世界最強の吸血鬼
「リア、俺は……!」
リアが扉を開け放った時である。
外から歓喜の声が沸き起こった。
目の前に輝く数多の蝋燭が、煌々と辺りを照らし今が夜だということを忘れてしまう。
俺が伝えようとした言葉は、人々の歓喜の声に掻き消された。
目の前に広がる人々が喜びの顔を浮かべているのを見ていると、ふつふつと湧いた邪魔者への怒りも瞬く間に消え失せてしまった。
やがて浮かんだのは、ひとつの疑問。これは一体何事なのか。
隣に立ちすくむリアは目を丸くしている。
当然だろう。
今のリアは、金髪のロングヘアではない。深紅の髪と瞳は、どこからどう見たって吸血鬼そのものだ。
だと言うのに、誰も不審がることもなくむしろリアの姿を見て喜んでさえいる。
「アメリア様のおかげで街が救われました!」
「街の守り神様だ!」
「なんと麗しいお姿なのだ」
そんな声さえ聞こえてきた。
確かに恐怖に顔色を染め、言われのないことを言われるよりは断然マシだ。だが、これはさすがに誰も予想していない。少なくとも俺と深紅の少女は。
「……どうして……?」
リアは困惑したまま言葉を失っている。
「リア様、この人間共を一掃しますか?」
どこからともなく現れたシャルロッテが、静かにしかし不穏なことを呟く。こいつ今までどこにいたんだ?
「やめよシャル。それよりもこの事態を教えてはくれぬか」
「はい」
不意に現れたシャルロッテの登場でいつもの調子を取り戻したリアは、ひたと静した。
右手に持っているあの巨大すぎる斧を静かに下ろすシャルロッテは、その場に姿勢よく正し己が主の疑問に淡々と答えた。
「どうやら人間共は、リア様に多大な感謝を向けているようです。恐らくあの夜この街に施した、紅蓮血華が原因でしょう」
リアは、訳を聞いてもピンと来ていない様子。
何の話をしているのだろうか。紅蓮血華とはなんだ?
「アメリアさまぁ!ありがとう!」
子供達が数人、駆けてきてはリアを前にしても恐れることなくお辞儀をした。
「お父さんを助けてくれてありがとう!」
そうして握られているものは一つの絵だった。自分たちで描いたのだろう。そこには自分達と両親が手を取り合っている絵が描かれていた。
だがそれだけではない。もう1人、そこに描かれているのだ。恐らく……いや十中八九、深紅の吸血鬼――リアだろう。
無邪気に微笑む子供達に、リアは戸惑うばかりのようである。
「アメリア様の慌てているお姿、初めて見ましたよ」
全く事態を理解出来ていない俺達の元へ、グランがやってきた。その隣にはレーナまでいる。
「グラン、これはなんなんだよ?なにか知っているなら教えてくれ」
「これはだな」
グランは、にやけ顔で語り始めた。
アレクシアとの戦いで俺が倒れている間に、リアは怪我をした多くの者に紅蓮血華――どんな怪我でも治してしまうリアの固有魔法――を施していたらしい。
ミスティックヘイヴンの優秀な治癒士達でも、さすがに魔力枯渇を引き起こし治癒一つ、出来ない状態だった。そんな所へ助け舟を出したものだから、守り神のようだと称えられている、という事らしい。
そんな簡単に吸血鬼であるリアを受け入れられるのだろうか。
いや、この街は他種族が共存する街。もしかすると、受け入れるのもそんなに難しいことでは無いのかもしれない。多くの者がリアによって助けられたのは事実であり、なによりも信用に値すると判断できるだろう。
小柄な容姿も相まってか、吸血鬼という怖さの要因も半減しているのかもしれない。
まぁリアは可愛いから分からなくもないが。
「吸血鬼が昼に出歩いてることにもびっくりしたけれど、その身でこの街を守ってくれたのよ?吸血鬼というより、まるで聖女と言った方がいいくらい」
感謝してもしきれないわよ、と目を輝かせながら胸の前で手を合わせるレーナ。
「それでこの事態か?」
「いいや、それもあるがちょっと違う」
少し腑に落ちないでいた俺にグランは、にやけ顔で応じた。さっきからこのグランは、ニヤニヤとなにかを言いたげである。正直気持ち悪い。
「アメリア様が倒れたカインをおぶって、俺の元へ来たんだよ。焦っていた様だから変装もしないでね」
そりゃ目の前で倒れられりゃ誰だって焦るだろうよ。何が言いたいんだ、このおっさんは?
