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ホワイトピーコック&スパロウ  作者: マン太
第三章 後宮にて

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11.雀


 朝、ごとりとものを置かれる音に目が覚めた。格子窓からのぞく空は、まだようやく白み始めた頃。

 約束した通り、朝食に間に合うように、イサクが戸口の外に必要なものを運んで来てくれたのだろう。

 のそのそと起き出して木戸を開ければ、すぐ脇に木箱に入った山のような野菜や穀類、料理に必要な調味料に道具、鍋や包丁がこぼれんばかりに積まれていた。


 ──すごいな…。


 これだけの量、イサクひとりの判断で用意できたとは思えない。

 見れば一番上の箱に手紙が挟まれていた。取り上げて開けてみれば、それはイサクからで、流れるような流麗な文字で昨日の謝辞と、これらはすべて皇子からの贈りものであると記されてあった。


 ──せめても、と言うことか。


 償いの意味を込めているのだろう。そんなことは必要なかったのだが。


 ──一度、皇子とは膝を突き合わせて、話せるといいけどな…。


 じきに歓迎の宴も開かれるはずだ。その時にでも、話す機会があるだろう。

 お互い知らなさ過ぎるのは、余計な誤解を生む。アルーンの妃となった今、それではまずいだろう。自分を特別視していないのは確かだが、少しは歩み寄った方がいい。

 そう思っていたのだが。


「本当に物好きなんですから。こんな片隅の小さな庵でいいなんて…」


 ルンはぶつくさ言いながら、取り込んだ洗濯物をたたんでいる。昼前だと言うのに、日当たりがいいおかげですぐに乾くのだ。

 庵の裏庭には、物干し台が作られた。そこにはまだ干したばかりの敷物が、優しい風にはためいている。

 その後、春光宮は物置場となった。

 美しい装飾が施されたそこには、大量に送り込まれた書物が山と積まれている。

 すべてウイラから持ってきたものだが、流石にこの狭い庵には置くことができないため、空いているならとそうさせてもらったのだ。

 もちろん、牛糞の跡は綺麗に取り除かれたため、今は杉の木と楠木のいい香りしかしない。必要な書物などがあれば、そこへ取りに行くのが常となっていた。

 ルンの言う通り、そこへ入ればいいのだろうが、すっかりここでの自由な生活に慣れてしまい、今更戻る気にはならない。

 俺は縁側に座り込んで、そんな洗濯物を見るともなしに眺めながら、もらった殻付きの豆を選別していた。


「ん、まあ、ここの方が気楽だしな…」


 干してカラカラになった皮から、一つ一つ豆を取り出しながらそう答える。

 これは、食糧庫の片隅に、手も付けられず放っておかれたものだという。忘れ去られ捨てられるはずだったそれを、アトフがこっそり持ってきてくれたのだ。これなら目に止まっても誰も咎めるものはいない。

 初日こそ新鮮で大量の野菜や果物をもらえたが、その後は野菜の外側の葉や切り取ってあとは捨てるばかりの野菜くず、黒い跡が残る、虫に食われた穀類、いつの物かわからない干し野菜などに変わった。

 当初、イサクにそうしてくれと頼んだ通りなのだからそれでいいのだが、どうやら、実際のところ、それ以上、勝手には持ち出せないらしい。皇子からの贈り物が例外だったのだ。

 聞けば使用人たちの食事も、その程度のものしか使っていないと言う。薄い粥といい、これだけの大国なのになぜなのか不思議に思った。

 

「気楽って…。春光宮ももとに戻ったんですから、移って住まえばいいのに…。臭いもなくなったって、アトフが嬉しそうに話してくれましたよ?」


「でもな。──ここは静かだし、なにより誰にも疎まれず笛も吹ける…。宮殿の内部だったら、そうはいかないぞ」


 つい先日も、真夜中まで笛を吹き散らしていた。思うまま、誰の邪魔が入るでもない。

 ふと、背後に物音を聞いた気がして吹くのをやめて振り返ったが──注意でもしにきたのかと思ったのだ──だが、そこに人の気配はなく。


 ──気のせいか…。


 それ以降、何事もなく今に至る。

 誰かに苦情を言われることも、文句を言われることもなく。ルンはたたむ手を休めると、


「あ・な・た・は。笛を笛を吹くためにここへ来たのではありませんよ?」


「…わかっているさ」


「いいえ。わかっておりません! ウイラとファジルの結びつきを強くするため、妃となってここへ嫁したのです。男子と言えど、アルーン皇子が皇帝になった暁には、后になる身分なのですよ?」


