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ホワイトピーコック&スパロウ  作者: マン太
第四章 鉱山

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17.簪

 ──(かんざし)が折れた。


 目が覚めた時、一番、はじめにそう思った。

 唯一、アルーン皇子から賜ったもので、父カシムから賜った剣と同等かそれ以上。


 ──大切にしなければならなかったのに。


 じわりと目の端に涙が滲む。とても大切なものを壊されてしまった気がした。

 そこまで思って、はたと覚醒する。慌てて飛び起きれば、


「つっ…」


 ずきりと頭が痛んだ。

 とっさに額を押さえれば、分厚い包帯が巻かれているのに気が付く。身体からは薄いすりきれた毛布がずり落ちた。


 ──これは、いったい…?


 今、自分がいるのは四方を流木で支え作られた天幕の中だった。はたはたとはためく天幕の布地はボロボロで、隙間から空が見える。日差しの加減から見ると夕方だろうか。

 これまた薄い布が敷かれた上に寝かされていたのだと気が付いた。身体の下はでこぼことしていて、小石が当たる。


「ここは……?」


「わしらの家さね」


 俺の独り言に答える者があった。

 声のした方へ振り返れば、焚き火を挟んで反対側に、白い布で身体をすっぽり覆った老人がいた。

 それとわかるのは、被った頭巾から少しだけ見える目元や、袖の間に見え隠れする手足に年齢が刻まれているからだ。

 老人は手元でなにか作業をしていたようで、よっている糸が見え隠れしている。


「あんたを助けたアルジャンは、医者を途中まで送って行ったよ。じきに戻ってくるだろう…」


「アルジャン…? 医者って…、手当も?」


「あんたを背負ってここまで連れてきた奴さ。ついでに医者も呼んでな。大門で衛兵にたてついたとか? ──バカなことをするんじゃないよ」


 老人は笑うと、いったん手を休め、焚火にかけていた鍋から柄杓で湯をすくい、縁の欠けた木の椀に入れて差し出してきた。ふわりとあたたかい湯気が頬にあたる。


「…ありがとう。えーと…」


「シルバだ。もう少し寝ているといい」


「ありがとう、シルバ。俺は──リイン。…面倒をかけてすまなかった…」


 話す間もずきずきと額が痛んだ。さぞ大きなたんこぶができたことだろう。椀の湯をフーフーと冷ましながら飲む。それで随分喉が乾いていたことに気が付いた。


「アルジャンが人を助けるのは珍しい。しかも医者まで頼んで…。わしらはなるべく人と関わらないようにしているからな…」


「その、アルジャンとは…どんな奴なんだ?」


「会えばわかる。若者だが…わしらと同じ病もちだ」


「病もち?」


 意味が分からず問い返した。

 言われてみれば、確かに不自然と思えるほど身体を布で覆っている。なにかを隠しているのだろうか。シルバは乾いた笑い声をあげる。


「お前さん、わしらを見るのは初めてか?」


「…はい」


 シルバは軽く服の腕を捲って見せる。するとそこには赤くただれ、白く乾燥しひび割れた皮膚が見えた。見るも痛々しい。


「…それは?」


 シルバはそれをまた布で隠すと、


「鉱山で働くものにでる病だ。空気が悪さしているのか、そもそも鉱石が良くないのか…。歳を重ねるごとにこの症状が身体全体にあらわれて、自由が利かなくなる」


「自由が…?」


 シルバは頷くと、


「この辺りには、同じ病を持ったものが多く住んでいるのさ。伝染はしないが、見た目も悪い。家族は病のもととされる鉱山の側を離れ、街へ下ったが、こんななりでは皆、嫌って家など貸さない」


「……そんな」


「それでこんな河原の傍までおいやられたと言うわけだ。まあ、住めば都だがね。静かでいい…」


 確かにここは河岸で、砂地やごろごろとした石が沢山確認できた。その中、葦や大きな石の陰に、ここと似たような天幕が張られているのに気づく。


「雨の時は? ここじゃ水が迫ってくるだろう…?」


「すぐに退散するのさ。だから、こんな天幕しか作らない」


 シルバの視線の先に、はためく天幕がある。それでこんな簡素な作りにしているのかと納得した。


「幸い、天候は読めるからな? 雨と分かればすぐに街へ避難する。周りの街の人々も、それを分かっているから、軒先にわしらがいても、仕方ないと容認してくれている。──まあ、たまには嫌がらせするやからもいるがな?」


 かかとシルバは笑うが。


「…そうなのか」


「リインといったか。あんたはどこから? 街の人間か? にしては見ない髪色だ…」


 シルバは物珍しそうに髪を見つめてくる。言われて自身の中途半端な紅い髪を思い浮かべながら、


「隣の、ウイラから…」


「ウイラか? へぇ。それは珍しい。あそこの国のものは皆、外に出たがらないと聞くが…。そうか、ウイラか」


「けど、…今はこのファジルの城の中に住んでいて…。祭りの騒ぎに巻き込まれ、外に出されてしまったんだ。なんとか戻りたいんだが…」


 するとシルバは大きく首をふり。


「やめておけ。そのなりじゃ中には入れん。奴らは見た目で判断するからな?」


「見た目…」


 自分の姿を見直す。確かに紺色の上下はすっかり泥にまみれ、薄汚れていた。これでは幾ら『妃』と言っても無理だろう。


「何の仕事をしていたか分からんが、中のものが招き入れるか、許可書でも持たん限りは信用せんだろう。今度こそ、殴り殺されるぞ? 女子供とて容赦しない。あそこの衛兵は特に柄が悪くてな…」


「確かに、容赦なかったな…」


 額の傷がずきりと痛んだ。


「それもこれも、今の宰相アスワドになってからだ…。以前はそんな乱暴を働くような輩はいなかったんだが…」


 シルバはため息をつき、もう一度首を振ると、先ほどまで手元で行っていた作業に戻った。

 どうやら腕輪を編んでいるらしい。どこで見つけてきたのか、鮮やかな青、紅、紫など、色とりどりの糸を器用に編んでいく。

 素朴だけれど、綺麗な色合いだった。腕や髪を飾るのにちょうどいい──そこまで、思ってはっとする。


 そうだ。簪は──?


