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甘味に弱い吸血鬼②



「リ…リアでよい……長い名前は、好きではない……」

「リア様!?」

 

 アメリアの横で待機していたシャルロッテが驚愕し、信じられないといった様子だ。

 俺が戸惑っていると、なにかを察したのかアメリアは慌てて付け加えた。

 

「お、お主はあんなに美味い菓子を提供してくれたのだ。それくらいは許そうではないか」

「わ、わかった。では、リアと呼ばせていただき……」

 

 俺は慌てて口を(つぐ)んだ。

 リアと口にしたその刹那(せつな)、空気が瞬時に凍りついたのを感じたのだ。

 その訳は明白。シャルロッテが鬼の形相でこちらを睨んでいるの。まさに吸血鬼(ヴァンパイア)ならぬ鬼。

 

 今にもあの信じられないほどの巨大な斧で、首を掻っ切られてしまう勢いである。

 恐ろしすぎて目を合わすことも出来ないが、視線だけが鋭く突き刺さる。


 そんなことも露知らず、リアは頬を赤らめていた。

 シャルロッテのことは、ほっといていいのか?まさかこれに気づかないなんて……。案外リアは鈍感なのだろうか。

 

「き、気に入って貰えてよかったよ」

 

 コホンと咳払いして、その場をやり過ごす他なかった。逆に他の方法があるのなら教えてくれ。

 

 鬼の吸血鬼(ヴァンパイア)と頬を赤らめて照れている最古の吸血鬼(ヴァンパイア)を交互に見て、俺は一体どうしたらいいのか分からず戸惑うしかない。

 リアもそれから気恥ずかしくなってしまったのか、しばらく黙り込んでいた。


 まるで正反対な空気をいつまでも感じていたら、どうにかなってしまいそうだ。シャルロッテの手によって俺の首が飛ぶのを回避するためにも、話題を逸らさなければ。

 

「そ、そういえば、餓鬼狩り(ハンター)協会のマスターを知っているか?グラン・マスカラードというんだが……」

 

 シャルロッテが尚も俺を睨みつけてくるが、この空気をなんとしてでも変えたい俺は、シャルロッテに目を合わせないよう尋ねた。

 

「あぁ、あやつか」

 

 リアはなんでもないように呟いた。

 やはり知った仲だったのか。グランめ、それならそうと早く言ってくれればいいものを。

 

「あやつとは、よく会っていたな。元気であろうか?」

 

 過去形……なんだな。最近は久しく会っていないというところか。

 

「あぁ、元気にはしているよ。最近は仕事が溜まって忙しそうだが」

「そうか……」

 

 それからリアは、また黙り込んでしまった。

 グランとは、どうやら訳ありの関係のようだ。気にはなるが、無理に問いただすこともないだろう。

 

 そう諦めていたのだが、リアは次第にゆっくりと気怠気に語り始めた。

 

「……あやつが協会のマスターに就任した頃、それの就任祝いパーティーが開かれての。我もそれに招待されたのだ。パーティー自体は面倒だからと、いつもは断っていたのだが……その時は、どんな奴なのかこの目で確かめてやろうという気になったのだ」

 

 就任祝いのパーティー?もしや、あの場に来ていたのか?

 

 今から8年程前、グランが持ち前のその剣術と最大級防御魔法アブソリュートプロテクションでマスターに就任した。

 その際グラン自身の人望もあってか、この街ミスティックヘイヴンでは数日間、盛大な祭りが開かれたのだ。

 

 しかしその就任パーティーとやらは、ミスティックヘイヴンから少し離れたこの国の首都で行われ、招待されたのは極小数。

 俺はグランの馴染みということで参加は出来たが、基本は国のお偉いさんばかりだった。


 当時の俺は、とても上品なその場が居心地悪かったのを覚えている。作法も気にしないといけない、なんて子供ながらに思ったものだ。

 パーティーからミスティックヘイヴンに帰ってくると、街の者達がお祭りと称して夜通し騒いでいたのを、今でも覚えている。

 

 そんな中、リアがあのパーティーに招待されていたとは……一体何者なのか。

 しかし、俺はずっとグランの傍にいたはずだが、深紅に輝く髪と瞳をした女性など見かけなかったはずだ。こんな際立った容姿を目の当たりにして、俺が覚えていないはずがない。

