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ホワイトピーコック&スパロウ  作者: マン太
第四章 鉱山

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16祭り

 アルーンともイサクともろくに会えないまま、日は進み。今は青々とした緑の葉が目に眩しい、夏真っ盛り。

 城下では祭りが開かれていた。神話の時代、この地方の人々を襲い田畑を荒らした龍がいた。それを退治した日を祝う祭りだ。今では無病息災を願う祭りともされている。

 街では多くの山車が建ち並び、大勢の人で賑わっていた。祭りの最終日の今日、龍をかたどった張りぼてが街中を練り歩くという。

 それは城内にも巡ってくる。縁起物だからと昔から許可されているらしい。王宮の敷地内に住む者たちも着飾って、それぞれの宮殿から観覧するのだとか。

 が、あいにく隅っこの庵までは訪れない。そのため、よく見えるという大門近くの通りまで、ルンと共にアトフの案内で出ることにした。

 そこは使用人らが毎年集まってくる場所だという。大門に近く道幅も広い。広場になっているそこは、龍が見事な舞を見せる場所で、すぐに人で埋まってしまうのだとか。


「皇帝陛下も、そこでの舞いはご覧になったことがないんですよ?」


 アトフがいつになく弾んだ調子で話しかけてくる。


「そうなのか?」


「はい。皇帝陛下達がいらっしゃる場所はここまで広くありませんから。練り歩きはしますが、舞ってはくれません。ここまで出てこないと見られないのです」


「そうかぁ。それは楽しみだな」


「本当、楽しみです!」


 ルンも嬉しそうに後に続く。

 そうしてしばらく細い抜け道を行くと、突然、ひらけた場所に出た。


「──ここになります」


 アトフの声に視線を転じれば、確かに大きな広場が目の前に現れた。中央に人が出ないよう周囲を竹の柵で覆っている。そびえる様に立つ大門はすぐそこだ。


「わぁ、久しぶりに外の景色をみました!」


 横からルンが顔を出し、竹の柵に手をかけ、身を乗り出す様にして大門の外を眺める。いつも閉ざされているそこは、今日は開かれ、今か今かと、龍の到着を待っている様だった。

 開け放たれた門の向こうには、色とりどりの山車が見え、いきかう大勢の人波が見える。甘い焼き菓子の香りや、醤油を焼いた香ばしい香りが漂い、擦り鐘や小太鼓の賑やかな祭りばやしも聞こえてきていた。

