消えた吸血鬼②
この先の廊下には、蝋燭が1本も灯っていない深淵の闇が続いていた。
手元の蝋燭だけが頼りであるが、その蝋燭もかなり短くなっており心許ない。
それにしてもリアの捜索が名目とは言え、許されてもいないのにこんな所までズカズカと入っていいものなのかと、今更ながらに後ろめたさが湧いてくる。
リアを探すためだと心に言い聞かせながら、足元に注意して進む。
しばらく歩き続けたが、同じ景色が続くばかりである。蝋燭も無ければ屋敷らしい絵画もない。両横のかべと天井、そして床だけが永遠と続いているのだ。
時折扉があるが、どの部屋も明らかに使われていない様子である。埃が舞い、蜘蛛の巣が張っていた。
――この屋敷、こんなに長い建物だったろうか。
外観を見た限りでは、そんなに大きくは感じなかった。それとも、俺がそんなに進んでいないだけなのか?
やがて永遠に続くかと思われた廊下は、忽然と目の前に現れた壁により終わりを迎えた。
しかし床には、下へと下る階段が続いていたのである。その先は更なる闇が広がり、何も見えない。僅かに冷たい空気が肌を撫でた。
俺は意を決して唾を飲み、階段に足を踏み入れる。この先に何が待ち構えているのか、勝手な想像が膨らんだ。
部屋を埋め尽くすほどの宝が隠されているのか。それとも、あのメイドが血を貰うために隣町から連れてきた奴隷がいるのか……。いや、そんなことよりもリアがそこに居るかもしれない。
そんな期待にも似た確信に近い願いを胸に、下へ下へと進む。
進めば進むほど、肌寒さが増していく。いくら地下だからと言って、ここまで冷えるのは不自然じゃないか?まるで極寒の大地へと向かっているようである。
階段の終わりが見えてくると、段々と地面が氷に覆われていった。いや、地面だけではなく壁や天井さえ、四方を氷が覆い尽くしていた。
――寒さの原因はこれか。
俺は肩をしきりに摩る。決して薄着では無いのだが、この寒さを凌ぐには全く足りない。
そして、ほのかにその氷が光を発していることに気づく。煌々と輝いている訳では無い。淡い光は、この空間を照らすのに十分な光量であった。
手元の蝋燭はすでに意味をなくしていた。
足を滑らせないよう、慎重に歩を進める。直ぐに壁――いや扉が見えた。一面が全て扉のようで天井まで続くそれは、とても重厚感がある。しかし、それも氷で覆われてしまっていた。
そんな扉を開けるのは容易ではないと思うのだが、試しに押してみる。
「ぐぬぬぬぬぬ!つめてぇー!」
それを通り越してむしろ痛い。痛いので力が上手く入らない。そして当然のように開かない。ピクリともしないのだ。
俺は後退りする。本当に開くのだろうか?
「なんで開かないんだよ」
押してダメなら引いてみろ、と言うのがお決まり文句ではあるが、それは取っ手がある場合に限る。
見た感じ、それらしきものはどこにもない。この扉は完全に凍っており表面はツルッツルなのだ。どうやって引けと言うんだ?
