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ホワイトピーコック&スパロウ  作者: マン太
第四章 鉱山

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20/21

19.鉱山

 数週間後、アルジャンと共に鉱山へ行く事が決まった。

 その頃には、すっかり河原での生活にも慣れ、住民とも打ち解けあって話せる仲となっていた。

 街にでても特異な目で見られることがないため、様々な用を言いつかったのが良かったのだろう。

 要は使いっ走りだ。塩や砂糖、味噌に始まり、季節の野菜に果物。赤ちゃんのおしめに使う綿の布に、腰に貼る湿布薬。焚き火用の火打ち石に刃物用の砥石。

 もちろん、一度で全て回りきれないから、何度も河原と街なかを往復する。終わる頃には、ゼーゼーハーハーだ。

 結局、河原の住民ばかりでなく、街の中でも顔見知りが増えていった。俺が走り回っている理由を知ると、怪訝な顔になる者もいたが、たいていは理解を示し、それならと売れ残った商品を安く卸してくれたり、おまけしてくれたり。

 おかげですっかりファジルの城下町には知り合いも増え、詳しくなった。

 その間、とくに王宮から俺の捜索ために兵が出された様子はなく。街の住人に尋ねても、そんな噂を聞いた者もいなかった。

 なんとも悲しいことだが、宰相アスワドの手が伸びていれば邪魔が入るだろうし、わざわざ兵を出して探すこともさせないだろう。出したとしても、きっと形ばかりだ。本気で探す気などないはず。


 ──アルーン皇子はどう思っているんだろう。


 きっとアトフからイサクには話が行くだろう。そうなると、アルーンの知るところとなる。

 祭りの騒ぎで間違って外に出されたと知れば、流石に探すはずだ。いくらアスワドの邪魔が入ったり、他の娘に入れ込んでいたりしても。

 その動きが見られないという事は、王宮内で何か起こっていると見た方がいい。

 ふと、アルーンと話した時のことを思い出した。


 ──動いてるって、言っていたもんな。


 とにかく、今のこの状況では、王宮内の事はこれ以上わからない。アルジャンも変わった事があれば知らせようと言ってくれた。

 この状況を憂えても始まらない。王宮へ戻ることは後回しでいいと思った。

 仮に手を尽くして戻っても、今回の件が仕組まれたことだったのなら、またあれやこれや理由をつけて、猫嫌いの民家に迷い込んだ猫のごとく、再び首根っこをつかまれ、外へ放り出されるのがおちだろう。


 ──とにかく、今できる事をすべきだ。


 今は無理に王宮に戻ることより、俺のやれることをやる。それだけだった。


 鉱山に行くと知って、皆、気をつけろと口々に気遣ってくれた。


「あまり、長居するんじゃないよ?」


「悪いことは言わん。これきりにした方がいい」


「アルジャンの言うことをよく聞いて、無茶はしないようにな」


 アルジャンと同じく、(やまい)を心配したらしい。皆の心配に笑顔でこたえる。


「うん、わかった。──ありがとう」


 まだ夜も明けないうち、皆に見送られ鉱山へと向かった。

 鉱山はかなりの山奥だ。街からは途中まで馬に乗り、山の麓からは徒歩となる。それでも、毎日鉱夫や鉱石を運び出す牛車、ロバが通る為、細い道とはいえ石畳が敷かれ整備されていた。


 ──しかし、こう坂道が続くと流石に。


 ヘビのようにうねる道。続く石畳に額の汗をぬぐい立ち止まれば、先を歩いていたアルジャンが立ち止まり、持っていた水筒を差し出してくる。


「ほら、飲んで一休みだ。あと少しだから」


「ふう…。ありがとう、アルジャン。それなりに身体は鍛えてきたと思ったんだが、山道は違うな。流石に息がつづかない…」


 水筒の水は良く冷えていて美味しかった。ただの水なのに甘く感じる。


「みんなそうさ。病があるとはいえ、俺は慣れてるからな」


 飲み終えた水筒を返しながら、


「──この水、とても美味しい。井戸の水なのか?」


「いや。同じ湧き水だが沢の水だ。井戸とは水源も違うし、山から湧き立ての水だからな。──湧いているのはここからは少し離れた、とてもきれいな場所だ。…皆には内緒にしている」


