最古の吸血鬼③
屋敷の中は、暗闇に包まれていた。
蝋燭の灯りが所々についてはいるが、足元や手元が最低限に見える程度にしか灯っていないため、天井がどこまであるのかなんてことすらも暗すぎて全く見えやしない。
そして驚いたのは、窓が一切ないことだった。いや、見えていないだけで、本当はあるのかもしれない。しかし、外の光が全く入ってこないところからすると、周到に閉ざされているのか、本当に無いかのどちらかだ。
やはり太陽の光が苦手というのは、本当のことなのだろうか。伝承では確か、太陽光に焼けると餓鬼のように灰になると聞いたことがある。
しかし、先程は思いっきり太陽の光をサンサンと浴びていたし、本人もピンピンしている。
少なくとも灰になるというのは、ただの伝承に過ぎないのだろうか。
とは言えここまで窓がないと、本当に苦手なのかもしれないとも思う。
苦手なのに、無理に太陽の元に出てきたのか?
やはり、この時間に来るのは辞めておくべきだったと反省した。
それにしても、この廊下はどこまで続いているのだろうか。暗すぎて先がまるで見えない。等間隔に灯された蝋燭が辛うじて見える程度で、突き当たりがどこかなんて見えるはずもなかった。
そんなことを考えていると、先に扉があるのが見えた。その扉を照らす蝋燭だけ他のものとは違い、大きく火が灯っているお陰で離れていても扉が見える。
その扉をメイドが開け、中へと導かれた。
中はとても広い場所だ。
天井にいくつもの蝋燭がシャンデリアのように灯されているが、それでも明るさは十分ではなく、部屋はとても薄暗い。
蝋燭のシャンデリアの下には、部屋の端から端まで伸びる長テーブルが置かれていた。両端に、一人分のスペースしかないほどの細長いテーブルだ。
とはいっても、そのスペースは結構広めなので、詰めればきっと二人分はあるだろう。一人分のスペースと称したのは、そこに椅子が一脚しか置かれていなかったからだ。
そしてテーブルの端から端まで、等間隔に椅子が置かれている。これも詰めれば倍の人数が座れるだろうに、無駄にスペースが取られていた。
「好きなところに座ると良い」
そう言ってアメリアは、一番左端の席に座る。つまり一人分の特等席だ。いつもそこに座っているのだろう。その席だけ椅子の色形が違っていた。
他の椅子より少し高めに設計されており、色はここでも色鮮やかな深紅だ。
こんな薄暗い場所だと言うのに、良く分かったものだ。答えは簡単。目の前のテーブルの上に蝋燭が煌々と灯されていたからだ。天井のシャンデリアよりも明るい。
それが椅子を照らし、この屋敷の主人が誰かを物語っている。
ここまで来ると赤が好みなのだろうかと思ってしまう。
確かにとても似合っている。派手な色のはずなのに、とても自然と彼女に馴染んでいるのだ。これ程赤が似合う者を、この長くは無い人生の中で出会ったことがあっただろうか。
俺は、手前の列の真ん中に座ることにした。遠くもなく近すぎることもないその間で、という安直な考えだ。
見回すといつの間にか、あのメイドは居なくなっていた。アメリアもだが、気配が全くと言っていいほど感じ取れないので少し戸惑う。
吸血鬼が皆こうなら、人はいつ滅ぼされてもおかしくないだろう。
「ふむ、そうだな。普通に話すのでは面白くない。少し趣向を凝らそう」
アメリアは足を組み、腕も前で組んで背もたれに寄りかかる。
吸血鬼はプライドが高く傲慢だと言われている。態度を大きく見せるために、わざと尊大な態度で振舞っているのだろうが、全てが小さいため俺にはそれすら愛らしいと映る。
なんだろうこの気持ちは。妹を愛でるような感覚とはまたひと味違う気がする。
「お互い、一つずつ順番に質問をしよう。我も人と接するのは久方ぶりだ。少しくらい付き合ってやるのも一興よ」
アメリアはそちらからどうぞ、と言うように手を差し出す。
それならと、俺は遠慮することなく質問を投げかけてみることにした。
「まず、改めて助けてくれたことに礼を言う。ありがとう。」
俺が軽く礼をすると、良いと言うようにアメリアは頷く。
それを見てから俺は話を続けた。
「俺はあの時、治癒士の力を持ってしても手遅れな程の深手をおったはずだ。しかし、目を覚ますと綺麗さっぱり無くなっていた。どういうことなんだ?」
「我の力よ」
聞いてみるとどうやらアメリアが使う魔法は、どの種族よりもどの吸血鬼でさえも敵わないほどの強い魔法を行使することが出来るらしい。
それは、治癒系魔法でも同じことのようだ。
なんとも突出した力の持ち主なんだ。
特急一流治癒士の称号を持つレーナでさえ、世界でも類のないほどの治癒の使い手だ。それを更に上回るということか。安易には信じ難い。
そして吸血鬼族の中でも、ずば抜けて強いと言うが、あのメイドも只者ではなかった。
そもそも吸血鬼という種族は、世に知られていないだけで物凄く強い種族なのだろうか……?
