7 人魚の呪い
暖かい部屋の中で、赤く燃える暖炉の薪がぱちぱちとはぜる音が響く。
オフィーリアを川から助け出した私たちは、彼女を集落の診療所へ運んだ。
オフィーリアは病室で休んでいるが、命に別状はないそうだ。
一方の私とカメリア、マイケルは診療所の中の暖炉のある部屋で冷えた体を温めていた。
「ヒルダさん、川に飛び込んで冷えたでしょう。
これをどうぞ。」
マイケルは私にホットワインを手渡した。
深い赤のその飲み物は、一口飲むと喉を通るのがわかるほど熱く、身体がじんわりとあたたまるのがわかった。
「ヒルダ、身体は平気ですか。」
心配そうに見つめるカメリアに私は「ええ、もう平気ですよ。」と笑いかけた。
「私の身体はなんともありません。
そんなことより、カメリア様の推理が聞きたいです。」
私のわがままに、マイケルも大きく頷く。
「まだわからないことがいっぱいですよ。
18年前エルマン男爵は何故川に飛び込んだのか、バンは何故エルマン男爵が父だと知ってショックを受けたのか、オフィーリアは何故バンのためと言ったのか。
おれは気になってずっとうずうずしてたんですよ。」
マイケルは子どものようにはやく話してくれとせがむ。
その様子にカメリアはふっと小さく微笑んで、「では、人魚の呪いを解いてみせましょう。」と言う。
「この事件はまさに人魚の呪いによって起こされたのです。
悲劇が人魚の呪いを生み、呪われたバンが川底へと誘い込まれ、オフィーリアを人魚にしたのですわ。」
「どういう意味ですか?」
首を傾げるマイケルと私に、カメリアは「18年前の事件のことからお話ししましょう。」と切り出す。
「エルマン男爵とカミラさんの姉は恋仲でした。
カミラさんの姉に駆け落ちを断られたエルマン男爵は、彼女が姿を消してからずっと行方を探していた。
しかしエルマン男爵がこの村にたどり着いたのは、カミラさんの姉が亡くなった後のことでした。
それが18年前、あの事故が起こった日です。
あの日、フルス川を通りかかったエルマン男爵は歌声を聞くと馬車を止め、対岸へ近づかないではいられなかったのですわ。」
「じゃあ、エルマン男爵は殺されたのではなかったのですか。」
私の問いにカメリアは「ええ、事故ですわ。」と答えた。
「あの日は雪がひどい日で、川は危険だったはず。
どうしてエルマン男爵は止められても川に入ったんでしょう。」
眉を寄せるマイケルに、カメリアは「歌声に仕掛けがあったのだと考えれば、おのずと答えは見えてきます。」と微笑む。
「エルマン男爵は川に飛び込んででも歌声の主に会いたかったのです。
その歌を歌っていた人物は、エルマン男爵がどうしても会いたかった人、探し求めていた恋人だったのです。」
「カミラさんの姉ですか?
でも、彼女はそのときすでに亡くなっていたんじゃ。」
驚愕して問いかける私に、カメリアは「エルマン男爵ももしかしたらそのことを知っていたかもしれませんわね。」という。
「亡くなったはずの恋人の声が聞こえてきたら、どんな危険を犯してでも会いに行こうとするでしょう。」
マイケルは目を見開いて「まさか対岸で歌ってたのはカミラさんのおねぇさんの幽霊なんですか?」と問うが、カメリアは首を横にふる。
「エルマン男爵はそう思ったのでしょう。
けれども、実際に歌っていたのは別人です。
歌っていたのは、幼いバンさんです。」
当時のバンは5歳前後、声変わり前の少年だ。
ならば声が母親と似ていてもおかしくない。
あるいは、母から教わった歌を歌っていたのかもしれない。
生き別れた父親が川を通りかかったとき、息子は対岸で歌っていた。その偶然が悲劇を生んでしまったのだ。
ゆらゆらと揺れる暖炉の赤い火が、悲しげに伏せられたカメリアの瞳に映った。
「自分の歌を聞いた見知らぬ男が川へ落ちたことは、恐ろしい記憶としてバンさんの中に残った。
だから彼はフルス川の人魚を怖がり、話題にしたがらず、フルス川を避けた。
そして彼はカミラさんから受け取った手紙で、自分の父親を知る。
そのとき彼は悲劇の真相に気づいてしまった。
自分は歌声で実の父親を死に追いやった。
そう自分を責めたバンさんは、父と同じく雪のひどい日にフルス川へ飛び込んだのです。」
マイケルは前髪をかき上げて「やりきれないなぁ…。まさに悲劇ですよ。」と溢した。
カメリアは「その悲劇が、連続殺人のきっかけとなってしまったのです。」と言う。
「バンさんは助けられましたが、心の傷は癒されなかった。
オフィーリアはバンさんの看病をするうちに、真相を彼から聞いたのでしょう。
そして彼女はフルス川にすむ人魚の呪いを本物にしようとしたのですわ。
本当に人魚がいるのなら、エルマン男爵が死んだのは人魚のせいにできる。
バンさんが罪の意識を感じなくて済むようになる、オフィーリアはそう考えたのかもしれません。
オフィーリアは婚約者だったドミニクを夜中のフルス川へ呼び出し、彼を溺れさせ殺害した。
さらに雇用主のベッカーも同様に殺害したのです。」
「メグと彼女の父が見た水浸しの女は、犯行を終えて集落へ戻るオフィーリアの姿だったのですね。」
私の言葉にカメリアは頷く。
「私たちがカミラさんに会ったとき、オフィーリアは犯行がばれてしまうことを予期した。
だから今度は自分が川へ落ち、全てを川床へ沈めてしまおうとしたのですわ。」
「でも、カメリア様とヒルダさんの活躍で真相をフルス川から掬い上げたと。」
マイケルはしんみりとした空気を崩すように、「お二人ともお手柄ですね。」と微笑んでみせた。
そのマイケルの言葉に、私とカメリアも顔を見合わせて微笑みを交わした。
窓の向こうでは、いまだはらはらと降り続ける雪が人魚のいなくなった村を白く染めあげていた。