「形式上は──だ。実際はあまたいる側や妾と変わらない。…というか、それ以下だろう。なんたって、『お相手』をつとめているわけじゃない。アルーン皇子から寵をうけているわけじゃないんだ」


「…それは、そうですけど…」


「ただ、親戚関係になるため、形ばかり妃に迎えてもらっただけだ。現に皇子も乗り気じゃなかっただろ? ──仕方なしってのか、見え見えだった…。そりゃあ、顔も知らない、親が決めた好みでもない男子をもらったって困るだけだろう?」


「そんなこと──」


「しかも、だ。ぱっとしないごく平凡な、どこにでもいる…。そうだな、例えるなら──」


 言いかけた所へ、干からびて食べられないからと地面に蒔いた豆を、雀が数羽飛んできてついばみ始める。

 それを見て思いつく。


「──雀だな」


「雀?」


「そうだ。俺はどこにでも、当たり前にいる雀だが、アルーン皇子はまるで──そう、クジャクだな。真っ白で優雅な…。何もかも違うし、相容れない」


 きっぱりと言い切る。


「そんなことありません! …リイン様はご自身のことをまるで分かっておりません」


「どうだろう。ルンは身内の欲目があるからな?」


 そう言って笑えば、ルンはぷうと頬を膨らませ、


「欲目なんてありませんよっ! 本当にリイン様は魅力的な方なんですから…」


「ありがとう、ルン。──こんなひねた豆を選り分けている王子を魅力的だなんて。ルンしか言ってくれないな」


「もう! ふざけないでください!」


 怒り出したルンは、たたみ終えた洗濯物を、俺の背中に乱暴に押し付けてきた。


「おい、豆が落ちるだろ?」


「豆なんてっ、…豆なんて…」


 ぐずと鼻を鳴らしながら視線をアルーン皇子の住まう宮殿へと向けた。


「お披露目の会だっていまだに開かれないのですよ? あちらは毎晩、賑やかだと言うのに…。今日はことさら、賑やかなのですよ?」


「そうなのか?」


「朝から侍女や侍従がばたばたと大忙しで走り回っていますもの。──きっといままでにない大きな宴が開かれるんです…」


 恨めしそうに宮殿のある方向を睨みつけている。俺は肩をすくめつつ。


「もういいんだよ。俺は正直、この方が嬉しいんだ。華やかな場は落ち着かないし、苦手だ。──しかし、アトフから聞いたが、衣食住に関してはかなり質素倹約に勤めている様だな?」


「…そうですね。上の方々は派手におふるまいですが、下々のものにはかなり倹約させられているようです」


「…倹約、か。国はそう困っているようにも見えないが…」


 嫁ぐ前に調べた時も、ファジルの国庫が困窮しているふうはなかったのだが。ルンは声をひそめると。


「…なんでも、宰相がかなり厳しいお方の様で…。あのキヤーナ様はその宰相と気安い仲とのこと。だから、使用人たちの贅沢に目を光らせているみたいですよ? …まるで自分が皇子の妃のようにふるまっているって」


「はぁ。なるほどな…」


 キヤーナには初日から嫌われている。だから余計にここへ持って来られる野菜や穀物は限られているのだ。


「いくらアルーン皇子の側や妾だと言っても、キヤーナ様が気に入らない者はいびられて、みな宮殿から追い出されているらしいですよ? 残っているのは皆、口答えもしない従順なものか、キヤーナ様の手下みたいなものだけらしいです…」


「アルーンの後宮にいるものたちがか?」


「はい…。キヤーナ様のお眼鏡にかなったものだけ、いることが許されているとか。アルーン皇子も、すべてキヤーナ様に任せて口出しはされていないご様子で」


「まあ、皇子ならそんなものだろうなぁ…」


 かく言う俺の父、王カセムも後宮のことは第一王妃に任せきっていた。それが一番、事が荒立たなくていいのだとか。

 ただカセムの抱える王妃たちは皆、人柄がよく、たがいに呑気に構えて過ごしているため、ぎすぎすすることはなかった。第四王妃の子の俺でさえ、嫌な顔をせず他の子らとかわらず接してくれたのだから。

 比べるとアルーンの後宮はかなり環境が悪そうだった。


 ──案外、この庵に押し込められた方が、平和に過ごせるのかもしれないな…。


 忘れ去られている感も否めないが。

 宮殿の方角からは、相変わらず雅楽の優雅な音色が聞こえてきていた。夜の催しの為の練習だろう。


「いい音色だ…」


 殻を手にしたまま、目を閉じうっとりとしていれば、ぽすっと、頭に柔らかい布地が降ってきた。

 見れば、ルンが洗濯ものを抱えたまま、ぼんやりとあちらを見つめている。抱えていた手ぬぐいが一つ、落ちたのだ。


「どうした?」


「…ほんとうなら、采配をふるうのはキヤーナ様ではなく、あなたなのでは? イサク様の話では、位はあなたの方が上だと。リイン様だったら、下々のものにひもじい思いはさせないでしょうに…。なのに、こんな後宮の端に追いやられ…」


