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ホワイトピーコック&スパロウ  作者: マン太
第三章 後宮にて

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12.宴

 午前中で豆は剥き終え、午後は畑の手入れで終わった。

 裏庭に丁度畑に適した土があって、そこを耕し野菜の種を蒔いたのだ。

 野菜の種や苗は、食べ終えた後のものだったり、わざと残した根っこ部分だったり。新たにもらったわけではない。

 そういったことを管理するものはすべて、キヤーナの息のかかった者たちで。種や苗を欲しいなど申し出ても、もらえるわけもなく、鼻で笑われ適当にあしらわれるのがおちだった。


「──さて。そろそろ火を起こすか」


 そろそろ夕餉の支度をする時刻だ。着物の袖を紐で括りたくし上げると、竈の前にしゃがみこみ、火打ち石を打つ。

 火花が散って、用意してあった枯れ葉に小さな炎があがった。それが、ちりちりと音を立て広がる。消えないうちに、ふいごで吹いて火をさらに大きくするのだ。

 ブワッと煙が巻きあがり、容赦なく顔を襲う。それに負けじと更に吹き、小さな火種から大きな炎へと育て上げる。薪を数本加えた所で炎が安定した。


 ──これでよし。あとは鍋に残りの野菜を突っ込んで、みそ鍋だな。


 籠には、終わりかけの萎びた大根や人参、ゴボウや里芋が入っていた。

 ルンは先ほど、今晩の食材の足しになるものをもらいに行っている。肉か魚が手に入ればいいが、すぐに戻ってこない所を見ると、無理だったのかもしれない。


 ──まあ、これでも腹の足しにはなる。


 大きな鉄鍋を火にかけた所で、玄関の木戸を強く叩く者があった。


 ──誰だろう? 

 