「へぇ。そうなのかぁ」


 見てみたい、そう思ったが、内緒なら仕方ない。また歩き出そうとすると。


「…いつか、連れて行こう。この件が落ち着いたら」


 立ち止まったままのアルジャンがそう口にする。


「本当? やった! 見てみたいと思ったんだ!」


「約束する…」


 目を細め、答えたアルジャンもどこか嬉しそうに見えた。


 鉱山には昼過ぎにようやく到着した。所々、緑の残る大きな岩山が目の前に迫る。

 街を出たのは早朝だったから、かなり時間がかかっている。慣れたものなら昼前には着くのだとか。


 ──信じられないな…。


 立ち止まって鉱山の様子を眺めていた俺の横を、トロッコが風を切って通り過ぎていく。これで近くの河原まで運び、そこからは船に乗せて下るのだ。

 鉱山で働く者は、みな上半身裸で汗をかきながら作業をしている。その肌は河原にいたシルバほどではないが、やはり荒れていた。

 アルジャンはここで管理を任されているため、話が通じやすい。監督をしていた鉱夫を呼び止め、一言二言かわしただけで、すぐに俺の入る許可が下りた。

 若いのにこんな大きな鉱山をまとめているとは、なかなかのやり手だ。

 元々は、監督をしている鉱夫が兼任していたのを、大変だからとアルジャンへ管理だけ引き継いだらしい。

 アルジャンの上にはさらにもう一人、官吏がいて、それが宰相アスワドの息のかかった者らしいが、滅多にこの鉱山には立ち寄らない為、すべてを一任されているのだという。

 官吏は誰が管理しようが監督しようが気にしない。ここで生まれる金銭だけに興味があるのだ。

 鉱山の入り口からは、ひっきりなしにトロッコや人が出入りする。アルジャンはいつになく厳しい表情になると、


「リイン。口と鼻をこの面具で覆ってくれ。滞在時間は半刻。それ以上はだめだ」


 そう言って、顔半分を覆う布を手渡してくる。


「…わかった」


 それを口元に当て、ついていた紐を後ろで縛った。口元に当てる部分が少し厚めになっている。

 が、これで作業は息が苦しいだろう。だから鉱夫は皆、それを首に垂らしていた。砂煙が出る時だけ、口にあてるのだろう。

 ウイラでは、もっと薄手で鉱物を吸い込まないよう、細工されたものを面具として当てがっていた。


「中では何も話さないように。行きたい場所があれば、腕を引いて教えてくれ」


「了解」


 アルジャンは俺がしっかり装着したのか、自ら確認すると、ようやく中へと入らせてくれた。

 外では仲間が時間を見ていて、制限時間少し前にドラを叩く手はずになっている。

 坑道の入口こそ灯りが多く灯されていて、立てるくらいの高さがあったが、奥へ行けば行くほど、灯りの数は減り、天井も総じて低くなった。

 それは別段、驚くことではないのだが、ほかに驚いた事がある。それは、湿気の強さだ。


 ──すごいな…。


 じっとりとまとわりつくよう。呼吸も苦しくなるくらいだ。

 この地域はどうやらウイラと違って湿度が高いらしい。ただでさえ息苦しい坑道内が、さらに息苦しいものとなっている。

 あとはウイラの坑道にはない、匂いも感じた。土や岩の匂いではない。鼻をツンとつくような──。


 ──なんだろうな。これは──。


 薄暗い中、目を凝らすようにして周囲を見渡す。すでに手前の坑道は掘りつくしていて、鉱夫はかなり奥で作業している様だった。

 トロッコの線路が奥まで引かれていて、時折、轟音を立てながら鉱夫を乗せたトロッコがかなりの勢いで横を通り抜けていく。

 それを見送っていると、アルジャンが腕を引いた。もう少し奥も見させてくれるらしい。

 それについて腰をかがめるようにして先へと進む。アルジャンは長身だから、屈んで進むのは辛いだろうと思えた。

 しばらく行くと、ようやく開けた場所に出た。そこはかなり広い空間らしい。あちこちで槌を振るう音がする。

 見上げる周囲の壁には、道がぐるりと掘られていて、その道沿いにまた、奥へと続く坑道が広がっているようだった。


 ──天井が高いな…。


 かすかな光に浮かぶそれは、かなり上まで繋がっているようだった。所々に灯る光が、まるで星のようにも見える。

 そうこうしていると、遠くでドラの音がした。もし、トロッコが通っていたら聞き逃してしまいそうなくらい微かで。

 しかし、それにすぐに反応したアルジャンは、俺の手を取ると、戻ろうと合図を送ってきた。どうしても早くここから出したいらしい。

 大きな手が俺の手を握り締める。

 誰かと手を繋ぐのは久しぶりの気がした。がっしりとした手のひらに、鉱夫のそれを感じとる。マメがあるのは、槌を握ってきた証拠だろう。


 ──にしても、やけに急ぐな…。


 行きとは違い、かなり速足で行くため、足がついていかない。あっと思った時には、足を滑らせていた。


「っ!」


 思わず転びそうになって、壁に手を付く。

 もちろん、もう一方の手はアルジャンがつないでいてくれたから、転ぶことはなかったのだが。

 アルジャンが大丈夫かと窺ってきた。俺は頷くと、すぐに体勢を立て直し、大丈夫だと、つないだ手をぶんぶん振って見せる。少し困ったように目を細めたアルジャンは、また歩き出した。

