20.会談
それから馬を飛ばし、日が沈む前にウイラに到着することができた。
関所に着けば、門番がこちらの姿を認めてすぐに声をかけてくる。中年の人のいい門番で、幼い頃からの顔見知りだ。
というか、ウイラで顔見知りでないものは、生まれたての赤子かよそ者かのどちらかだけだった。
「リイン! どうした、出もどりかぁ?」
騎乗したままだった俺はむうと眉間に皺を寄せ、返答に困りつつも。
「…ちょっと用があって、戻ってきた。いつも使っていた家はまだ空いてるか?」
「ああ、それだったら大丈夫だ。あそこはいつだって、リインの為にあけてあるよ!」
「ありがとう!」
片手をあげて挨拶すると、そのまま馬を走らせた。俺だと言うだけで、誰何もなく、通行証もいらない。そのあとをアルジャンが続く。
しばらく林の中を駆けると、街が見えてきた。そう広くない通りは、行き交う人々で賑やかだった。夜になれば屋台もでてさらに賑やかになる。
が、ここをこのまま通ってはかなり目立つし、人々に余計な詮索をされかねない。すでに数人がこちらに気づいて、手を振ってきていた。それに手を振り返しながら、
「ここは人通りが多いから裏道から行こう。──ついてきてくれ」
「…わかった」
アルジャンとともに馬首を廻らせ、裏道から目的の家へと向かった。
そこは小屋と呼んでもいいほど簡素な造りの建物で。街で過ごすために、物置小屋だったそこを借り受けたのだった。ひと通り人の住めるように直したそこは、秘密基地であり、寛げる場所であり。
それを知っているから、周囲の人々はいつでも使えるようにと、管理をしてくれているのだ。ありがたいと思う。
小屋の前まで来ると、馬を繋ぎ中へと入った。今日はここで一夜を明かし、上手く話がすすめば、明日には面具を手に帰ることができる。
俺は持ってきた荷物を入ってすぐの机の上に置くと。
「俺はこのまま、知り合いの所で話をつけてくる。アルジャンはここで好きにしていてくれ。この辺りを散策してもいいし、街の出店を冷やかしてもいい。そう時間はかからない──」
と、アルジャンは改まって俺に向き合うと。
「──出てくる前はああ言ったが…。俺も交渉について行ってはだめか?」
「アルジャン…?」
「俺はあの鉱山の管理を任されている。俺にとってこれは大事な話だ。──それに、詳しい説明が必要になることもあるだろう? 俺がついて行った方が話が早い」
「けど…」
迷うがアルジャンの言う通りだった。
当事者から話した方が、事情も伝わりやすいだろう。俺の小さな見栄のために、いつまでも黙っているわけにはいかない。
それに、アルジャンに嘘をついているのが、後ろめたかったのもある。俺は覚悟を決めると。
「──わかった。一緒に行こう。けど、その前にアルジャンに話しておくことがある…」
「改まってなんだ?」
俺は一つ大きく息を吐き出すと、アルジャンを見つめた。
「──その…。言っても信じられないとは思うけど…」
視線を落とし、くっと、手のひらを握りしめ。
「俺は──このウイラの第一王子なんだ。数か月前、ファジルに嫁した──」
「アルーン皇子の、妃か?」
「……そうだ」
なんとも信じがたいことだろう。きっと、驚いて目を丸くしているはずだ。どう見たって、俺は妃になんかには見えない。
俺は床に落とした視線を、恐る恐るアルジャンに向ける。しかし、見上げた先にあったアルジャンは、目を細め笑んでいる様。
「──アルジャン?」
「よかった…」
「良かった?」
アルジャンは頷くと。
「…リインのような人が妃で。リインはウイラの民に愛されている…。少し街に入っただけで分かった。──人がいいからだ」
「それは──」
「リインが妃だと信じる。リインが嘘をつくとは思えないし、ここまできて嘘をつく理由がない。──これから向かうのは城なんだな?」
「──そうだ。だから、一緒に行くなら話しておかないとと思って…。──ありがとう。信じてくれて…」
アルジャンは目を細めると、
「さあ、行こう。もう日も落ちる…」
そう言って促した。驚きもせず、当然の様に受け入れてくれたアルジャンの言葉がただ嬉しかった。
「おう!」
再び騎乗すると、アルジャンと二人、城へと向かった。
ウイラの城は近くで採掘される紅い石でできている。薄紅色のその石は、紅い髪を持つウイラの王家の象徴として使われていた。
そのため、王が住まう館には多く使われている。日を浴びると、朱色に輝くようにも見え。美しい城だった。
その城門をくぐると、街中と同じように姿を認めたものたちが声をあげて出迎えた。すぐに王への知らせが飛ぶ。