 またひとつ疑問が増えてしまったが、今は飲み込むとしよう。

 

「グランとはそのパーティーで初めて会ったというのに、あやつ馴れ馴れしくての。しつこくいろいろと尋ねてきていたのだ。パーティーが終わったあとも、毎日毎日飽きもせずここに立ち入っては、それはもう執念深くての」

 

 グランらしいな……。

 リアは、甘いチョコラテを1口飲む。

 

「あの人間は許しません。いつかその首を掻っ切ってやる」

 

 そこにグランでもいるかのように、睨みつけるシャルロッテ。この話題は彼女にとっては、更に地雷を踏んだようなものらしい。その矛先が、俺からグランに変わっただけだった。

 

 悪いなグラン。

 

 そんなシャルロッテをリアは、まぁまぁとあしらい更に話を続ける。

 

「だから言ってやったのよ。マスターという座に着いたものが、こんなところで油を売っていて良いのかと。それよりもやることは大いにあるはずだ、とね。それっきり来んようになった」

 

 グランはあんななりをして真面目で誠実だが、かなり執念深い一面がある。

 待てよ……今の俺もここに訪れては、なにかと尋ねている。もしかしてもしかしなくても、グランと同じ(てつ)を踏んでいるのではないだろうか。

 

 グランが言っていた「深く知ろうとするな」というのは、俺がグランと同じことをすると予測していたからか!?

 

「申し訳ない!」

 

 唐突に頭を下げた。

 リアはキョトンとした顔で、小首を傾げた。

 

「なに故、謝っておるのだ?」

「いや、その……俺も同じことを……」

 

 甘い菓子を食べる姿がとても愛らしく、それ見たさに思わず足を運んでしまっていた。きっと大迷惑だったに違いない。

 そう思っていたのに、リアは予想外の反応を見せた。

 

「あはは!やはりお主は面白い!」

 

 全く気にしていないとばかりに微笑む。

 俺は唖然とした。真面目に言ったはずだが、何が面白いというのか。

 

「我はそんなお主が気に入ったのだよ。それにお主の作る菓子はめっぽう美味い。あやつと同じようには思っていないさ」

 

 そう言ってから、真剣な眼差しを向けこうつけ加えた。

 

「しかし、そのせいで街が危機に瀕したらただじゃ済まさぬがな」

 

 それはおっしゃる通りだ。

 俺は黙ってコクコクと頷いた。




 それから数日後、とある調査のため街の外へと赴いた。

 先日、餓鬼が大量に発生した事件の要因を調べるためである。

 グランの元で餓鬼が大量に発生した夜の報告をしたあの日、数日の休暇と共に依頼を言い渡されていたのだ。

 まぁ、あの流れなら当然のことだろう。なぜならあの事件の中心にいたのは、紛れもなく自分なのだから。

 

 とはいえ、あの場には他にも餓鬼狩り(ハンター)がいた。俺と一緒に戦っていた者達だ。

 残念ながら早々に伸びてしまってはいたが、別に俺である必要は無い。もちろんグランにはそう訴えた。


 あのような異常な事件を早急に解決させておきたいと踏んだグランは、餓鬼狩り(ハンター)協会の中でもトップクラスの実力を持つ俺を推薦したらしい。

 実際に、あれから調査隊は編成され毎日調査は行われていたものの、結果は何一つ出てこなかった。

 

 それにしても、俺は便利屋だと思われていないか?数日の休暇を貰えただけまだましだが、何でもかんでも俺に頼めばすぐ解決すると思われていそうだ。

 なんでもはいはい聞くと思うなよ!?

