開戦の吸血鬼④
俺は黒い霧に飲まれたというのに、意識が遠のく気配がない。それよりも、苦しくもなければ痛みすらもないことに驚かされる。
本当に俺は黒い霧に飲まれたのだろうか?それともあれは、鬼に変えるあの霧ではなかったのか?
俺は恐る恐る目を開けた。
そしてこの目に入ってきたのは、あの黒い霧ではなかった。そこにあるのは、眩しいほどに輝く光の球体である。
自身の前にそれが出現しており、それが煌々と光を放ち辺りを照らしている。とても温かみのある光だった。眩しくはあるが、直視できないというほどでもない。
そして黒い霧は光に照らされ、それが次第に晴れていった。
一体何が起こったというのか?
黒い霧に飲み込まれたかと思っていたが、この光が黒い霧を晴らした……いや、浄化した?
状況がいまいち飲み込めていない。
周りを見渡すと、ただの一人も黒い霧の影響を受けていないようだった。むしろこの光の輝きに目を眩ませている。
そして、その光が消えてなくなる頃には黒い霧は愚か、無数にいた餓鬼までも消えていた。
一体何だったというのか……?
困惑していた餓鬼狩りも兵士もお互いに顔を見合せ、次第に目の前の脅威がなくなったと知ると歓喜の声を上げた。
俺も困惑しつつもホッと胸を撫で下ろす。
何はともあれ、ひとまずの危機は過ぎ去った。残すは、アレクシアのみ。
俺は赤黒く染まる月を見上げた。
あれは……光の灯火!?いや、違う。この温かさはそんなものではない。
なんというか、優しい温もりに包まれているようなそんな温かさである。嫌な気持ちが全て洗われていくような……。
まさか、勇者の秘宝か!?全ての闇を取り払うことが出来る究極魔法。
しかし、あれは勇者のみが行使できる固有魔法のはず。我ですらそれを発動できない。勇者の力は血族に引き継がれるものでは無く、人間の中で勇者の心を持った者にしかその力を与えられないものだからだ。
一般人が扱えるような代物では決して無い。そもそも光魔法を扱えるのは勇者のみと決まっているのだ。
一体だれが……!
我はすかさず光を放っている場所へ近寄る。それは、餓鬼狩り協会の正面。確かカインが守る為に陣取っていた場所のはずだ、と頭をよぎる。
カインは以前、魔法を使えないと言っていた。魔力を感じないらしい。
あの時は確かに珍しいと思った。ほとんどの人間がほんの少しでも魔力を操ることができるからだ。
まさか……!?
魂の集合体は、どうやらこの光に目を眩ませているようだ。今のうちに、カインの安否を確認しよう。
「カイン!」
餓鬼狩り協会に近づくと見慣れた姿を見かけ、一目散に接近した。カインの目の前まで近づくと、地面に降り立ちカインの顔を覗き込む。
「大丈夫か!?苦しいとか痛いとか体に異変は……!?」
「リア、俺は……この通り何ともないみたいだ。一体何があったんだ?」
カインは手を広げて無事なのを確かめさせる。確かにカインの体は、傷一つないようであった。
やはり先程の光は、勇者の秘宝で間違いなかろう。そしてその光は、カインの目の前に灯る球体から発されていた。それは徐々に光を失っていき、最後には綺麗さっぱり消滅した。
「お主まさか……いや、それはあとだ。お主が無事なら良い。残すはあやつのみよ」
我は上空を見上げる。視線の先には、赤黒く染まっている満月をバックに悶え苦しむ魂の集合体が見えた。
「カインよ、共に戦ってはくれぬか?」
少し前までの我なら、このようなことは絶対に口にしなかっただろう。だが、今回ばかりはその方が良いような気がしてならなかったのだ。
「……あぁ、もちろんだ」
お互いに頷き合い、魂の集合体に向き直る。
カインが快く受け入れてくれることは、心のどこかで分かっていた。我は自然と顔が綻んだ。
なんだか、無敵になったような気分である。
リアが自ら共闘を望むとは思わず驚嘆した。そして心の底から、悦ばしい気持ちで胸が熱くなった。
顔が緩んでしまわないよう、目の前の目標に集中する。この理不尽な存在を止めなくては。
これ以上の犠牲を払う訳には行かない。
お互いに頷き合い、それを合図に俺達は同時に動き出した。
リアは瞬間移動で浮遊しているアレクシアの傍までいき、未だに目が眩んで悶えるアレクシアを後ろから叩き落とす。
「カハッ……!」
アレクシアは地面に落ち、その衝撃で地面にはクレーターが出来る。俺はすかさずアレクシアの元へ行き、構えた剣を振り下ろす。
が、さすがのアレクシアもこれくらいの攻撃は、避けてしまう。そして、黒い鞭のようなもので反撃してきた。
「くっ……」
俺は避けたが、肩を軽く擦めてしまった。切り傷程度なのでなんてことはない。
そして、アレクシアの動きが不意に止まった。
「なっ!なによこれ!」
「あんまり動くとちぎれてしまうぞ」
見えないほどの細い糸のようなものが、アレクシアの体を縛り上げている。
リアの魔法だ。それは縛り上げている体をしっかりと捉え、アレクシアが少しでも動くものならそれが体にめり込み、そこから血を流していた。
「離しなさいよ!離せぇ!」
アレクシアの人格がどこかおかしい。まるで一人の声だけではないように聞こえる。
リアはアレクシアの前に降り立ち、アレクシアを見据えた。その目は悲哀に満ちたものであった。
「み、見るなぁ!そんな目で私「俺」達を見るな!!!」
「……」
リアが指をパチン!と鳴らすと、アレクシアを囲むように赤い結晶のようなものが忽然と現れた。それは空中に漂い、鋭い剣のような形をしている。その切っ先は全てアレクシアに向けられていた。
「緋晶の棘」
「ぐぁあ"あ"あ"あ"あ"!!」
リアが静かにそう告げ指を再度パチン!と鳴らすと、赤い結晶はアレクシアの体を串刺しにした。本来であるならこんなものを受けてしまえば、生きているなど信じ難い話だ。
しかし、相手は吸血鬼。その心の臓を貫かれても容易に朽ちることは無い。
「お……のれ……ゆる……さない……ユルサナイ!」
アレクシアは結晶を砕き、体にまとわりつく拘束ごとはじき飛ばした。飛散した結晶は近くにいた俺とリアの体に切り傷を付けていく。
「くっ……まだ動けるのかよ」
アレクシアは、フラフラとよろめきなんとか立っている様子。そのアレクシアは、リアをそして俺を睨みつけた。その目を見た瞬間、俺たちは驚愕した。まさか、アレクシアは……!
