16祭り
アルーンともイサクともろくに会えないまま、日は進み。今は青々とした緑の葉が目に眩しい、夏真っ盛り。
城下では祭りが開かれていた。神話の時代、この地方の人々を襲い田畑を荒らした龍がいた。それを退治した日を祝う祭りだ。今では無病息災を願う祭りともされている。
街では多くの山車が建ち並び、大勢の人で賑わっていた。祭りの最終日の今日、龍をかたどった張りぼてが街中を練り歩くという。
それは城内にも巡ってくる。縁起物だからと昔から許可されているらしい。王宮の敷地内に住む者たちも着飾って、それぞれの宮殿から観覧するのだとか。
が、あいにく隅っこの庵までは訪れない。そのため、よく見えるという大門近くの通りまで、ルンと共にアトフの案内で出ることにした。
そこは使用人らが毎年集まってくる場所だという。大門に近く道幅も広い。広場になっているそこは、龍が見事な舞を見せる場所で、すぐに人で埋まってしまうのだとか。
「皇帝陛下も、そこでの舞いはご覧になったことがないんですよ?」
アトフがいつになく弾んだ調子で話しかけてくる。
「そうなのか?」
「はい。皇帝陛下達がいらっしゃる場所はここまで広くありませんから。練り歩きはしますが、舞ってはくれません。ここまで出てこないと見られないのです」
「そうかぁ。それは楽しみだな」
「本当、楽しみです!」
ルンも嬉しそうに後に続く。
そうしてしばらく細い抜け道を行くと、突然、ひらけた場所に出た。
「──ここになります」
アトフの声に視線を転じれば、確かに大きな広場が目の前に現れた。中央に人が出ないよう周囲を竹の柵で覆っている。そびえる様に立つ大門はすぐそこだ。
「わぁ、久しぶりに外の景色をみました!」
横からルンが顔を出し、竹の柵に手をかけ、身を乗り出す様にして大門の外を眺める。いつも閉ざされているそこは、今日は開かれ、今か今かと、龍の到着を待っている様だった。
開け放たれた門の向こうには、色とりどりの山車が見え、いきかう大勢の人波が見える。甘い焼き菓子の香りや、醤油を焼いた香ばしい香りが漂い、擦り鐘や小太鼓の賑やかな祭りばやしも聞こえてきていた。
門の周囲には衛兵がいて、間違って人々が入ってこないようにがっちりと守っている。龍が来た時だけ、民衆を押さえつつ、通すのだろう。
今日もアルーンとイサクは出払っていた。もしかしたら、城下のどこかの屋敷で美しい娘と二人、この様を眺めているのかもしれない。
あれから、一度もアルーンは姿を見せなかった。どうやら、商家の娘に入れあげているのは本当らしい。イサクを疑ったわけではないが、どこか信じられない気がしていたのだ。
──いや。信じたくなかったんだ。
ルンではないが、自分だけが特別なのだと、そう思いたかったのだ。
──まったく。俺も勝手なものだな…。
当初はできるだけ避けようとしていたのに、今ではその訪れを待っているのだから。
「じきに来ますよっ!」
ルンの声が現実に引き戻す。遠くの方で歓声が上がった様だ。俺は侍従らに交じって、その到着を待つ。
祭りとあって、使用人らも今日は仕事を休めるものは休んで、祭りを見に行くことを許可されていた。
本来、身分の高い者が使用人に混じって観覧するなど、あり得ない事なのだが、俺は別段気にしない。ルンなどもう小言も言わなくなっている。
いつもの濃紺の普段着を着て交じれば、皇子の妃とは見えない。どうみても民のひとりだ。
ただ、ルンがせっかくなのだからと、皇子から賜ったメノウの簪を頭の上で結った髪に挿してくれていた。
その飾り同士が、動くたびにぶつかり合ってチリチリと鳴ってかわいらしい。
「あ! ほら! 見えてきましたよ。あそこ、赤い龍です!」
ルンが指さす方向を見れば、確かに遠くから赤い龍がやってくる。
それはまるで生き物のようにうねり、時には天に向けて咆哮をあげた。咆哮は激しく叩かれる太鼓とドラの音だ。龍の前には玉がある。それをめがけて龍がかけてくるのだ。