 そうしてようやく外に出る。青い空を見てほっと息をついた。


「はぁ…。苦しかった…」


 口元を覆っていた布を外し、膝に手を当て息をつけば。


「リイン、口をゆすげ。顔も洗うんだ。俺が水を流すから」


「わかった…」


 言われるまま、近くの水場まで向かう。そこには手押し式の井戸があって、大きな水瓶には、満々と水が湛えられていた。

 アルジャンが取っ手を押す度に新しい水が瓶に溢れる。それで口を濯ぎ顔を洗った。


「──それで、なにか違いは?」


「そうだな…」


 アルジャンが差し出した手ぬぐいで顔を拭きながら。


「──まずは、湿気だな…。あの湿気はウイラにはない。熱気もだけれど…」


「この地域は特に湿気が強い。もともとファジルは高温多湿だが、ここは特にな…」


「──それに…匂いだ。独特の匂いがした…」


「匂い?」


「うん…。なんだろう。古い湿気た倉庫なんかで匂うような…」


 と、着ていた服のそでに黒い汚れを見つけた。先ほど、壁に手を付いた時についたのだろう。土の汚れとはまた違う。


「なんだろう。これ…」


 袖を鼻の近くに持ってきて嗅ぐ。


「あ、これだ! このにおいだ…」


 その言葉に、アルジャンは俺の袖を覗き込むと、


「カビだな…。それは。湿気た坑内だ。至る所に発生している」


「カビか…」


 確かに湿気が多ければ、カビも生えるだろう。あの坑道の中には、細かい鉱物の粒子の他に、カビも蔓延しているのだ。それだけでも身体に悪いのが分かる。この病の一端を担っている可能性があった。


「──ウイラで使っているマスクは、鉱物を吸い込まないよう、工夫がされているんだ。…それに、息苦しさも少ない。あれがあれば、もう少し作業も楽になるし、身体にもいいだろう…」


「そうか。──それは、取り寄せられるものなのか?」


「そうだな…。余剰分はあるはずだ。まずはそれを頼んで送ってもらおう」


 父カセムに頼めばなんとかなるはずだ。急に入り用になるのを考え、いつも多めに備えている。

 急場はそれでしのげるが、これから先を考えると、ウイラから送ってもらうだけでは、時間も数も足りないだろう。

 なんせ新たに作るとなると、細かな細工が必要になり、手間がかかるのだ。今すぐ大量にとはいかない。

 そこでふと、手首に巻いていた腕輪に目がいった。


「──そうか。それなら、いけるかもしれない…」


「リイン?」


「とりあえず、余剰分を送ってもらい、後は自分たちで作ってみてはどうだろう?」


「それは──ここでも作れるものなのか?」


「ああ。手間はかかるが、鉱夫の家族たちは皆手先が器用だろう? ウイラから職人も呼んで、河原にいる皆に作ってもらえばいい。ファジルは資材ならいくらでもあるだろう? 技術がないだけだ。それさえあれば、人数もある。大量に作れるはずだ」


 俺は満足気に頷くが、アルジャンは不審げだ。


「しかし…。そう簡単に、ものや技術者を送ってもらえるものなのか? 幾ら出身とは言え…」


 俺は更に大きく頷くと。


「大丈夫だ。なんとかなる。──してみせる」


 それが、俺がここへ来た理由なのかもしれない。俺でしかできない事だ。


「よし! そうと決まれば早速、ウイラに知らせにいかないとな。アルジャン、連絡を取るにはどうすればいい? 最速だ」


「それなら、馬を走らせるのが一番だが──」


「そうだな、それがいい。馬を貸してくれるのは?」


「俺の知り合いに頼もう。──リイン、ひとりで行くのか?」


「行くのは俺一人で十分だ」


 俺ひとりで事足りる。何より誰かを連れて行けば、自分の素性がばれてしまうだろう。

 ばれてはいけないことはないのだが、どうも面倒なことになりそうで、今は気楽な侍従のままでいたかったのだ。──しかし。


「ひとりは心配だ。俺も一緒に行こう。道中、夜盗も多い。何かあれば大変だ」


 アルジャンがそう申し出る。


「そうか? ──でも、アルジャンはここの鉱山の管理も、河原での見回りもあるだろう? それに病もある。あまり無理してはいけないんじゃないのか?」


「俺の場合は、皮膚に爛れはあるものの、まだ不自由にはなっていない。──それに、ここには監督がいる。しばらくなら、彼一人で十分だ。河原の見回りも仲間が交代でしてくれる。問題ない」


「そうか…。──いや、しかし…」


 素性は確実に知られるだろう。アルジャンになら話しても大丈夫な気はするが──。ためらう俺に何かを察したのか、


「なにか不都合があるなら、俺はウイラの街なかでリインを待とう。一緒にいるのは道中だけだ。──それならいいか?」


 アルジャンが、心底心配してくれているのがわかる。そんなアルジャンの申し出を無下には出来なかった。俺は頷くと、


「──おう。ありがとう、アルジャン。じゃあ頼んでもいいか?」


「もちろん。これくらい、これからしてくれる事を思えば大したことじゃない」


「──助かる。じゃあ、準備が整い次第、出発しよう。今からなら夕方には着く」


「了解。すぐに馬を用意させる」


 そうして、早速準備に取りかかった。




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