 ルンが戻って来るのには早すぎる。さてはキヤーナの侍従にでも見つかり、早々追い返されたなと引き戸を開ければ。


「──どうした? イサク」


 戸を叩いていたのはイサクだった。俺を認めて、ほっとした表情を見せる。いつもとは違い、どこか焦った様子があった。


「リイン様、おられて良かった…。──ここへ、今日の宴のご連絡は?」


「今日の…宴?」


 きょとんとなる。ルンは恨み事こそ言えど、そんなことはひと言も口にしてはいなかった。イサクは一度、呼吸を整えた後、改めて。


「──今日の宴です。リイン様のお披露目となる…。一昨日、お知らせの使者を送っているはずですが──」


 俺はぶんぶんと首をふり。


「いや、きてないぞ。──それよりも、今日って、今? すぐにか?」


「──はい。すぐにお支度を整え、宮殿へお越しを」


「いや、しかし──。今はこんな状態だ…」


 俺は腕を広げてみせる。顔は煤と灰とで汚れ、髪は汗にまみれている。釜土の火と格闘した結果だ。


「それは、そうですが…」


「これから湯を浴びて仕度となると──時間がかかる…」


 正装はかなり手間がかかる。しかも、妃のお披露目とあらば、いくら身内とは言え、適当な姿では登場できない。


「しかし──」


「さて。どうするか…」


 考えこむ暇もない。せめて湯は浴びても、半刻は必要だ。それからお披露目用に支度を整えていては、更に時間がかかる。その頃には宴も半ば終わりかけるだろう。

 ふと、雅楽の音色が耳に入ってきた。


 ──ああ。これがあったか…。


 支度を整え着飾る時間はないが、これならすぐ用意できるだろう。


「──イサク、俺は今すぐ水を浴びてくる。井戸ならすぐそこだ。その間に、今からいうものを用意してくれ。なに、きっと余剰があるはずだ」


「はい…?」


 そうして、それをひと揃えイサクに頼むと、後は急いで井戸に走り、カラスの行水のごとく──否、雀の砂浴びのごとく、水をかぶった。


 楽筝(がくそう)に琵琶。(しょう)にしちりき、龍笛。太鼓の数々。優美な音色が宮殿内に鳴り響く。

 天井が高く取られた宮殿は、雅楽や舞踏を楽しむ為に造られた宮だと言う。

 俺はそこに設えられた舞台の裾にしゃがむと、呼吸を整え出番を待った。


 ──準備は、万端だ。


 キュッと手にした龍笛を握りしめる。

 視線の先、舞台の前のひな壇、やや後方に据えられた椅子に、皇帝マシュリク、后が座った。

 その手前、中央にはアルーン皇子と妃が座る。──が、()の席は空席だ。

 銀の髪を肩に垂らし、ひじ掛けにもたれかかった姿は、どことなく不機嫌に見える。傍らが空席なことに、不満があるのかもしれない。

 その傍らに座しているはずだった俺は、今ここにいる。

 舞台の周囲に楽団が控え、更にこの日の為に集まった貴族らが座った。以前、宰相アスワドが進言した通り、民も入城を許されているため、垣根の向こうに人だかりが見える。

 内々、とは言ったものの、大きな宴に思えた。なんせ、皇子の妃のお披露目だ。ゆくゆく后となる。それは、必然と大きなものになるだろう。

 既に宴は終盤。これから演じられるのは、最後の演目となる。

 そうしていれば、舞台に舞い手が現れた。

 裾の長い純白の(ほう)下襲(したがさね)、袴を身に着けている。白孔雀を模して作られたものだ。

 襟や袖につけられた羽根が、ふわりとふわりと風に揺れ、長い裾がひるがえる。

 舞い手は中央まで来ると、手に持った白孔雀の羽根で覆われた扇を胸元でとめた。それが合図だ。俺は舞台袖からそっと現れ、舞い手の後方に座す。


 ──いよいよ、だな。


 龍笛の唄口(うたくち)に唇を当て構える。

 顔には舞い手の白い衣装にあわせた、上半分だけ覆う真っ白な面をつけている。頭にもすっぽりと白い布を巻いていた。

 これは他の楽師と同じ衣装だ。身に着けるのは、同じく白い上衣と下衣(したごろも)

 それはイサクに頼んだものだった。楽師が身に着ける装具の一つ。余剰はあった。

 楽師なら衣装はそれだけで十分。主役である舞い手より目立つ衣装は身につけない。着飾る必要はないのだ。用意のなかった俺にはうってつけで。

 おもむろに当てた唄口へ息を吐く。高音がひときわ高く響き渡った。


 ──いい音だ。


 始まりは上々。

 笛の音を合図に、他の楽器も鳴り出し、それまで静止していた舞い手が優雅に舞いだす。

 動くたびに襟元や裾に縫い付けられた羽根がフワと揺れ、扇につけられた羽根が緩やかな曲線を描いた。

 一段と楽器の音色が増し、それに合わせ、また笛を吹く。時折高い調子になるのは、鳴き声をあらわしているのだろう。

 この演題が始まる前、無理を承知で楽団長に願い出たのだ。

 ずっとこの練習を耳にしていたため、曲調はわかる。楽譜にはざっと目を通し、後は舞い手の動きと、ほかの楽器の調子に合わせて吹くことを約束して。

 俺が妃だと知り、今回の理由を話すと、渋々ではあるが了承してくれた。俺の腕は分からないだろう。皇子の前でとんでもない醜態をさらすかもしれないのだ。すぐに承知できないのも当たり前だろう。