刹那、アレクシアが動き出し俺達に襲い来る。あの黒い鞭が先程よりも本数を増して打ってくる。次々に攻撃され手も足も出ない。俺は剣で斬ったり往なしてはいるが、リアは全て避けていた。
しかし、どちらもアレクシアに反撃する暇がない。このままではジリ貧だ。
「カインよ!先程の光を思い浮かべるのだ!」
リアの声がした。
光?あの球体のことか?あれがなんだと言うのか。
いや、リアはこんな時に冗談を言うようなやつじゃない。なにか考えがあるのだろう。俺はリアを信じると決めたんだ。
リアが俺の前に立ちはだかる。
「血潮の綴り」
そう呟くと、見えないほどの細い糸が次々に黒い鞭を切り刻んでいった。
「死ねぇーーー!!!!」
アレクシアが金切り声を上げ、再び黒い鞭をさらに数を多く増やし攻撃を仕掛けてくる。それをリアが防いでいた。
俺に集中させる為なのは、容易に理解した。
リアを信じ、目を閉じる。先程の光の球体。あれがなんなのか俺には分からない。だが、とても温かく心地よいものだったのは確かだ。あれが、決して悪意のあるものでは無いことも感じていた。
俺はあの時、何を考えていたんだっけ。
そうだ。勇者だ。
闇に打ち勝つことの出来る者は、勇者しかいない。そうリアが言っていた。
勇者……光……。
あの光の球体はどこから出てきたんだ?忽然と俺の前に現れていた。
なぜ?どうして?
俺は魔法なんて使えない。光魔法なんて以ての外だ。俺は勇者じゃない。リアは俺に何を求めているのだろう。
光の玉……光……温かい……
それは黒い霧を晴らしてくれた。闇を払ってくれた。俺達に希望をもたらしてくれた。
勇者が居なくたって闇が払われたのだ。それだけでいいではないか。そう、その事実だけで。
この街をそこに住む人々を、そしてリアを守りたい。どうか俺に力を貸してくれ……!
俺は、ゆっくりと目を開けた。
そこには光の球体が出現していた。
「リア!」
なにかは理解できない。これが何を意味するのか。だが、俺は本能で確信しリアに呼びかけた。
リアはチラッと振り向き、頷いた。その顔は、思った通りと言わんばかりであった。その場から離れ、俺の横に並ぶリア。
「なんなんだそれは!!」
謎の光にアレクシアは警戒し、動きを止める。
「カイン。この光が強く輝くことをイメージして。光が闇を照らし、闇さえも包み込むような……そんなイメージを」
俺は思い描いた。魔王と勇者があの日、惨い死に方をしなければきっとこんな事件は起こらなかった。リアは別の生き方をしていたかもしれない。せめて、幼少の頃だけでも孤独に辛い思いをしなくて済んだかもしれない。
心無い言葉を浴びせられても孤独でさえなければ、長い年月を過ぎた今でも辛い思いをしなくて済んだのかもしれない。
ただの夢物語に過ぎないのかもしれない。しかしもし、この温かい光がその全てを包み込んでくれたなら、リアの心は少しでも軽くなるだろうか。
「ぐ……あ"あ"あ"あ"あ!!!ヤメローーーー!!!!!」
アレクシアは、眩しさに目が眩んだのか顔を押え悶え苦しんでいる。次第に手の先から灰へと変わっていった。
「な!ヤメロ!まだ死にたくない!!シニタクナイ!!!」
それは止まらず光の球体は、尚も光り輝き魂の集合体を照らす。
アレクシアは断末魔の叫びと共に、灰と化していった。
光の球体は役目を終えたのか、次第に光が弱まっていき忽然と消えた。
「終わった……のか?」
「……そのようだの……」
リアは悲しそうにそう告げた。長年の無念が晴らされただろうか。その頬に伝う涙が何を意味しているのか、俺には計り知れない。
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