの事に、呆気にとられている。

 と、そこへ奥から急ぎ足で現れたものがいた。紺の長衣に白地の下衣。長衣の襟には金の刺繍が施されている。侍従らしいが、身に着けているものが他より上等に見えた。気づいた侍女がササッと脇へ退く。


「これは大変、失礼をいたしました。所用で席を外しておりまして、お待たせして申し訳ございません。──さあ、どうぞこちらへ。長旅でさぞお疲れになったでしょう」


 男はすらりと背筋が伸びた、容姿端正な人物だった。濃い茶色の肩までの髪に落ち着いた灰色の瞳。眼差しは厳しくもあるが、今は笑みが含まれる為、和らいで見える。


 ──と言うより。


 なかなか侮れない人物に思えた。なんせ、間違いもせず、侍女がかしずくルンの元ではなく、自分の前に頭を垂れたのだから。


「…いや、それほどは…」


 驚く侍女は交互にルンと俺とを見比べる。その気持ちはよくわかる。わかるとも。侍従はにこと笑むと。


「そうですか。──しかし、皇子もまだ、外遊から戻っておりません。旅の疲れを湯殿にて落としてからのち、謁見に臨まれても宜しいかと…」


 俺の有様に何かを察したのだろう。横目にウンウンと大きく頷くルンが見えた。


「…じゃあ、遠慮なくそうさせてもらおうか。──ええと…」


 侍従ははたと気づいた様に笑みを浮かべて。


「これは失礼を。──申し遅れました。私はアルーン様付の侍従、イスハークと申します。イサクとお呼び下さい。──さあ、こちらへ。湯殿へご案内いたします。お付きの方もどうぞ」


 隙のない所作で先へといざなう。


「は、はい…!」


 ルンも気後れしながらもあとに続いた。



 いつの間にかイサク以外の侍女や侍従は姿を消していた。

 綺麗に整えられた庭に面した板の間の廊下は、恐ろしく磨き抜かれ黒光りしている。扉を一つ開けそこを進むと、見事な透かし彫りのある欄間が見えてきた。

 その下に羽扉が見える。そこから、ムッとした湿気を帯びた温かい空気が流れてきているようだった。その欄間をくぐったところで。


「わぁ──」


 思わずルンが感嘆の声をあげる。

 そこには乳白色の大理石のタイルで覆われ、満々と湯が溜められた湯舟があった。そこかしこには、まるでジャングルの様に緑が植栽されている。


「ここが後宮の湯殿になります。ご自由にお使い下さい。お召し物はこちらで整えて置きますので──」


「ありがとう。──それで、すまないんだが、この今着ている衣装を謁見でも身に着けたいんだ。国の者たちが、丹精込めて作ってくれたものでね」


「承知致しました。確かに──見事な衣装ですね。銀糸の縫取りがとても美しい…。下に着るもののみご用意させていただきます」


 イサクの視線が生地の上を滑るように流れた。


「ありがとう」


「──では。なにかありましたら、呼び鈴をお鳴らし下さい。側付きの方にも別室にお湯のご用意があります。リイン様のお仕度が終わりましたら、ご案内しますので、お使い下さい」


「あ、ありがとうございます…!」


 ルンはずっと顔を上気させたまま答える。イサクは頭を下げたあと、立ち去ろうとしたのだが、それを呼び止めた。問いたい事があったのだ。


「イサク…、その──」


「──はい?」


 立ち止まったイサクの涼やかな眼差しが、こちらにひたと向けられる。俺はどぎまぎしつつも、


「その──どうして、俺がリインだと? …さっき、間違えなかっただろう?」


 すると、イサクは口元に微笑をたたえながら。


「間違えようがございません。主はあなたです。──しいて言えば──気配、でしょうか」


「気配?」


「王の気配…です。あなたは王国ウイラの長子でしょう。その気配が…。──長年、王族に仕えておりますので」


「……」


「──では」


 俺はそんなイサクの背を、感慨深気に廊下の向こうに消えて見えなくなるまで見送った。ルンも傍らでそれに倣いながら。

 

「なんだか…。凄い人ですね…。いかにも王宮に仕えている人って感じです。(そつ)がないって言うか…」


「おまえも、もっと俺を主らしく敬えよ。いつも足蹴にするだろう?」


「足蹴にってそんな…。だいたい、あなたがいけないのですよ? いっつも怒られるようなことばかりするのですから。さっきだって止めろと言ったのに、牛車なんて押すから…。先ほどのイサク様だって、あなたのさまに内心きっとお笑いでしたよ」