 けれど、もし失態をさらしても、それは俺がすべての責を負うからと説得し、なんとかここへこぎつけたのだ。

 俺の吹く部分は半ば即興に近い。

 真っ白な羽根のついた扇を開き、舞い手が舞う度、ため息の様な声が観衆から漏れた。

 祝いの舞は、ただ明るく華やかで。

 最後には、壇上の貴人を祝福するように大きく手を掲げ、扇を放り、それを手に受け、お辞儀をしたところで舞は終わった。


「──見事」


 壇上のアルーンが一番初めに手を打つ。

 それに合わせ皆も手をたたき出した。マシュリクやその后も、顔を見合わせ褒め称える。集まったもの達の歓声も、拍手と共に次第に大きくなっていった。


「そなた…。笛の音が見事だ。見ない楽師だな?」


 アルーン皇子が壇上から、舞台から下がらずそこに佇む俺に声をかけてきた。


「──はい。わたくしは、つい先だって、こちらへ遣わされたばかりのものなので…」


「遣わされたばかり?」


 聞き返すアルーンに、面を結んでいた糸をほどき、頭に巻いた布も外すと、アルーンに目を向けた。

 ざわと邸内がざわめく。直に皇族を見るのは、下位の者には許されない。それなりの身分がなければならなかった。場内がざわめくのも自然なこと。

 急いで結ったため、結いきれなかった洗いざらしの紅いおくれ毛がふわと揺れた。ひと呼吸置いてから。


「わたしはウイラの第一王子リインです。アルーン皇子にお楽しみいただきたく、このような登場となりました。──お待たせして申し訳ありません…」


「──そなた…」


 なにかを言いかけて、アルーンは口ごもったが、すぐにこちらを見返すと。


「…すばらしい演出だ。そなたの顔をみなも覚えよう。──妃となったそなたにこれを」


 そう言うと、脇に控えていた侍従イサクが漆塗りの盆をさしだす。そこにはキラと光る緑色の何かが置かれていた。


「傍に寄れ」


「──は」


 俺は急いで舞台を降り、壇上のアルーンの元まで向かう。

 椅子の前まで来て片膝をつけば。アルーンが椅子から立ち上がり、垂れた頭にふれた。同時に品のいい香りがふわりと微かに漂う。お香の香りだろう。しかも高級な。

 そのまま結って団子にした紅い髪に、何かを差し込む。チャリと微かな音がして、それがかんざしだと知る。


「…よく似合う」


 俺にしか聞こえない声でそう呟く。


 ──え─…。


 思わず顔を上げた。そこで、銀の双眸と目が合った。優しいと思える。


「私の祖母、皇太后が先代から受け継ぎ大切にしたかんざしだ。今、その皇太后が憩いを得た場所に住むおまえに、それを与えよう」


「──ありがたき幸せ…」


「余興はこれにて終わりだ。あとはゆるりと…」


「は」


 片膝をついたままだった俺を起こすように、手を取り立ち上がらせてくれた。

 初めて触れたアルーンの手は、大きくがっしりとしている。所々、剣を振るうためにできた胼胝がある。まるで武将だな。そう思った。

 優雅な見た目からは想像もつかなかったが、アルーンはかなり鍛えていると見た。

 手元から視線を上にあげると、アルーンと目があった。何も口にせず、こちらを見つめている。こそばゆくなって、また視線を落とせば。


「…あの笛の音は、やはり、おまえだったのだな」


「はい…?」


 再び顔を上げ、問い返そうとしたが、そこへ侍従から声がかかる。


「リイン様、お支度を──」


 そう言われ、問い返す間もなく、アルーンのもとから別室へと連れて行かれた。


 別室にて、用意された衣装を身につけた。大きな鏡の前に立たされ、あれやこれやが巻き付けられていく。俺はされるがままだ。。

 その中心にいるのは、イサクだ。


「本日は手違いにより、大変ご迷惑おかけしました。──本日に始まったことではないのですが…」


 自ら俺の着付けをしながら、謝ってくる。


「いいって。どうにかなったし。終わり良ければすべてよし──だ」


「──リイン様は、本当にお強い…」


「そんなことないって。──でも、どうして使者がこなかったのかな?」


「…予測はつきますが──言うのはよしておきましょう。今回、いらぬ邪魔が入らないよう、直前まで周囲に漏らさなかったのですが、やはり知られてしまったようです…」


「アトフも知らない様だったもんな?」


「…はい。準備はさせておりましたが、誰のための宴かは知らせておりませんでした。…知っていたのは、ごく僅かです」


「ふうん…」


 細心の注意を払ったにもかかわらず、漏れたのは、そのごく僅かに漏らした者がいるのだろう。

 それが誰か、聞かずとも今まで聞き知った話から予測はついた。


「わたくしどもも、細心の注意を払い、警護も抜かりなく致しますが、リイン様もお身の回りにお気をつけを──」


「わかった。気をつけよう──」


 後宮内で、身辺に気をつけなくてはならないとは、なんとも物騒なことだ。

 そうして、話し終える頃には、支度が整った。


「──とても、お美しいです」


 イサクは目を細める。

 揃えられた衣装は、純白で襟だけが紅い髪の色と合わせた紅色だった。その襟にはアルーンの髪色の銀の刺繍が施されている。

 そこに紅色の髪に差し込まれたかんざしの緑のメノウはよく映えた。

 そのまま、宴席の開かれている宮殿に向かう。ルンが離れた場所で、目を潤ませながら見つめていた。

 あの後、戻ってきたルンに手伝ってもらい、ここまでこぎ着けたのだ。ようやく、念願かなって主が主賓となれたのだ。そうもなるだろう。

 宴席は先ほどとは別の宮殿に用意され、庭園に設けられた舞台では催される舞いや雅楽などを楽しみながら語らう。

 俺は先ほどの言葉が気になって、傍らで酒を口にするアルーンに声をかけた。


「あの…俺の笛を聞いたことがあるのですか?」


 重い衣装に不自由しながらも、首を傾けアルーンを見やる。シャラとかんざしの飾りが音を立てた。


「ある」


 短い返答。アルーンは口にもっていった盃をそのままあおると、じっとこちらを見つめてきた。とくとくと心臓が早鐘を打ち出す。


 ──嫌だな。何を動揺しているんだ? 