 ルンは袖で目元を拭っている。俺は笑むと。


「俺はよそものだ。後から来たものは、先人をうやまうべきだろう。──それに、今の俺が偉ぶって采配を振った所で誰もついてはこないさ」


「ですが…!」


「ほら、洗濯物が終わったら、これを剥くのを手伝ってくれ。一人じゃ二、三日はかかる。剥き終われば、一晩水に漬けてあずき餡のぼた餡を作るぞ?」


「う…。餡…、餅…」


「ルンは粒あんが好物だろう? 遠慮せずに食べろよ? 余ったら、アトフに持っていこう」


「…わかりました」


 餡に釣られたルンは大人しくなって、洗濯物を仕舞いに部屋の奥へと向かった。

 その後、庵はきれいに拭き上げ、修繕が必要な箇所は修繕し、なんとか人が住める場所になった。

 前皇帝の后、皇太后が亡くなってからは、ずっと放っておかれたようで、かなり汚れが溜まっていたが、雨漏りなどは見られなかったのは、建物がしっかりしていた証拠だろう。立派な梁が通るそれは、なかなかのものだった。

 こぢんまりとして、居間と寝室の他、台所と湯殿があるだけの小さな庵だが、ひとひとりならこれで十分だ。

 その奥の寝室へ、ルンは洗濯物をしまいに持っていく。ルンは寝る時だけは、宮殿内の侍従と同じ部屋を使わせてもらっている。アトフと同室だ。

 本当は、俺の傍を離れたくなかったらしいが、笛の件もあり。また、この狭い部屋で、輿入れた主と床は並べられないと、泣く泣く断念したのだ。


 ──しかし、本当に今日の宴は賑やかなようだな。


 いつもとは違って、雅楽の音合わせが長い。かなり念入りに行っているのを見ると、よほど高貴なものを迎えるのだろう。他国の来賓でもあったのか。

 鈴の音や弦楽器の音もする。龍笛を吹くものとして心惹かれるが、呼ばれもしないのに、顔を出すわけにもいかない。


 ──俺だったら、この曲に合わせて、どんな音にするかな。


 そんなことを夢想して、午前中、時を過ごした。



 その数週間前。

 後宮のとある館でのこと。


「妃のお披露目が、近々行われると?」


「はい、キヤーナ様。近日中に、リイン様へ使者を送られるかと…」


 訪れた浅黒い肌をした侍従が告げる。


「お披露目、か…」

 

 自らの館で寛ぐキヤーナは、扇子をもてあそびながら、思いを巡らせた。


 ──あの田舎臭い王子のお披露目など、する必要があるのか。


 あんな者が、自分より上の位とは癇に障る。アルーンがその気になれば、親同士の約束など反故に出来たのではないだろうかとも思った。


 ──先に私を妃にすべきなのに…。


 このファジルの後宮で、どれほどの時間を費やしてきたか。キヤーナの視線は、美しい黒漆が引かれた机に向けられる。

 その上には、ファジルのものではない香水が置かれていた。簡素な濃い紫色の小瓶には、中ほどまで液体が揺れている。

 これは、切れる事がないよう、わざわざ異国から取り寄せているものだ。男性用に作られたそれは、元々、キヤーナの趣味ではなかったが、今ではすっかり虜となっている。

 この香りは手放せないものとなっていた。


 ──この香りは、ここで過ごす日々が、無為ではないと知らせてくれる──。


 キヤーナは、手にした扇子をパチリと閉じ。


「…どうせ、くだらぬ催しだ。あの田舎者に、盛大な恥をかかせてやろう。──リイン王子に使者が送られる前に私に知らせろ」


「──は」


 指示を受け、忠実な下僕はその場を去った。

 

 ──せいぜい、慌てふためいて取り繕うがいい。


 他にも余興を考えていた。

 リインは入るはずだった宮殿を汚された際も、反抗的な目で睨み返してきた。

 あの不遜な態度を取る王子が、髪さながら顔を赤くし、屈辱に震える姿が目に浮かぶ。


 ──私にたてつくとどうなるか、身をもって知るがいい。


 口の端が釣り上がり、笑みをかたどった。




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