活動家、ニュースを聞く
『本日、午前11時20分頃、ヘイワース宇宙港で火災報知器が作動しました。その影響で、シャトルの発着、地下鉄の運行が一時停止されました』
フードコートに設置された大型ディスプレイに流れるニュース映像。
宇宙港内の監視カメラ映像が紹介される。現場となった洗面所の入口、突然鳴りだしたアラームに歩いている人が立ち止まり、あたりを見回す様子が映っている。
続いてヘイワース市警察の記者会見に映像が切り替わる。ヘイワース市警察、署長クローイ・ミルトンとテロップが入った中年女性が話し始める。
『本日、午前11時19分、地下鉄ヘイワース宇宙港駅内のトイレ、洗面所において、時限式と思われる発火装置によって布が燃え、それにより発生した煙に反応し火災報知器が作動しました。消化ドローンが急行、11時21分には消火、警報は停止しました。また排煙装置により、現場からの煙の流出はありませんでした』
満足げに画面を眺める男。
『煙は換気設備によって速やかに該当の施設から排出されており、この発煙による負傷者は報告されておりません。発火した布には食用油と考えられる液体がしみこませてありましたが、有毒ガスは発生していないことを確認しております』
発煙装置は計画通り動作した。
単純な仕組みだし失敗することはないと思っていたが、それでも計画通りに作動するのは気持ちの良いものだ。それにしても、煙探知機が動作しただけで警察が会見するとは、やはりここでは火災は大きな事件なのだろう。
食用油は少量でよかったのでテイクアウトのピザにかかっていたオリーブオイルを使った。あの煙はよいにおいがしたはずだ。
この街のスーパーマーケットは3軒のみ。すべて行ってみたが、今後必要なものは揃えられそうだ。決済もあの男が用意したものを使えば身元はばれない。
あの男は宇宙への人類進出に反対している団体の男だということだった。彼によると、宇宙への進出に人間は必要なく、ロボットや探査機で十分だというものだ。38万キロも離れた月にわざわざ街をつくるより、サハラ砂漠や南極、太平洋のど真ん中の海上都市、海底都市を建設するほうがはるかに安上りで安全だが、そのような計画すらない。つまり人間が住むところは地球だけで十分足りており、死の世界である宇宙に莫大なコストをかけて人間が住める環境を作るのは無駄だというのだ。根拠となる思想は全く異なるが、目的が同じということで協力を申し出られたのだ。断る理由はない。
さて、警報が鳴ってからの当局の対応状況についても確認できた。ここでは家庭はもちろんレストランや通りの屋台でも火の使用は厳禁だ。禁煙であることはいうまでもない。つまりここで「火」は厳しく制限されているのだ。もちろん、電気は使われているので火災が発生しないわけではないが、極めて珍しい出来事だ。
閉鎖空間での火災は恐怖を与えるし、酸素は有限であること、そして外は真空の死の世界であることをあらためて認識させることになっただろう。
『煙を出すための装置のようですが、犯行の目的は何なのでしょう?』
『犯行声明も出ていないので現時点では何ともいえませんね。愉快犯の可能性もあります』
コメンテーターが発言する。
『愉快犯、つまり騒ぎを起こすのが目的ということでしょうか?』
『そうですね。トイレの掃除の仕方が気に入らない、といった個人的な恨みの可能性も考えられます』
なんだと? くそっ。犯行声明を書いた紙でも置いておけばよかったか。
まあいい。騒ぎを起こせたのは成功だし、コミュニティでは、閉鎖空間での火事に対する危険性を訴えるものも少なくなかった。
人類はすでに地球外に10万人住んでいる。月面都市の拡大や火星への進出を声高に叫ぶ人間もいる。
だが、ここヘイワース市の人口はここ5年横ばいだ。新たな住宅地区、月面ドーム都市の建設計画もあるが実にバカバカしい。安全対策と維持費がどれだけ増えるのか。空気や水もただではない。それでいて、市民は市民税増税には反対だそうだ。快適な暮らしができばいいと思っているだけなのだ。さらに、地球から独立しようとしている団体もいると聞く。ここは非常に危険な場所、周りは真空、つまり人類を、生命を拒絶する死の世界に囲まれた都市なのだ。そのことをもっと認識させなければ。