 

 というわけで、この通り街の周辺を細かく調査していたという訳だ。もちろん当然単独で、だ。

 調査が目的なら、単独の方が断然やりやすい。なにかあれば全速力で逃げられるからだ。

 避けられる戦いは避けるべき、というのが俺の流儀だ。なにも無理に戦う必要は全く無い。

 

 日も暮れて時折現れる餓鬼を弔いながら、それでもしばらく調査を続けていた。

 念の為、街の周囲をくまなく調査したが、なにも見つかりはしなかった。まるでなにも無かったかのように痕跡すら綺麗さっぱりない。

 あんなにいたのだから、なにかしら見つかってもおかしくないと思うのだが……


 しかし、あれだけ他の調査員がみつけられなかったのだ。俺がそう簡単に見つけられるはずもない。

 止むを得ず街へと帰還する。

 外はもう日の出が街を照らし、長い影を作っていた。

 

 帰還後はすぐに報告を済ませるため、真っ直ぐグランのいる事務所に立ち寄った。

 未だ大した原因も掴めてはいないが、報連相は大事だからな。

 

 事務所の扉をノックもせず開けると、俺は目の前の光景に唖然とした。

 そこには真っ赤なドレスを着た女児が、可憐にソファーに座していたのだ。

 

「おぉ帰ってきたかカイン。お前も話に加われ」

「いやいやいや。なんでここに居るんだよ!?」

「我がここに居ては不服か?」

 

 リアは、頬を膨らませ首をふいっとそっぽを向ける。

 そんな姿も愛らしいが、今はそれどころじゃない。

 

「べ、別に居ちゃダメってことないが……ここは餓鬼狩り(ハンター)協会だぞ!?」

「それがどうしたというのだ?今日はグランに、仕事の用があると呼ばれたのでの。立ち寄ってみただけだ」


 軽々しくも立ち寄ったと告げるリア。まるでカフェにでも立ち寄ったみたいな言い方である。

 ここは、餓鬼狩り(ハンター)協会なんだぞ!?

 

「は!?どういう事だよ?というかまさか、その格好で出歩いたのか!?」

「何を言っておるのだ。そんなことをすれば、いくら夜とて街の者が大騒ぎしてしまうだろう?ちゃんと変装はした」

 

 そう言って、リアは仕方なくと言いたげに変装をした。

 いや変装と言うよりは、変身に近いのか?

 リアと交代するように、忽然と見知らぬ女性が目の前に現れたからだ。

 

 髪はリアと同じく長いが、色は銀髪。身長も恐らくリアより高い。ドレスはいつもの深紅ではなく藍色のドレスに、ところどころ白のレースが施されていた。

 そしてその容貌(ようぼう)は愛らしい童顔ではなく、どちらかというと見目麗しい面貌(めんよう)だった。

 

 その美しい容姿が、周りの目を引くことは間違いない。誰がどう見ても美しいと言えるほどだ。

 そして極めつけは、その瞳だ。深紅に輝く瞳とは裏腹に綺麗なブルーサファイアの瞳をしていた。

 これならどこをどう見ても、吸血鬼(ヴァンパイア)だとは思われないだろう。別の意味で、目を引いてしまうだろうが。

 

「美しいだろう?初めてお会いした時、その美しさに目を奪われてしまったよ。次に出会ったら幼女の姿になっていたので驚いてしまった」

 

 ぐあっはっはー!と豪快に笑うグラン。なぜグランが自慢気に語っているのやら。

 

 しかし、確かにグランの言う通りとても綺麗だ。この美しさなら誰だって目を奪われてしまうだろう。

 なにを隠そう、この俺も言葉を失っている。

 先程見知らぬ、と言ったがよく見るとどこかで見かけたことがあるような気がする。どこだっただろうか……?

 

「はぁ…… こやつせっかくこの姿で吸血鬼(ヴァンパイア)だということを隠していたというのに、一目で見抜きおった。実力は申し分ないが……少し残念なやつだ」

 

 ため息をつき、呆れたように話すリア。残念なやつ、という部分には完全同意だ。

 

「ぐあっはっはー!あの時は申し訳なかった。まさか隠していたとは思わなかったのですよ」


 ぐあっはっはー!と全く悪びれもせずに、またしても豪快かつ、大胆に笑っている。

 

 あの時――そうか、グランの就任祝いパーティーで挨拶を交わした者の中にいた。あの時もなんて綺麗な人なんだろうと見惚れていたっけ。それ以上にグランが見惚れていたので、可笑しかったのを覚えている。

 

「はぁ、お主は相変わらずよの」

 

 リアは元の幼女姿に戻った。

 先程の姿は確かに麗しい程綺麗だったが、こちらのほうがなんだかしっくりきてしまう、と言ったら怒られるだろうか?

