消えた吸血鬼①
「ここは……?」
目を開けると、そこに見えたのは一面の白い天井だった。
俺は確か数多の餓鬼を弔い、リアと共に魂の集合体であるアレクシアを打ち倒したんだっけ。
しかしこれはどういう状況だろうか?
目を覚ましたら一面の白い天井。まるで見慣れた病院の天井だ。そんなはずはないと目を疑う。
俺は強い既視感を感じた。
以前ここで目を覚ました時は、死んだと思っていた。腹に大穴開けられて、生きてる人間など他にいるだろうか?
あの時負った、致命傷レベルの傷をどうやって治したのか未だに分からないが、その事件のおかげで――おかげと言うには不謹慎ではあるが――リアと出会うことができたんだ。
しかし、あの時のように瀕死の重症を食らった覚えは無いし、教会の医療ベッドでお世話になる覚えもない。そもそもアレクシアを倒した後の記憶が無い。
これはどういうわけなのか……。
ガラガラ
そんなことを考えていると扉の音が、部屋中に響き渡った。
どうやら音の主は、一人の治癒士が入ってきたという知らせのようだ。
「カイン、目が覚めたのね」
「レーナか」
頭のナース帽の上で最高の治癒士を示すプレートが、キラリと輝いている。
俺はゆっくりと起き上がった。
「どこか痛みとかない?」
レーナは心配そうに俺の顔を覗き込む。俺も彼女の顔を見つめ返し、戸惑いながら尋ねた。
「俺、夢見てる訳じゃないよな?」
治癒士は頭のプレートを光らせながらキョトンとした顔を見せたかと思うと、急にクスクスと笑い始めた。こちとら真剣なのだが!?
「起きて早々、変なこと言わないでよ。まだ寝ぼけてるの?」
「うるっさいなぁ。笑うなよ」
クスクスとにやけ顔は止まらない。俺が何を言わんとしているのか分かっているくせに、レーナは意地が悪い。
「俺はなんでここにいるんだよ」
口を尖らせながら問う。怪我をしているわけでも無いのに、俺がここにいるわけを知りたいのだ。
「私もよくわからないのだけれど、戦闘が終わって倒れたみたいだよ?グランがここで休ませてやってって連れてきたの」
全然記憶が無い。
アレクシアを弔ったあと、電池が切れたみたいに俺は意識を無くしたのか?それは、大変申し訳ないことをした。
「どれくらい寝ていたんだ?」
「どうだろう?ここに連れてこられたのは夜が明けてからだから。今はもう正午だよ」
正午!?普通に寝てないか?むしろ寝すぎなくらいだ。
ん?というかここに連れてきたのはグランなのか?リアは……!?
「リアはどこだ!?」
まずい。あの場には俺以外の餓鬼狩りと兵士もいた。あの暗がりの中でも深紅に輝く瞳は隠せはしない。更には魔族まで目の前に現れたのだ。呼び出したのが誰なのか、必然的に理解してしまう。
この時代でも吸血鬼も魔族も、恐れられ忌み嫌われている。子供に伝わるおとぎ話だって、完全に悪者扱いされているのだ。
あの場では、餓鬼から守ってくれる魔族達を表向き上受け入れていたに過ぎない。だが、餓鬼という脅威が無くなった今、恐怖の矛先が魔族や吸血鬼であるリアに向かないとも限らない。
ここでまたリアが迫害でも受けてしまえば、魔王と勇者の結末を辿ってしまう。それはなんとしてでも避けなければ……!
「リアって?」
「赤い髪と瞳の少女だよ!見てないのか?」
レーナは、少しの間思案し答えた。
「あーもしかして、この間話していた吸血鬼のこと?」
「そうだ」
呑気な答えに苛立ちを覚える。こんな悠長なことを言っている場合では無い。
俺はいても立っても居られず、レーナの答えを聞くより前にベッドを飛び出す。
「ちょ、カインどこに行くのよ!?」
何となくだが、今すぐにリアに会わなければならないような気がした。そうしなければ、リアがもう手の届かない所へ行ってしまうような……
この胸のざわつきは、ただの予感ではないと語っている気がする。
「レオ、ちょっと落ち着いてよ。最強の吸血鬼さんなんでしょ?だったらそんなに心配することなんて……」
「最強の吸血鬼さんだからなんだよ」
廊下を入口目掛けて駆け足で歩く俺の横を、縋り付くように小走りでついてくるレーナ。
あっという間に入口にたどり着き、豪華に飾られた自分の何倍もあろう高さの扉を開け放って外に出る。太陽に照らされた街並みに、光が反射して目が眩む。
そこには今までの活気が戻っていた。
まだ、確かに破壊されたままの場所もあったが、人々の往来は襲撃を受ける前のそれに戻っていた。
「レオ、今外に出たらまずい……」
少し目が眩み足を止めた隙であった。俺という存在を目にした途端、道行く人々が目の色を変えてこちらへ近寄り、あっという間に教会前が俺を囲んで人だかりができてしまったのである。
これは一体全体、どういう……?
