甘味に弱い吸血鬼③
「は?…………はぁぁああ!?」
俺の驚きの声は、協会の外にまで響き渡っていたそうだ。
吸血鬼であるリアがここに所属!?つまり餓鬼狩りってことか!?
なぜリアが餓鬼狩りに!?
確かに吸血鬼が、普通の仕事に就くのは簡単では無さそうである。吸血鬼を恐れる人間族の中に紛れて働くのは、かなり骨が要りそうだ。
しかし、この街で生活するにも吸血鬼とはいえ、お金は少なからず必要だ。
そうして選んだのが餓鬼狩りというのは、理に叶っていると言えなくもない。
あの事件の際、あの場に現れたのは餓鬼狩りだったから、と思えば納得も行く。
なるほど、また俺は失礼なことをしていたんだな。餓鬼狩りに「もう危ないから来るな」とは……行き過ぎた忠告だったようだ。
グランが驚いている俺を尻目に、リアの言葉に付け加えるよう、静かに告げた。
「アメリア様は、この餓鬼狩り協会創設者にして、初代グランドマスターであらせられるよ」
「……はぁ!?それを先に言ってくれよ!」
衝撃の事実に、またもや協会内に俺の声が響き渡る。
なぜそんな大事なことを、先に言ってくれなかったんだ!?
ここの創設者!?俺が親しく接していい者ではないじゃないか。なんということだ……!
「あまり言いふらすようなことでもあるまい?それに協会創設者が吸血鬼だと知れ渡れば、人々の混乱は避けられぬよ」
「た、確かにそうだが……」
色々と合点がいった。
グランがリアの存在を知っていたこと。就任パーティーに招待されていた理由。
これだけの大物が、招待されないはずがなかった。
「アメリア様、カインをどうかよろしくお願いします」
「うぬ。ヴァレスティア家の忘れ形見、きっと生きて帰すと約束しよう」
こうして出発の日を迎えた。
昨日のうちに、必要な食料や調味料を始め、調理道具と愛剣を研ぐ為の研磨剤など、野営や戦闘に必要なものをリュックに詰め込んでおいた。
久しぶりの遠征だ。決して楽しいものでは無いが、なかなか遠くに行く機会も少ないため、いつも心踊らないことがない。
「兄ちゃんいつ帰ってくる?」
弟のクエンが、心配そうに尋ねる。まだ起きたばかりで、寝巻きのまま眠気眼を擦っていた。
「クー……今度の遠征は、どれくらいかかるか分からない。けどどれだけかかっても、1ヶ月以内には必ず帰ってくるよ」
「分かった……俺、修行して待ってる!兄ちゃんが帰ってきたら今度こそ負かしてやるからな」
「あぁそれは楽しみだ」
クーは俺に憧れているようで、同じ餓鬼狩りを目指すためにカインの元で修行を受けていた。
まだ9つだが、その実力は他の同世代の中では負けを知らない程だ。さすが、俺の弟と言えるだろう。自慢の弟だ。
「クー!まだそんな格好してるの?早く支度しないと修練に遅れるよ?」
エプロンをして腰に手を当てて立っているのは、キーラだ。今年13になった俺の妹である。右手に持ったお玉は、クエンの頭を小突くためのものではないと思う。
「あ、やっべ!」
クエンは、身支度をするため慌てて奥の部屋へ向かった。ドタドタと騒がしい音がする。
俺のいない間、家の事はキーラが見てくれているのだ。本当にいつも助かっている。
「キーラ、俺がいない間負担をかけるけど…お願いな」
「大丈夫だよお兄ちゃん。私に任せて!クーのことはちゃーんと躾とくから」
得意げな顔で拳を前に突き出し、親指をピンと立てている。
「程々にな」
俺は苦笑いを浮かべた。
キーラは少し、肩に力が入りすぎる傾向があった。俺の代わりに頑張ろうとしているのだろう。しかし時にそれが、クーとぶつかる要因となり喧嘩も少なくない。
それでも仲はいいようだし、ほっといてもいつの間にか仲直りをしている。なのでその点については、ほとんど心配していない。
俺が懸念しているのは、この二人が我儘を言わないことだ。
この家を支えなくてはならない身としては、仕事に根を詰めることが出来るので有難くはある。が、兄としては少しくらい甘えてくれてもいいのにと、悲しく思わない日は無い。
頼りない兄で申し訳ないとさえ思うこともある。
少し、いい子に育てすぎただろうか。決して悪いことでは無いのだがな。
「お兄ちゃん、気をつけて行ってきてね?」
「あぁ、もちろんだ」
俺は、荷物の入ったリュックを背負って家の扉を開ける。
「それじゃ行ってくる」
「「行ってらっしゃい!」」
キーラは、笑顔で送り出し、奥の部屋からはクエンがひょこっと顔を出していた。
本当に仲がよろしくて、兄ちゃん嬉しいよ。
時に振り返っては大きく手を振り、また前を見て街の門へと向かう。
二人は俺が遠征で出かける時、小さく見えなくなるまでいつも見守っていることを俺は知っている。