龍の下には操り棒を持った人間がいて、彼らが動かしているのだが、すっかりそれが目に入らないくらい、龍に釘付けになった。
「すごいな。まるで生きているみたいだ…」
「本当ですね! あと少しでこっちに来ますよ? ああでも、あんな人ごみの中、大丈夫なんでしょうか?」
ルンの心配をよそに、どんどんと龍はこちらに迫ってくる。それと同時に観覧する人々も増してきた。
真っ赤な龍が咆哮をあげながら向かってくる。人々の歓声に拍車がかかったように、そのままの勢いで大門へ飛び込んできた。同時に民衆もどっと押し寄せる。
あれ、と思った時には、もう目の前を赤い龍が通り過ぎていくところだった。目にも止まらぬ速さで駆け抜け、身体をくねらせ、とぐろを巻く。巻いては身体をくねらせ、大門前の広場をぐるぐると回り始めた。
押し寄せた民衆は、すでに衛兵の制止を振り切って城へと突入している。なんとか、民衆だけを押し戻そうと、新たに集まった衛兵が四苦八苦していた。
その波が、観覧していたこちらへも押し寄せてくる。
「おい、ルン! アトフ! 気をつけろ──」
言う間に、俺もその波に飲み込まれた。
「おまえら! 外だ! 外へ戻れ!」
衛兵が誰彼構わず、外へ押し出そうとする。侍女や侍従は慌てふためいて中へと戻ろうとした。
彼ら彼女らは、休みとは言え皆同じ制服を身に付けているから、間違って外へ押し出されそうになっても、引き戻される。
が、俺はそうはいかなかった。
「おまえも外だ!」
ぐいと襟首をつかまれ、あっという間に外へ押し出される群衆の中に突っ込まれた。
俺の着ている服は平服で、その辺の町民と変わらない。唯一、簪だけが特別だ。
「リイン様!」
半ば叫びに近いルンの声が聞こえた。手をこちらに伸ばしてくるが、城内へ戻ろうとする波に押されて遠ざかる。
俺は俺で、城外へ押し出される波にもまれ、あれよあれよという間に、とうとう大門をくぐり、そのまま大通りまで押し出されてしまった。慌てて脇に避けなければ、群衆に踏みつぶされる所だっただろう。
「…すごいな」
壁にへばりつきその様子を眺めた。群衆は押し出され、怒号をあげるものもいる。大混乱だ。衛兵は人数が増員され、中へ入ろうとする民衆を押し返し、盾で追い払った。
とうとう、大門の前の人々は一掃され、盾をもった衛兵ががっちりとそこを固めた。そうして、大門がゆっくりと閉ざされていく。
それを見てはっとした。このままでは外へ放り出されたままになってしまう。
「まってくれ! 俺を中に入れてくれ──」
慌てて民衆をかき分け、一番前へと出たが、衛兵に一蹴された。
「おまえは外だ!」
持っていた棍棒で胸を押し返された。しかし、ここで怯んでは帰ることができない。
「違うんだ! 俺はアルーン皇子の妃で──」
「嘘をつくな! そんななりの妃がいるか!」
確かにそうだろう。こんな平服を着た、ぱっとしない妃などいない。キヤーナの様に妖艶な容姿なら、納得もしただろうが。
頭でチリンと音がする。そこで、ルンに挿してもらった簪の存在を思い出した。アルーンに賜ったものだ。
──これなら──。
それを無理に引き抜く。髪が一緒に抜けて痛んだが構ってはいられなかった。
「これを、これをみてくれっ。これは──」
「ええい! あっちへ行けと言っているっ!」
衛兵は手にした棍棒で俺の胸を突き、思いきり額を叩いてきた。
「…っ!」
ガンと強い衝撃が額を襲った。不意のことで避けられず、その場でよろけて昏倒する。誰かが背後で声をあげた。非難の声だ。
手から簪がこぼれ、それを衛兵が踏みつぶす。その武骨な靴の下で、ぱきりと折れた音がした。
──あ……。
「こんな安物で騙されるか!」
いや、安物なんかじゃ…。それは──アルーン皇子が皇太后から──。
が、記憶があったのはそこまでで。
俺は薄れゆく意識のなか、折れた簪をひしと握りしめた所で意識を失っていた。