 腰に手をあて、怒り出す。


「どうだろうな…」


 あのイサクは違う気がした。ルンの言うような、ひとを笑う様な人物には思えない。


「さ、それはそうと、湯浴みしましょう。いいお湯ですよ? これ、きっと温泉です…」


 そう言って、湯舟の縁まで寄ったルンは、片手を湯につけ、すくってみせた。僅かにとろみを帯びたお湯が手の平からこぼれ落ちていく。いかにも心地好さそうで。


「──よし。じゃあ入ろうか」


「はい!」


 ルンは嬉しそうに返事をすると、さっそく準備に取り掛かった。



 お湯に入るのに必要なものは全て揃えられていた。やわらかな海綿でできたスポンジに、いい香りのする石鹸。髪もそれで洗うのだ。

 それらで汚れをすっかり洗い落すと、ようやく湯に浸かる。湯で手足を伸ばすと、ここへ来た理由も忘れそうだった。


「…ルンも一緒に入ればいいのに」


「だめですよ。ここはウイラとは違うんです。通常は、どこの国でも従者は主人と一緒には入らないのです。さっき別に用意があると言っていたでしょう? それに──」


「なんだ?」


 言いよどむルンをいぶかしめば。


「…一緒に入ることを許可されるのは、アルーン皇子だけですよ。どこに輿入れした主と入る従者がいると思うんですか」


「──そうか…。皇子だけか…」


 考えてもみなかった。

 そこで現実を突きつけられる。俺は湯に口元辺りまで沈み込みながら。


「…俺は、今日にでも皇子に謁見して、そのあと、正式に──妃として後宮に入るんだよな?」


「そうですよ?」


「…その、教わった、あれやこれやも……今晩?」


 形だけの輿入れとは言え、ことに性に対して寛容なファジルでは、まさかがないとは言い切れない。


「……それは──どうなんでしょう…。アルーン皇子次第ではありませんか? 通常は初めての晩だとは思いますが…」


 ルンはやや言いづらそうにしながら、視線を逸らす。

 ルンとて、意中の者がいて付き合った経験がある訳ではない。そういった事には読んだ書物や先輩従者から聞くほかなかったはず。自分と大差ないのだ。


「そうか…。普通は…初めての晩か…」


 湯に沈んで、ぶくぶくと息を吐いて泡を立てた。そのまま沈んでしまいたくなる。俺相手に、そんな気は起こらないと思っているが、皇子がどう考えるかは分からない。

 これまで誰かを好いたことも、好かれた経験もない。民に紛れ野山や海を駆けていたため、その機会を逸していたのものある。そんな自分が、突然、同性の皇子と(ねや)を共にする…。考えただけで気が塞ぎ、めまいを覚えた。幾ら国同士を繋げる為とは言え。


 ──初対面の相手に…。


 ずんと気持ちが沈んだ。その空気を払拭する様に、ルンは両手をパンと合わせると。


「──まあでも! 皇子はきっと経験豊富でいらっしゃいます。すべてお任せすれば、何も問題はないでしょう」


「……そうだな」


 湯の中に沈めた手を見つめた。ルンが必死に手入れをしてくれたおかげで、黒ずんだ汚れは跡形もなく消えている。それまで荒れ放題だった腕や足にも必死に香油を日々塗り込んでくれたおかげで、随分肌艶が良くなっていた。

 好色と呼ばれている皇子だ。もしかして、ものは試しと、普段食べ慣れない珍味を口にするように、まさかが起こる可能性がないわけでもない。


 だが、しかし──。


 思考はぐるぐるとめぐるが。そこまで考え、

 

 ──よし。やめよう。


 思い悩むのをやめた。あれやこれやを考えて気を揉んでも、未来は見えないのだ。無駄な事。


「ルンの言うように、皇子にすべてお任せしよう」


 アルーン皇子にかけることにした。珍味などに手を出さない、美食家であることに。

 だいたい謁見すれば、きっとアルーン皇子も、こんな自分に手を出そうとは思わないはず。形式だけ受け入れ、あとは自由に過ごさせてくれるだろう。

 勝手にそう考え、それ以上悩むのを放棄した。ルンはそれを良いほうに解釈し、


「そうです。それでいいのです」


 傍らでニコニコと微笑んだ。


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