決して表には出さないが、やはり寂しいのだろう。
俺がいない間の面倒は、独り身のグランがいつも見てくれている。
なにかあればグランが何とかしてくれるので、その点は心配ないが、なにせあのグランだ。親バカを発揮させて、弟妹を甘いに甘やかせるに決まっている。
俺に甘えない代わりに、グランに甘えて我儘を言っているのならいいのだが、兄としては少し複雑である。
もう少し構ってあげられればいいのだが、二人とも逞しく育ってくれたお陰で、家にいても早く仕事にいけと追い出されてしまうか、自分らに構わずゆっくり休めと言われてしまうのだ。
クエンもキーアもいずれは家を出るだろう。それまではできるだけ、我儘を言わせよう。
手始めにこの任務が終わったら、二人の好きな蜜饅頭でもたくさん買って帰るか。
街はまだ静かだった。日が登ったばかりのこの時間は、街の者達がまだ寝ているかもしくは身支度を整えている頃だ。
きっと今日もこの街は賑わうだろう。
「おーカインよ。こんな時間にその荷物ってことは遠出するのかい?」
家の軒先に出ている老体の婆が、声をかけてきた。婆はいつもこの時間には、花に水をやっているのだ。
「あぁ、そうなんだ。しばらく帰って来れないと思うからよろしく頼むよ」
街の者は、だいたいが俺たち兄弟を知っている。その為、俺がこうして遠征などでいない間、弟妹のことを気にかけてくれているのだ。
本当に感謝しかない。
「もちろんじゃ。お二人さんのことはちゃんと気にかけておくよ。そうだ、ちょっと待ってておくれ」
婆は思い出したように、家の中へ入っていった。
まぁまだ時間はあるし、少しくらい待っていても問題ないだろう。
しばらくすると出てきた婆の手には、白い包みがあった。
「これを持っていきなされ。旅のお供に食べるといいさね」
「ありがとう。……これは、蜜饅頭か!?」
蜜饅頭は、この街の名物とされていてそれを目当てに旅行に来る者も多い。
その中でも、婆の作る蜜饅頭は絶品だと有名なのだ。
何を隠そう、この俺も婆の作る蜜饅頭は大好物なのである。
「持って行っておくれ。焼くのに失敗してしまった物なのじゃ。売り物にはならんからのぉ」
「婆程の手腕でも、失敗することがあるんだな」
「ホッホッホッ。これでも毎日失敗して学んでおるんじゃよ?」
頂いた蜜饅頭を潰したりしないよう、リュックにしまい込み背負い直す。
「それじゃ行ってくるよ。婆は体に気をつけてな」
「ホホホこれでも元気じゃよ。行ってらっしゃい」
手を振り、再度門へと足を運ぶ。
遠くの方で、鳥が気持ちよさそうに鳴く声がした。
門の前には門兵が二人立っていた。24時間交代制で門兵が見張りを行っているのだ。
「おーカインか。今日発つのか?」
「なんだ、今日はお前かオルニス」
「なんだとはなんだ。門兵の中ではこれ以上ない程頼れる男だろ」
確かにこいつは腕だけはあるらしい。らしいと言うのは、こいつが剣を振るっているのをお目にかかったことがないからだ。
酒場で飲んだくれている姿しか見たことがない。
しかし、階級もそれなりに上なようで門兵の中では一番のお偉いさんらしい。それでも門兵止まりってことは……まぁそういう事なのだろう。
「はいはい。いつもご苦労様です」
「なんで投げやりなんだ!コノヤロウ」
オルニスの拳が俺の胸をこづく。
「話は聞いてる。気をつけていってこいよ」
「あぁ」
こいつもこいつで、心配はしているようだ。まぁそう言いつつ、今夜も酒場に入り浸るだろうが。
「カインさんお気をつけて」
「あぁ、ヘテロもしっかり見張れよ。特にオルニスがサボったりしないようにな」
「なんだとコノヤロウ」
「あはは」
悪態を着くオルニスを尻目に、門前へと歩を向ける。
石壁に支えられた木製の巨大な門は、俺を待っていましたとばかりに、タイミングよく門が開かれた。
日が登っている時間帯は開けっ放しにしてされているのだが、日が沈んでいる時間帯は、門を固く閉ざしている。もちろん餓鬼対策の為だ。
「カイン!」
「レーナか。どうした?仕事はいいのかよ?」
振り向くと、レーナが走りよってきていた。珍しくパーカーとズボンというラフな格好をしている。
「レ、レーナさん!?」
突然のレーナ登場にオルニスがあたふたしている。ヘテロさえも驚き、挙動不審に陥っていた。
どんな傷も癒すレーナは、街の住民からすると女神のような存在らしい。もちろんレーナを知らない住民がいるはずも無い。
しかも極めつけに、誰が見ても女神に相応しいと言えるほどの美貌も持ち合わせていると来た。下心丸出しの男どもが騒ぐのも無理ない。
レーナはそんな二人を一瞬の微笑みだけで射止めてから俺の前に立ち止まる。オルニスたちはそれだけで幸せそうな顔をしているのだから、平和な奴らだ。