そうなると人間には到底、手も足も出ないだろう。
そんな者を怒らせては、きっとこの町は一溜りもない。俺の言葉一つで、この街の命運が変わってしまうのだ。
細心の注意を払おう……。
「では次は我の番だな。……そうだなぁ……」
少しの間、考える素振りをするアメリア。しかしすぐに鋭い目つきへと変わった。
「お主はなぜ、我を吸血鬼と知って恐れぬのだ。しかも安易に屋敷の中まで足を踏み入れておる。吸血鬼は、正体がバレることを好かぬ生き物だ。息の根を止められるとは思わなかったのか」
思わぬ問いかけに、俺は少し唖然とした。
まさか、恐怖を感じていないように見えたのか?
「俺はちゃんと恐れを抱いていたぞ」
だが、今はそんなに感じない。全くないといえば嘘にはなるが。理由は明確だ。
「しかし、君の器の大きさと寛大さを感じた。きっと悪い吸血鬼では無いのだろうと。それに君はとても可愛らしい。もし、騙されていたとしてもそれは俺に見る目がなかったと言うだけだ」
例えそうであっても、街だけは壊さないで欲しいと切実に願う。
アメリアは、見る見るうちに顔を赤く染めていった。
「か、かか、可愛い……!?このわたしを可愛いと……!?」
取り乱したアメリアは、慌ててコホンっと咳払いで誤魔化す。
一瞬、素の彼女を垣間見たような気がするが、気にしないでおいた方が懸命かもしれない。
「次はお主の番だ」
こうして、お互いに質問を出し合っていった。
そして、徐々に吸血鬼という種族がわかってきたような気がする。
まず、ほとんどの吸血鬼は太陽光を苦手としている。目が開けられなくなってしまうほど、とても眩しいそうだ。
それだけではなく、肌がチクチクと痛みを伴うらしい。
しかし、言い伝えられているように太陽に灼かれて灰になって死ぬということは無いのだそう。
なので普通に太陽の元、出歩く者もいるらしい。
アメリア曰く、人間に紛れて暮らすのだから、太陽ごときに怯えていては、たまらないというのだ。
ちなみにだが、アメリアは太陽光を浴びてもなんともないという。たまにそういう者もいるらしいが、本当に極小数なのだそう。
そして反対に、先程のメイド――名をシャルロッテ・モンターナというらしい――は、太陽光がかなり苦手で必ず避けて通るそうだ。
屋敷の中がこれだけ暗いのはあのメイド、シャルロッテの為だろうか。
なるほど……と言いながら、俺はあることに気づいた。
なんとなく予想はついていたが、メイドのシャルロッテもアメリアと同じ吸血鬼だ。
この屋敷は、いよいよ持って吸血鬼の巣窟ということになる。改めて考えると、とんでもない所に足を踏み入れてしまった。背筋が凍る。地に足ついていない感じだ。本当に生きて帰れるだろうか。
ちなみに太陽に灼かれて灰となるのは餓鬼だけで、もしなにかが原因で吸血鬼が亡くなっても灰になどならず、遺体は残るらしい。
ついでに吸血鬼は皆、アメリアのように強いのかと尋ねてみると
「そんなわけなかろう?こんな者が沢山おったら、この世界は一瞬で破滅するわ」と、笑われた。
ちょっとホッとする。
しかし中には強い者も、数はとても少ないがいるらしい。シャルロッテもその中のひとつの例だそうだ。どうりで強者の気迫を感じるわけだ。
しかし、吸血鬼が団結して人間を襲ってくる可能性もなくはない……そんな恐ろしい考えが頭をよぎった。そんな事態になれば、人間は一瞬にして滅びてしまう。
「それは有り得ぬ。そもそも吸血鬼は団結というのを好まない。そして弱者も好まない。良くも悪くも自己中心的な者ばかりだ。他は他、自分は自分。まぁ、気に触るようなことがあれば、町の一つや二つは消えて飛ぶかもしれぬがな」
そう言って不敵に笑っている。
俺は、顔を青ざめた。それは、単体であっても容易に滅ぼすことが出来るということか……。
「まぁ安心するが良い。もしそんな愚か者がおれば我がその前に止めておる」
それは、例え地球の裏側であってもいうことなのか?そんなことが可能なのだろうか。
それにしても、アメリアはなぜこんなにも強いのか。努力の賜物とか才能に恵まれたとか、そういう話ではないような気がする。
先程、彼女の強さを安易に信じ難いとか言ったが、事実アメリアの実力は底を知れない。先日の餓鬼襲撃をあんな一瞬で弔ったのだから。しかも他の者の目につかぬように。
それは、本当に実力のあるものにしか成しえないことだろう。
「リア様は最古の吸血鬼にして、最強の吸血鬼なのです。リア様に出来ないことなどこの世に存在しません」
またしても、忽然とアメリアの後ろに現れたメイドがそう告げた。
表情はなにも変わっていないはずだが、なぜかドヤ顔に見える。理由はあの目のせいだろう。先程までくすんで見えたあの目が、この距離だと言うのに物凄く輝いて見える。
「オールデスト……」
吸血鬼は、どれほど長いこと生きるのだろう。目の前に佇む容姿からは、十五くらいにしか見えない。しかし、そんなことはまずないと思うのだが……
「おいお主……」
「い、いやとてもお強いんだなぁと……あはは」
アメリアに鋭い眼光を向けられたので、慌てて誤魔化す。
「シャルよ、後でお仕置き」
「!?リア様!私はこのような人間風情に、リア様が弱者のように見られるのが、甚だ許せないのです!」
アメリアは腕を組み、横目でシャルロッテを見定める。
その言葉に嘘ではないと分かったのかため息をつき、そういうことはあまり言うものでは無いと注意した。
「申し訳ございません……お詫びではございませんが、昼食をお持ちしました」
そういえば、お盆になにかを載せて持っている。それを一つずつアメリアの前に並べていった。
まずは、なにかの飲み物が入ったコップ。これもまた深紅に染ったコップである。
それから……あれは菓子か?先程、昼食と言っていたがあれが昼食……?