「カインだ!もう大丈夫なの?」
「ミスティックヘイヴンの英雄、カインだ!」
「体はもう大丈夫なのかい?」
「カインのおかげでこの街は救われたよ」
人々は口々にそう語る。これはまさか、またグランのやつが俺に全てを擦り付けたのか?今回ばかりは、俺だけがやったのではないと知っているはずだ。なのになぜこんな事になっているのか。
いや、それよりも俺は行かなくちゃならない場所がある。ここで皆の無事を確かめ合うのも大事な事なのだが、俺にとってもっと大事なことが――しかも急を要することがあるのだ。
「み、みんなごめん。俺急いでいかなくちゃならない場所があるんだ。道を開けてくれないか?」
人々は互いに顔を見合わせ、次第に道を開けてくれた。俺は急いで駆け抜ける。
「頑張れカイン!」
「応援してるよー!」
後ろからそんな声がした。疑問が頭をよぎったが、今は気にしていられない。先ずは目の前の問題に向き合わなければ。
俺は足を緩めることなく駆け抜けた。青空に浮かぶ雲が次々と流れていく。風が俺を歓迎するかのように押してくれる。普段は通らない路地裏を通り、1分1秒でもあの場所へ。
あそこへ行けば、きっとまだ居るはずだ。己の望みを押し付けるような確信を持っていた。
息が苦しい。まだ起きたばかりの体が、いつもより重く感じる。
そこにたどり着いた俺は、すぐさま扉をノックした。相も変わらず拳が痛いが。今となってはそれすらも愛おしいと感じる。
そして、相変わらず直ぐにはだれも出てはこない。いや、今回ばかりは誰も出てこないのではなく誰も出て来れないのでは無いだろうか。
そう、例えばもうここにはだれもいないとか……
汗が頬を伝う。走ってきたからなのか、動揺しているからなのか俺には分からない。
「リア!いないのか!?」
俺はもう一度、焦る拳で強く扉を叩いた。すると、扉がキィーっという音と共に開いてしまう。中は今にも消え入りそうな蝋燭が灯っていた。
俺は焦る気持ちを抑えて、恐る恐る屋敷の中へ足を踏み入れる。あとでこんなことがバレてしまえば、あの恐ろしいメイド辺りが巨大な斧を振り回して来るかもしれないが、今はそれでもいいとさえ思えた。
長い廊下を歩き、いつもの扉が見えた。部屋をのぞき込むが、やはり誰もいない。気配を辿るのは意味が無いことくらいはもう分かってはいるが、誰かがいるような気がしない。隅々まで部屋を見て回るが、静寂がこの屋敷を包み込んでいた。
間に合わなかったのだろうか。
リアはまた人間から心無いことを言われて、ここには居られないことを悟り、早々に立ち去ってしまったのかもしれない。
俺に何も言わずに。
吸血鬼は神出鬼没な生き物だ。それは例え短い時間であっても、リアと過ごしたことで分かったことだ。
リアらしいとも言える。
この街を、人々を愛し続けてきたリアだからこそ、涙の別れなど必要無いのかもしれない。例え人々に嫌われてもリアはこれからもこの街の人々を愛し続ける。そんな気がする。
だが、俺はそんなの許せない。リアはこの街を愛すだけでいいと思っているのかもしれないが、俺はリアにはもっと自由に生きて欲しい。こんな小さな町で過去に囚われて生きるよりも、もっと吸血鬼らしく傲慢に生きて欲しいと。
しかし、そんな思いも本人がいなければぶつけることも出来ない。最後に少しくらいお礼がしたかった。また俺が作った菓子でもあげて、喜ぶ顔が見たかった。
俺は肩を落として部屋を後にした。仕方がない。餓鬼狩り協会に行こう。キーラとクエンのことも心配だ。
来た道を戻ろうと薄暗い廊下を歩いていると、後ろからヒューっと風が凪いだ。振り向くと、闇に包まれた廊下がどこまでも続いていた。
そういえば、この先には行ったことがなかった。
俺の悪なく探究心に火がつき、近くにある蝋燭台ごと蝋燭を持ってその先へ足を進めた。
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