6 四人目
緊迫した様子でカメリアは川へと走り、私とマイケルもあとを追いかけた。
あたりでは、灰色の空から白い雪がちらちらと舞い降り始めていた。
息を切らす私たちの目に、ようやくフルス川が見えてきた。
その黒い水面に、鮮やかな赤い花が漂っている。
ー否。
川の流れに揺られて広がるように漂うそれは花ではない。
赤毛の女性の髪だ。
カメリアは彼女の名前を呼ぶ。
「オフィーリアさん!」
オフィーリアは仰向けに横たわるように穏やかな表情を浮かべ、フルス川の流水にその身を流されようとしていた。
微かに動く口元は、歌を口ずさんでいた。
「オフィーリアさん!」
再度彼女の名前を呼んだカメリアは、オフィーリアを助けようと川へと駆け寄る。
「いけません、カメリア様!」
私はカメリアを制し、川へと飛び込んだ。
雪の降る中の川の水は刺さるような痛みさえ感じるほど冷たい。
幸運だったのは雪がまだ降り始めたばかりで水位がそれほど高くなっていなかったことと、私の身長が女性の中では高いほうだったことだ。
濁流に足を取られぬよう懸命に足に力を入れ、水に飲まれようとするオフィーリアの体を抱き留めた。
「ヒルダさん!」
マイケルが川岸から手を伸ばしていた。
彼の手を取ると、マイケルはオフィーリアを抱き留めたままの私をぐいと引き上げた。
マイケルに支えられながら川から這い上がった私は、オフィーリアを岸辺に下ろした。
未だうつろな目をする彼女に「私の声が聞こえますか。」と声をかけると、オフィーリアはぱちぱちと瞬きをして正気を取り戻した。
「貴方がカミラさんの娘でバンさんのいとこのオフィーリアさんですわね。」
カメリアの問いにオフィーリアはこくりと頷いた。彼女の寒さで震える口から、「どうして…。」とか細い声がこぼれた。
カメリアはその先に続く言葉を汲み取って、「どうして貴方を助けたか、ですか?」と問いかける。
「私は貴方を死なせるわけにはいきませんわ。
貴方が死んでしまっては、真実は水の中へ沈んでしまいますもの。」
オフィーリアは「やはり貴方は、ぜんぶわかってしまったのね。」と悲しげに目を伏せる。
「それならば罪深い私など助ける価値などないことも貴方にはわかるでしょう。
私はこの川で溺れるべきよ。」
「それは違いますわ。」
オフィーリアの言葉をカメリアは強く否定する。
「死は万人に平等に訪れるものであり、罰ではありません。
貴方が自ら川に沈んだとしても、ドミニクとベッカーを殺した罪を償うことにはならないのですわ。」
「この方がドミニクとベッカーを?」
カメリアの言葉に私とマイケルは驚愕した。
オフィーリアははらはらと涙おこぼして、「ええ、私がやったのよ。」とカメリアの言葉を認めた。
「ドミニクとの結婚は家族に決められたのよ。
でも、私はあんな古臭い考えで凝り固まった人と結婚して家庭に縛りつけられるなんて嫌なのよ。
妻もいるのに秘書の私をいやらしい目で見てくるベッカーさんのことも大嫌いだった。」
涙ながらに訴えるオフィーリアを、カメリアは冷めた目で見つめる。
「それらの理由で彼らの命を奪うことを正当化することはできませんわ。」
カメリアの冷たい糾弾に「わかってるわよ。」とオフィーリアは反発する。
「兄さんのためなら、殺人の罪を犯すことなんか怖くなかった。
兄さんのためなら、私は人殺しにだって、人魚にだってなれる。」
「それは本当に、バンさんのためになるのですか。」
カメリアのブラウンの瞳が真っ直ぐにオフィーリアを見つめる。
「フルス川に沈む遺体を増やすことが、本当にバンさんのためになるのですか。
それで彼は救われるのですか。」
言葉を失ったオフィーリアは、ただ静かに涙を流した。