この扉の向こうは屋敷の主にとって、それほど大事なものが眠っているということか。
しかし、これでも俺は諦めの悪い男だ。ここにリアがほんの少しの可能性だけでも、いるというのなら――俺に諦めるという選択肢はない。
念入りに扉の隅々まで観察を始める。
「こんな場合は、どこかに隠されたボタンがあったりして……」
なんてな。そんなわけないか。
この扉の細工は、とても上等な物のようだ。
俺もあまり詳しくは無いが、観察すればするほどその良さが分かってくる。
細部まで細かく丁寧にデザインされているが、残念ながら何の模様なのかまでは俺には分からない。もしこういうことに詳しい者がいるとしたら、この素晴らしさを永遠と語ることが出来るのではないだろうか。
「一体何してるんだかにゃ」
扉を観察しながら感心していると、ふと声がしたような気がした。それは俺から発せられたものではない。しかし、この場には俺しかいないはずだ。
うん、気のせいだろう。俺は何も聞こえていない。
さてどうするべきか。
教会を飛び出してきたので愛剣すら持っていない。持っているものと言えば、意味をなくした蝋燭が未だに灯っているだけ。
やはり引き返して、何か道具でも持ってくるべきか。それともこの蝋燭で氷を溶かして……
「トビラモアケラレナイ、バカニンゲン」
「おいこら、それは俺のことか!?」
さすがに聞き捨てならん。
振り返るとちょこんと座っている黒猫と、得意げな顔をしているふてぶてしい青い鳥がいた。
「って、お前らなんでここに?」
「にゃんではこちらのセリフにゃ」
黒猫――シャミィは呆れ顔で呟いた。
確かに言われてみれば、シャミィもそこの憎たらしい青い鳥――チュンもリアの契約魔族である。ここに居てもなんらおかしくもない。
むしろ俺の方が不法侵入だ。言い返す言葉も出ない。
しかし、シャミィもチュンもここに居るということはつまり、リアは扉の向こうにいると確信してもいいだろう。
「大方、リア様を求めてきたんだろうけどにゃ。あんな大告白までしたからにゃー」
「だっ!?そんなことは……」
シャミィは細い目で俺を見あげた。
自然と恥ずかしさで口を噤む。
恐らく、アレクシアの前でリアの良い所を自信満々に語った時のことを言っているのだろう。
まさかここで掘り起こされるとは思わなかった。くそ、シャミィめ。
黒猫は扉の前まで歩み寄り、俺をもう一度見上げた。
「この先は、リア様が誰にも知られたくにゃい場所にゃのにゃ。リア様にとっても、己より大切な場所。ただの人間が足を踏み入れていい場所じゃにゃいのにゃ」
シャミィはいつになく、真剣そのものである。
リアの大切な場所……。俺は扉を見上げた。
強固に閉ざされた氷の扉。それは冷たくとても痛々しい。これが何を指すのか。
「……リアは中にいるのか?」
俺は静かに告げた。
シャミィは黙ったまま肯定とも否定とも取れる顔で、じっと俺の顔を見据える。
それに応えるように、俺もシャミィのオッドアイをじっと見つめた。
「ここがリアにとって大切な場所だと言うのなら、俺にとっても大切な場所であり聖域だ。」
リアが拒むのならなにも強要はしない。リアがこの先に足を運んで欲しくないというのなら、ここからリアが出てくるまで待っている覚悟だ。
「……分かったのにゃ」
シャミィが扉に向き直ると、額に何かの紋様が浮かび上がる。
それに呼応するように扉にも同じ紋様が浮かび上がり、青白く光り輝く。すると、とても重たそうな音を立てながら扉が両開きに開いた。
「リア様から伝言にゃ。もし、カインがここに来ることがあれば通してもらって構わない。ただし我を嫌いになる覚悟を持ってからだ」
シャミィは、リアの声真似――かなり似ていた――をしながらそう告げた。
リアを嫌いになる覚悟……そんなこと1ミリも考えたことがなかった。いや、この先も考えはしない。
「そんな覚悟、いらない。俺にあるのは好意を寄せる覚悟だけだ。例え、リアに嫌われていたとしてもな」
「そう言うだろうと思ったにゃ。むしろそうじゃにゃければ、ここであんたを殺すにゃ」
俺は今、知らずのうちに命の危機へと晒されていたのか……。
「バカニンゲン、ヨカッタナ」
「バカチュンだけには言われたくないな」
「バカチュンジャナイ!チュンハチュンダ!」
チュンは尚も食ってかかろうとしているが、俺は無視を決め込んだ。
この先にリアがいる。それだけで俺にとっては宝だと声を大にして言おう。
俺は寒さなんてものをいつの間にか忘れ、足を踏み入れた。
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