 慌てて握っていた手をひらいて見たが、そこには何もない。

 周囲を見てもなにか置いてある様子はなかった。慌てふためく俺の様子をみてシルバが声をかける。


「どうした?」


「いや…。その、俺は何かもっていなかったか? 折れた簪なんだが…。先に緑色の石が付いている──」


「…これだろう?」


 と、背後からくぐもった声が聞こえた。

 驚いて振り返れば、長身の男が大きな手のひらに件の簪を乗せて差し出してきた。

 確かにそれはアルーンから賜ったものだった。


「ああ、ありがとう…。なくしたかと…」


 思わずほっと息が漏れる。


「…いや、ずっと握り締めていたのを無理やり開いて預かったんだ。シルバはいいが、中には柄の悪い輩もいる。盗まれても困るだろうと思ってな…」


 男もシルバと同じ、かろうじて目元が見える程度で、あとはすっぽり頭巾をかぶり顔を覆っていた。身体も一緒だ。

 ただ、シルバと違うのは、動きやすいように長袖と先のすぼまった長袴を身に着け、肌が露出しそうな首筋や手首などは包帯を巻いているところか。ちらとも素肌が見えなかった。

 年は若そうだが、声はくぐもっているため、はっきりとは分からない。もしかしたら、かなり年上と言う事もありえる。

 男は折れた簪を俺に手渡すと、


「──アルジャンだ。それはこれに入れて首からさげておくといい」


 アルジャンはそう言って、長い紐のついた小さな袋を渡してきた。

 革でできたそれは丈夫そうで、絞る様になっている口に、蓋がついていた。首に下げておけば落とすことも、盗られることもなさそうだ。

 柄のメノウをしっかりと握り締める。心遣いが嬉しかった。


「…ありがとう、アルジャン。俺はリインだ」


「──いや、たいしたことじゃない…。それより、リイン、額の具合は? かなり腫れていたぞ。医者の見立てでは治るのに二週間ほどといっていたが…」


 アルジャンが心配そうに顔を覗き込んでくる。それで、その瞳が銀色だと分かった。アルーンと同じだ。

 懐かしさに思わず熱いものがこみ上げてきて、それをぐっとこらえると。


「…なんとか。まだ痛むけれど…。医者にも診せてくれて、ありがとう。おかげで命拾いした…。──ただ、俺にはなにも返すものがなくて。唯一の金目のものはこれだけなんだが…」


 まだ手に握ったままの簪に目を落とす。


 ──これを仮に渡しておくという手もあるか。


 助けてもらい医者にも診せてもらい、何もしないというわけにはいかない。それまで手の中に握りこんでいたそれを、思い切って開き差し出そうとすれば。

 その気配に気付いたアルジャンは笑んで、その手を上から包み込むように握ると。


「──いい。あんたからはなにも受け取れない」


「けど──」


「いいんだ。──どうしても、と言うなら、動けるようになったら少し手伝って欲しいことがある…」


「…なにを?」


 アルジャンは周囲に目を向けると。


「ここに住む人らの見回りだ。体調は崩していないか、きちんと食べているか、何か困りごとはないか──。聞いて回っている。年寄りや乳飲み子を抱えた母親には特に注意している。これだけいると、一人では手が回らない。他にも手伝ってもらってはいるが、みな、病持ちでな。身軽に動くことができないでいる。…頼めるか?」


「もちろん! ──って、その…アルジャンも病を患っているのか?」


「…ああ。鉱山で働く者はみな発症している。離れれば少しはましだろうが。──けれど、あそこは仕事場だ。俺は由縁があって、管理する側を任されているが、鉱夫は近くに住まなければ仕事にならない…。離れたくとも離れられないのさ」


「そうか…。そんなことになっていたとは…。知らなかった」


 鉱山がいくつかあるのは知っていたが、書物で読んだだけでは、到底知ることのできなかった事実だった。


 ──これはいい機会なのかもしれない。


 本当のファジルを知るための。アルーン皇子の妃としても、いつかこの知識や経験が役に立つかもしれない。


 ──というか、その前に。俺、戻れるのか?


 今のところ、自ら動いてもだめだろう。シルバの言う通り、たんこぶを増やすだけか、運が悪ければ命を落とす。

 皇子の妃が外に放り出され行方不明となれば、流石に探しにでてくれるだろうが、もしキヤーナの邪魔でも入れば、すぐにと言うわけには行かないだろう。──それまでの間。


「…アルジャン。しばらく、やっかいになるけれど、よろしく」


 右手を差し出せば、やや躊躇ったのち、アルジャンも手を差し出して、俺の手を強く握り返してきた。どうして躊躇うのか不思議だったが。


「…街の人間は握手をいやがる。久しぶりだ。こちらこそ、よろしく。リイン」


「おう」


 強くがっしりとした手は、武人の手だ。

 いつかのアルーンの手を思い起こさせ、また胸のつまる思いがした。



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