 本人は小さいことを気にしているようだったし、あまり余計なことは言わないでおこう。

 

「そんなことより、さっさと話を進めよ」

 

 そうだった、と思い出したように慌てるカイン。

 俺は聞きたいことが山ほどあったが、仕方なく黙ってリアの横に座る。

 

「この間の餓鬼大量発生事件の件、まずは貴方様にお礼を言わねばなりません。この(せがれ)が助けられました」

「そんな前置きはよい」

 

 リアは先を続けろと言わんばかりに、手をヒラヒラとさせている。

 

「ははは!敵いませんな!」

 

 そして、真剣な眼差しで本題に入った。

 

「あの事件の原因が、何日か経った今でもまだ究明されてはおりません。調査隊は既に立ち上げ、各方面に調査を進めさせてはいるのですが……」

 

 そこでグランは俺の顔を見る。

 

「カインはどうだった?なにか手がかりは見つかったか?」

「いや、これといった手がかりはまだだ。だが、近辺には確かに文字通り()()()()()ことが分かった。準備を済ませ次第、二日後に再度出発しようと思う」

 

 グランは頷く。どうやら俺の考えていたことと寸分違わず、グランも同じことを考えていたようだ。

 

「しっかり準備していくように。だが、一人で行かせる訳にもいかん。どんな危険が待っているともわからんからな」

 

 一人で行く気満々だった。俺の行動についていけるやつなど、この協会で存在しないだろう。ほとんどが足手まといになるか、ただの荷物持ちにしかならない。

 自分の実力を誇示(こじ)している訳では決してないが、元より俺は団体行動というものが大の苦手なのだ。

 その為、協会内でパーティーを組んだ者は指で数えられるほどしかいない。

 

 仕方がない。一人で行くなと言うのなら、あの中の誰かを連れていくか……

 

「だったら、過去に一緒に組んだことのあるメンバーに声をかけるよ。それなら安心だろ?」

 

 そう提案したのだが、グランはなぜか否定した。

 

「いや、それでも安心はできんよ」

 

 だというなら、だれが適任だというのか。たかが調査だというのにやけに注意深いな。それほど、この事件が異常だと言いたいのか。安易な考えは辞めておいた方が良さそうだ。

 

「アメリア()、どうかお願いできないでしょうか」

「!?」

 

 まさかリア!?


 俺は驚愕し、目を丸くした。

 確かにリア程の実力を持っている者なら、これ以上なく心強い。むしろこちらから頼みたいくらいだ。

 しかし、リアは餓鬼狩り(ハンター)ではないはず。いくら強いとは言え、さすがに餓鬼狩り(ハンター)でもない者を同行させるのは、餓鬼狩り(ハンター)協会の規則に反しないだろうか。

 

「ふむ……確かに、ここまで誰も手をつけられぬ状態なら、我が出る他ないかの……」

「そ、それは確かにありがたいが、協会的にいいのかよ?リアは、餓鬼狩り(ハンター)じゃないだろ?」

 

 そう告げたが、リアもグランもなぜかキョトンとしている。

 

 何か変なことを言ったか?

 いや、どこも変じゃないはずだ。しっかり協会の規則にも載っているのを確認したことだってある。

 そう思っていると、グランがゆっくりと口を開いた。

 

「カイン、お前まだ聞いていなかったのか?」

「?なにをだ?」

 

 一体なんだと言うのだろうか。

 

 グランがリアを()呼びしているのにも、どうも引っかかる。

 どうやら俺は、なにか重要なことを知らないらしい。

 

「そういえば、言っていなかったの。なにせ聞かれもしなかったからの」

 

 リアが思い出したように話を続ける。

 

「我、一応ここに所属しておるぞ」

 

「は?…………はぁぁああ!?」


 

 俺の声は、協会の外にまで響き渡っていたそうだ。

 


読んでくださりありがとうございます!


今回も書いては消して書き直して……を繰り返しました。

体調不良も重なり思うように進められず……

なんとか本日投稿できて嬉しいです♪


次回はもっと早く投稿したいですね♪もちろん自分にとって納得いく形に仕上げて、ですが。


では、また次回に♪

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