馬を厩番に任せ、館の入口に到着する頃には、王と王妃、ラトを含め弟らが皆集まっていた。
「久しいな! リイン!」
現れた父カセムが両腕を広げて出迎える。
「父上もみなも元気でなにより。今日は所用があってこちらに戻ってきたのです。それが済めば明日にでも戻る予定で──」
「何をいっている? 来たばかりだぞ?」
「…父上。本来なら、嫁したものがここへ戻って来るのはあり得ない事なのです。今回は急を要する件があって、そのために、仮に戻ってきたのです。──だからゆっくりしている時間はないのですよ」
「そうか…? まあ、確かにマシュリクからは何も聞いていないしな…。本来なら知らせが来ているはずだ。──とにかく話は中で。──それはそうと、後ろの方は?」
カセムが視線を俺の背後に向けた。そこにはアルジャンが立っている。病のため、被り物はといていない。カセムが不審顔になるのも仕方なかった。
「彼は──アルジャン。今、色々あってファジルで世話になっている人です。皮膚の病があって、被り物をしていますが…」
呼ばれたアルジャンは軽く会釈して見せると、
「はじめてお目にかかります。ウイラの王カセム・サナン様。──アルジャンと申します。ファジルでは鉱山の管理を任されております…」
カセムはアルジャンをじっと見つめながら。
「ファジルの──鉱山か…。──そうか、君も疲れただろう。中でゆっくりしていってくれ」
「は…」
「父上。くつろぐまえにお話が──」
「わかった、わかった。──お前たち、少し席を外してくれ」
そう声をかければ、王妃らはその場を離れる。
「兄さん、また後で!」
ラトが手をふった。
「おう。また後でな!」
そうして、カセムと共に中へと入った。
「──そうか。そんなことになっていたのか…」
カセムは重い表情で、俺の背後に控えていたアルジャンに目を向ける。
ここは王の執務室だ。普段はここで一日を過ごす。大きく取られた窓からは、夕暮れに染まる庭がよく見えた。
アルジャンは俺に見せた様に、手首の病の痕を見せ終え、それをまた隠した所だった。色々語らずとも、その皮膚を見れば一目瞭然。アルジャンを連れてきて正解だった。
俺は父カセムに向き合うと。
「ぜひとも、ウイラで使っている面具をあちらに持っていきたいんです。許してもらえないでしょうか?」
「それはいいが──。あれだけで足りるのか?」
「一時は…。ただ、その後のためにこちらの技術者も数名借りたいんです。ファジルには資材は豊富にある。技術さえ身につければ、同じものを作ることができる…。もしかしたら、それを使うようになれば、病も治まっていくかもしれないんです」
すると、アルジャンも加わって続けた。
「──ただというわけではありません。代わりにファジルにある資材をこちらにお渡しします。いくらでもありますから…」
「いいのか? アルジャン」
俺は振り返る。アルジャンは頷くと。
「大丈夫だ。管理者の俺が言うんだ。安心してくれ」
それを聞いたカセムは大きく頷き。
「そうか、わかった。──許可する。早速、今から準備させよう。明日にはそれを持ってファジルへ戻るといい」
「有難うございます! 父上」
「…しかし、ファジルがそんな状態になっていたとは。マシュリクからは一言もそんな話は聞いていないが──」
カセムは腕を組む。
「僭越ながら、皇帝陛下は今ファジルで何が起きているか、ご存じではありません…」
遠慮がちにアルジャンがそう口にした。
「…そうなのか?」
カセムの問いかけにアルジャンは頷くと。
「陛下はすっかり周囲を宰相アスワドに固められ、悪い噂はひとつも耳に入らないよう、仕向けられております。陛下はアスワドを信頼し、すべてアスワドを通して話が入る為、正確な情報は入らないのです…。周囲の者もアスワドの力が強いため、いくら進言しようにも陛下に近づくこともできない…」
悔しそうにアルジャンは膝に置いた手を握り締める。その様子はまるで自分事のようで。真剣に国を憂いているのだと分かった。
「そうか…。聞けば、リイン。お前のお披露目の式も内々だけで行われたとか。マシュリクは盛大にと言っていたから、楽しみにしていたのだが」
アルジャンが済まなそうに口を開く。
「──それも、宰相の進言です。元は皇子がお披露目を渋ったのが原因とは聞いておりますが…」
「何にしても、ファジルは面倒な事になっているようだな…。せっかく、お呼ばれしてお前の晴れ姿を見たかったのに…」
