5 人魚の子
メグの酪農場を後にした私たちは、フルス川の西側、集落へと向かった。
今月に入ってから入水自殺を図った3人の男性はいずれもこの集落の住民だ。
カメリアが注目したのは、人魚の川の唯一の生還者にして最初の自殺者の男、バンだ。
バンの家へと向かう途中、カメリアは「今回の事件は私にとって少し不利かもしれませんわね。」と言った。
「なぜそう思われるのです?」と私が尋ねると、カメリアは「物的証拠を掴むのが難しいのです。」と答えた。
「けれども私、負ける気はございませんのよ。
きっと人魚を捕まえてみせますわ。」
カメリアは自信ありげに微笑んだ。
バンの暮らす家へと到着した私たちを出迎えたのは、彼の叔母、カミラだった。
カミラは「慌ただしくてすみません。何分バンは療養中ですし、娘も熱を出していたものですから。」と謝った。
「あの子はいま心を病んでいて、人前に出られる状態ではないのです。
ですからお話ならわたくしがいたします。」
マイケルは「不躾なことをお聞きしますが。」と断ってカミラに聞く。
「バンさんが自殺をしようとした理由について、なにか心当たりはありますか。」
「それはきっと、あの子が実の父親が誰か知ってしまったことです。」
「詳しくお聞かせ願いますか。」と聞くマイケルに、カミラは「誤った記事を書かれてはあの子はより一層傷つくでしょうから、きちんとお話します。」と語り始める。
「バンは私の姉の子です。
私の姉は成人してからすぐ、王都へ働きに行きました。
何年か経って、姉は急にこの村へ帰ってきました。
帰ってきた姉はお腹に子を宿していました。
姉は身分違いの恋をした、だからお腹の子の父親が誰かは教えられないとわたくしども家族に言いました。
姉は相手の男に駆け落ちを持ちかけられたのだそうです。
だけど、彼のことを思って逃げてきたのだと。
姉は一人で子を産みました。
それがバンです。
姉はバンが5つになるころに病で亡くなりました。
それからは、わたくしとわたくしの夫が親代わりとしてバンを育てました。
わたくしどもはバンのことを実の子のように愛情をこめて育てました。
わたくしどもの娘もバンを兄のように慕っていて、二人はとても仲が良かった。
わたくしどもは幸せな家族だったのです。
けれども、今月の初めのことです。
わたくしは姉から託された手紙をバンに渡しました。
姉はその手紙に父親の名を記したと言っていました。いつ渡すべきかずっと迷っていたのですが、娘が婚約したことで踏ん切りがついたのです。
しかしバンはその手紙を読むと、顔を真っ青にした。
『俺はエルマン男爵の子だったんだ。』と呟いて、それきり部屋に閉じこもってしまいました。
そしてバンは、エルマン男爵が亡くなった日と同じようなひどい雪の日の昼下がり、フルス川へと飛び込んだのです。
幸運なことに目撃した方が助けてくださって一命を取り留めました。
でも、あの子の心の傷はまだ癒えないままなのです。」
真剣にカミラの話に耳を傾けていたカメリアは、「バンさんはエルマン男爵が18年前にフルス川で亡くなったことを知っていたのでしょうか。」と問うた。
カミラは「この村であの事件を知らない者はおりません。」と答えた。
「だけどバンは特別怖がっていましたわ。
大人になってからも、あの怪談を話題にしたがらず、フルス川へ近づくことも避けるほどでした。」
「18年前ならバンさんは幼い子供だったはず。
怖がるのも無理ありませんね。」
私がいうと、カミラは「あれはあの子の母が亡くなってすぐのことでしたから、余計に怖かったのかもしれませんわ。」と続けた。
マイケルは頭をかいて「おれにはよくわからないなぁ。」と言った。
「どれだけ怖がってたとしても、その事件で死んだ男が父親だって知って死にたくなるもんですかね?
エルマン男爵は貴族なんだし、おれなら貴族の血を引いてるのはそう悪い真実じゃ無いって思いますけど。
しかもバンさんはフルス川に近づかないほど人魚が怖かったんでしょ。
ならそのフルス川に飛び込もうとしますかね?」
私はマイケルを「無神経ですよ。」と叱った。
「エルマン男爵が父だと知ってバンさんが心を痛めたのは事実です。
バンさんの場合は人魚の呪いなんかじゃなくて、自ら川に飛び込んだんです。」
カメリアはカミラに、「カミラさんもこの度のことで心を痛めておられることでしょう。」と気遣う言葉をかけた。
カミラは「ええ、このところ良く無いことばかり続いていて…。」と目を伏せる。
「バンは助かったけれども、娘は結婚もだめになって、新しい仕事を探さなければならなくなりましたし。」
「結婚が破綻になってしまったのは、バンさんのことがあったからですか?」
またも聞きにくい質問をしたマイケルだが、カミラは「そうではありません。」と答える。
「娘の婚約者が亡くなったのです。その後に雇い主も。」
カミラの言葉を聞き、カメリアはわずかに目を見開いた。
「その娘さんにお話を聞くことはできますか。」
カメリアに頼まれたカミラは「呼んで参ります。」と言って奥の部屋へ向かった。
しかししばらくしてカミラは青い顔をして廊下を駆けてきた。
「どうしたのですか?」
私の問いに、カミラは震えながら答えた。
「オフィーリアが…娘がいなくなっているのです。
窓が開いていて、そこから抜け出したみたいで…。」
その言葉を聞くと、カメリアは駆け出した。
私はカメリアを追いかけて、 「カメリア様、どちらへいくのですか。」と彼女の背中に叫んだ。
「フルス川です!
急がなければ、オフィーリアはフルス川に飛び込んでしまいますわ!」
まさか、人魚は4人目の犠牲者としてオフィーリアを川床へと誘い込もうとしているのだろうか。