「そのあまりの焦りように、アメリア様はカインとどういった関係なんだ?と人伝に疑問が飛び交ったんだ。更にはカインが目を覚まして、人々を押しのけてまで急いで向かった先は……」
グランはそこでわざと言葉を切り、横目でリアを一瞥した。最後まで言わずもがな、俺には分かった。
くそ、恥ずかしさで死んでしまいそうだ。穴があったら入りたい……。だが、その前にこのおっさんのにやけ顔に風穴を開けてやろう。
どうやら俺に女の影があると噂が周り、興味本位でここを訪れたようだ。恐ろしいと噂された屋敷は街を救った吸血鬼が住んでいるということも、ついでに出回ってしまったのかもしれない。
俺だけの秘密にしておこうと思っていたのだが……少し寂しくはあるが、これはこれで良かったのかもしれない。
そういえば、この街には噂好きな者たちが多いんだったっけ。
隣を見るとリアまでも顔を真っ赤に染めている。なぜだ?リアが恥ずかしがることはないと思うが……
「私はそんなの認めないんだから!アメリア様には確かに助けていただいた御恩があるけれど、それとこれとは話は別です」
「何言ってんだよ」
レーナが息巻いている理由は分からないが、この事態は噂が噂を呼んだ結果。そして、吸血鬼であるリアを恐れているという訳では無いということだ。
「クス……あはは」
突然笑い出すリア。一同は唖然とその姿を見守っている。
「申し訳ない。少しおかしくての。我は考えすぎていたようだ」
「アメリア様いかが致しましょうか」
「やめだ。この地を去る理由がなくなった」
リアは全てを投げる勢いで言い放った。
つまりここに留まる……ということか!?俺は胸を撫で下ろすと同時に小躍りしてしまいそうだったが、必死にこらえる。
「いいのか?」
「良い。ここまで歓迎されてしまったのだ。逆に出ていくことの方が難しいというものよ」
俺の気持ちを代弁するかのように、歓声が更に大きく広がった。グランもほっとした顔を浮かべている。
これでもう少しは、リアと共にこの街で過ごせるんだな。目になにか溜まるものがあった。
「にぃーーーちゃぁぁあああん!」
俺が口を開きかけていると、遠くからこちらに駆け寄る声がした。声のした方を見渡すと、こちらに駆けて来る二人の影を見つけ俺は自然と顔を輝かせた。
「キーラ!クエン!」
二人は、駆け寄ってくるその勢いで俺に飛び乗ってくる。少しよろめいてしまうが、二人を支えるのはそう難しくない。
俺の胸の中で遠慮なく大号泣する二人。
普段なら人前で、なんて有り得なかった。周りに誰かがいる時は必ず笑って過ごしていた。今回のことは、キーラにとってもクエンにとってもそれほど不安だったのだろう。
俺は二人の背中を静かに摩った。
その後、ミスティックヘイヴンではお祭り騒ぎとなった。餓鬼の襲来から街を守った英雄達に、そしてこの街が正式にリアを受け入れる祝いの場である。
実際、住んでいたのは大分前からだろうし今更感は否めないが、こうして公の場に素の姿を現すことが出来るというのは、リアにとっても大きな進展かもしれない。
そして、この祭りはもう1つの意味もあった。戦いで亡くなった者は決して少なくない。残された者達にとってもお別れの場は必要だ。
酒を飲み、美味いもんをたらふく食べ、亡くなった者たちとの思い出を語り合う。それがこの街、特有の死者への弔い方なのだ。
この祭りは三日後の夜が開けるまで続いた。
そこかしこに屋台が並べられ、協会前では吟遊詩人が先の戦いを称え謳っていた。
その間、俺もリアもひっきりなしに訪れる人々からの称賛に右往左往して忙しかった。おかげでリアと少しも話せていない。
あの戦いで気になる点は多い。あの光の球体が何だったのか、吸血鬼は死んでも灰にならないはずだがアレクシアはなぜ灰となって消えたのか。
リアに聞こうと思っていたのだが、タイミングを逃している。
あの戦いは、過去の人間と吸血鬼の間に起こった不和が長年の時を超えてこの街を襲ったものとし、後世に語り継がれる運びとなる。後にこの戦いを『結束の戦い』と称されるようになった。
そして、魔王と勇者の物語も同時に語り継がれるようになったのは、俺がこの世を去った後の話だそうだ。
もちろん全て語り継がれている訳では無い。物語は誇張され胸糞展開は抑制される。