乱れた呼吸を整えてから、レーナは言葉少なに口を開いた。
「マスターから聞いたよ?」
「あぁ、ちょっと行ってくる」
レーナが何を聞いたかは察しがつく。恐らく全部分かった上での行動だろう。
「うん。ほんとは私も行きたいけど……」
「レーナは、自分のやれることに集中しろ。俺は大丈夫だ」
レーナの顔は晴れない。
いつもこんな顔をさせて、本当に申し訳なく思う。
「カイン、ほんとに無理はしないでね。それとこれを渡しておくよ。念の為……ね」
手渡されたそれは、1枚の白い布切れだった。
一見なんでもないように見えるそれは、しかし確かに秘めたる力を感じた。
この街では、女性が帰りを待つ相手に無事を祈って白い布を送るという風習がある。受け取った者は旅の間、肌身離さず持ち無事に帰還すると、それを貰った者に返すのだ。
一般的には祈りが込められた、ただの布切れなのだがレーナから手渡されたこれは、全くの別物だ。なんらかの強い力を感じる。レーナがなにか細工を施したのだろう。
毎度の事ながら、助けられてばかりだ。
「いつもありがとう、レーナ」
「それの出番がなければ、それに超したことないけどね」
微笑むレーナに苦笑いを浮かべる。
「行ってらっしゃい」
「あぁ、行ってきます」
俺は振り返り門の外へと向かう。
レーナはどうか無事でいますようにと、その背中に心の底から祈った。
「カインさんご苦労様です!」
「行ってらっしゃいませカインさん」
「あぁ、ケンにキャリバンもご苦労さん。しっかりな」
「「はい!」」
元気に応答する門兵たち。
なぜ餓鬼狩りである俺が門兵と知り合いかって?
餓鬼狩り協会に所属している者は、そんなに多くはない。ましてや、実際に夜に活動し餓鬼を弔っている者はその中でも極わずかだ。
そんな少数だけで、この街を守りきるのは至難の業だ。
そこで門兵の出番という訳だ。
門兵は、戦闘訓練を日々重点的に行っているため、下手な餓鬼狩りより優秀なのだ。背中を安心して預けられる。
門兵に頼らなくてはならない現状に頭を抱えるしかないが、それはグランに改善してもらう他ない。
こうして俺も自然と、門兵一人一人と顔なじみになってしまったという訳なのだ。
ここへはしばらく帰ってはこない。遠征は久しぶりだが、経験はそんなに少なくない為、なにも名残惜しいこともない。
最初の頃は、カインに無理矢理連れられ死ぬほど怖い思いもしていたが、そのお陰か危険は事前に察知できるので自分でもそんなに不安はない。
門を出て森の入口付近まで真っ直ぐ進んだところで、ふと立ち止まる。
リアはどこだろうか?
キョロキョロと辺りを見回すがどこにも見当たらない。この当たりで待つと言っていたのだが、時間を間違えただろうか?それとも、まだ寝ているのか?
朝に強い吸血鬼というのもイメージが湧かない。
仕方ない。少し待つか。
すぐ側の一際大きい岩に腰掛ける。
「何をしておる」
「!?」
突如後ろから声をかけられ、俺は飛び退き腰に下げている剣の柄に手を触れる。が、声の主に気づき力を抜いた。
「なんだリアか。脅かすなよ」
「気を抜きすぎだ」
胸を撫で下ろす俺に、厳しい言葉を投げかける。
それはごもっともだ。何も言い返せない。
リアは後ろを振り向き、何も言わずに歩き出す。
俺は急いで後を追う。見失うと追いつけなくなってしまう。なにせ彼女の気配を負えないのだから。
「リア、お願いだからこの調査の間だけでも、急にどこかへいなくなるのだけは辞めて貰えないだろうか?」
「ん?それはなぜだ?」
キョトンとした顔で見つめるリア。
自分が気配を隠している自覚がないのか?
「君の気配を感知することが出来ないんだよ」
「……あぁ、そういうことか」
尚もキョトンとしていたリアだが、すぐに思い出したように手のひらで何かを作り出す。
手のひらに赤い液体のようなものが集約され、一つの形が形成されていく。そして出来上がりと同時に、赤い液体の色が変化し、やがて生き物のように動き出した。
それは一羽の青い鳥だった。
手のひらに収まる程度の小さな鳥だが、ちゃんと生き物として動いている。
その証拠に、青い鳥はリアの手から離れ、俺の肩に止まった。
一体なんだ?これもリアの魔法?見たことがない魔法だ。吸血鬼特有の魔法だろうか。
確かに、エルフやドワーフ特有の魔法が存在する。吸血鬼特有の魔法があっても不思議じゃない。
「それは我の分身のようなものだ。例え離れていてもそれがお主を全力で守る」
この鳥からは、リアの気配も感じ取れる。確かにこれなら大丈夫だろう。
「ヨロシクナ、カイン」
「しゃ、喋った!?!?」
読んでくださりありがとうございます!