 相手は美貌の皇子だ。そうなっても仕方ないのだが。


「…夜、吹いていたのを?」


 すると、意味深な笑みを浮かべ、手にしていた盃を卓に置き。


「それもある。──が…」


「が?」


 思わず聞き返せば。


「──お話し中、申し訳ありません。わたくしもこの日の為に余興を用意いたしました。ぜひ、リイン様にお楽しみいただければと」


 アルーンの目が俺からキヤーナに向けられる。

 キヤーナは紫紺の布地に、銀の縫い取りがある見事な衣装を身に着けていた。髪は綺麗に結い上げられ、銀の髪飾りが輝く。後ろ襟は大きく開かれていた。

 むせかえるほどの妖艶な様に、俺などかすむ勢いだ。


「まかせる」


「──は」


 キヤーナはアルーンの言葉に軽く頭を下げると、侍従らに指示を出した。

 それは、猿楽だった。

 すこし間抜けでお調子者の、山から下りてきたサルが、人をまねて滑稽な姿をみせるもの。

 そのサルは赤い衣装を身に着けていた。みなその様に大笑いし、最後は人に追い払われ、山へと帰った所で幕切れとなった。

 赤は祝いの色だ。別段、気に留めることはなかったのだが──。


「…あれって、リイン様への当てつけじゃありません?」


「どうしてだ?」


 宴が終わり、衣装を脱ぎ、庵へ帰ってきた頃にはすっかり夜も更けていた。

 普通なら、アルーン皇子のお召があるのかもしれないが、俺とはそういう関係ではない。アルーンは自分の宮へと戻って行った。

 そのあとを、追うようにキヤーナがついていったが。

 交わした言葉も、わずか。


 ──仲を深めようにも、そうはいかないな。


 そう思っていれば、ルンが怒りをあらわにしながら、そう口にしたのだ。


「サルが赤い衣装を身に着けていただけだろう?」


「腰に笛をさして、吹くマネまでさせていましたよ? 上下逆にして、吹けないって騒いで…」


「ああ、そうだったな?」


「それに、畑を耕してみせたり、人の捨てたものを食べたり…。あれだって、ここでやっている事を揶揄したんですよ」


「そうか…?」


「ぜったいそうです! バカにしてます! それもこれも、ぜんぶあいつの所為なのに!」


 既に『あいつ』呼ばわりだ。

 畑を耕しているのは、使用人の間ではすでに周知のことで。もちろん、キヤーナの耳にも入っていただろう。

 それに、食している野菜の類も廃棄寸前のものばかり。それを指図しているのはキヤーナという話だが。


「まあ、だとしてもいいじゃないか。皆、楽しんでいたんだし…」


 アルーンも笑って見ているのかと思えば、そうでなかったのには少し驚いた。

 ただ、読めない表情で、静かな眼差しと共に見つめているだけだった。


「アルーン皇子とも、少しだが話せたよ」


「それだって、ちょっとだけでしょ? あいさつ程度で、話せたなんて言えません! っとうに、あのキヤーナってば、本当、嫌な奴!」


「まあ、そう怒るな。祝いたい気持ちでしてくれたことだ。素直に受け取っておこう」


「あー、もう! リインさまは本当にお人好しなんですから!」


「ほら、もう夜も遅い。おまえはあっちへ帰って寝ろ。俺もすぐに休む。明日はあんこのぼた餅作りだ。楽しいぞ?」


「…うう。あんこ…。餅…。それも嬉しいですけど…。皇子のお渡りがあったほうが、もっと嬉しいです…」


 ルンはそう言いながら、肩を落として宮殿へと戻って行った。


「お渡り、ね…」


 俺は布団に座って、縁側から月を眺めた。青白い月は、静かにこちらを見下ろしている。

 アルーンが訪れたとしても困るだけだ。義務でそうされるなら、尚更。

 このままの関係が一番いい。キヤーナをむやみに刺激して、更にこの後宮の雰囲気を悪くしても、周囲がとばっちりを受け困るだけだ。今は大人しくしているのが一番なのだろう。

 ここに閉じこもっている限り、キヤーナもそれ以上、手は出せないだろうし、視界にさえ入らなければ、気にも留めないだろう。

 そう考えていたのだが。


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