宇宙服実習 その2 初めての真空
『あー腹減ったなー』
突然誰かの声が聞こえてきた。
『クラス全員に聞こえるからそのつもりで』
担任が指摘する。
『あ、そうだった』
笑い声が上がる。
『今度はマイクオフしてからいいます!』
『スピーカーはオンにしといてくれよ、授業中は。まあ、スピーカーやマイクのオンオフはこっちでコントロールできるけどな』
なるほど。こういった団体行動では引率者が各宇宙服の設定をコントロールできるんだな。たぶん宇宙服の酸素とか二酸化炭素の濃度もモニターされてるのだろう。
『宇宙服の自己診断で何か問題がある場合はエラーの項目が点滅して表示されるが、みんな問題ないようだな』
浅井はディスプレイにあらためて目をやるがすべて問題ない。
宇宙服だとどれがだれか区別がつかないな。生徒たちの前にいる、手にタブレットを持っているのが担任か。宇宙服のグローブで操作できるだけあってかなり大きい。タブレットに生徒全員のチェック結果が表示されているのだろう。もう藍崎華瑠奈がどこにいるのかわからなくなった。
『ヘルメット内のディスプレイは視線でも操作できるが、手でも操作できる』
宇宙服の腕の部分と胴体をつなぐところやヘルメットは余裕のある大きさなので、腕を引き抜いて手を顔のところに持ってこられる。鼻がかゆくなった時も安心だな。視線による操作はふだんあまり使わないので、手で操作する方が使い勝手はいいかも。そんなことを考えながら、浅井は画面にタッチして宇宙服のマニュアルや地図を表示してみる。
『それじゃあC04と書かれているエアロックの方に進んで』
エアロックのドアが開き中に入る。生徒全員が入ってもまだ余裕があるかなりの広さだ。
全員が入ると屋内側のドアが閉まる。反対側の扉の外が月面か。
『ここはエアロック手前の予備室だ。ここみたいな大規模なところは二重化されている』
全員予備室に入ると、通ってきた扉が閉まる。予備室の床は格子状の隙間のあるパネル、地球でいうと道路わきの側溝を覆う網目状のカバーのような感じなものが敷き詰められていて、部屋の四隅には大きなファンが設置されている。何に使うのかな。
『この扉の向こうがエアロックだ』
教師が腕で示す扉にはエアロックの頭文字ALが丸で囲まれたマークが描かれている。
扉がゆっくりと開き始める。奥に見える扉の向こうが月面か。真空の空間に出るのは初めてだから緊張するな。そんなことを考えながら、みんなについて歩き出す浅井。
エアロックに全員入り、予備室側の扉が閉められる。
『これからここの空気が抜かれるが、途中で一回止めて最終点検するからなー』
月面側の扉の上にあるディスプレイに現在の気圧が表示されている。見ていると1.0から下がり始めた。ヘルメット内のディスプレイの表示も同じ数値だ。宇宙服がちょっと膨らんだような感じがして、きしむような音がする。気圧の変動によるものか。
『なんか、音がします』
誰かが質問する。
『気圧の変化で宇宙服の連結部とかヘルメットがきしむ音だな。それ自体は問題ない。ディスプレイの気圧表示に変化はないか?』
担任が生徒に呼びかける。宇宙服内の気圧は1.0だったが特に変化はない。外の気圧は0.6か。
『よーし、大丈夫そうだな。それじゃあ、真空の状態まで進めるから何かあったらすぐに知らせるように』
やはりちょっと緊張する。外の気圧が下がるにつれて、きしむような音の頻度が上がってくる。生徒達のざわめきが聞こえてくる。宇宙服を初めて着る生徒達だろう。浅井はモニターに注目するがエラーは表示されない。そして、外部の気圧が下がるにつれて外の音は少なくなり、エアロック内の気圧が0.0になると外の音は何も聞こえなくなった。
『みんな問題ないようだな』
教師の問いかけにみんなそれぞれ返事する。
『はーい』
『大丈夫です』
『問題なし』
『OKでーす』
『問題ありませーん』
『異常なしであります!』
『軍人かよ』
『それじゃあ、扉を開けるぞ』
いよいよ月面だ。空港職員の人が扉の両側のところにいる。開けるには手動の操作が必要なのかな。
扉のわきにある青い回転灯がまわり始め、ゆっくりと扉が開き始める。あたり前だが音は聞こえない。
外の様子、宇宙港の建物と山が見える。