「おー!フルーツタルトではないか!」
アメリアは、甲高い声を上げてまるで年相応――見た目の話だが――に喜んだ。
シャルロッテは、俺のところにも同じものを並べたが、量が明らかに違う。
アメリアが1ホール分に対し、俺はたったの一切れだ。お腹がすいている訳では無いから別に構わないが、囁かな差別を感じる。
コップに入っているものは、どうやら茶色い飲み物のようだ。凄く甘いチョコの香りがする。恐らくチョコラテだろう。
シャルロッテは、アメリアの横で待機している。
一緒には食べないんだな。メイドという手前、それも出来ないのだろうが。
アメリアは、それはそれはとても嬉しそうに喜んでいる。深紅の瞳を一層、輝かせているのだ。
そして、綺麗な所作でナイフとフォークを使いこなし、フルーツタルトを一口、口へと運んだ。
「んーおいしい!」
なぜなのか、俺はその仕草全てから目を背けられずに魅入ってしまっていた。
フルーツタルトを咀嚼しているアメリアは、左頬に手を添え、とても幸せそうな笑みを浮かべた。
それはもう、フルーツタルトに魅了された子供のようである。アメリアの周りに、ハートが飛び交っている幻まで見えてしまう程だ。
俺はその姿に、息をすることも忘れて魅入っていた。
毅然と振舞っていた吸血鬼のアメリアが、フルーツタルト一つに蕩けている。
開いた口が塞がらない。
先程の尊大な態度は微塵も感じられない。これが本来の彼女の姿なのか。それまで感じていた背筋が凍る程の冷たい空気が一変して、春でも訪れたかのような心地良さに変わった。
矢を射抜かれたかのように、ギュッと胸が締め付けられる。
なんて綺麗だろう。なんて可愛らしい。愛でたくなる。そんな思いだ。
初めて感じる思いに戸惑い、無理矢理目の前のフルーツタルトに視線を向ける。
顔がなんだか熱い。火照っているようだ。
気を紛らわすために、フルーツタルトを頬張りチョコラテで胃に流し込む。
美味しいかどうかなんて、味わう余裕は俺にはなかった。
だだ一つ言える事は、とんでもなく甘かったと言うことだけだ。
お互い食べ終え皿も片付けられると、質問を再開することとなった。
というか、あの量を一人で食べきったのか?一体、あんな小さな体のどこに入るというのだろうか。
ちょっと待てよ。普通に同じものを口にしていたが冷静に考えてみれば、そもそも吸血鬼は人の血を生きる糧としているのではなかったか?
まさかフルーツタルトに人の血を混ぜていた……?もしくはチョコラテに……?甘すぎて全くなにも感じなかった。
「君はなぜフルーツタルトなんて食べていたんだ……?」
顔を青ざめながら、おもむろにそう尋ねてみる。
アメリアは、質問の意図が分からず少しの間、戸惑っていたがやがて話し始めた。
「吸血鬼は確かに人の血を飲まねば、餓鬼となり無差別に攻撃をする化け物となる」
とても悲しそうな顔をしている。やはり同胞が苦しみ、その果てに化け物となってしまうのは心痛めるのだろう。
アメリアは、慈愛の心を持っているのだな。
「そして、吸血鬼は確かに人間の血以外、決して口にはせん。吸血鬼にとっては、とても不味いらしいからの」
まるで、自分のことでは無いような言い回しだ。まさか実は吸血鬼ではありませんでした、とでも言うつもりだろうか。
それなら納得がいくというものだが、彼女の瞳は吸血鬼であるということが、しっかりと表している。今更、言い逃れなど出来はしない。
では、何が言いたいのか。
俺は、後に発せられた言葉に驚愕した。
「だが、我は人間の血など飲まぬ」
読んでくださりありがとうございます!
アメリアの可愛さが少しでも伝わったらいいな……
また次回お楽しみに♪