酷く残念そうにして、俺に目を向けてくるが。
「それは──すみません…。てか、来なくて良かったって。大した晴れ姿でもなかったし…。ていうか、晴れ着はひとつも着ていないしな…。──ま、嫁したものはファジルの決定に従うもの。だいたい、俺に晴れ姿なんて似合わないって。堅苦しいのも苦手だし…」
「そうだった…。お前は自分の成人の式もろくな姿ではなかったからな…」
「それは──謝っただろ?」
口調がいつものそれになる。バツが悪くなって、視線をそらせば、カセムはアルジャンへ向き直って。
「アルジャン、聞いてくれっ! こいつは自分の成人の式に、野良着姿で現れたんだ!」
「…野良着?」
「そうだ。しかも、潮まみれのばっさばさの髪で! それで、遅れてきたかと思えば、手に銛を持って、背中に採ったばかりの鯛を山のように背負ってな…。それを皆にふるまった。集まった者たちは大喜びだ!」
「…それは──良かった、ですね…?」
「そうだ。良かった…。──が、せっかく皆で用意した晴れ着も、ろくに着ないままになって。あれを着たリインを皆、楽しみにしていたのに──」
カセムはおいおいと泣き出す。
「カセム様、気を落とさず──」
慌てたアルジャンが慰めようとするが、俺はムスッとして口を引き結ぶと。
「──あれは、今回嫁ぐ際に着たのだからいいじゃないか。俺は皆が喜ぶ顔が見たいんだって。綺麗だとか、ちやほやされるより、それが一番いい」
「しかし、親としてはだな!」
「──リイン様は、お綺麗でした」
二人の会話にアルジャンが割って入る。
「アルジャン?」
すると、アルジャンは照れくさそうに眼を細め。
「遠目で見たんだ。──あなたが舞台上で笛を吹き、舞い手が白いクジャクのように舞ったのを…。あの時、すべてをあなたが支配していた。──とても感動した。それに──とても美しかった…」
夢見る様にそう口にする。確かにあのお披露目は民も呼ばれていた。目にしていても、おかしくない。
「う、美しいって…。俺は笛を吹いていただけだぞ。──でも、あの日の笛はよく鳴った。いい音が出せたと思うよ」
アルーンも褒めてくれた。
こちらをひたと見つめたアルーンの眼差しは、今も思いだせば胸が熱くなる。ちりと痛みもしたが。
「──これが治まれば、きっとまた、あなたの為に宴が催される。…アルーン皇子はそうされるはずだ」
「…そう、かな? ま、またあの楽団と一緒に笛が吹けるなら、嬉しいけれど…」
期待はしない。
今はまだ、よその令嬢に熱を上げている最中だ。宰相の息がかかっていない相手とあれば本気だろう。
──きっと、その令嬢との婚儀が先になる。
そこまで思い入れていると言うことは、側に迎えるはずだ。その頃には忘れ去られている自信がある。二度もお披露目を開く事はないだろう。
「──まったく。お前は本当に笛が好きだな? 子どもの頃、おもちゃに与えた時からずっとだ…」
「──いや。なんか、音が面白くって。それに吹くと、こう自然と会話が出来ている様で…。神子の力はまったくなかったけれど、どこか、繋がっている様な…。楽しかったんだ。あの感覚が──」
「…それが、お前の能力でもあるんだろうな」
カセムは納得したように口にした。
「…能力?」
「そうだ。お前に神子の力は発現しなかったが、笛がその代わりを果たしているのかもしれない。──現にお前の笛の音は、自然と溶け合い、ひとの心を揺さぶるし、温かくもする…。吹いているお前の周りは、燐光を帯びているようだからな…」
そう言うカセムの目はどこか遠いところを見ている様。──神子の目だ。
俺は肩をすくめると。
「初めて聞いた…。でも、そうだったら嬉しいな。…俺らしい」
笛が力の代わりを果たしている、嬉しい言葉だった。
「──さて、話がまとまった所で、夕餉だ。せっかく来たのだから、たらふく食べていけ。──おまえ、なんだか痩せたぞ? あっちでは猫をかぶって少食でいるのか? 相変わらず、生傷は絶えないようだが…」
そう言って、治りかけの白くなった額の傷跡に目をむけた。どうやら気付いていたらしい。
「…そんなんじゃないよ。ちゃんと食べてるって。これはどじったせいで…」
前髪を無造作に掴み、傷を隠した。食べたくとも食べられない、とは言えない。挙げ句、王宮を追い出され、門兵に殴られたとは口が裂けても言えない。
「──ならいいが…。──さあ、アルジャンも一緒にこちらへ来て食べてくれ。リインが面倒をかけているようですまないな」
「いいえ…」
そうして、別室にてささやかな身内だけの夕餉となった。