ただ、今まで語り継がれてきたものと大きく違うのは、魔王と勇者が手を取り合って双方の世界を救ったこと、そしてその子供は双方の世界を今でも見守り続けている、ということである。
あの悲しい出来事は、リア自身もそっとしておいて欲しいだろうから、大事な事だけ語り継がれればいい。――吸血鬼が恐ろしいだけの存在ではないということを。
ある日、早朝に目を覚ましてしまった俺は隣でキーラとクエンがぐっすり眠っているのを横目に、キッチンへと向かった。
前に住んでいた家は三日間も続いた祭りのあと直ぐに手放し、新しい家へと引っ越した。ここは隙間風など入っては来ないし、ギシギシという音も鳴らない。もちろん床も踏み抜きそうにもならない、立派な木造建築である。
それに、ここへ引っ越した理由は他にもある。
ここは中心街から北側に離れた場所に位置する。ここを選んだ時はキーラに「リアねぇばっかり構ったらダメだからね!」と不貞腐れながら念を押されてしまった。女の子は難しい生き物である。
キッチンで鼻歌混じりに夢中で菓子作りに没頭していると、案の定大量に作りすぎてしまった。
俺はキーラとクエンが食べられる分だけ置いておき、それ以外は袋に詰め家を飛び出した。
遠くで鳥が鳴いている声が建物に反響して聞こえてくる。俺もそれに倣って鼻歌を歌っていた。
足取りは軽やかに、向かった先はミスティックヘイヴンのもっとも北に位置する、あの丘の上の不気味な屋敷だ。
変わらぬ景色に微笑ましく思ってしまう。この不気味さが返って良いとさえ思えてきた辺り、俺も大概か。
俺は扉の前でしばらく待つことにした。いつもなら拳を痛めながら扉をノックしていた所だが、何回も訪れ分かったことがある。
この屋敷のある一定の距離まで来ると、リアは来訪者を察知するらしい。呼び鈴がないことにも頷ける。
この事実を聞いた時は嘆いたものだ。つまり、俺が毎回拳を痛めていた意味は無かった、という事なのだから。
扉の横の壁に体を預け、鼻歌を歌いながら気長に待っていると、深紅のドレスを着たリアがふと現れる。いつもなぜ扉から現れないのか不思議でならないが、これももう慣れたものである。
「今日は何を持ってきたのだ?」
その瞳は爛々と輝かせている。
「それは見てのお楽しみだ」
まぁリアのことだから、香りで全てを理解しているだろう。意味が無いことは知っているが、それもご愛嬌ということで。
「早く、中に入って!」
ウキウキと俺の手を引き中へと連れ出す。相変わらず薄暗い廊下にシャルロッテがふと現れるが、俺はもう驚きもしない。
「またですか」
シャルロッテは、呆れ顔でそして睨みつけるようにそう告げる。
「悪いなシャルロッテ。君のご主人様を奪ってしまったようだ」
なんて反論出来るようになるとは、ここに来たばかりの頃の俺は思いもよらなかった。
シャルロッテは更に突き刺すような目で根目つけて来るが、それ以上は何も言わなかった。
俺が持ってきた菓子を奪い取ったシャルロッテは、スーッとどこかへ消えていく。
俺はリアに導かれるがまま、いつもの場所へ招かれどこからとも無く現れたシャルロッテが、皿に盛り付けた菓子をリアと俺の前に甘ったるいチョコラテと共に並べる。
いつものように顔を輝かせるリアは、既に菓子を頬張っている。
――この短い人生を全て君に捧げよう。
祭りが終わったあと、俺はそう心に誓った。この想いが届いても届かずともいい。リアが今まで辛く悲しい日々を送ってきたというのなら、この短い時間の間だけでもそれを忘れられるほど幸福な日々を送って欲しい。
そして遠い未来に、ふと俺との思い出を思い出してくれさえすればそれでいい。
永遠とも言える時を生きるリアは、いつかまた一人になるかもしれない。だが、その時はきっと以前よりも孤独を感じないでいて欲しい。俺が願うのはそれだけだ。
そして、今日もリアの止まらぬ弾丸トークは行われる。
「んー!美味しい!この芳醇な香りと舌触り、そして甘い口溶けに心癒される!カインの作る菓子はどれもこれも美味しい。この間の菓子だって……」
……fin
最終話まで読んでくださり、ありがとうございます!
ここまで書き続けられたのは一重に読者の皆様がいらっしゃったからですっ
支えてくださったたくさんの方々に感謝を申し上げます。
下の☆やブクマ、ご感想など送ってくださるととても嬉しいです♪
明日、番外編を投稿してこの物語を語るのは終わりとします。
本当にありがとうございました!