 門の周囲には衛兵がいて、間違って人々が入ってこないようにがっちりと守っている。龍が来た時だけ、民衆を押さえつつ、通すのだろう。

 今日もアルーンとイサクは出払っていた。もしかしたら、城下のどこかの屋敷で美しい娘と二人、この様を眺めているのかもしれない。

 あれから、一度もアルーンは姿を見せなかった。どうやら、商家の娘に入れあげているのは本当らしい。イサクを疑ったわけではないが、どこか信じられない気がしていたのだ。


 ──いや。信じたくなかったんだ。


 ルンではないが、自分だけが特別なのだと、そう思いたかったのだ。


 ──まったく。俺も勝手なものだな…。


 当初はできるだけ避けようとしていたのに、今ではその訪れを待っているのだから。


「じきに来ますよっ!」


 ルンの声が現実に引き戻す。遠くの方で歓声が上がった様だ。俺は侍従らに交じって、その到着を待つ。

 祭りとあって、使用人らも今日は仕事を休めるものは休んで、祭りを見に行くことを許可されていた。

 本来、身分の高い者が使用人に混じって観覧するなど、あり得ない事なのだが、俺は別段気にしない。ルンなどもう小言も言わなくなっている。

 いつもの濃紺の普段着を着て交じれば、皇子の妃とは見えない。どうみても民のひとりだ。

 ただ、ルンがせっかくなのだからと、皇子から賜ったメノウの(かんざし)を頭の上で結った髪に挿してくれていた。

 その飾り同士が、動くたびにぶつかり合ってチリチリと鳴ってかわいらしい。


「あ! ほら! 見えてきましたよ。あそこ、赤い龍です!」


 ルンが指さす方向を見れば、確かに遠くから赤い龍がやってくる。

 それはまるで生き物のようにうねり、時には天に向けて咆哮をあげた。咆哮は激しく叩かれる太鼓とドラの音だ。龍の前には玉がある。それをめがけて龍がかけてくるのだ。

 龍の下には操り棒を持った人間がいて、彼らが動かしているのだが、すっかりそれが目に入らないくらい、龍に釘付けになった。


「すごいな。まるで生きているみたいだ…」


「本当ですね! あと少しでこっちに来ますよ? ああでも、あんな人ごみの中、大丈夫なんでしょうか?」


 ルンの心配をよそに、どんどんと龍はこちらに迫ってくる。それと同時に観覧する人々も増してきた。

 真っ赤な龍が咆哮をあげながら向かってくる。人々の歓声に拍車がかかったように、そのままの勢いで大門へ飛び込んできた。同時に民衆もどっと押し寄せる。

 あれ、と思った時には、もう目の前を赤い龍が通り過ぎていくところだった。目にも止まらぬ速さで駆け抜け、身体をくねらせ、とぐろを巻く。巻いては身体をくねらせ、大門前の広場をぐるぐると回り始めた。

 押し寄せた民衆は、すでに衛兵の制止を振り切って城へと突入している。なんとか、民衆だけを押し戻そうと、新たに集まった衛兵が四苦八苦していた。

 その波が、観覧していたこちらへも押し寄せてくる。


「おい、ルン! アトフ! 気をつけろ──」


 言う間に、俺もその波に飲み込まれた。


「おまえら! 外だ! 外へ戻れ!」


 衛兵が誰彼構わず、外へ押し出そうとする。侍女や侍従は慌てふためいて中へと戻ろうとした。

 彼ら彼女らは、休みとは言え皆同じ制服を身に付けているから、間違って外へ押し出されそうになっても、引き戻される。

 が、俺はそうはいかなかった。


「おまえも外だ!」


 ぐいと襟首をつかまれ、あっという間に外へ押し出される群衆の中に突っ込まれた。

 俺の着ている服は平服で、その辺の町民と変わらない。唯一、簪だけが特別だ。


「リイン様!」


 半ば叫びに近いルンの声が聞こえた。手をこちらに伸ばしてくるが、城内へ戻ろうとする波に押されて遠ざかる。

 俺は俺で、城外へ押し出される波にもまれ、あれよあれよという間に、とうとう大門をくぐり、そのまま大通りまで押し出されてしまった。慌てて脇に避けなければ、群衆に踏みつぶされる所だっただろう。


「…すごいな」


 壁にへばりつきその様子を眺めた。群衆は押し出され、怒号をあげるものもいる。大混乱だ。衛兵は人数が増員され、中へ入ろうとする民衆を押し返し、盾で追い払った。

 とうとう、大門の前の人々は一掃され、盾をもった衛兵ががっちりとそこを固めた。そうして、大門がゆっくりと閉ざされていく。

 それを見てはっとした。このままでは外へ放り出されたままになってしまう。


「まってくれ! 俺を中に入れてくれ──」


 慌てて民衆をかき分け、一番前へと出たが、衛兵に一蹴された。


「おまえは外だ!」


 持っていた棍棒で胸を押し返された。しかし、ここで怯んでは帰ることができない。


「違うんだ! 俺はアルーン皇子の妃で──」


「嘘をつくな! そんななりの妃がいるか!」


 確かにそうだろう。こんな平服を着た、ぱっとしない妃などいない。キヤーナの様に妖艶な容姿なら、納得もしただろうが。

 頭でチリンと音がする。そこで、ルンに挿してもらった簪の存在を思い出した。アルーンに賜ったものだ。


 ──これなら──。


 それを無理に引き抜く。髪が一緒に抜けて痛んだが構ってはいられなかった。


「これを、これをみてくれっ。これは──」


「ええい! あっちへ行けと言っているっ!」


 衛兵は手にした棍棒で俺の胸を突き、思いきり額を叩いてきた。


「…っ!」


 ガンと強い衝撃が額を襲った。不意のことで避けられず、その場でよろけて昏倒する。誰かが背後で声をあげた。非難の声だ。

 手から簪がこぼれ、それを衛兵が踏みつぶす。その武骨な靴の下で、ぱきりと折れた音がした。


 ──あ……。


「こんな安物で騙されるか!」


 いや、安物なんかじゃ…。それは──アルーン皇子が皇太后から──。


 が、記憶があったのはそこまでで。

 俺は薄れゆく意識のなか、折れた簪をひしと握りしめた所で意識を失っていた。



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