書簡三
――某月某日
拝啓
この先を読めば、あなたは私の気が狂ったと思われるかもしれません。
しかし、まずその点については、あらかじめ断っておきたい。
水が低きから高きへ流れることはなく、日が西から昇ることもありません。
幽霊や妖怪は存在せず、少なくとも私は、生涯において一度たりとも、真に神通力と呼べるものを見たことがありません。
ましてや、触れてもいない石が、ひとりでに動くはずがないことは、よく理解しているつもりです。
それでも――
どうやら、例の石は動くのです。
これもまた奇妙なことなのですが、何とか動いているところを見届けようと思い、石から目を離さずにいると、その間は、決して動きません。
一晩中、灯を落とさずに見張ったこともありました。
しかし人の身は弱いもので、明け方近く、どうしても睡魔に抗えず、ほんの一瞬、目を閉じてしまいました。
そのわずかな隙に、石は、別の場所へ移っておりました。
見ている間は動かず、見ていない間にのみ、位置が変わっている。
この点だけは、どうやら偶然とは言い切れぬように思われます。
狐や狸に化かされていると思えたなら、どれほど気が楽であったことでしょう。
しかし、そう考えるには、私は長年、数と因果を相手にしすぎたのかもしれません。
あるいは生き物ではないかと疑い、水に沈めてみたり、火を近づけてみたりもしましたが、特に変わった反応は見られませんでした。
割ってみれば、その中でも動くのかどうか、気にならぬと言えば嘘になります。
とはいえ、これ一つきりのものを加工するのは、最後の手段とするべきでしょう。
近ごろは、石が、どのようにして動いているのか、そのことばかりが気に掛かっております。
とはいえ、石の話ばかりしていられる身でもありません。
同封いたしましたのは、先頃まとめた、熱と脈拍の変動が人体に及ぼす影響についての覚書です。
些か雑なものではありますが、もしお目通しいただければ幸いです。
草々不一
敬具




